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「先ずは改めまして謝罪を。先程は私の部下が失礼をいたしました」


 召喚術の使用から数分後、客間へと場所を移したプリメラはそんな言葉から目の前の男との対話を始めた。二人の現在の関係性――つまり加害者と被害者の主という立ち位置を考慮するとそれはいささか不可解な発言ではあるのだが、プリメラはどこまでも下手に出ると決めていた。


 殺されたメイドはプリメラの信頼する部下の一人であり、それを悲しむ心がプリメラに無いわけではない。だが同時に、一人の命と魔族全員の命を天秤にかけられる冷徹さを、プリメラという人物は持ち合わせているからだ。


「謝罪か、それは俺の言葉だ。気分が悪かったとはいえ、近付いてきた奴を反射的に殺してしまった」


 プリメラの正面に座る男は、あくまでも尊大な態度を崩さずに続ける。


「ちゃんと『殺人奇術』を使って殺してやるべきだったな」


 それは不可解を超えて異常な発言だった。人を殺したことについては何とも思っていないその様子に、メイドの数人はピクリと反応する。しかしそこは流石女王と言うべきか、プリメラは眉一つ動かさず平静を保っていた。


 異常なんて、そんなのはわかっていた事だといわんばかりに。


「自己紹介が遅れました。私はプリメラ・ヴァサンティ、二十八国目の女王の座に着いております」

「俺の名前は一色意識いっしき いしきだ、俺がどういう人間かはわかっているんだろう? しかし……ははは。女王が殺人鬼を拉致してまで頼み事をするとはな。ますますその内容に興味がわいてきたと言っておこうか」

「興味がおありなのは喜ばしい事です。ですが誤解があるようなので本題に入る前に補足させてください。私たちは意識様を拉致した訳では無いのです」

「あ?」

「私たちは召喚魔術を用いて意識様をこの世界に召喚したのです」

「召喚魔術だと?」


 意識は若干嬉しそうに眉をしかめた。


「召喚魔術という概念なら理解しているが、人間を召喚するなんて想像の中だけの話だろう? いや、しかし、そうか。お前はさっき『この国』ではなく『この世界』と言っていたな」

「お察しの通りです。意識様のいた世界とこの世界は異なる世界であると考えております」

「ならこの世界でそれが可能でも不思議じゃない……のか。知らない場所につれてこられたと思ったが、どうやら俺が不覚を取ったわけじゃ無いらしい」


 意識の表情が真剣な物に変わる。先程の軽薄な態度が偽りだったのではないかと、そう思えてしまうほどの変わりかただった。尊大な態度は相変わらずだったが。


「だがだとすると、お前は俺の事をどの程度知っているのか怪しくなってくるな。他の世界の知識を得るのはそう簡単な事じゃ無いだろう」

「はい。私たちにわかっていたのは、あなたが人間でありながら多くの人間を殺めた殺人鬼であろうという事ただ一点です。ですが私たちにとってはそれで十分でした」

「……殺して欲しい奴でも居るのか?」


 見定めるように意識は問いかける。そして、


「言っておくが、俺を暗殺者代わりに使おうとしてるならお前は酷く後悔することになるよ」


 続いたその言葉は、不穏な空気を作り出すのに十分な殺気を伴った物だった。


 今度こそ、部屋にいたメイド達とヴァルスは分かりやすい形で反応する。ヴァルスはプリメラと意識の間に盾のように割り込み、メイド達はそれぞれが自らの武器に手をかけた。一方で意識は座った体勢のまま涼しげな表情で――しかしいつの間にかその手で刃物を握っていた。メイドを殺したときに使用した何の変哲もないナイフだ。


 まさに、一触即発の状況。


 最初に口を開いたのはヴァルスだ。


「お嬢様! やはりこの男は危険にございます!」

「危険? それは俺の台詞だ。どいつもこいつも武器を取り出しやがって、人でもぶっ殺すつもりかよ」

「貴様……」

「やめなさい」


 ぴしゃりと、はたき落とすような口調でプリメラは言った。


「私たちは意識様に物を頼んでいる立場なのよ。全員武器を仕舞いなさい」


 そして、文句の一つなく武器をしまい構えを解く従者達を見て、意識は感嘆の声を漏らした。


「なるほどお飾りの女王様では無いわけだ。ならば余計なちゃちゃを入れた事に付いては俺の方が謝罪するべきだろうな」

「いえ、謝罪するのはこちらでございます」


 威嚇の次は謝罪か。


 ころころと態度と表情を変える意識を、プリメラは測りかねていた。まるで汚れた水の底から何かを救い上げようとしているかのような不安定さ。サイコロを振るような不確定さ。この男の正体も目的も方向性も何もかもわからない。


 プリメラは慎重に、更に慎重を重ねて言葉を選ぶ。


「意識様のおっしゃる通り、人を一人か二人殺したいだけならば暗殺者に頼むのがこれ以上ない道理でしょう」

「暴力的な発言だな、一人や二人では足りないらしい」

「その通りです。ですがその程度ではありません」

「ほう」

「しかしそれに付いて話すには、まずはその経緯から説明するのが最も確実だと考えているのですが」


 ちらりと、プリメラは意識の様子を見る。人によっては回りくどいと苛立ててしまうような、迂遠な言い方だっただろう。しかし、意識は余裕を保ったままだ。短気では無いらしい。


「かまわない。どうせ用事は全部消えたんだからな、いくらだって聞く時間はあるさ」

「ありがとうございます。では、まず語るべきはこの世界についてでしょう」


 そう言って、プリメラは一枚の地図を机の上に広げた。


「この世界は百二十八の国からできております。そして、かつてはこれらの国は世界の中央で分かたれるように『六十四の白の国』と『六十四の黒の国』に分類されていました」

「お前が二十八国目の女王と言ったのはそういう事か」

「そのとおりです。それぞれの国には数字が割り振られているのですが、東側の国には偶数が割り振られておりますので、私は黒側の王という事になります」

「偶数が黒の国で奇数が白の国、か」

「しかし今となっては、そうだった、と言うのが適切でしょう」

「今は違うと?」


 静かに、プリメラは頷く。


「一千年以上前、黒と白の間で戦争がはじまりました。きっかけは地上に降りてきた神の気まぐれとも言われていますが、伝説と言っていいような確証の無い話です。ですが間違いなく起きている事として、この世界の根底にあるようなルールが変化しました」

「ルール?」

「本来であれば、黒の国民は白の国では本来の力を使えずその逆もまた同様なのですが、そのルールを打ち砕く存在が生まれたのです。ただそのルールを無視できるというだけではありません。その力を持つ人物が敵対する国の中に入った場合、その人物がその国の中に居る限りそのルールを文字通り打ち砕く事が出来るようになったのです」

「つまり黒側が白側に攻め込む事もその逆も出来るようになったわけか」

「その通りです。私たちはその力を持つ者たちの白側を『勇者』、黒側を『魔王』と呼んでいます」

「『魔王』だと」


 意識が割り込むようにその単語を復唱する。その姿は、驚いているようにも楽しんでいるようにも見えた。


「それならば辻褄が合う……のか? いや……まぁいい。プリメラ、お前ら人間じゃないんだな」

「はい」


 核心をつくようなその問いに、プリメラは迷うことなく回答する。


 最も状況を左右しうるその答えは、いつ開示すべきか常に考えていたのだ。最後まで隠しておく可能性も考慮していたが、意識を相手にそのメリットは少ないと彼女は判断した。


 それが正しかったのか知るすべなど、今はまだあるはずも無い。だけど、一つ間違いなく起きた変化として、意識は感情を無くしたように無表情になった。数多の人間を翻弄してきたサキュバスの女王であるプリメラにすら、何一つ読み取れないほどに。


 そして、意識は呟く。


「お前らは俺に人類を滅ぼして欲しいのか」

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