Alien-hand syndrome
「隊長…?」
そう落とされた言葉に、またか、と小さく溜息を吐き出し何でもないと首を振
る。伸びていた自分の手を所在なさげに動かしてから近くにあった空のカップ
を手に取り、コーヒーをいれてくれないかと不思議そうに此方を見つめる副官
に差し出す。
快く承諾しコーヒーを入れ始めた副官の後ろ姿に目をやりながら、どうしたも
のかと軽く髪を掻いた。
副官である彼、否、彼女と恋人の関係になったのは先日で、何処となくぎこち
なさも感じながら満たされた時間を過ごしていた。
そんな時に現れた問題がこれだ。
気を抜くと彼女に手が伸びている。決していやらしい事ではない。
だが、ふとした瞬間に彼女の手に触れていたり、髪に触れていたり、まるで手
をエイリアンに乗っ取られたかの様な現象に溜息の数は増える一方であった。
「最近、溜息が多いですね」
「ん…そうか?」
「そうですよ。何か心配事でも?」
「いや、心配事、でも…いや……うむ」
思わず言い淀むとカップをデスクに置いた彼女の顔が心配そうな表情になる。
どうしようかと口を数度開いてから軍帽を少し深めに被ってまた溜息を一つ。
「…手がな、最近の悩みだ」
「手ですか」
「…どうにも、君に伸びてしまう」
「…手がですか」
「……いやらしい意味ではないぞ」
「……分かっていますよ。それで最近、溜息が多かったんですか」
そうだ、とまた溜息混じりに頷くと流れ出した沈黙に若干気まずさを感じてカ
ップに口をつける。
ちらりと軍帽から目を覗かせ彼女を伺うと彼女もまた軍帽を深く被って目線を
下げていた。
嫌われてしまっただろうかと彼女を見ていると短く切り揃えられた茶髪から覗
く耳の淵が赤くなっている事に気付き目を細める
「…中尉?」
「……実は、僕も最近悩みが一つありまして」
「君にもか」
「…隊長をすぐ目で追ってしまうんです」
「…それは」
「隊員の前でしてはいけないと思って気をつけているのですが、つい」
「…もしかして、最近、軍帽を深く被っているのは」
「それを隠す為です。隊長も……最近、後ろに手を組んで立っているのは、きっと僕と同じ理由でしょう?」
「バレていたか」
「当たり前じゃないですか」
どこか拗ねたような照れくささを隠す声音に思わず笑うと、笑わないで下さい
と言葉が飛んでくる。それも何処かおかしくて笑みを零していると彼女が軍帽
から碧眼を覗かせ、形のいい唇をへの字に曲げた。
凛とした彼女の可愛らしい行動に悪戯心が僅かに湧き上がり軍帽を置いて薄く
笑みを浮かべる。
「…アニタ」
「仕事中は呼ばないでください」
「書類はもう終わったさ」
「え…」
デスクを見る彼女の頭に手を伸ばす。
驚き見開かれた彼女の透き通った碧眼を見つめながら、そっと唇に吸い付いた。