壱:混ざり合い、その先にあるもの。――続・伍。
次話です。
日時 同日。 場所 第一能力混在学園内。
「どこのどいつなんだよ……全く」
ただでさえ広い学園内を僕は血眼になって探す。軽く迷子である。だが、諦める訳にはいかない。――元に戻さないといけないのだ。僕は自分自身を鼓舞し、再度走る。
何をこいつは探しているのか、と焦っている僕とすれ違う生徒は思うだろう。しかし、いちいち答えている暇などないのだ。……そもそも話し掛けられないのだけどね。
僕は生徒手帳に載っている学園内図を頼りに、あらゆる所へ足を運んだ。
部活の見学? 違います。 あれ、部活の見学かな? 違います。 いやぁ、うちの部活さ、部員足りなくて困っているんだよ。 いや、妄想部って何ですか?
幾度の勧誘を搔い潜り、眼前に現れたベンチに腰を降ろした。隣にあった自動販売機にて購入した缶コーヒーで乾いた喉を潤す。……ブラックにっが。
「詰んだRPGゲームの主人公ってこんな気持ちなんだろうな……ああ、すまない王様、王国守れないや……」
背凭れに深く凭れ、ベンチをフル活用する。というか、体に力が入らない。こんなにも走ったのは中学時代以来であろう。別に、陸上部に所属しており青春していた訳ではない。狂った特殊能力者に絡まれ、『骨を折ってやる』と叫びながら追いかけて来た時に、死ぬ気で逃げたという良くある話である。もし捕まっていたら、今の僕はここにいない。……ああ、恐ろしい。
なんて昔の思い出を思い返していたら、不意に肩を叩かれたのでビクッと情景反射する。
「ねぇ、君……ここで何しているのかなぁ?」
「何しているって――休憩……です。あの……生徒会の人が僕に何か用ですか?」
僕の肩を叩き、警察官のような一声放った女子生徒の腕には生徒会とプリントされている腕章があった。嫌な予感がするんですけど。
「休憩ねぇ……うーん、なんていうのかな。生徒会に相談って言うか、情報って言うか、通報と言うか……学園内を不審な生徒が走り回っているって話が来たんだよ。その男は鬼のような形相で走り回っていて今にも人を殺めそうな感じだから怖いってねぇ。――うーん、その男の特徴が君に一致していたから話しかけてみたんだけど……君、何かした?」
「……していませんよ」
本当に何もしてないからね? ちょっと、そんなに顔近づけないで。いい匂いするんですけど……じゃなくて、今は誤解を解かねば。
「本当に何もしてませんってば! 僕は一生懸命、人を探していただけですよ」
「……探して痛みつけようとかぁ?」
「しませんって‼」
「それじゃあ、何をしようとしていたのかなぁ?」
「……僕が何かするって考えをまずやめませんか? ――それに逆ですよ。こちら側が何者かにしてやられたんですよ。だから、僕はその犯人を探していただけです」
ふむふむ。と腕を組み頷いている。……この人はちゃんと理解できているのか?
「要するに、君は犯人を探している訳かな?」
「要するに、その通りです」
「……でも、学園内を走り回ると言うにはいけ好かないなぁ」
「そんなに僕を取り締まりたいんですか……」
生徒会ってこんな人で構成しているのかい? これからの学園生活ちょー不安ですよ。
「まぁ、君には後で反省文を書いてもらうとして――君が鬼の形相で人探しをしている話を詳しく聞かせてもらおうかなぁ」
女子生徒はそう言うと、勝手に空いている僕の横に腰掛けた。近くない? え、近くない? あ、女子に対して免疫足りてないんで……僕、純粋だね。
そして僕は、どぎまぎしながらこれまでの経緯を女子生徒に話した。カップルっていつもこんな状況に浸っているのですか? あー羨ましい。
「それじゃあ君はその娘が、急にらしくない事を言い出したのは誰かの特殊能力の仕業って言いたいんだね?」
僕は縦に首を振った。気付けば先ほど買った缶コーヒーは空になっている。自分の女子に対する免疫の無さにコーヒーの苦みよりも苦いのでは? なーんて思ったり。
「ふーむ」
考える人の真似? 女子生徒は考え込む。しかし、何を考え込むのか僕には考えられない。この学園内に起きたおかしな事は、大概が僕と同じ有色の生徒の仕業であろう。能力行使自体を校則違反として強いれば良いものの、この学園は能力行使による人権侵害、暴力行為、不正行為等々を指定しているが為に、使用の隙を与えてしまっているのだ。まあ、学園側は何を目的としているのか、それこそ分からないのだが。
しかし、こうも身近に被害者が出ると考え直して欲しいと思う。未だ、カンニング事件が解決していないと言うのに――。
そして、黙り込んでいた女子生徒は急にパンッと手を叩き、「分かっちゃった!」と言わんばかりに笑顔を咲かせた。
「その犯人って、私だぁ‼」
よーし、説明よろしく‼ ……って、マシでこの人頭大丈夫なのか?
僕は困り顔で返した。
定留 日和は僕と同じ有色の生徒であり、その特殊能力は普段表に出さない裏の人格を引き出す(おいでよ、裏人格能力)と言ったものらしい。能力名は自作だという。定留は学園内をパトロール中、一人でしょぼんと落ち込んでいる女子生徒を発見して話しかけてみたところ、
部活の事で上手くいっていないと聞き、「これはこれは大変だぁ」と定留の脳内で悩んでいる女子生徒を楽にしてあげようと意見が上がったらしい。
そして定留は能力を行使し、女子生徒の裏人格を呼び出したという。しかし、定留の考えは良い方向へ転ばず、更に女子生徒(周りの生徒(僕))まで巻き込み、追い打ちを掛ける形でこんな参事になったのだ。親切が余計なお世話になった話である。
「それでも、私の能力には時間制限があるからそろそろ切れている頃だと思うよぉ?」
思うよぉ? じゃねーよ。どれだけ、僕が走り回って不審者扱いされたと思っているんだ。ったく……カマキリみてーな女子だったらぶち切れていたわ。
「でも私思うんだぁ――一応、私の能力は裏の人格を呼び出すって言っているけど……実は、その人の本性を呼び出しているんじゃないのかなーって。だって、人って誰だって表側が本性とは限らないじゃん? 裏が本性だってこともあるだろうしぃ、やましい事があったら人って裏側に隠したいじゃん? ――だから言っちゃえば、ウソ発見器みたいなぁ?」
キラキラっと定留の背景には星が輝いて見える。わー、すごい。君、出身は? ひよりん星だよ‼ とか答えちゃ駄目だよ?
とまぁ、しかし人の本性を呼び出す能力とは酷な話ではないのだろうか。知りたくなかったことだって知ってしまうリスクだって背負っていると言うのに……。
「うーん、でもその娘さ何かおかしなこと言っていたのぉ? らしくないって話だけど……そっちの方が本性なんだから、らしいはずなんだけどなぁー」
いえ、あれはらしくないです。あんな佐伯は佐伯じゃない……とは言っても定留の能力がそのような能力だから、信じがたい事実になってしまうので……と、考えるのはここまでにしておこう。それ以上考察するのであれば、佐伯の人権侵害になる事間違いなしである。
「とりあえず……能力の効果が切れているのならそれで良い。それと、僕は本当に不審者ではないから生徒会の方でも大きな問題にはしないように頼みます。それじゃ――」
長く座っていたベンチから腰を上げようとした時、それを阻止するようにグイッと制服を引っ張られた。まだ、何か? 表情で伝えると、
「えへへ、学園内を走り回った反省文はちゃんと書いてもらうからねぇ?」
定留……笑顔は可愛いのにもったいない人だ全く。――僕はその後、可愛い笑顔の定留に生徒会室へ連行され反省文をびっしりと三枚書かされた。
ふらっふらの僕は部室へ戻ると、夕日が差し込むその部屋で佐伯が一人椅子に座り、
「おかえりなさい」
と、そして外を眺めていた。定留の能力に掛かっていた事に関して自覚は無いのだろうか。と思ってもみたが、帰りに学園内に設置されている自販機で飲み物を奢ってくれるといった佐伯らしくないアクションに、僕は佐伯なりの贖罪だと受け取り、僕はそれ以上、今日の話はしないと心に誓って、飲み物を受け取った。
帰り道、佐伯に奢って貰った飲み物を堪能しながら歩く――。
やっぱり美味しいね、カフェオレって。
僕には苦い経験よりも、多少甘い方が好きなのである。
まだまだまだ、更新します!