壱:混ざり合い、その先にあるもの。――続・参。
ネットの関係上で遅くなりましたが、次話を更新します。
お付き合いいただけましたら、幸いです。
日時 同日。 場所 第一能力混在学園外。
逢引(assignation)男女が隠れて逢う事、人目を忍んでデートすると言ったところ。さて、問題です。「デート」を日本語で何と言うでしょうか? 答え、逢引です。 と、スムーズに返す事が出来るだろうか。――僕には無理である。この時代、「デート」という行為をソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に堂々と書き込みをするカップルがいるのは皆さん、ご存じであろう。それを見て、グサッと刺さる者もいるかも知れない。言っておくが大丈夫だ、何も恥じる事は無い。僕だって刃渡り凄いのが刺さる時だってある。
つまるところ、「デート」を日本語に変換した所で、「忍ぶ」という言葉が説明に含まれることなく、意味までもが変換されてしまうのである。――あるのだが、言ってしまえば文化の違いも当然のようにあり「デート」を僕らの言語に直すといった問題に適当な答えなど、端から曖昧なものでしかないのである。
とまあ言ってみるが、この状況下を僕は「デート」と曖昧な表現をしても良いのか、そう言った問題は曖昧では無く、明確に鮮明に答えが出ている。
「美味しかったですね、白木君。私は今、とっても幸せな気持ちで満ち溢れていますよ」
「――それは良かった。僕だって、とっても満足しているよ。なんせ、お腹いっぱいになった体を運びやすいようにって、佐伯の心優しき言動で僕の財布が余計に軽くなったんだから……もう、涙まで出ちゃいそう」
この状況が「デート」なのか。――それは否である。
「でも、歩きやすいでしょう? 食べた後は動かないと、余計な脂肪が付いちゃいますからね――運動、運動っと」
隣をルンルンと機嫌が分かりやすく歩く佐伯を僕はため息交じりに意識する。
「……しかし、佐伯があんなにも大食いだったとはな。ありゃ、柔道部男子と並ぶぐらいの良い食べっぷりだったぞ……ほんと、恐ろしい」
「恐ろしいってなんですか、失礼な。――あれでも、ちゃんと抑えている方ですよ? 私だって女子ですから、異性の前でみっともない姿は見せられません」
「……そう……すか」
女子に対してデリカシーの無い男ね‼ みたいな空気を漂わせているが、佐伯。残念な事に制御しても尚、サイクロン式掃除機と並ぶ程だったんだよ。ほんと、金まで吸い取られた僕は、どうすれば良いのですか? イギリスさん。
それから、電灯が辺りを照らすこの道を進むテンションの差が明らかに違う僕らは、佐伯が唱える「食べた後は運動しないと脂肪が付いちゃう」論故に、近くの公園に寄る事となった。
電灯がベンチをポツンと照らしている。劇中、登場人物をピンライトで主張しているそんな感じ。そんな木製のベンチを限界ギリギリで座っている僕と佐伯に間には人が二人ほど座れそうだ。なに、この距離感……シーソー?
「静かですね、この公園」
「そりゃ……この時間に公園で遊んでいる子供たちはいないだろ」
「でも、見てくださいよ。ブランコ……揺れていませんか?」
「……え、いや……」
うわ、こわ。なんで揺れてんの? でもよく聞くよね、独りでに揺れているブランコを目撃したら不幸になるって――うわ、余計こわ。
「あれれ? 白木君、怖いのですか? もしかして、怖がりですか?」
「ま、まさか……僕は、決して怖がりでは……ない。 ――あれだ、科学で証明できない事象に恐怖という感情を抱くだけだ」
「それを怖がりって言うのですよ」
分かっていますよ、そんなことぐらい。
佐伯は僕の弱みを見破った事が嬉しいのか、ニヤニヤと良い笑顔ではない。しかし、そんな佐伯はボソッと、
「でも……私からしたら有色の人種は科学で証明できない事象に分類されますけどね」
公園を抜けた遠くを見つめ呟いた。確かに佐伯の言う事は僕にも言える事である。僕視点というか、有色の人種に身を置く人間は無色という人種を理解する事が出来ないのである。
どうして能力が使えるのか。
どうして能力が使えないのか。
そうやってお互いにお互いを意識し、混ざり合うことなく二つの人種は別れたと歴史の教科書に書いていた。それでも同じ人間として理論的に説明できない事を受け入れるのは難しいのだ。
「佐伯は有色の生徒と仲良くしたいって堂々と啖呵を切っていたが……怖くはないのか?」
「それは、僕が怖くないのか? という質問ですか?」
佐伯は質問に質問で返す。僕はそれに答えようとしたが結局のところ、佐伯が先に答えた。
「――私は決して怖くはありませんよ。確かに、私とは全く異なる人間ですが、面白いじゃないですか? だって……考えてみてくださいよ? 価値観の違う人との触れ合いなんて、新しいことだらけです。ですから――」
佐伯の声は風に乗る。暖かい春の夜風に舞い上がる。僕の頬を風が掠め、佐伯の声は僕の心を掠める。止まる事の無い時が今の時だけ止まっているような。僕は陥った。
「私、白木君のこと怖くないですよ。むしろ、もっと知りたいです。白木君の価値観、世界観を私の価値観、世界観を共有したいです。混ざり合って中和して、そこでまた新しく生まれる世界で楽しみたいです。――絶対、楽しいはずですよ。私は、そう思います」
心地よい旋律を僕は黙って聴くことしか出来なかった。いや、ずっと聴いていたかったのかも知れない。佐伯の描く理想が余りにも綺麗過ぎて――
「僕も……そう思う。いや、そうだったら楽しそうだと思う」
何か言葉を返さないといけないと、僕は嘘を吐いた。真っ白で雑色もない佐伯のキャンパスに僕の色を落とすのは禁忌であると、僕は嘘を付いた。
それに佐伯は、僕の嘘を見破ることなく笑って返す。幼気に見えた少女の笑顔は僕の心にポツンと一つの色を落とした。
「……それでは帰りますか? そろそろ夜も更けに向かっている事ですし、あまり遅くに帰宅すると寮の管理人から怒られますからね」
佐伯は解散を提案すると、立ち上がりパンパンっと制服のスカートを叩く(はたく)。僕もスマホを開き時刻を確認する。
「そうだな。男子寮の方は時間にうるさくないんだが女子寮は厳しいんだろう。――すまない、こんな時間まで」
「いえいえ、公園に寄ろうと提案したのは私の方ですから白木君が気にすることではないですよ。それに、門限が午後七時っていうのも気に食わないですもん。年頃の女子は夜の街へ繰り出して、はたまた男子と夜景デートなんてシチュエーションを味わってみたいものですよ? それを学園側は……全く分かっていません」
「そうは言っても女子は何かと危ないから……学園側も色々と考慮した結果だろうな」
「なんと白木君は学園側の味方ですか? あー今、うちの女子生徒全員を敵に回しましたよ? ――それに大丈夫です。うちの学園は能力を駆使する女子生徒もいる訳ですから、簡単に痴漢に遭遇することなど――」
「それじゃあ、佐伯はどうなる?」
いきなり言葉を被せた事にポカンとしている。加えて佐伯は全く分かっていない。
「佐伯は有色を怖くないと言ったが、少しは能力を使える僕らの事を怖がった方がいい。未だ、どんな能力を使える奴が存在するかハッキリしていないんだ。そして何を考えているかも分からない奴だっている。佐伯は自分の身をもう少し大切にするべきだ」
有色だらけだった僕の世界では犯罪染みた事は日常茶飯事だった。無色の人間たちは平和に慣れ過ぎている点があると聞いたこともある。学園の設立だって反対があったはずなのに。
「私の心配をしてくれているのですか……? 白木君も少しは大人の対応も出来るようになったのですね」
「僕は本気で――」
「分かりました、訂正します」
風にゆらゆらと靡く長い髪を佐伯は手で払い、僕との距離を縮める。手を伸ばせば佐伯に触れてしまう位置で止まり、僕の瞳を奪った。
「今後は自分が無色であることに意識して有色の人と触れ合います。今後は受け身で受け入れるのではなく、身構えます。でも――白木君は怖くありません。今後も怖くはありません。初めて関わりを持った有色の人間として私は白木君を信頼しています。なので、白木君も私のことを少しは信頼してください。無色だからって壁を隔てないでください。まずは、白木君――あなたと距離を縮めたいです」
佐伯を途中まで見送った帰り道、僕は空を仰いだ。暗い中に一つの光。僕に落ちた一つの色と似ている。
仰いで見えたものは決して混ざり合うことは無い。だが、僕は落ちた色に取り込まれそうになる。綺麗なものに惹かれてしまう。
思い出す度に、引き込まれていく。そして、僕はまた一つ思い出し立ち止まった。
「……ブランコ」
背筋が凍りつくような暖かい風が僕の背中を押す。それに任せて、僕は急ぎ足に変えた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
只今、スマホの回線でパソコンを繋いでいますので、
また、次話を更新するのに期間があくと思います。
ですので
続けて次話を更新します。
そちらの方も付き合いください!