漆:人の想いはそれぞれで、それぞれが幸せの在り方。――開始。
漆パート開始です!!
お付き合いください!!
日時 六月二十二日。午後四時過ぎ。 場所 第一能力混在学園教室棟一階能力部部室。
梅雨(Rainy season)五月から七月にかけて毎年巡って来る曇りや雨の多い期間のこと。「つゆ」又は「ばいう」とも読む。
そんなジメジメとした期間に人の心が晴れる訳もなく、ここ最近続いている雨に皆が沈んでいた。
更に偏頭痛持ちの人間は辛い思いをしているに違いない。その中の一人でもある僕は、どんよりとしている部室で重く感じる頭を何とか正常に保ち、前置きを語る。
いつもより、余計な前置きが少ないのは頭痛のせいであるのでご了承して欲しい。
「雨の日ってどうしてこんなにも暗く感じるのでしょうか。単純に考えたら空から大量の水の粒が降ってきているだけの話――もっと言えば、シャワーを浴びている感覚と変わらないと思うのですが……シャワーを浴びている時に暗くなる人はいない筈でしょうから、雨の日だって暗くならなくても良いのでは――って、話を聞いていますか、白木君?」
「うう……そうだな。確かに佐伯が言う通り、シャワーを浴びている感覚と変わらないのだとは思うが、良く考えてみてくれ。シャワーを浴びるという時間は自分があらかじめ決めてからその時間に浴びるだろう? 自分で決めているのだから暗くなる人は当然いない。余程のことがない限り浴びなくてもいいんだから。しかし、雨は違う。雨は僕らが決めた時間に降ってはくれないし、止んではくれない。浴びたくないのにシャワー室にぶち込まれ、びしゃびしゃにせられたら誰でも暗くはなるだろう? ――そういうことだ」
……くそ、頭痛い。
「ほうほう、でしたら白木君、こう言うのは――」
僕と佐伯の全く意味のない雨を関連付けた会話のキャッチボールは一時間を超える長丁場となった。
なぜ、そんな会話を一時間以上も部室に籠って行っているのか。理由は明白である。
「……と言うか、佐伯。ここ最近、能力部はこんな感じなんだから、梅雨の期間だけ休部にしてもいいんじゃないのか? 事情を話せば、顧問だって分かってくれだろう。こんな調子じゃ、アニメ化されてもマジでチャンネル変えられてしまうレベルだぞ」
僕の例え話に佐伯は『いえ、文庫化すらされるのでしょうか』と訴えている表情で返してくる。
例え話ぐらい夢を見てもよくない? 夢は寝てみろ? あー、分かったよ、枕濡らしてやる。
「ですが――私たち、今やいざと言う時の為の『能力部』なのですよ? この学園の生徒たちにも頼られる程までに成長したではないですか。先週だって――」
「先週は、逃げた猫を探して欲しいと言う依頼に愚痴を話してスッキリしたいと言う依頼。それに僕が一番驚いたのは、バイト先の友達が胃腸炎で出ることが出来ないから、代わりにヘルプに来て欲しいって――いや、能力部とか既に関係なくなっているから⁉ 『能力部』って書いて『何でも屋』って呼んでるんだよ、周りの奴らは‼」
僕の手際の良さに店長からの誘いを断るのにどれだけ必死だったことか……。
「でも、似合っていましたよ? 白木君のバイト着姿。黒いバンダナとか、黒いエプロンとか、ほんと職人さんみたいでした」
「ど、どうして佐伯が知っているんだ……?」
「どうしてって……あそこは私の行きつけのラーメン屋さんですから。――あそこの醤油&豚骨ミラクルキラーラーメン美味しいですよね、毎日食べても飽きない程ですよ」
そんな言いにくいラーメンあったのか⁉
「てか、それならどうして話し掛けてくれなかったんだ。いや、気付かなかった僕も僕だが……それでも佐伯が気付いてくれているのなら――」
そうだ、話し掛けてくれたのなら少しはサービスも出来たかも知れない。しかし、それ以前に僕が佐伯に気付かないなんて……。
「それは白木君が、一生懸命だったからですよ。そんな白木君に水を差すようなこと出来ません。私は大人しくラーメンを食べて帰った。ただ、それだけですよ、ただ、本当に」
「……そうか。結構、人気な店でお客さんの人数も多かったから結構焦っていたんだ。いくら能力部とは関係ないにしても引き受けた依頼は責任を持って最後までやり遂げる。――そうなんだろ?」
「はい、それが私たち能力部です」
暗かった部屋の雰囲気が佐伯の笑顔に少し明るくなったような気がする。
それならば、僕の頭痛も飛んで行ってくれそうな気がして、僕はバイト中に出会った面白い客の話を佐伯に話した。
これで佐伯はもっと笑ってくれたのなら――と、
「……て、どうかしたのか佐伯?」
笑いとは裏腹に、佐伯の表情は曇っていた。空の色と同じように、佐伯は曇っていた。
だがしかし、その曇りから小さな光が零れた時に僕はふと閃いた。
「もしかして――もしかしてだが、芸能人のような変装にガッツリなラーメンを頬張り、その勢いに負け噎せ返りお冷をひっくり返した、あのお騒がせ野郎って……まさか……な」
ビクついた佐伯の反応は大正解と言っているようなものだった。
「――すなない、気付いてあげることが出来なくて」
何ということだ、僕が面白話として語っていたその人が、今同じ空間に居る佐伯だったとは。だからなのか、そうだから、僕は佐伯に気が付くことが出来なかったのだ。
そこに居たと言うのは誠であるが、その場に居た佐伯本人は偽りであったのだ。
「白木君……口堅いですか……? いえ、堅いですよね。堅過ぎてコンクリートも砕いてしまう程ですよね……?」
「口の堅さと、顎の強さは無関係だと思うのだが……心配するな、僕は口が堅い。それで数少ない信頼を築いて来たくらいだ」
佐伯の表情から今にも雨が降りそうだ。僕は必死にここだけの話だと安心させるために言葉を掛けた。
ただでさえ、暗い外であるのに部屋の中まで暗くなってしまったら居心地が最悪だ。
やっとのことで佐伯の表情が晴れてきたのは三十分後のこと、どっと出た疲れに僕は椅子に全体重を預けて凭れ掛かる。
先ほども言ったが、ここ最近はこんな調子の能力部。色々なことが凄く昔の様に思えてしまう。廃れてしまった様なこの感覚――何事もないと言うのは、それはそれで良い事なのだが、何事もなさ過ぎてしまうのならこの世界は止まってしまう。もっと言えば、この物語進まなくなってしまう。そんなことを僕が心配するのも可笑しな話であるが、独り言として語ってしまうのだ。
――全く、悲しい性である。
つまるところ、このような何も展開の無いパートとして終わってしまうのか。
「……はあ」
徐に吐いた佐伯のため息に僕はそう思ったが、この物語――そう言う訳にはいかないみたいだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
漆パートを迎えて、読んでくださる方も安定してきていると思います。
本当にうれしいです。
自分の描きたい世界・キャラ・展開、これらを自分以外と共有できているありがたさ。
なろうにも感謝しています。
僕の物語を読んで、少しでもキャラに感情を落としてくれたのならこれ以上に嬉しいものはありません。
今後、投稿頻度が下がる事もありますが、変わらずお付き合い頂けましたら幸いです!
よろしくお願いします!




