~プロローグ。
前回の続きを更新しました。
最後まで読んでいただけると幸いです!
日時 同日。午後四時。 場所 第一能力混在学園教室棟一階空き教室。
地獄のような高校生活第一日が終了し、そそくさと寮へと帰宅するべく趣ある木製の靴箱から自分の靴を取り出そうと手を伸ばした時に肩をポン、と優しく叩かれた時点までは良かった。初日から僕は誰かに呼び止められるような出来事を待ち望んでいる訳では無かったが、微かな希望が僕の心に強く根を張っていたのだろう。
感覚的直観で、僕を呼び止めたのは女性だと分かった。ふんわりと甘い香りも漂っていた気もする。正直、胸が弾んだのだ。
僕に気がある女性が、仲良くなりたいが為に僕を呼び止めたのだと。思春期の男子が考える事なんてそんなしょうもない事であろう。そうだ、僕もしょうもない思春期の男子なのだ。
だが、しかし。そうやって僕が前置きとして語るという事は、僕が想像していた妄想は到底のように脆く儚いもので、至ってシンプルな勘違いとして終わったのだ。
嗅覚を刺激したあの甘い香りは、僕の甘い勘違いからも漂っていたのかも知れない。
「――という訳だが……なにか質問でもあるか?」
「はい、先生」
「なんだ、佐伯?」
「先生の言いたい事は理解出来るのですが、どうして白木君までこの場に居るのでしょうか? そして、どうして白木君まで私と一緒に『能力部』に入部しないといけないのでしょうか?」
「逆にどうして白木がこの場に居てはならない理由でもあるのか? それに白木も私に向かって反抗しているからな、当然だろう? 加えてだな、白木が居ないと佐伯……一人でこの部活を活動させていくのだぞ。 ――この私でも流石に、可哀相だと思ったからな……うん、私の佐伯に対する愛情が白木も一緒にここへ呼んだ理由だな」
「……そうですか」
椅子が二つだけ用意されているこの教室に佐伯の小さな返答が消えていく。用意された椅子に隣同士座っている僕と佐伯は、目の前で胸ポケットにしまっているメビウスを一本取り出し、火をつけてフーと煙を吐く担任を呆然と眺めるしかない。
「……学園内って禁煙じゃないんすか……?」
「はぁ……例え禁煙だとしてもどこの、誰が、私が学園内で煙草を吸っている事を理事長に言うのだ? まさか――君らが言うとは思えんがな」
良くぞ教師にという職に就けましたね。
非喫煙者(未成年)が同じ空間+目の前にいると言うのに、お構いなしに吐き続ける煙に佐伯は痺れを切らしたのか、座っていた椅子から立ち上がり閉め切っていた窓を一つ、ガラガラと大げさに音を立てて開けた。
「先生、喫煙についてとやかく言うつもりはありませんが、周りへの配慮と換気ぐらい心がけてください」
強い口調で担任の口から吐き出る白い煙に負けぬよう佐伯も吐き出す。
「……はいはい」
そう言って担任は携帯用灰皿を取り出し、フィルター近くまで吸い終わった煙草を捨てる。そして、担任は開けた窓から吹き込んでくる風になびかれた長い髪をヒラッと直し、煙草の匂いと甘い香りが混ざり合って何とも言えない状況下に置かれた僕たちを交互に俯瞰すると、
「まぁ、そう言うことだからな……明日から早速活動してもらうぞ。この空き教室が『能力部』の部室と今日から上に通しておくから、何も心配することなく気兼ねなく放課後活動してくれ」
僕と佐伯は『はい』とだけ同調するように呟き、『それじゃ』と去っていく担任を横目で見送った。
流れてくる風に乗って部活生の掛け声が聞こえてくる。初日から、それも先輩も後輩もいないこの学年だけで外の部活はもう活動しているのか。
外の活気とは相反して、この教室『能力部』と名付けられる空間には話し声も聞こえない。と言うか、僕と佐伯すら相反する人種である。ここ、相反しまくっているのだ。
「なんて言えばいいのか……佐伯はちゃんと明日からここへ来るのか?」
無言の空間に嫌気が差し、隣で外を眺めていた佐伯に声を掛けてみる。
「それは……行きますよ。 行かないと先生がうるさいので」
「渋々っていう訳か――」
「いえ、渋々っていう訳ではありませんよ? 先生が言っていた様にこの『能力部』に所属することで私とは人種の違う有色の生徒と触れ合う事が出来るんです。そもそもこの学園に入学したのも有色のという人種に興味がありましたので……言ってしまえば願ったり叶ったりなんです」
相変わらず外を眺めながら僕の質問に受け答えをしていたが、『有色』と言う人種について話し出した時から、佐伯の視線はずっと僕を向いている。
どうしてそんなに僕の事を見つめるのだろうか。なんて思ったりしたが、答えはすぐに出た。
「そう言えば、白木君も有色でしたよね。白木君の特殊能力ってどのような力なのですか?」
興味津々、佐伯の白い頬にはそう書いてある。しかし、それについては佐伯を満足させられるような答えが僕に出来るのか――皆無である。
ただでさえ、この学園に通う前の中学時代三年間、いや、生まれてから今日まで僕は有色である事に自信が持てなかったのだから。
「……僕の能力は――」
「白木君の能力は――?」
やばい、変に言葉を溜めた様に思われてしまった。喉が渇いて唾を飲み込んだだけなのに。
佐伯の頬の『興味津々』は黒文字から赤文字へと変わっている。とても、言いづらい。
しかし、ここで言わないのも変に期待させてしまうだけである。僕は正直に、僕の能力について知っている全てを吐いた。
「えっと……わ、分からないんだ」
僕の能力についてはこれにて終了である。佐伯の顔は、何とも言えない表情へと変わった。
しかし、そうなるのも訳ない。僕の方がおかしいのだから。
有色という人種にとって能力とは、いわば名前みたいなものである。自己紹介で相手に名前を聞いて『分からない』と答えを返されたら困惑するだろう。そういうものなのだ。十人十色の能力がある有色の人種が暮らすことが許されている西日本でも、僕の能力は能力であるのかも分からずして生きてきたが、僕の元へ有色の生徒として入学通知がこの学園から届いた時には、多少僕も有色として名乗って歩こうと思ってもみたが、思ってみたのだが、やはり、僕はおかしいのである。
「自分の能力が分からない……」
佐伯は僕の迷言に呆れているのか、再び夕日が暖かく差し込む外へ視線を向けた。僕に向けられた佐伯の背景は、夕日が逆光となり真っ暗に見える。
同じだ。あの日と同じ。僕は、いつしかの記憶をふと思い出してしまった。まだ、僕が僕自身を理解しきれてはいなかった淡いあの日。今に想えば、良き記憶として未来の僕へと受け継いでいっても良いのかも知れないが、今の僕がそれを阻止する。
佐伯が僕を知った結末としてあの日と同じように繰り返すのだろうと、僕は心痛から逃げるように席を立とうと脚に力を意識した時、外を眺めていた佐伯がふらりと髪を靡かせ、ふわりと振り返り、ふんわりと春の香りを漂わせ、一言を僕に向け吐露した。
「凄く、興味深いです」
沈みだす夕日に邪魔されて、佐伯の表情なんて鮮明に目視出来ないのに確かに聞こえた佐伯の声色は夕日より温かいものだった。
その帰り道、僕は自分の能力がどの様なものなのか。
「幸福」「愛」「救済」又は「不幸」「死」「攻撃」
もし、僕の能力が後者染みていたのなら、それでも佐伯は僕に『興味深い』と言葉を向けるのだろうか。そんな不安とは裏腹に心地よい春の宵の風に吹かれ、僕は歩き進める。
プロローグ・終了。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これまでにてプロローグは終了し、
次話から本編が開始します。
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