伍:確かな存在、奥深い場所へ。――続・陸。
次話投稿しました!!
お付き合いください!!
日時 同日。午後八時。 場所 第一能力混在学園男子寮五階508号室。
白木 星乃――白木 月乃である僕の血の繋がった妹である。現在中学二年生。学校生活は良好であり楽しい毎日を送っていると言う。
星乃の通う中学校は僕が卒業した母校でもあり、僕と同じく月乃も有色(能力者)である。そのような状況で楽しい学校生活を送ることが出来るのは月乃の人柄故の物であろう。
クラスでは委員長と言う立場に自分を置き、クラスの人気者と言った称号までも手にしている強者である。
加えて言わせてもらいたいのが、月乃の容姿のことである。実の兄から見ても月乃は整った顔立ちをしており、言ってしまえば美少女に分類される。昔の話、二人並んで歩いていても兄妹だとは思われることがなく、可愛いものに連れられているゴミ。そんな感じであった。
『妹を紹介してくれよ』そんな言葉は『おはよう』と同じように僕の中に定着しており、僕と言う存在は『白木 星乃』がいてからこそ成り立っていたと言っても過言ではないのではないかと、常々思うこともあった。
羨ましい? そんなことは無い。美少女の妹を持つとそれなりに苦労するのだ。
そして、問題なのは容姿だけではない。星乃の能力についてもだ。僕は有色という人種にて生まれながら今まで自分がどんな能力を使えるのか知らない。有色としては致命傷である。
しかし、僕と星乃はここでも違った。星乃の能力は『瞬間移動』という種類に当てはまるが、丹川のような指定範囲内の移動ではなく、オールフリー。どこへでもなんでも移動させることが出来ると言った『瞬間移動』最高レベルの能力を備えていた。知らない土地でも住所を言えば可能になり、液体や気体ですら移動させることが出来る。だが、一度に移動させることが出来る重さが決まっており、百キログラムまでと言う。
だとしたのなら、オールフリーではないではないか。そんな風にも言われてしまうだろうが、実際自分の体重を含めた百キロ以上の物を瞬間移動させてほしいだなんてお願いは初めからきやしない。
そんな訳で僕と星乃は兄妹であり違うのだ。有色としての才能、人間としてのスキルを全て吸い取られてしまったようなのだ。
なんとも儚い話ではないか。そのような妹に『パンツを貸して欲しい』だなんて電話を掛ける兄が他にいるのだろうか。――いないだろ、ここにしか。
『理由は分かったよ、お兄ちゃん。それじゃあ、そっちに向かうから住所を教えて?』
僕は住所を教え、瞬間移動先は直接この部屋にと付け加え電話を切った。
『もうしばらくの辛抱だからな、我慢していてくれ』と、普段こんなにも長風呂をしない筈の佐伯中学生へと声を掛けて、どっと噴出した疲れに圧され僕はソファーに倒れ込む。
どのような形であろうと妹との再会は僕にとって頭が痛い。良い機会でもあるし、僕が妹との再会を懸念する理由を星乃がパンツ片手にこの部屋へとやってくる前に話しておこう。
何事にも出来事がありきっかけがある。嫌いになるきっかけも好きになるきっかけも、全てはそのきっかけから始まりそのまま進んでいくのだ。
そしてそのきっかけとやらは普段の生活のあらゆるところで起き、あらゆる方向へと進路を変えて行く。
僕が妹へ抱くこの気持ちも特別な出来事で起きたわけじゃない。当たり前の中で起きたとても突発的なきっかけなのだ。
遡ること、一年前。そんなに遠い過去の話ではない。僕が黒い学生服に身を包み、自分自身といった真っ白なアイデンティティをその学生服で覆い隠していた頃の話。
馴染めてもいない、友達もいない、退屈で仕方がなかった中学生の僕にある日の放課後、見たこともない女子生徒に呼び出しを食らった。
その見たこともない女子生徒というのは別にこの学校で死んでしまった女子生徒の幽霊が、とかそんな話ではなく至って普通に僕が見たことのない女子生徒である。それも仕方ないことで、ただでさえ同学年に友達がいない僕が二個年下の後輩に面識があるはずがない。
僕は『なぜ?』という気持ちが勝りその日は呼び出された指定の場所へ足を運ぶことなく普段通りに帰宅した。
どうせ、いたずらの類であろう。指定の場所へ向かいと、一人の女の子が待っていて『好きです、付き合ってください』と顔を赤らめながら告白をかまし、そのような経験が皆無と言っていい程の僕が宇宙誕生レベルに飛びあがり喜んだところで、木の陰から高らかな笑い声と蔑むような視線で煽ってくるのだろう。
どうしてだ、どうして孤独に一人で大人しく学校生活を送っている時点で既に追い込まれていると言うのに、それに追い打ちを掛けるかの如く、いじめてやろうと思うのだろうか。
僕には理解できない。――そんな結論を決め込みその日は就寝した。
次の日、同じように呼び出される。そして、いかない。
次の日、また同じように呼び出される。当然、いかない。
次の日、またまた同じように呼び出される。いや、どんだけ僕を笑い者にしたいんだよ。いかない。
次の日、またまたまた同じように呼び出される。いかない、とさすがに出来る訳もなくこの日は渋々向かうことにした。この調子なら、僕が向かうまで続くのではないか。それならば、素直に笑い者へとなってやり、周りを楽しませてあげようではないか。
僕は、これほどまでに足取りが重たい道を歩いたことがない。
怖いと分かっていて見る映画、臭いと分かっていて嗅いでしまう物、いじめられると分かっていて進む道。
憂鬱とは今の僕のことを差すのだと自分で納得してしまったその時、近づいていく待ち合わせに指定された場所には案の定、女子生徒が一人で立っていた。
僕は覚悟を決めその場所、その女子生徒の前へ堂々と立った。女子生徒は恥ずかしい演技をしているのか、顔が見えないように俯いている。
こちらから話し掛けないと物語進まない仕様になっているらしい。自ら地雷を踏みに行くようなものだ。
だけど、僕は長時間この場所で立っている訳にはいかない。買い物を済ませて早く帰宅し、夕飯を作らなくてはいけないのだ。豪勢な夕飯、僕に作れるかは分からないが、今日はいつもよりは張り切らなくてはいけない。
今日は妹の誕生日、祝ってやると約束したのだ。プレゼントだって、こそこそとバイトした金で買ってある。
星乃の喜ぶ顔が待っていると考えると、今から行われる悪の祭典なんか屁でもない。
『……話があるってなんだ?』
『え、あ……その……』
『黙っていちゃ分からないだろう? 毎日暇そうに見えるだろうが、僕だって時間が有り余っている訳じゃないんだ』
『――ごめんなさい』
『……それで?』
『実は――』
好きです、付き合ってください。先読みしていたとしても一度は言われてみたいものだ。これが本物だったら良かったのに……。
俯いている姿からみると、実はカツラを被った男じゃないのか。そんな妄想まで僕を傷つける。
星乃……何が好きかな。これからのことは考えないようにしよう、耐えたその先にある楽しいことを考えよう。
僕はそう気晴らしを、目の前の女子生徒は今にも喋り出しそうだ。再び覚悟を決め、奥歯を噛みしめたその時、
『好きです、付き合ってください‼』
同時に露わとなった女子生徒の赤らめた顔は、何よりも真っ直ぐ僕を見ていた。目と目が合う瞬間、いや目と目が合う瞬間から数秒後、僕は固まった。
早く帰らなくては、告白されたときの展開、何を作ろうか、そんな脳内で考えていたこと全てが吹き飛んだ。
そして僕自身のように真っ白になった。無様に真っ白だ。
『……星、乃?』
ようやく言葉が出たのは真っ白になって更に数秒後のこと、目の前で僕に告白した女子生徒が僕の妹であると認識して数秒後のこと。そしてその数秒後、妹まで使って僕を笑い者へと仕立てあげようとした人間をどうやって償わせようかと、拳を力いっぱい握りしめた後、
『……ごめんなさい、お兄ちゃん』
と、星乃が泣く。
『――星乃、誰に言われた? 誰に言われてやったんだ?』
『……ううん、違う、違うの、お兄ちゃん』
『分かってる、お前だって嫌だったんだろ? 無理やりだったんだよな』
次々に溢れ出てくる妹の涙に、僕の怒りは溢れ零れそうになる。どうせ、木々に隠れているんだろう。探して捕まえてそれから――。
ギュッ、行こうとする僕の裾を星乃が掴む。
『どうした、星乃。どうせ、誰かが僕らを見て――』
『だから、違うの……お兄ちゃん』
『大丈夫だ、ちゃんと分かってる。お前に無理やり嫌なことを――』
『……違う、私――本当に、お兄ちゃんのこと好きなの……‼』
『……え』
何を言っているんだ? 星乃は何を、何を……。
『私、お兄ちゃんのことが好きで好きで好きで大好きなの‼ だから、告白して……して……お兄ちゃんと恋人同士になれたらって……』
『お、おい……星乃? お前、自分が何を言っているか分かっているのか……? そ、それも、そうやって言うように誰かに言われたんだろ? そう……なんだろ?』
『……違う、私の気持ちは本物。お兄ちゃんと恋人になりたい……』
分からない、対応が出来ない。告白された相手が妹で嘘じゃなくて恋人になりたいってそう言われてでも僕は実の兄で相手は実の妹でどうすれば――。
お互いに見つめ合ったまま、無言が過ぎる。星乃が演技派ではない限りその目を見るからに嘘はついていない。
何か言わなくては。そう思った矢先、逸らせない視線の隅に動く影を見つけた。
『はーい、そこまでー‼』
『いやぁ、ハラハラドキドキだったねぇ』
『最初うちらの存在がばれちゃったのかと思ったよー』
ケタケタと笑いながら僕が捉えた影は姿を現した。女子生徒三人、見るからにそれっぽい。
『……みんな』
『いやぁー、星乃っち笑わせてくれるねぇ‼』
『マジですごかったよ⁉』
『そうそう、『お兄ちゃんが好き』ってキモ過ぎるからぁー‼』
星乃のクラスメイトの子たちだろうか。困惑している一人に、快楽する三人。
『でも、みんな応援してくれるって……』
『あはは、応援? ばっかじゃねーの⁉ 兄妹の恋愛とか誰が応援するんだよぉー』
『うんうん、キモいだけだから?』
『いや、でも星乃っちの真剣な表情を見る事が出来て嬉しいよ? いつもは周りを蔑むような笑顔振りまいてさー、ちょっと可愛いからって調子に乗っててさー』
『べ、別に調子に乗ってなんかない……』
『はぁ? あんたが男子にも誰振りかまわず笑顔振りまくから、勘違いした男子たちが告白して沈んでいってるんだろ⁉ ――俊介だって……俊介だって、あんたがいなかったら……』
悪の祭典。それは僕ではなく星乃へと用意されていた舞台だった。
騒ぎに駆け付けた教師によって、何とかこの場は収まったが星乃から僕に向けた感情は消えることはない。
帰り道、星乃の誕生日のことなど忘れて僕は止まっていた。
これからどうすれば良いのか。星乃が気にしないとしても僕が気にしてしまう。僕のせいで星乃が、僕のせいで……。
不穏な風が、その日の僕らを裂いたまま過ぎて行ったのだ。
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