肆:混ざり合った結果故の、不確信。ーー続・弐。
次話を更新します!!
少し長いですが、お付き合いください!!
「まぁまぁ、座ってよ‼」
部屋の作りは会議室のようなもので、長机にパイプ椅子そしてホワイトボードが立っていた。元気の良い女子が指をさして僕らの座る位置を指定する。言われるがまま、パイプ椅子に腰を降ろすと、
「今日はご協力感謝します‼」
様にならない敬礼のポーズを取って見せる。――てか、ご協力って……何ですか?
「そんな礼には及びませんよ。私たちは当たり前のことを引き受けたまでですから」
当たり前のこと? さっぱり状況が飲み込めない。否、飲み込みたくない。
「いえいえ、それでもこちらは相当助かりますから今日のお礼ぐらいはさせてくださいね」
にこにこ。えくぼがキュートなその女子はそんなことを言いながらも、ペンを持ちホワイトボードに何やら文字を書きだした。
大きな横文字、女の子独特な丸文字で書かれた文字が一つの意味を成した時、僕は諦めた。
『未然に防ごう。早期に解決しよう。みんな幸せ巡回作戦♡』
最後に書き足したハートがもう、可愛くない。
「今日は大型連休ということで、この商業施設も人で溢れています。それも、混在付属の商業施設なのでうちの生徒が沢山遊びに来ているわけです。しかーし、そんなに人が集まると――必ず何か起きまーす! そんな厄介ごとを速やかに解決しようと生徒会で巡回をしているのですが……なんと、人手が足りなさ過ぎて困っています……。そこで! うちの自慢すべき部活でもある能力部のお二人に助けを求め、快く引き受けて頂いたこと、我々、生徒会は嬉しく思っております‼ あ、申し遅れました。――私、第一能力混在学園生徒会学園外治安維持隊の隊長を務めさせてもらっています。丹川 心優と申します‼ 以後、お見知り置きを‼」
ぺこっと一礼。僕らも自己紹介をする。
「早速ですね、佐伯さんと白木君には巡回をしてもらいたいのですが……ここで一つ! 作戦があります‼ ――普段、我々、園外治安維持隊は分かりやすいように指定の制服を着て巡回を行っています。意味としては、我々の制服が目に付くと悪さを企む輩など警戒しますし、未然に防ぐといった点に繋がる効果が狙いなのですが、逆を言ってしまうと、隙を作ってしまうのです。しかし、それも我々の狙いであります。制服を着た園外治安維持隊の他に、私服で活動している園外治安維持隊も存在するのです‼ ――簡単に言うと、覆面っていうことです! えっと、今回我々はお二人にその覆面をやってもらいたいと思っております! ――こちら側が考えた設定としては、ラブラブカップルを装いその場に溶け込み尚且つ巡回してもらいたいと思っておりますが……佐伯さんと白木君‼ どうですか⁉」
「――どうですかって……」
そのハートはそう言った意味を差していたのか。ふーん、納得だ。……しかし、僕の取った反応は隣に座る佐伯から伝わって来たものをそのまま表しただけだ。
えー、白木とカップル役するのかー、それもラブラブだなんてー、信じらんなーい。
勝手な解釈だが、あながち間違いではないと思う。なかなか口を開かない佐伯を横目でチラッと確認するとぽかーんと上の空しているではないか。丹川の勢いに圧されたのか、それとも作戦に嫌悪感をものすごく抱き思考回路が停止したのか。どちらにしろ、僕は佐伯の意見を聞かねばならない。
「おい、佐伯? ……聞いているのか?」
「え、ああ……ちゃ、ちゃんと、聞いているわ。えっと、私と白木君がラブラブカップルになって溶けちゃえばいいのでしょ?」
「……いや、溶けてどうすんだよ」
珍しいこともあるものだ。佐伯が寝ボケていやがる。もしかして、体調が完全に復活していないのか?
「そ、それもそうね……えっと、丹川さん。――その作戦でいきましょうか」
「そうだな、やっぱり嫌なことは無理して――って……⁉」
「さすが、佐伯さん‼ 学園で才色兼備と言われているだけあるぅ‼」
「え、ちょっ――」
「そうと決まれば、早速巡回お願いしまーす‼ 我々の目指すものは『安心』『安全』『笑顔』ですから‼」
どこぞの警備会社みたいだけれど……。
きらっきらの笑顔で丹川は僕らを送り出す。
これが僕の黄金週間。
結局は、部活動の延長線ではないか。せっかくの休日が……。心で嘆いても虚しいだけである。ため息を吐きかけたその時、
「それじゃあ、行きましょうか。つっきー」
ドキリと心臓が跳ねた。
日時 同日。正午過ぎ。 場所 第一能力混在学園付属大型商業施設。
つっきーって……。
僕の眼前には、カフェラテを手元に落ち着いた様子の佐伯が座っていた。
「ねえ、つっきーこれ美味しいわね」
「……そう、だな」
僕らが只今いる場所は、屋上にあるお洒落なカフェのテラス。涼しい風を浴びながら嗜むカフェラテは確かに美味しい。美味しいのだが、僕は佐伯の様に落ち着いてはいられない。
「そう言えばつっきー、今日は何の日か分かるかしら?」
「今日……? えっと、今日は……」
何の日だ? 今日、五月四日は特別僕にとって重要視する日ではない。従って、僕には関係ない日だとは思うが……。
「もしかして忘れたなんてことは無いでしょう?」
佐伯は冷静な言葉とは反対にぷすーとふくれている。……忘れたとか以前に思い当たる節すら出てこない。
「――すまない、思い出せなくて」
適当なことを言って誤魔化すより、正直に向かった方が身の為でもある。僕は、手を合わせて謝るように言った。
「もー、ほんとつっきーは……」
僕は佐伯の逆鱗に触れることなく回避した。正直者が馬鹿を見るというが、この場合に至っては正直者が佐伯の可愛い表情を見れるである。
ぷいっと、佐伯はそっぽを向いた。外見と反したその仕草は、俗にいうギャップである。僕はギャップ萌えを覚えた。
「――それで、佐伯。今日は何の日なのか教えてくれないか?」
そっぽを向いた佐伯に問うと、短いため息をついて頬を赤らめた。
「今日は……私たちが付き合って半年の記念日だよ」
ばーん。僕の心臓が爆裂。
「もう、つっきーは私たちが出会った特別な日を忘れるだなんて……」
どーん。僕の脳内が爆破。
「――つっきーは私のこと……好きじゃないの……?」
ずどーん。僕、撃沈。
そう言って、佐伯は再びそっぽを向いた。打ちのめされた僕は、言い返す言葉が喉に詰まりに詰まって出てこない。え、なに、天使降臨? 一生分のハッピーポイント使っちゃった。
カフェラテを持つ手が震える。砂漠と化した僕の喉に潤いを与えなくては。がぶがぶと流し込まれるカフェラテのほろ苦さが募り苦さへと変わった時、僕はパッと正気に戻った。
「す、すまなかった。そんな大切な日を忘れてしまうだなんて……僕は君の彼氏しっか――」
失格だ。と、言う前に失言となる。佐伯は、ばんっと勢いよく立ち上がる。
「行きますよ、白木君‼」
「え、あ、えぇ⁉」
そして佐伯は走り出した。ついていくように僕も後を追いかける。そんな佐伯を見失わないよう視界に捉えた時、佐伯の前を走る男の姿まで目に映った。
佐伯はあいつを追いかけているのだろう。すれ違う人の群れを搔い潜りながら、男を追いかける佐伯、その佐伯を追いかける僕のレースが始まる。とは言っても、女子である佐伯の速さには限界があり、既に僕が佐伯に追いつきそうであった。ならば、そのまま男を僕が捕らえようと脚力に意識を集中させた時、見事な回転ぶり。男は華麗にずっこけた。
その隙を逃すことなく、佐伯と僕は男の元へと到着。打撲の痛みに悶え苦しむ男を少々可哀相にも思えたが取り押さえ、切らした息を整えた佐伯が男に問うた。
「さあ、盗んだものを返しなさい」
「……な、何の話だよ」
「言い逃れは出来ないわよ? 会計を済ませていない商品をポケットに入れたその直後、私と目が合ったのだから」
男はそれ以上何も言い返すことなく、この騒ぎに駆け付けた園外治安維持隊の制服を着た生徒に男の身柄を引き渡した。
一件落着。近くにあった特設ベンチに僕と佐伯は腰を降ろした。
「……お見事だったな」
「いえ、運が良かっただけですよ」
至って変わらず落ち着いている様にも思えるが、その様子はやはりダメージを負っているようだった。左膝を擦っている姿を見ると、テラスにて立ち上がった時にでもテーブルにぶつけたのだろう。
しかし、佐伯は言おうとはしない。いや、逐一怪我の報告をする人はいないのだろうが、この時だけはそれが寂しく思えてしまった。
「しかし、園外治安維持隊の生徒が言っていたが、今日はそういうのが多いらしいな」
「そうですね……大型連休となると人も多いですし、万引きと言うのは逃げ隠れ出来ると思うのでしょうか」
駆け付けた園外治安維持隊の生徒たちの表情は疲れ切っていた。いつになく今日は万引きが多いらしい。その実態が把握できているという事は、大体が覆面の園外治安維持隊によって現行犯として連れていかれているのだろうが……。
「なんだか、変な話だよな。もう少し、こそこそとやるものじゃないのか?」
悪事働くものを早期に捕まえるということは確かに正義であるが、どこか腑に落ちない。先ほど引き渡した男も過剰に反論するわけでもなく大人しかった。自分の仕事は既にやり終えた。そんな達成感に浸っているかのように――。
ジリィィィィィィィィィィィィン‼
納得のいかない不信感に心が奪われているその時、このフロア一帯に警報機が轟いた。高く劈くその音に周囲の人たちは立ち止まり、状況が飲み込めない不安感に辺りを見渡している。
直後、館内放送が入った。
『こちら第一能力混在学園生徒会学園外治安維持隊の丹川と申します。只今、館内に置いて小規模な爆発が起きました。園外治安維持隊の指示に従い、速やかに館内から外へ避難してください。なお、園外治安維持隊の生徒は絶対冷静を保ち館内に不審な人物がいないか隈なく調査すること。もう一度繰り返します――』
速やかに。その言葉が広まった瞬間、人は流れを作る。
「逃げろー‼」「おすなよ‼」「邪魔だ!」「きゃぁぁぁ‼」
地獄のようなドミノ倒し。我こそが先に。死にたくない。早く逃げなくちゃ。自分が助かる。
その不安から溢れ出した悍ましく狂乱な感情に鳴り響く不快音が更に追い打ちを掛ける。
「白木君‼」
「分かってる‼」
僕と佐伯は誘導を試みるが、それは無と同じ。理性を失い本能が剥き出しになった人間こそ、哀れで悲しいものは無い。
そして、僕も同じとして冷静さを失いかける。中には有色の人種がいるのだ。もし、感情が制御で出来ず能力が暴走してしまったら。そんな事態こそ、本当に地獄と化してしまう。
「……くそっ」
無力さ故の不甲斐なさ、この物語にて『無力』『不甲斐なさ』は多く出てくる。それは、代わる言葉が思いつかない訳ではない。それが一番、僕だからだ。
声を荒げ叫び続けるが、不快で溢れたこの場所に浸透する術はもう無い。無理だ。強く奥歯を噛みしめ拳を握った瞬間――全てが消えた。
一瞬で消えゆくシャボン玉のよう、弾けた。
「……え」
「白木君……?」
流れゆく人の激流に飲まれたのか、佐伯は地面に腰を付いていた。そして、把握不能な状況に空の声で僕の名を呼ぶ。
何が起きたんだ。そんなことを思うことすら無慈悲に無意味となる。辺りを見渡しても、人がいない。先ほどまで狂っていたこの場所が狂わしく静かである。それほどまでに僕も冷静さを欠陥してしまっていた。
当惑したこの館内に再び放送が入る。
『こちら丹川。館内から一定の理性を保つ人間以外はひとまず館外へと移動させた。残るは、我々、園外治安維持隊か犯行グループで間違いないと思う。この建物の出入り口全て封鎖したため、園外治安維持隊はいち早く犯行グループを確保すること、場合により能力持ちの生徒は能力行使の許可を下す。そして、犯行グループに告ぐ、大人しく我々に捕まりなさい。以上』
丹川のイメージとは異なるその迫る声に、僕は冷酷に落ちる。ここからである。部活の延長線。それは延長戦に変わる。そして僕は知っているのだ。能力行使の許可が下りたその末を。
人が冷たくなるのだ。目の色が変わるのだ。人が死ぬ可能性だってあるのだ。
「……白木君」
いつしか隣にいた佐伯がとても小さく見えた。その小ささは頼りなく一度吹かれたら消え去ってしまいそうな――。
「どうする、佐伯」
僕は問う。園外治安維持隊では無い僕らはこの争いに参加せずに安全な場所へ隠れ、酷な終演を眺める術だってある。――でも、僕は分かっていた。僕の瞳に映っている佐伯は、僕の感情のままではないことを。
「やるしか……ないでしょう? これは丹川さんの能力部に対する依頼でもあります。……だったら――」
どこまでも何色にも染まることの無い彼女は、やはり僕には美しく見えてしまう。今まで、見て来たもの培ってきたものが、無色の彼女と異なるからなのかも知れない。
例え、そうだとしても――。
「その依頼――私たち能力部が責任を持って受けます」
浸透させたいのか、決まり文句にしたいのか、佐伯は言った。だが、その言葉がとても温かく、乗り越えていけるのではないか。そう、思わせてくれたのだ。
言うなれば、濃度百パー越え僕の黄金週間はここから幕を上げる。
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