弐:危ない一人歩き。ーー続・参。
お付き合いください!
日時 二十八日。午後五時過ぎ。 場所 第一能力混在学園内西区域。
佐伯の集めた「全能の人」に関する情報は、やはり曖昧なものが多かった。黒いコートにフードを被り、喋りはしない。一方的に相手の願いを聞き、叶えることが可能であれば手のひらを見せ、不可能であれば手の甲を見せると言う。そして願いを叶える事が出来た人はその見せられた手のひらに報酬としてお金を置くシステムらしい。
姿を隠しているという事、喋らないという事に関しては身元がバレないような工夫だと言えるが、それは逆に「全能の人」という正体を引き立てているとも受け取ることが出来る。
それに佐伯の集めた情報には一つだけ、的確な話もあった。それを聞いた僕は、落ち着こうと深呼吸を試みたが、何の気晴らしにもならなかった。「自分の願いが叶った」と思っている人、「あいつは願いを叶えてもらった」と思っている人、全てが違うという事を今更にして知る事になる人々はこの先、どのように学園生活を送っていくのだろうか。正直、この依頼は受ける事もなく、解決するがないようにと今になって僕は願いたいと思う。
しかし、その感情の八割は私情である。佐伯とこれからも能力部の活性の為に頑張って行こうと約束したあの日を思い出せば、僕の願いは儚くも消えていくのだ。
したがって、今日は依頼者として僕は殺風景なこの場所へと足を運び、願いを叶えてもらうのだ。この問題が、そして恩人が解決し救われるようにと――。
「全能の人」に会うためには、ある場所へと午後五時半前に足を運ばないといけない。
午後五時半丁度に、扉を一回叩かないといけない。
依頼者は願いだけを一方的に伝えなければいけない。
願いが叶おうと、叶いまいと「全能の人」に関する話は他言してはいけない。
佐伯から部室を出る前に手渡された紙には「全能の人」に接触するにあたってのルールが書かれていた。これを守らなければ、願いなど叶えてくれるはずもなく犯した者には不幸が訪れるという話だという。
だが、「全能の人」の噂は広がっており、四つ目のルールは何者かによって犯されたと言えるが、それは逆効果をみた「全能の人」の布教活動による手段に違いない。噂話とは、「~これは秘密なんだけどさ」「~誰にも言わないでよ」と始まって行くのだ。そこを上手く活用しているのだろう。
「五時半まで、残り一分……」
腕時計の秒針が動く音が微かに聞こえるほど、静音なこの場所は異様な雰囲気と、また穏やかな暗さで包まれていた。
もしも僕が能力部に入部していなかったら、などと思うが今や想像が付かない。これは運命であると、逃れる事の出来ない物語であると、そう思い込む方がしっくりと心を埋めるのだ。
自分の左腕を見る。時間の確認と、傷が一つと付いていない綺麗な皮膚。ギュッと拳を握り、僕は扉を一回叩いた。
乾いた金属の音が鳴り再び静まった所でガチャリと鍵が開いた。「全能の人」から入室許可の合図である。ゆっくりドアノブを回し、扉を引くとひんやりと冷たい空気が僕を押し返す。全身で味わったその空気は緊張感では無く、また恐怖でも無い、そして例えようが無い程に張り詰めていた。
室内は暗く、目視で確認できるのは眼前に人の影がポツンとあるのみ、近づけば「全能の人」が正座をしていた。それは佐伯の持ってきた情報のまま、黒いコートにフードを被っており、そこに座れと言わずして、指さす。
僕は指示通り、同じように正座して一旦落ち着いた。入室前と入室後の僕の感情は一変し、奇妙で薄気味悪かったのだが、早く出たいとは不思議と思わなかった。――いや、思わなかったのではない、思えなかったのだ。僕の思い通りならば、それは確かにそうなのだから。
「全能の人」は僕が喋り出すのを待っている。どのような願いを、どのような想いで縋るのか、「全能の人」は待っていた。
さて、僕にだって叶えたい事はいくらでもある。色々な悩み、色々な想い、色々な事情、叶えて叶えて叶えて、幸せになりたい。願い事が尽きるまで叶えてもらいたい。
だが、同時に同様に思うのだ。願うだけで叶ってしまう願いは、願いではないのではないか。
「欲しい」「なりたい」等、願って簡単に叶ってしまったら、それは薄いのではないか。
叶ったとしても何もかもが薄っぺらな状態で進んでしまうのだ。気付くことも出来ないままに――。
「僕は……」
だから、僕は願おう。一つ一つ、濃く鮮やかに色付く全ての願いを、叶えようと努力する人々が輝けるように。
「僕は――もう、やめて欲しい。こんなこと……人の願いを簡単に金さえ払えば叶えてしまうような事はやめて欲しい。君だって……君だって、違うと分かっているはずだ。これが本当に正しい事なのか、これが本当に幸せに出来る方法なのか……分かっているはず……いや、分かっているんだろ……? 君の能力では何も生まれない、誰も幸せに出来ないってことぐらい――なあ、君は何の為にやっているんだ? 何が目的でやっているんだ? ……答えない、か」
僕の願いがちゃんと聞こえているのか、それすらも分からない程に僕の声は消えていく。自分の声だけがこの部屋に溶けていく。……それでも、微かには感じるのだ。心の震え、乱れというものが、懐かしいこの感覚が――僕には感じられるのだ。
暗がりの部屋に確かな存在、混ざり合う事のない二つの想い、真実とはこうも残酷なのか。僕は口を開く。
「……「全能の人」なんて確かにお似合いな名前だな――楓」
僕が吐いたそのたった一言で、状況は天地が裏返ったように変わる。今の今まで黙り込んでいた「全能の人」は微かに見せた口元をニヤニヤと歪ませていた。そして、左手を僕に突き出し、大きな身振りで自分のフードに手を掛ける。やはり左腕のテーピングはこの部屋で一際目立っていた。
「ふふ……ふははッ」
奇妙な笑い声と同時に外したフードの下では、昔から変わる事のない笑顔を僕に見せていた。
「なんで分かっちゃったのー? 今までうちって事がバレてこなかったのになー。もー、ほんとツイてないよー」
楓は左腕を右手で隠すように多い、視線を下げた。かくれんぼで見つかった無邪気な子供のような反応を見る限り、いずれかはこうなると楓自身分かっていたのかも知れない。
はーあ。と大きなため息の後、僕が何を聞いてくるのかリストにまとめて手に持っていたかの如く、楓は淡々と話し始めるのであった。
どうして「全能の人」になったのか。何が楓を「全能の人」にさせたのか。僕が聞きたい事の全てを楓は隠すことなく話した。隠すこともなく、取り繕うこともなく、全てを聞いたからこそ、僕は僕であることに疑問を抱いた。今、僕は存在してもいいのだろうか。僕が初めから存在していなければ、こうならずに済んだのではないか。
涙交じりの楓の声を聴いたのはいつぶりだろうか。その時も、僕は思っていたはずだ。自分の存在の有無について。当時は、明確な答えを出さないまま楓が去っていたのだから、僕の悩みは宙に浮いた状態だった。僕は無くなったのだと思っていたが、それは違った。巡り巡って再び僕の所へ回って来たのだ。
なあ、楓……僕はどうしたら良い。 ――月乃はどうもしなくていいよ。 ……しかし、それでは――。 ――いいの、こうしてそばに居てくれるだけでいいから。 ……もう、僕の事は気にしないでくれ……これは痕であって過去なんだから。 ――うん、分かった。
微かに差し込む光がこの部屋を照らしていたが、今は真っ暗と等しものだった。そしてこの事件は解決した。そして僕の過去も楓の過去も解決した。
真っ暗な部屋に確かな存在、溶け合った二つの想い、真実はこうも残酷なのか。僕は口を開く。
「楓、あの時は――ありがとう」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日はここまでとします!
次話更新までお楽しみください!
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