第二話 家に女子がいるという
子子子子家の朝は意外と早い。・・・僕以外。
朝早く起きる習慣がある父さんは6時前に起きる。遅くまで仕事があった日は10時近くまで寝ているけど、基本早起きだ。
その後百々にぃが起きて、父さんが朝食を作って、百々にぃが僕を起こしに来る。
百々にぃは仕事の準備をしなきゃいけないし、僕は低血圧で布団から出られない。
父さんの作る朝ご飯は美味しい。起きたばっかりだとそんなに入らないけど、美味しいから目を瞑りながら食べている。
仕方ないだろ?目が開かないんだから。
僕の耳は目覚まし時計の音をシャットアウトする。
近くで掃除機かけられても気付かないし。
僕は夢の中でふわふわ漂っているのが好きだから、百々にぃに直接起こされなきゃ起きない。
だけど、今日はちょっと遅いなぁ。
そんな事を考えていたら、何か良い匂いが僕の鼻をくすぐった。
朝ご飯の香ばしい匂いとは違う、何か、花の様な香りがするな。
ゆっくりと瞼を開けると知らない人がそこにいた。
「千代さん」
どうやら僕はまだ夢を見ているらしい。
夢の中に美少女が出てくるなんて恥ずかしい奴だな。僕は。
「夢じゃないよ。起きて。千代さん」
細い指で体を揺すられ、少し頭がスッキリした時、僕はようやく気が付いた。
「刹那さんっ!?」
「おはよう。千代さん。朝ご飯出来たから、起きて」
そうだった。父さんが僕達に刹那さんを紹介した後、刹那さんは家に泊る事になって、一応元母さんの部屋に泊ったみたいだけど、どうやら朝には強いみたいだった。
僕は寝汚い方じゃないし、見られても問題はないんだけど、何というか、女の子に寝起きを見られると言うのは、なんというか、その、すっごい変な感じだった。
「百々さんがもう職場に向かってるよ」
「え?・・・あー、そういえば前言ってたね」
仕事の関係で暫く朝早くなるって。言ってた。言ってた。
僕はとりあえず着替えてから行く。と言って僕は刹那さんを部屋から出して、制服に着替えた。
・・・あれ?そういえば百々にぃいないって事は、父さんと刹那さんと3人きり?
うわー、何それ。すごい気まずいんだけど。
昨日会ったばかりの刹那さんと、ちょっとテンションがウザい父さん。
やばい。僕今日ほどさっさと学校行きたいって思った事ない。
顔を洗った後、敏感肌なので化粧水とクリームを塗ってついでに日焼け止めも塗る。
髪の毛は、まあ適当に梳かしちゃえば大丈夫。
僕髪型にはそんなにこだわってないんだよね。
ダイニングに行くと隣同士に座る父さんと刹那さんの前に座って、僕はニッコニコしている父さんに挨拶をする。
「おはよう。父さん」
「おはよう!千代。せっちゃんに朝起こしてもらって羨ましいな!」
「・・・びっくりしたよ」
「でも美少女に起こされるって、男の夢だろ?」
「目覚めた時、知らない人がいるのは結構心臓に悪いよ」
「・・・ごめんなさい」
謝られて、自分の失言に気が付いた。
「あ、違う。そうじゃなくて、あんまりよく知らない人って事だよ」
「うん」
父さんのテンションの高さに反比例し、僕達のテンションは急降下してくる。
気まずい。かなり気まずい。
「あー、えっと、刹那さんは今日はどうする予定なの?」
「千代さんと一緒に学校に行きます」
「・・・え?」
「制服着てるんだから分かるだろ?」
父さんの言葉に、僕が感じていた違和感の正体に気が付いた。
いや、ある意味ほぼ毎日見ているからかなり自然だったから気が付けなかった。
そうだ。刹那さんは今制服を着ている。
僕と百々にぃの学校の制服を着ている。
エプロンで隠れているけど、制服を着ている。
っていうか、それは昨日聞いたから良いけど、昨日の今日でどういう事なんだろうか。
僕達が結婚を認めないとか考えなかったんだろうか。
それ以前に、そんなに荷物多そうじゃなかったのに、どうして?
色々と考えていたら今日の朝食が和食な事に気が付いた。
「あれ?今日何で和食?」
「ああ、せっちゃんが作ったんだぞ。凄いよなぁ。せっちゃん和食のプロだぞ。プロ」
「定食屋さんでバイトした事があるだけだから」
「美味しいよ。偶には朝にお味噌汁も良いね」
「ありがとう」
父さんの恋人、じゃない婚約者?だよな、今の所は。そんな彼女はかなりいい子で、可愛らしい人だった。
僕が父さんに横恋慕する様な事は絶対にないけれど、それでも、家族になるという事に違和感は感じないタイプの子だ。
「俺も一緒に仕事に行くから、千代はせっちゃんをエスコートしろよ?転校先の学校って結構緊張するもんだからな」
それは昨日無理矢理会わせたお前が言うのか。
そう言いたいのをぐっと我慢して、僕は出汁巻き卵を口に入れた。うん。美味しい。
学校に一緒に行くのも、その他もろもろも問題はない。
義母だって知られて困るのかどうかは刹那さんの判断で良い。
だけど、我が家に女子がいるという事を未明七海に知られるのは面倒だった。
僕達の従妹である七海は百々にぃの事が好きだ。
本人は隠しているみたいだけど、一番隠さなきゃいけない相手である百々にぃだって勘付いている。
アイツに文句なしの美少女である刹那さんを会せたら、どうなるのか。
アイツ嫉妬深い上に人の話聞かないからなぁ。父さんの婚約者だって言っても、馬の耳に念仏。右から左だ。
話聞かないで刹那さんに対して酷い事言いそう。
願わくば、刹那さんと同じクラスになりませんように。
困った時の神頼みをしているとやっぱり父さんは余計な事を言って来る。
「あ、ちなみに七海ちゃんと同じクラスにしてもらったから」
「お前本当にデリカシーないな」
それでどうやって16歳の美少女と結婚にまで漕ぎつけたんだよ!
そこが一番大事だろうが!
僕の毒舌はそんなに酷い事言ってないのに威力が大きいのは普通に僕が普段心優しい美少年だからだろう。
天使みたい。とか女の子みたいね。とか言われるのに慣れている僕の容姿で普段吐かない毒を吐くと結構なダメージになるらしい。
ちなみに僕は美少年よりもナイスガイになりたい。筋肉付け。
食べ終わった食器を片付けながら、七海にどう説明するかを考えて張り切って皿を割りそうになった父さんをキッチンから追い出して刹那さんと一緒に皿を洗う。
「・・・あのさ」
「何?」
「朝ご飯作ってくれたんだし、皿洗いはしなくても良いよ?」
「大丈夫。ちょっと、千代さんと話したかったし」
「何を?」
「・・・私、零壱の事世界で一番好きなの」
「へ、へぇ」
惚気、とかそういう事なのか。とか考えながら僕は多分引きつった笑みを浮かべているんだろう。
なんだかんだ言って夫婦って似てるんだな。とか。
「家族になろうって、言ってくれてとっても嬉しかった。だから、千代さんとも、百々さんともちゃんと家族になりたい」
知らない人、と言ってしまった事を今更ながら後悔した。
勿論言った直後も後悔してたけど、今はもっと後悔している。
受け入れるって結構難しいんだね。
「私は家族をよく知らないけど、家族にはずっと前から憧れてた。一つの家で、一緒に食事を摂って、いってらっしゃい。とかいってきます。とか言うの。凄く羨ましかった。だから、困らせる気はなかったの」
「朝起こした事?」
「それとか、朝食も。魚の骨、取るの苦手そうだったし。困ったでしょ?」
「父さんが作ってって言ったんでしょ?なら別に気にする事じゃないよ。僕を起こしに来たのも、ちゃんと家族になりたいって思ったからでしょ?それなら、別に構わないよ。僕、女の子が家にいる事に慣れてないだけだから。うちは男家族だからね」
「百々さんが、代わりに起こしてあげてって」
「百々にぃも、仕事が落ち着いたら一緒にご飯食べれるよ」
「・・・ありがとう」
「あ、やっぱり笑うと可愛いね」
「え・・・?」
「花が咲いたみたいだ」
僕の言葉に刹那さんの顔がぼぼっと火が付いたみたいに赤くなって、どうしてだか僕もつられて赤くなる。
『・・・が笑うたびに一輪一輪花が咲きましたとさ』
あ、れ?今の何だろ。
今、何かが聞こえた様な。
「ちーよー」
「うわっ」
背後から恨めしそうな声で父さんが現れた。
「せっちゃんとイチャイチャするなんて狡い!」
「し、してないしてないっ!」
「せっちゃんは俺の奥さん!いくら千代だって言ってもあげないからな!」
「父親の恋人欲しいとか思わないから。普通」
ピーチクパーチク煩い父さんを宥めながら、空耳の様に聞こえたあの声の事を少し考えた。
あれは、母さんの声だった様な気がする。
あんまり毒舌にならなかったけど、とりあえず父はウザい感じには出来たかもしれません。
特に千代が刹那に横恋慕する様な事にはならない筈。ええ。なりませんよ。