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作者: 森 あきら

私、絞め殺されたい。


あっいや、だめ。

手じゃだめ。

違うの。

違う、違うの。

手じゃだめ。

手じゃなくて。

ほら。

「さっき頼んだ資料、今日中には終わりそう?」

「あ、はい。多分・・・四時までには終わると思います。」

ほら。

手じゃなくて。

ロープ?

じゃ、なくて。

ねぇ。

ねぇ、ほら。

あなたの・・・。

髪の毛?

ちょっとあんた、二時間ドラマの見すぎよ。湯煙殺人事件じゃないっつーの。

毛糸?

のび太とあやとりでもする気かよ。

「順調だね。じゃ、続きよろしく。」

「はい。あっ、そうだ。すみません、一つ質問して良いですか?」

えぇっ。縄!?

いや、あー、まぁね、まぁ、ぶっちゃけ嫌いじゃない。嫌いじゃあないけど、違うわ。

残念だけど女王様に返してきて。

「悪い、電話してからでもいい?」

「はい・・・。すみません・・・。」


腕。

腕。

腕。

腕っ。

「これなんですけど・・・。」

あなたの腕なんですけど。

「あぁ、これか。」

はい、そうです。

あなたの腕です。

あなたの腕で私を絞め殺して欲しい。

あなたの腕は私が求めていた腕なの。

なんて美味しそうなんでしょう。

健康的に日に焼けたあなたの腕はこんがりきつね色。

あぁ。

バターをのせたら、ゆるりと溶けて。

浮き出た血管とバターの夢のコラボレーション。

「どうしたら良いですか?」

食べたいっ。

「んー。いいよ。」

マジでぇ!

じゃあ・・・いただきまーす。

ダーイエットは明日から。

じゅる。

じゅるじゅる。

じゅるじゅ・・・やべっ。

たれちゃった。

「俺やっとくからそのままにしといて。」

「え・・・あ、はい。すみません。お願いします。」


あなたの腕は神の創造物なのかしら。

この世のものとは思えない。

ミケランジェロもうっとり、ため息、めまい、動悸、息切れ。

肌の色も艶も張りも、筋肉の質も、太さも、血管の浮き出し具合も、肘の尖りも、生えた毛の量だって、何もかもが最っ高傑作。

一目あなたの腕を見ただけで確信したわ。

あなたの腕は私が求めていた腕だと。

あなたの腕に絞め殺されると。


そうよ あの日

外は雪がちらほら舞ってキンキンに冷えていたのに、社内は無駄に暑かった。

原因は年中ブランケットを膝に巻きつけている、経理の年増。朝一で施設に内線をする

ヒステリックな声が響いた。

「エアコンの温度を上げて下さい。」

そして、その時はやってくる。

フロアー全体に重苦しい空気が充満しきった午前十時十分。

あなたは室内温度の上昇に耐え切れずに、ついに袖を捲くるというエロティックな行動をとった。

捲り上げられたあなたのワイシャツは、肘より約2cm上で待機させられる。

あらわになった腕を目の当たりにした私は、理性がぶっとび、欲望が開花。満開。咲き乱れまくり。

あああああぁぁぁっ!!!

破廉恥!!!

私はたまらず歓喜の声を上げたわ。もちろん、心の中で。

だってそうでしょ。

初めての日なのに、肘上2cm。

肘上2cm・・・。

ありえないわっ。

なんて無防備で、なんて大胆な露出。

仕事中はクールに装ってはいるけれど、あなた、実はとんでもない男なのね。

キーボードを打つ、マウスを動かす、電話をかける、メモをとる、コーヒーを飲む、頭をかく、何気ない行動のはずなのに、普段はワイシャツでコーティングされているはずの腕を剥き出しにしているというだけですべてが官能的・・・。

私はエアコンの熱気と興奮で、鼻の頭に大粒の汗をかきながら、寒がり女のエッチな演出に感謝した。


確信した。

あなたの腕で私を絞め殺して欲しい。

あなたの腕は私が求めていた腕。


「それが終わったら、このアンケート、日付別で集計して俺のフォルダに入れといて。」

「あ、はい。」

「上が五日で、下が六日になってるとは思うけど一通りチェックしてからやってもらえるかな。」

「あ、はい。わかりました。」


あなたの腕が私の首に、やわらかく絡みつく。

あぁ。

ついに来たのだ。

この瞬間が。

「・・・ビールとか飲みに行ったりする?」

私は期待と高揚で、すでに息がうまくできない。

「えっ?えぇ。そうですね、はい。」

そして、未知なる憧れに恐怖が混じる。

「へえ、意外だね。」

あなたの腕は、そんな私の怯えを楽しみ味わうように、ゆっくりと力を込める。

「あまり強くはないですけど。」

醜悪な誘惑が近づいてくる。

「世界各国のビールを出す店が出来たんだって。なかなか評判も良いらしいよ。」

甘ったるい快楽を連れて。

「どこに出来たんですか?」

やさしい欲望がその先を夢みて確実に絞め上げた。

「会社の近く。」

穏やかに私を貪り、恍惚感を纏ったあなたの腕は恐ろしく美しい。

「そうなんですか。全然、知りませんでした。」

あなたの腕は、私の血の気が失せるほどに桜色に染まってゆく。

あなたの腕は、私の生気が抜けていくことに密かな喜びを見出している。

「俺も知らなかったんだけどね。」

チアノーゼになりながらも、あなたの欲情した腕の筋肉と血管の隆起を、喪失してゆく意識の中で感じた。


この瞬間を、待ち焦がれていた。

「・・・今夜、どうかな?」

あなたの腕に絞め殺されるのを・・・。

「楽しみにしていますね。」





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― 新着の感想 ―
[一言] 何より腕の素敵さが伝わってきます。 上司の腕以外のマイナスの部分描かれていれば、対照して主人公がどれほど腕に魅せられているのか、わかりやすいのでは、と思いました。
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