07 策謀
目深に被られたフードの下から覗く赤い瞳。
衝立の影に潜み、虚ろに空を見つめる。
六十三代『聖女の人形』はクレプスクルムとディルクルムの会話に耳を傾けた。
装着された通信装置を介し、大神殿のダミーと、クラーワのもとにいるモクレンへそのまま中継する。
モクレンが再び王城へと遣わされた後、こうして情報の共有がされてきた。
クラーワは身軽に動けるようにと、モクレンを侍女として傍らに置いた。
髪をグレーに染め、薄く色の付いた眼鏡と侍女服を身に纏わせた。
ディルクルムに関する情報の多くはクラーワとモクレンが独自に収集したもので、クレプスクルム側の動向がこうして直接伝わってきたのは初めてのことだった。
「やはり、どうにもならなさそうね。この二年半の間に諦めるかと期待したけれど」
クラーワの苛立ちを含む声に、モクレンは瞼を閉じ、軽く口を開いたままで反応を示さない。
「⋯⋯六十三に、国王陛下が助けを求めているようです。どう対処するべきか、と」
「しようのない子。こんな事も一人で決められないとは。まずは元老院を招集せよと」
「承知致しました」
再びモクレンが瞼を閉じたのを見届け、クラーワは侍従を呼んだ。
「国王陛下に目通りを。今すぐ」
そう言って立ち上がり、返事も待たずに国王の執務室へ向かった。
「母上、いえ、王太后陛下。何か御用ですか?」
クラーワの突然の訪問に狼狽えるクレプスクルム。
その後ろで六十三が衝立に隠れもせず立ち、クラーワにそっと目礼した。
「ディルクルムの事でお話がございます。国王陛下。⋯⋯元老院との会合を要望致します」
「な⋯⋯何故です?」
クラーワの強い気に押され、手を震わせた。
「あれだけ即断即決であったお前はどこへ行ったのかしら。人形の事になると本当にどうにかしてしまうのね。⋯⋯まさに呪いだわ」
「⋯⋯」
「ディルクルムの話は聞いております。このままではろくな事にもなりません。それならば詭弁を弄してルースの娘を婚約者に据える以外ありません」
「詭弁⋯⋯とは?」
怯むクレプスクルムにそっと近づき、クラーワは手を口元に添え耳打ちした。
「⋯⋯七年後⋯⋯」
クラーワのガラス細工のブレスレットがシャラシャラと鳴り、クレプスクルムの耳に響いた。
円卓を囲む十一人の元老院主家当主は、突然の招集に戸惑いを隠せずにいた。
定期会合ではない事が尋常ならざる事態なのかと危ぶんだ。
彼らの耳にはこれといった危機はなく、実に平穏な日々であった。
それ故に、いかなる事態が起こったのか見当もつかなかったのだ。
「ディルクルムの婚約について、重要な話がある」
ろくな挨拶もせずクレプスクルムは口を開いた。
「我らの中からご希望がおありですか?」
『司法』リーブラ公爵フィン・リヒターが氷の容貌でクレプスクルムに問う。
十六年前の事件の全貌を知る彼は、候補四部門の中で最も忌避感を抱いていた。
丸眼鏡の奥から覗く青い瞳は針のようにクレプスクルムを刺す。
「いや、此度、ディルクルムがフローレス神殿のルース家の娘を、婚約者として迎えたいと希望している」
クレプスクルムの言葉に、円卓の全員が驚愕した。
「ねえ、モクレン。もうベニニタス様はいらっしゃらないのだし、好きな恰好でいいと思うの」
「左様でございますか?」
「あちらと被ってしまうでしょう? その白いケープ。侍女服を着てはどうかしら?」
「宜しいのですか?」
「ええ、その方が動きやすいでしょう? そうね、髪をなんとかしない?」
「髪でございますか? でしたら、切りましょうか? いっそ剃ってしまいましょうか?」
「極端すぎるわ。貴女。外見に合わせてグレーに染めましょうか。髪は後ろに纏めればいいわ」
「まあ。それは初めての試みでございますね」
「アルドー除けに色つきの眼鏡でもかけてしまえばいいわね」
暴走したおばさまたち。




