05 目路
王太后クラーワは夫ベニニタスを失った後、政務から離れた身をどこか静かな場所に置きたいと願った。
大神殿に身を寄せるか、出身の『農務』領地内に小さな邸宅を造らせ余生を過ごしたいと。
しかしながら戴冠後の国王クレプスクルムの奇行と、国王と王妃セーレナとの不和で滞った政務の調整役をしなければならなくなった。
特にまだ確たる信頼を得ていないセーレナに代わり、元老院から仲介役を期待された。
時を経てセーレナは自らの手で政務の場への適応を果たし、クラーワの手を必要としなくなった。
王太子ディルクルムの婚約者選びは順調とはいいがたかったが、クラーワは口出しせず静観していた。
ところがディルクルムの様子がおかしいとセーレナから相談を受けた。
元老院との対話も必要になる事態かもしれぬ。と、セーレナは苦悶の表情を浮かべていた。
──最近にしては珍しいこともあったものだ。
クラーワは訝しんだ。
王都との境界の門を北に、馬車で揺られる事二刻。
大神殿の周りにぐるりと立ち並ぶマグノリアの木々は緑に輝く。
馬車のキャビンから流れる景色にため息を乗せ、クラーワは大神殿へと赴いた。
しばらくモクレンに会っていないのを口実に、自ら大神殿へと足を運んだのだ。
モクレンとは、第六十二代国王ベニニタスに供与された『聖女の人形』である。
『聖女の人形』は通常、国王と神殿関係者以外と話すことはできない。
かつてのクラーワは、若さゆえの己の無力さを補うべく大神殿に打診し、意思の疎通を可能にさせた。
「クラーワ様」
大神殿の扉の前からモクレンが走り寄る。
「ごきげんよう。変わりはなくて? でも、以前より老けたわね。ふふ」
二人は抱擁を交わした。
「もうお役目は終わりましたので、若くある必要がありませんから」
「大神殿の医療技術は、本当に想像を超えているわ」
モクレンに手を引かれ、大神殿の中へ足を踏み入れる。
じき六十歳になろうかというクラーワより、十五は年上のはずのモクレン。
だというのに、二人の見た目は殆ど変わらぬように見える。
六十二代目の『聖女の人形』の役目を務めていた間は、星船の医療機械で若さを保たれていたのだ。
「ようこそおいでくださいました、王太后陛下」
クラーワは大神殿の応接室に通され、恭しく頭を下げる神殿長の出迎えを受けた。
モクレンに椅子を引かれて着席する。
茶を淹れるモクレンに構わず、クラーワは単刀直入に口を開いた。
「ディルクルムが戻りました。フローレスの娘の話を聞かせてくれるかしら?」
「承知致しました」
名をパティ。
フローレス神殿長の娘で、年は九歳。
白い髪、赤い瞳の持ち主である。
王太子ディルクルムがフローレス神殿に到着するなり、見初められたようだ。
神殿長は顔色を変えず、淡々と事実だけを伝えた。
クラーワの眉間にしわが寄る。
「白い髪に赤い瞳?」
「左様でございます」
「モクレンと同じ? ⋯⋯まさか人形なの?」
「私にはお答え出来かねます」
神殿長は答えない。
「⋯⋯モクレン。答えて」
「私にはお答え出来かねます」
モクレンからも同じ返答。
「神殿長、貴方も人形なの?」
クラーワは初めてモクレンを問い詰めた日を思い出した。
当時のモクレンは受け答えできる相手に制限がかかっていた。
神殿長に制限解除を要請したその時から、彼の外見は全く変わらない。
「私は『聖女の人形』ではありません。パティはルース家の娘で、王太子殿下の反応は私共といたしましても不測の事態だという事実が、お話出来ることの全てでございます」
「⋯⋯そうなのね。つまり、ディルクルムはもうその娘しか目に入らない、と」
クラーワは神殿長を窺い見る。
「可能性はございます。理由は解りかねますが」
あっさりと認める神殿長にクラーワは眉を顰める。
大神殿と王家との関わりには、嫁いだ者であっても秘匿された事柄が多い。
神殿長を問い質したところで答えは返ってこないだろう。
「このまま続くのならば、元老院と調整をした方が良さそうね。神殿長、また相談に伺って宜しいかしら?」
「はい。こちらと致しましても情報を共有出来るのは有り難い事でございます。⋯⋯でしたら、モクレンをお連れ下さい。サピエンティア公爵アルドー閣下のお目に触れなければ問題ないかと」
こうして再びモクレンは王城へ遣わされた。




