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スワイプする理由

作者: なるる
掲載日:2026/04/18


最初は、ただの暇つぶしだった。


講義の合間、友達が「面白いよ」と見せてきた画面を、なんとなく真似しただけ。

写真を選んで、簡単なプロフィールを書いて、右にスワイプする。


それだけで、知らない男から「いいね」が来る。

単純で、分かりやすい仕組みだった。


——私、可愛いんだ。


画面越しの数字が、それを証明してくれる気がした。

現実では、そんなふうに思うことなんてなかったのに。


最初に会ったのは、年上の社会人だった。

写真より少しだけ老けていた。

でも優しかった。

カフェでコーヒーを飲んで、就活の話をした。

帰り際に「また会おう」と言われた。


それだけ。

たったそれだけなのに、その日の夜はずっと機嫌がよかった。

誰かに選ばれる、という感覚が、こんなにも心地いいなんて知らなかった。


二人目は、もっとスマートだった。


会う前からメッセージがうまくて、気がつけば夜のバーにいた。

名前を呼ばれた記憶はないけど、笑っている時間は長かった。


終電は逃した。

このあとの展開分かっている。

頭が十分にまわらない。

ただ、彼を身体をくっつけて歩いていたのを覚えている。


朝、知らない天井を見上げた。

少しだけ笑った。


——まあ、いいか。


駅についてスマホが鳴る。

一文だけだった。

「昨日はありがとう」

とメッセージが来ていた。

それだけで、十分だった。


三人目、四人目と続くうちに、流れはだんだん決まっていった。


夜に会って、軽く飲んで、どこかに移動する。

相手に好意をもてば、一夜を過ごす。

名前は覚えたり、覚えなかったり。

お互い様だ。


次の約束は、はっきりしないまま終わることが多かった。

曖昧なままでいい。

そこが心地よいのかもしれない。


それでも、アプリを開けば、また新しい「いいね」が届く。

それを見ると、全部どうでもよくなった。


——私、まだいける。


そう思えた。


「ねえ、それ、やめたほうがよくない?」


友達に打ち明けたとき、返ってきたのは、思った通りの言葉だった。


カフェのテーブルに置いたスマホを、彼女はちらっと見てから、ため息をつく。


「だってさ、絶対、ちゃんと見られてないよ」

 

「分かってるよ」


私はすぐに答えた。

分かってる。

そんなこと、最初から分かってる。


夜しか会わないことも、名前をちゃんと呼ばれないことも、次がないことも。


全部。


「じゃあ、なんで続けてるの?」


その質問には、少しだけ間が空いた。

コーヒーの表面に映る自分の顔を見ながら、考えるふりをする。

答えは、もう出ているのに。


「……モテたいから、かな」


軽く言ってみせる。

冗談みたいに。

でも、半分は本当だった。


「今だけだし。こういうの」


そう続けると、友達は何も言わなかった。

ただ、困ったように笑っただけだった。


帰り道、スマホを開く。

新しいマッチングが一つ。

プロフィール写真は、どこにでもいそうな男の人。

特別じゃない。

きっと、この人も同じだ。

会って、笑って、朝になって、それで終わり。


分かってる。

全部、分かってる。


——でも。


指は、自然に右へ動いていた。


その人とは、珍しく昼に会った。

カフェで待ち合わせした。

普通にランチを食べて、普通に会話をした。


名前を呼ばれた。

ちゃんと、私の名前を。

それだけのこと。

だけど、少しだけ戸惑った。


「なんか、緊張してる?」


そう聞かれて、笑ってごまかす。

いつもと違うだけ。

ただ、それだけ。


別れ際、「また会おう」と言われた。

具体的な日付も、その場で決まった。

こんなことは初めてだった。

夜じゃなくて、次も昼。

それが、なぜか怖い。


約束の日、私は少しだけ迷った。

それでも向かった。

昼の街は明るすぎて、どこか落ち着かない。

待ち合わせ場所に彼はもう来ていて、軽く手を挙げた。


「早いね」


「そっちこそ」


そんな普通の会話。

普通すぎて、少し安心する。

食事をして、歩いて、またカフェに入る。

時間がゆっくり進む。

夜とは違う。

焦らなくていい空気。

それが、少しだけ心地よかった。


帰り際、彼は少しだけ言いにくそうに笑った。


「このあと、どうする?」


その一言で、空気が変わる。

意味は、分かる。

分かってしまう。


「……どういう意味?」


聞き返した自分の声が、少しだけ固かった。

彼は少し困ったように、でも軽く言った。


「いや、ホテルとか。近くにあるし」


その瞬間、なぜか笑いそうになった。

ああ、そうなんだ。

やっぱり。


名前を呼ばれたことも、

昼に会ったことも、ゆっくり話した時間も、全部。

ただの順番の違いでしかなかった。


「ごめん、今日は帰るね」


そう言うと、彼は少しだけ驚いた顔をした。

でも、すぐに笑って「そっか」と頷いた。

引き止めはしなかった。


帰り道、スマホが震える。


「今日は楽しかった。また会おう」


短いメッセージ。

昼と同じ言葉。

でも、もう違って見えた。


アプリを開く。

いつも通り、「いいね」が並んでいる。

数も、顔も、変わらない。

変わったのは、たぶん私のほう。


——特別なんて、最初からなかった。


そう思った。

思ってしまった。

それでも。

親指は、止まらなかった。

スワイプする。

画面が切り替わる。


新しい顔。

新しい名前。

新しい「はじめまして」。

その向こうにあるものを、

私は、もう知っている。


それでも、私はまた、そこに触れる。


——これが、私だから。


そう言い聞かせるみたいに、もう一度、ゆっくりと画面をなぞった。

マッチングアプリのニュースを見て思いつきました。

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