表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

クローゼットが異世界につながったので、週末は勇者で聖女な冒険者してます!

作者: あずま八重
掲載日:2026/03/31

 あるとき、センセイがこう言った。


『この世界がそんなに嫌なら、別の世界で過ごしてみるかい?』


 いつも話してくれる夢物語の世界に行けるんだ! 胸が高鳴るままに、あの日の私はセンセイが軽快にノックしたクローゼットを何の疑いもなく開けた。


「少しの間、おもしろ楽しく自由に過ごしたかっただけなのに。それだけで良かったのに!」


 (かけい)()()、一生に一度の異世界旅行! そのつもりでゲートをくぐったが最期、あれから不定期に呼び出され、今ではそれも7日ごと。中2だった私は高2に上がり、異世界ではいつの間にやら〈勇者〉だの〈聖女〉だのと呼ばれるようになっていた。


「リーサ様。そんなに此処がお嫌いなのですか?」


 聖王側の従者、セシルが私の手を取って見つめる。

 スラリとおろした長い銀髪、白い肌に乗った青い瞳。これで耳が尖ってさえいたらエルフに違いなかったのにと思う、白いシスター服を着た美人。

 だから、つい言ってしまうのだ。


「嫌いじゃないよ。美味しいものもたくさんあるし」


 美味しいのは事実だし、あながち間違ってもいないのだけれど、論点はきっとそこじゃない。


「はっはっは! リーサ殿は男や冒険よりも食い気ですかな」

「ゴルダ。それ、盛大なブーメランだからね」


 豪快に笑う武王側の従者に、冷ややかな視線を返した。

 茶に近い赤色の短髪と、顎に伸びる無精ひげ。筋肉質な体型を、冒険者然としたプレート装備で覆っている。強面だが、目元を彩る金色はとても優しい。

 皮肉が伝わっていないようで、「ぶうめらん、とは何ですかな?」などと首を傾げている。


「色ボケで、三度の飯より冒険大好きなくせに。という意味かと思いますよ、ゴルダ卿」

「おやおや。シスター・セシルともあろう御方がそのような毒を吐かれるとは。リーサ殿に変な影響が出たらどうします」

「なッ……リーサ様に気安く触るんじゃありません!」

「おや、嫉妬ですかな?」

「ストップ、ストーップ! そこまで!」


 後ろから両肩に置かれたゴルダの手を払い、待ったをかける。

 2人の喧嘩はウンザリするほど長くなるのだ。街中でならまだしも、ここは魔物の巣の近く。そんなところで始められてはたまらない。――んまぁ、初めに騒いだのは私なんだけど。


 これで2人は付き合っているというのだから、そこに挟まれる私の心中も察してほしい。せっかく心の栄養になる推しカポーだったのに、もう少し距離がないとじっくり愛でられないじゃないか。


「で。今回のクエスト達成条件は殲滅(せんめつ)? 掃討(そうとう)?」

「リーサ様、どちらもほぼ同じですわ」

「野良家畜さんの生け捕り。捕獲くえすと、だ」

「うわーお。このパーティーの苦手分野じゃん」

「手心は存じ上げていても、加減ができませんものね」

「熟練度差があっても無くても、なんてところが、さすがの俺も恥ずかしい限りだよ」


 馬鹿ぢからのゴルダはまだしも、セシルまで高火力になるとは思わなかった。神官職(プリースト)というと回復・補助魔法に特化しているイメージが強いけれど、彼女は肉弾戦もやってのける。美人なのに刺々(とげとげ)しいメリケンなサックが得物で撲殺が得意だなんて、もう、詐欺でしかない。


「では、此度の依頼完遂(かんすい)を目指して――セシル」

「言われるまでもありません」


 セシルは私とゴルダの手を取ると、聞き取れない速さで呪文を(とな)えた。〈存在イントク〉とかいう補助魔法で、相手の〝意識の死角〟に存在をズラして、見えないし小声くらいなら聞こえない状態になるらしい。私は『ステルス』と呼んで多少カッコよさを上げている。


 洞窟に入り奥へ進むと、広い空間に出た。天井がポッカリ空いているからか緑が(しげ)っていて、陽光のあたる一部は森のようになっている。その原っぱの真ん中に白い生き物が密集していた。


「ねぇ、何あれ」

「今回の捕獲対象、〈メェ〉と〈メイメェ〉だ。モコモコしてるのがオスでメェ、ホッソリしてるのがメスでメイメェさ」

「見た感じ、ただの可愛いヒツジとヤギなんだけど。これのどこが問題なの?」

「女と一緒で、見た目で判断してると痛い目見るぞ」


 言ってすぐセシルのジト目に気付いたのか、ゴルダは咳払いを1つしてから続ける。


「メイメェ1頭につき必ずメェ2頭が(つが)う習性があってな。繁殖期に()れの比率がズレていると、街にメイメェが降りてきて家畜のメェをさらっていくんだ。しかもこれがとにかく凶暴なもんだから、撃退する頃には街も被害甚大(じんだい)。そりゃあ依頼もされるだろうよ」


 しみじみ語るゴルダの言葉に、セシルが静かに2度うなずく。農家出身と聞いた気がするから、そのころの苦労でも思い出しているのかもしれない。


 ――ええと。(ヒツジ)がオスで〈メェ〉、山羊(ヤギ)がメスで〈メイメェ〉? やっやこしいなぁ。


 今はどちらのケモノも、草を()んだり微睡(まどろ)んだりしていてとても温厚そうに見える。これが暴れ回って街を壊滅させる図は、ちょっと思い描けない。


「で。どう捕獲するの?」

「まずは頭数を数えなけりゃ。メェがメイメェの2倍居れば、そのまま帰る。メェが少なければメイメェを、逆ならメェを連れ帰る。ちょうど群れ3つに分かれてるし、手分けしようや」

「わたくしが多い群れを担当しますわ。慣れてますもの」

「オッケー。ねぇゴルダ、私数えるの苦手だからメイメェ担当していい?」

「構いませんぞ」


 セシルはすでに数え始めている。ただでさえ頭数が多いというのに、これで待たせることにでもなったら申し訳ない。


「さぁて。さっさと数えて間引くとしましょい!」

「リーサ殿。言い方、言い方」




 いち、にー、さん、よん……ああっ! こら動くな。また数え直しだ。

 ろく、なな、はち……だぁーかぁーらぁー。んもう!


 ジッとしていてくれるわけもなく、(かぞ)えるのはなかなかに骨の折れる作業だった。2人は慣れたもので、とっくに数え終えてほのぼのティータイムを満喫している。


「リーサ様、やはり代わりましょう。このままでは日が暮れてしまいます」

「そうだぞ。適材適所、農家娘に任せればいいじゃないか」

「――ゴルダ卿は黙って」


 言葉で返事をすると数が分からなくなるから、目はメイメェを見据えたままで手を振る。勝負に勝っても試合で負けた気分になってしまうのはイヤだ。


「12と15の27頭! で、間違いないと思う」


 やっと数えきって伝えれば、セシルがすぐに計算して番いの余りを導きだす。


「よかった。メェ2頭を捕獲していけばいいみたいです」

「で。肝心の捕獲方法は?」

「昏倒させてから縄を付けて浮遊魔法をかけますわ」

「ほうほう、縄を……」


 まん丸モコモコのヒツジがロープを垂らしてふよふよ浮くさまを想像して、ずいぶんカワイイ風船だなと笑った。


「ところでセシルおねーさま? 昏倒っていうのは、具体的に何をするのかな?」

「今回はメェですから、ツノを殴りつけます」

「……ごめん。もう一回聞いていい?」

「ですから、あの二本の巻きヅノをですね、折れない程度にガツンと両側面から叩きます。そうすると目をまわして倒れ込むので、その隙に縄を付け、浮遊魔法をかけて群れの縄張りから連れ出すのですわ」


 強張った首をどうにか回してゴルダを振り返れば、言いたいことを察してか男くさい笑顔で親指を立てて見せる。どうやら力技でやるしかないようだ。


「ちなみに、メイメェの捕獲はどうやるの?」


 私の疑問に2人が黙り込む。やや間を開けて出た答えは、気絶するまで殴り合うとのことだった。眠りの魔法にも強いらしく、確かに、メェでよかったと同意する。


 群れの端っこに居るメェは警戒心が強くて狙えないらしく、比較的少ない群れを選んで中心へと分け入った。道すがらセシルは呪文詠唱を始め、ゴルダが私に手順を説明する。


「セシルが存在隠匿をかけたメェを俺が昏倒させますから、リーサ殿はロープの準備を。胴にぐるっと巻いたら浮遊魔法をかけてくだされ」

「了解」


 視線で合図を送り合い、手はずどおりにメェを風船にする。スムーズに2頭分を確保して、群れを離脱。した直後、悪寒を感じて私は立ち止まった。


「どうしました、リーサ殿?」


 群れを振り返り、辺りを見回す私にゴルダが声をかける。悪寒は一瞬のことで、いくら警戒しようと異常らしい異常は見当たらなかった。


「ううん、なんでもない。気のせいだったみたい」

「今回は少し遠出でしたし、疲れが出たのかもしれませんね」


 洞窟を出たところで、セシルが補助魔法を解いた。


「ぃよーっし、クエストクリアね! 早く報告に帰ろ!」

「行きは山越えする乗合馬車があったからいいが、帰りは期待できないからなぁ。すまないが、がんばってくれリーサ殿」

「大丈夫。野宿には慣れたよ」


 ケモノのオマケ付きはさすがに初めてだが、いつもとそう変わりはないだろう。

 ふと、フワフワ浮かぶメェたちを見て妙案が浮かんだ。


「ねぇ、たとえばなんだけど。私とセシルにもロープ巻いて浮かせてさ、ゴルダが身体強化で引っ張って走るのは……?」


 2人は、キョトンとしてから顔を見合わせる。


「少々乱暴な案ですが、大幅に移動時間を短縮できるかと」

「私はかまいませんよ。少しでも早いほうがリーサ様の余暇が増えるわけですし」

「それにしても、〈知恵の勇者〉殿には敵いませんなぁ」


 ゴルダが豪快に笑う。

 大したアイデアでもないのに、そう毎度担ぎ上げられるのはむず痒い。そもそも、私のどこに勇者味があるのか未だに疑問だ。


 あれは、ウシに似た〈ムォーロウ〉というモンスターの群れが山間の村を襲ったときのこと。

 たまたま居合わせただけの冒険者を寄せ集めてどうにかするにはあまりに敵の数が多く、村は壊滅かと誰もが絶望していた。私もその内の1人だったけれど、物干しに吊された赤い布に目がとまって、無我夢中でそれを手に村の外へと駆けだした。


 そう、闘牛を思い出したのだ。


 風魔法で無様に走り回るだけなのだから、闘牛士のように翻弄できるわけもなく。ただ、村を襲っていたほとんどのムォーロウは、私を追いかける形で森へと入り、散り散りになった。

 あとで知った話、群れにさえならなければ暴走はしない、比較的大人しいモンスターらしい。


 クタクタになって村に戻れば、英雄扱い。次の異世界旅行時に、〈武王〉の元に呼び出されて〈知恵の勇者〉の称号を賜った。

 そういえば、ゴルダとも名前のやり取りがあったなぁ。


『カケ・リィサ?』

『違う。カケイ・リサ』

『カケリ・イーサ?』


 冒険者登録のときも同じことになって、登録名はリーサだ。


『……ただのリーサでいいです』

『よし、タダノ・リーサだな』

『さすがにわざとでしょ!』


 ゴルダとは、それからの付き合いになる。


「リーサ様、きつくはありませんか?」

「うん、大丈夫だよ」


 セシルとお互いにロープを結び合い、ゴルダは自身に〈身体強化〉をかける。


「それじゃあよろしく!」


 ゴルダにロープを託し、私は浮遊魔法をかけた。




「ノルマクリアしたのに帰れないんですけど!」


 だん! と、ジュースの入っていたジョッキを叩きつけ、誰にともなくブーイングする。


 あれから、張り切ったゴルダが街まで完走してくれた。そうして冒険者ギルドに駆け込んだものの、依頼報告をしても懐中時計は光らず、まだ自分の世界に帰れないでいる。

 今はギルド併設の食堂でクダを巻いているわけだ。


 元の世界(あちら)は、懐中時計によれば土曜の14時すぎ。まだ急いで帰らなきゃいけない状況ではないが、どうせならいつでも帰れる状態で異世界を満喫したい。


「確かに依頼完了したのに、おっかしいなーぁ」

「こなさなければいけない依頼数が増えた可能性はありませんか?」


 セシルの言葉にウッとなる。

 初めのうちは、自分の部屋(セカイ)に帰るのに条件なんてなくて、夕方には懐中時計からゲートが現れて帰れた。それが、半年後にはどんなクエストでも1つ終わらせなければいけなくなり、1年を過ぎたころからは魔物の関わるものじゃないとダメになり。さらに半年経って、2日以上滞在しなくてはならなくなり――


 帰るための〈冒険ノルマ〉が半年ごとに難しくなってきたことを考えれば、3年目に入った今、ありえない話でもない。


 そういえば、あちらと異世界とで時間の流れがズレ始めたのは3度目のノルマ変更からだったろうか。初めは懐中時計が壊れたかと焦ったが、元の世界の時間を示しているだけだと気付いて安心したのを思い出す。


 時計は、家庭教師最後の日にセンセイがくれたものだ。電池いらずの手巻き式で、装飾の入ったフタがついている。文字盤には、短針・長針の他になぜか曜日を表示する窓があった。日付がないのは不便だが、今は曜日だけでも分かって助かっている。


 うんうん唸っているうちに、ゴルダが戻ってきた。


「手ごろな依頼がありましたぞ」

「ホント? ありがとう!」


 ゴルダが受注してきてくれたのは、街道に出るようになった〈グァーガ〉の討伐依頼だった。出没エリアもハッキリしているし、森の中を探し回るより手早く済みそうだ。なにより、大型のクマとはいえ1頭というところがいい。


 日没まではまだ時間もあることだし、さっそく東門へ行き街を出る。

 浮遊魔法を応用した〈軽量化(エアリー)〉と、〈追い風(ブースト)〉を重ね掛けして、3人揃って駆け出す。


「んー。リーサ殿の〈えありぃ〉は何度受けても快適ですな」

「そりゃあ、〈風の聖女〉ですもの。独自魔法の生成だってお手の物ですわ」


 しみじみ褒めるゴルダに、なぜかセシルが得意そうに応えた。


 武王から〈知恵の勇者〉と呼ばれ始めてすぐ、今度は聖王から〈風の聖女〉の称号を与えられ、セシルが従者になった。

 あのころの2人は、水と油、猿と犬、口を開けばとにかく喧嘩ばかりで困ったものだ。それが今では恋仲なんだから、ほんと尊い、ありがたい。


 流れていく景色の中、街道を道なりに進んでいったその先。商人のものと思わしい馬車が倒れ、積み荷を漁っているグァーガがいた。

 ゴルダ、セシルがターゲットを囲うように散るのを目で確認し、詠唱に入る。


「風よ、逆巻き刃となれ――〈風の刃(ウィンドカッター)〉!」


 無数の見えない刃が生まれ、グァーガに襲いかかる。皮が厚いのか、脂肪が厚いのか。大したダメージにはなっていないようだが、狙い通りヘイトを取ることには成功したようだ。

 食事のジャマをされたことがよほど気に食わなかったのだろう。咆哮をあげると、私のほうに突進してきた。


「おーにさーんこーちら!」


 噛みつきを躱し、左右の豪腕を避け、体当たりをヒョイと跳び越える。勢い余ったグァーガは土煙をあげて倒れ込むが、ノソリとすぐに立ち上がった。


「残念、遅い!」


 グァーガの背後でゴルダの剣が閃き、振り向いた顎をセシルの拳が叩き上げる。フラフラ数歩歩いたかと思ったら、ドオッと倒れて動かなくなった。


「ぃよーっし、依頼完了!」


 2人に向けて両手を掲げれば、軽快にハイタッチしてくれた。

 ところが、そうして新たにクエストクリアしても私は帰れないでいる。


「なーんーでーなーのー?」


 宿屋の一階にある食堂は、日没前だというのに繁盛していた。夕飯のメインディッシュは、今日捕獲してきた野良メェのステーキだ。家畜のメェとはまた違った味わいらしいが、さすがに私にはその違いが分からない。調理方法のおかげもあるのか臭みは特になく、ただただ美味しいという感想しか出なかった。


 付け合わせのパンは香ばしく、色とりどりのサラダはシンプルに塩とオイルで味付けされていて右に同じく。少しだけマヨネーズが恋しくなるが、まぁ、そこはそれ。


「今日は捕獲と討伐でしたが、明日はどうしましょうか?」

「もやもやしているときは、討伐に限るだろう」

「ゴルダ卿には聞いていません」


 セシルは盛大に溜め息を吐いて、シッシとあしらった。


「そんな堅いこと言わないで、俺も混ぜてくれよ」

「あなたは少し空気を読むことを覚えてはいかが?」


 セシルの挑発的な視線に、ゴルダがさらに口を開く。


「読んでるからこそ入ったんだが、お子様には分からないようで」

「2年早く生まれただけの無精ひげが、ずいぶんな物言いですね」

「ああーっ、はいはい。私も討伐がいいなー」


 立ち上がる2人の間に割って入った。

 セシルが26で、ゴルダが28だったろうか。この異世界基準は分からないが、私の世界的には結婚適齢期。お役目含め、私に遠慮しているのも分かるが、早くゴールインしてくれと思わないでもない。


 しかも、お付き合いしてることが私にバレていても恥ずかしがるし、実際、手をつなぐので精いっぱいとか、現役高校生の私より青春している。

 ……いや。人目もはばからずイチャイチャされたら、ちょっと考えるかも。そのままでいてくれ、推したちよ。


 そのとき、ドアが壊れんばかりの音を立てて開き、男が叫んだ。


「野良メイメェが出た! 動ける者は手を貸してくれ!」




 広間に一瞬の沈黙が落ち、誰もがそれぞれの武器や防具を引っ掴んで慌ただしく外へ飛び出していく。


「そんな……確かに数えたのに!」

「わたくしも数えましたから、リーサ様に落ち度はありません。ですが、それでも違うとなると……」

「女王か」


 ゴルダの言葉に、セシルが頷く。


「実物を見たことはないのですが、祖父から聞いた話によれば、見た目はメェそっくりらしいです」


 ヒツジそっくりのヤギか。ちょっと想像つかないけれど、少なくともモコモコしているんだろう。


「とりあえず私たちも出よう!」


 準備をして宿を出るなり、〈エアリー〉を掛けて屋根に飛び乗る。遠くを見通せば、北門側の家屋から煙が上がっているのが見えた。


「北門に向かって!」


 宿屋前で待っていた2人に伝達すると、「了解!」「承知!」の声が上がる。

 日が沈んだ残り火の中、私はそのまま屋根の上を駆け抜ける。街の建物は、木造と石造りが半々で、ほとんどが三角屋根の二階建てだ。足場の上下を越えていくのに少し疲れて、最終的にはテッペンあたりを跳び進む。


 悲鳴と怒号が耳に届き始めて足を止めた。まずは魔法で聴力を上げて情報収集をする。

 門を突破し、襲いかかってきたメイメェは9頭。付近の家屋に被害が出ていて、避難や救助に当たっている冒険者もいるようだ。


 風魔法に声を乗せ、避難誘導とメイメェ対処の人員調整をする。そのうちセシルとゴルダが到着したので、他の冒険者たちと合流して一足先に討伐へ当たってもらう。


 避難と救助があらかた終わったのを確認して、私も討伐に参加しようとした矢先、ふいに悪寒が走った。


 ――これ、洞窟のときの!


 視線を探ると、外壁の上にそれは居た。夕闇迫る空の下、うっすら光っている。


「たしかにヒツジっぽいヤギだわ」


 長い体毛は逆立ってモコモコ。短くまっすぐ伸びているはずのツノは、くるりと内側に巻いている。比較すれば分かるのだろうが、単体で見る分にはメェにしか見えない。


 じわりと、冷や汗が流れる。じっくり観察してはいるが、それは向こうも同じだった。眼下で暴れるメイメェと冒険者の攻防には目もくれず、女王はジッと私を見つめてくる。


 皮切りは、下で起きた爆発音と上がる噴煙だった。一瞬生まれた死角。殺気を感じて勘で後ろに跳ぶと、今まで居た屋根に女王の蹄が食い込んでくぼみができていた。


「こっわ!」


 平たい瞳がずっと私を追っていることにもまた、ゾワッとくる。

 エアリーの効果で着地までの滞空時間が延びているのに、そこを追撃してこないのも何か意思を感じる。明確な、私に対する敵意とでも言おうか。


 ――だったら、やることは1つ!


「セシル、ゴルダ! 女王はこっちで外に引き付けるから、あとはよろしく!」


 開いたままになっている北門を駆け抜け、街の外に出る。女王メイメェがついてきているのを時々確認しながら、街道を外れ、見通しのいい場所に陣取った。


「風よ、旋風(つむじ)となって切り刻め――〈(かま)(いたち)〉!」


 振り向きざまに中位の風魔法を放つ。どれも軽快に躱され、後方で刈り取られた草が舞った。

 撹乱するように私の周りを駆け回ったかと思えば、直角に曲がってふいに体当たりを仕掛けてくる。目で追いきれなくなりそうだ。


「よくも私の楽しみをジャマしてくれたわね!」


 文句を一声、高らかに叫んで得物――双扇子を開いて風をまとわせる。

 一振り、二振り、三振り。横に空を切って生じさせたウィンドカッターを女王に飛ばす。当てるためというより、時間稼ぎのための牽制だ。一撃掠めただけで、他は宙空で霧散する。


 グァーガを1人で倒すには火力不足だったが、一回り小柄なメイメェ相手ならなんとかなるのではないか。まぁ、当てさえできれば、だけれど。


「それ、そりゃ、とりゃ、ほいさ!」


 ジグザグに跳躍して回る女王と、舞い踊るように扇を切りながらクルクル動き続ける私。翻弄しているのかされているのか、徐々に分からなくなってくる。


 陽の光はなりを潜め、影が濃くなる月明かりの下。暗がりでも対応できているのは、女王自身が光っているからだ。しかも、明らかにだんだん強くなっている。


 それは、嫌でも目に付く異変だった。バチバチと、巻きヅノから火花が散り始めたのだ。


「わッ!」


 次の瞬間、一筋の光がピシャリと飛んできた。寸でのところで避けられたものの、近くを通った部分がなんだかピリピリする。これはあれだ、静電気の痛みに似ている。


「風と雷は、ちょーっと相性最悪かなぁ!」


 細く走る雷撃が続いて、何度か喰らいかける。突進と違ってほぼゼロモーションで迸るから、勘で避け続けるにも限界がある。ウィンドカッターと同じで、威力がそこまで高くないことだけが救いか。


「う、しまッ」


 女王のステップで抉れていた小穴に足を取られ、体勢を崩した。見逃してくれるわけもなく、体当たりが迫る。

 両扇子を縦に振り、生み出した風の壁にわざとぶつかって上に飛んだ。格好の餌食とばかりに雷の追撃がいくつも走る。空中での移動手段なんて――


「あるんだな、これが!」


 エアリーを重ね掛けし、扇子を振るう。一段、二段、三段。風圧で軌道を変え、難なく避けて見せる。さすがに体を軽くさせすぎたせいで、着地はタタラ踏んだが問題ない。


 立ち止まったまま鼻息を荒らげる女王。帯電量が減ってきたのか、さきほどよりも発光が弱くなっている。

 もしかして、駆け回ることで帯電しているのだろうか? その場で雷撃を放つほど薄くなっていくとするならば、もう少し引きつけないと。


 わざとらしくならない範囲で、回避時の滞空時間をなるべく延ばす。

 扇子を縦に振り、横に振り。いい加減、腕が吊りそうだ。


 ――頃合いかな。


 距離を取って立ち止まれば、バッファローがするように、前足の蹄で地を掻いて様子を窺ってくる。お互い、ジリ貧状態だと理解しているのかもしれない。

 でも、それが命取りだとは気付いていないようだ。


「ヤーッ!」

「せいッ!」


 みしり。女王のツノに、両サイドからセシルとゴルダの拳が極まる。頭をグルリと振ると、白目を剥いて倒れた。


「それ、メイメェにも効くんだ?」

「いや。巻きヅノになってたから、いけるのではと試してみただけだ」

「リーサ様、ご無事で!」


 緊張の糸が切れてへたり込んだ私の元に、セシルが駆け寄ってくる。


「いやーあ、助かったよ。完全に消耗戦だったから、そろそろヤバかった」

「助太刀無用かと思いましたが、それは間に合って何より」


 遅れて歩み寄ってきたゴルダがニヒルに笑う。


「街のほうは、リーサ殿のお蔭で被害が少なく済んだようです」

「女王の襲撃も受けてあれなら勲章ものですよ」

「そう? でも、新しい称号とかは勘弁してほしいな」


 かしこまった場でのロールプレイは案外楽しいが、あまり堅苦しくなりすぎても何かやらかしそうで困る。


「ところで、この女王様どうするの?」


 メェ捕獲のときと同じで、今は気絶しているだけだ。トドメを刺すなら今だし、生かすのならその処遇を考えなければならない。


「祖父の話では、群れの長は群れに返すようにと」

「返さないとどうなるの?」

「今度は群れ総出で降りてくるそうです」

「そいつぁー、大災害だな……」


 ゴルダが渋い顔をする。

 聞けば、メェも帯電体質らしい。女王のように雷撃を放つわけではないが、素手や金属武器で攻撃できないところが厄介なのだという。


「そうそう。毛を短く刈ってツノを折る必要があると言っていました」

「さては、体毛が帯電器官になってて、ツノが放電器官になってるからとか言う?」


 セシルだけなら分かるが、なぜかゴルダもキョトンとする。


「理由は存じませんが、リーサ様のおっしゃる通りかもしれません」


 ということは。


『さすが、〈知恵の勇者〉』


 私とゴルダの声が重なる。セシルも大概だが、ゴルダはゴルダで、私を盲信しすぎなのではないだろうか。

 笑い合っているうち、ズボンのポケットから光が漏れているのに気が付いた。それはゴルダもで、帰ってもいいぞと視線が向く。


「んーん。片付け手伝ってから帰るよ」


 週末は聖女を真っ当する。それが今の楽しみであり、私の矜恃(きょうじ)だから。



〔クローゼットが異世界につながったので、週末は勇者で聖女な冒険者してます!/了〕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ