原田くん勃ちすぎです!
概要
主人公、原田悠の逆大学デビューを果たすもヒロイン鈴木露の突如とした介入により地味で平穏な大学生活は入学してからわずか一か月ほどで幕を閉じた。感情表現が苦手な悠と大学デビューを果たして意気揚々の露、相反する二人だがおたがいの共通点は過去にあった、悠は高校生の頃に自分がきっかけで起きたいじめ問題に責任を感じて心の内を閉ざすようになった。対する露はクラス内で起きていたいじめを直接的に関わっていないものの間接的に問題を無視して勉強にのめり込むようになりそのことを心の中で後悔しており、過去と向き合うために法律を学べる大学へと進学した。ある日自宅にいた悠のもとに露からメッセージが届いた。「たすけて」その言葉を受けて悠は大学へ向かう、そこには目からハイライトを失った露がいた。高校の頃のいじめの被害者に構内で出遭ったのだ。悠は露を励まし、二人は打ち解けていく。共に課題をこなし、食事を共にしたり、そんな二人の前に平野朝日が現れる、彼女は露を恨んでいる高校時代のいじめられっ子だった。彼女は露のやってきたことを赤裸々に告白するが周りから一蹴されてしまう、そこに露は謝罪をし、許されはしないが露の贖罪は一旦一区切りがつく。悠は露を家に招き自分が過去に不良生徒だったことを打ち明ける。露はそれを聞いても引くことはせず優しく諭した。気づくと悠は露を抱きしめておりその際に悠の中学生からのコンプレックスの一物が勃起してしまう。悠は興奮状態でなくても勃起してしまう体質を抱えていた。露は動揺しつつも悠の秘密を黙っておく代わりに行きたい場所がある、と伝え二人は水族館へ出かける。関係性を深めてお互い帰宅した後、通話をする二人はビデオ通話越しに互いの気持ちを確認する。そこから初めてデートへと赴きひまわり畑を堪能する。そこで改めて悠から告白をし新しい思い出を作った。それからお家デートにまで発展して!?
コンプレックスと向き合うドタバタラブコメディ。
人には心がある、もっと言えば感情がある。感情とは人間のみならず動物にも適用されている神様からの贈り物。贈り物、ギフトなんて言い方の方が現代においては聞きなじみがあるかもしれない。今はネットなどの非接触媒体を用いて物を贈るのだから、年賀状も今や絶滅危惧種であろう。神様からのギフト、天は二物を与えずだっただろうか、人それぞれに唯一無二のギフトがあるとしたらそれは体質かもしれないし、はたまた容姿かもしれないし感情の起伏の激しさ故の爆発的な表現力なのかもしれない。声の良さかもしれないし、自分の好きと得意が人それぞれ違うように、成りたい者と為りえた者が違うように、感情も才能も。
全てがぐちゃぐちゃになっているのが我々人間なのだろう。などと先程から無駄口とまどろっこしい言い回しにイライラしている頃かもしれないがもう少しだけお付き合い願いたい。冒頭で言った心、感情についてだ。皆さんは感情を表現する時はどのように行動するか、それをお聞きしたいものだ、今からリモートで話せないだろうかと言いたいくらいにはこの感情表現という厄介なものに辟易してしまっている自分がいる。この辟易さを共有か理解してもらいたくてリモートを提案した次第である。無論、三次元の人間に対して一次元の文字でしか媒体として使えない自分とではリモートなど出来ないだろう。しかし今こうして文字を通して皆様にアプローチしている、これもまた一種の感情表現かもしれない。
さて本題だ、この物語の主人公たる原田悠は感情表現が得意ではない。基本的に無感情で無表情のロボットのようなものである。よく笑わない人間に対して感情がなさそう、何を考えているか分からないと言う輩もいるがああいう人間こそ心の内側には様々な表現方法を有しているものだ。ふとした瞬間に爆発してピーキーを引き起こす。これは普段温和な人間にもいえることであると言える。何事にも怒らない人間は怒る素振りも見せないまま縁を切ったりする、怒れる人間の方が実は許してもらえる可能性があるため関係値の修復は可能である。感情が態度で出るか、行動で出るか、はたまた体に出るというのもあるだろう。恥ずかしくて顔を真っ赤にしたりテストの結果が悪くて真っ青な顔をしたり表情に出るというのは皆さんもご理解いただけると思う。さてそろそろ本題に移るとしよう。ここまで長々と人間の当たり前のことについて話してきたのは知ってもらうためだ。なんてことないクラスに一人はいるであろう人間のこと、この世にいる、存在する人間のことを。喜ぶときには笑顔がこぼれる、悲しい時には涙が滴り落ちる。当たり前が常識ではなく、人間はどれだけ生きても知らないものは知らないままだ、無垢で無知のままだ。知らない世界なんてちょっと視野の角度を変えればいくらでも見えてくる。
視野を変えて教室の窓に視線を移すと勢いよく花粉が顔面を直撃した。花粉を運んだ風は不愉快な気持ちにさせるだけさせてさっと消えていった。大きくくしゃみをすると授業中だったせいで周りのくすくす笑う声が聞こえてくる。笑われ慣れていても素直に恥ずかしかった。
いつまで経ってもこの時間が苦手だ、一時間が長く感じる。まだ三十分しか経っていないのかと辟易する。この教授の講義は好きなんだけどな、なんて思いながら板書を再び始める。
「それじゃあ今日出した課題、来週までに二人以上で協力してやっておくように。」
この発言を聞いてすぐに男女のグループ人数は五人、話したこともないはずだが。
「なんですか。」
聞くと半ば強引に一人の男が手を引っ張って急に立たされたと思ったら今度は肩を組まれた。
「眼鏡くんさ俺らの分の課題やってよ。」
教室が暑いからと窓際の席に座っていたことと先ほどの間抜けなくしゃみで目を付けられたのだろう。当然ここはノーというべきなのだろうがこういう時咄嗟に言葉が出てこないのが原野悠の悪いところだった。
「沈黙はおっけーってことでいい?ありがとう、じゃあよろしくねー。」
そう言って立ち去ろうとする連中の男の腕を掴もうとしたその時だった。
「彼おっけーなんて言ってませんよ、それに自分でやった方がいいと思います。」
立ち去ろうとする彼彼女らの前にとせんぼうする女性が一人、深い茶髪にロングの髪、カラーコンタクトをしているのだろうか、両目ともにグレーであった。
「ちょっと邪魔なんだけど、てか誰?眼鏡くんの彼女とか?」
それを聞いて明らかに様子が変わったとうせんぼう女、というか顔に出ている。
「彼女じゃないです!」
そんなに顔を真っ赤にして言われても説得力がない、しかしながらこの反応がまずかった。さっき腕を組んできた馴れ馴れしい男が今度はとおせんぼう女の腕を掴んで
「よく見ると可愛いじゃん、この後サボって俺らと遊ぼうよ。」
とおせんぼう女は先ほどの真っ赤な表情から一転し真っ青な顔をして必死に振りほどこうとしていた。
「やめて、離して、離してください!」
どうするか、なんて考えるよりも先に体が動いていた。細身の自分は人の隙間から簡単にすり抜けられる。
バシッと男の腕を叩いて落とす、蚊を落とすように。
「いって、何すんだこの眼鏡野郎!」
胸ぐらを掴まれたのでその手をぐいっと捻じ曲げるようにした、この程度の心得はある。体の距離をとって痛みの声を聞く間もなく、原田悠はとおせんぼう女の手を握って全速力で教室を後にした。そりゃあもう全速力だ、50m走でさえ出したことないようなタイムが今なら出せるだろうな、なんて考えながら階段を下って大学のキャンパスを出るところまで駆け抜けた。さてともう講義はないし今日は帰るとしよう、なんて思っていたらいつからだろうか手が離れない、何故ならこのとおせんぼう女がこちらの手首を握っていたからだ。そりゃああれだけ急いで階段を降りたんだから互いに繋いでいないとすぐに離れてしまうだろうから判断としては間違っていないのだが。
「あの、僕もう行かなきゃいけないので離してもらえませんか?」
しかしとおせんぼう女は手を離そうとしないのだ、離さない…いやどちらかと言うと。
「ひょっとして離せないのか?」
そう聞くと咳を切らして赤くなった顔が更に真っ赤になるのが分かった、どうやら図星らしくがっつり固定されているようだった。
しかし二人の手は特に時間のかかることなく離れた。その理由は。
「水滴?」
原田悠は言葉を出した口を咄嗟に手で覆った。それは己の発言を省みての行動だったのだが彼女はそうは思わなかったらしい。
「に、匂い嗅がないで!」
そんなつもりは微塵もなかったが彼女の眼にはそう映ってしまったようで、手の甲で防いでいればよかったのだろうが掌で口を覆ったのが悪手だった。
「あの怖い人に握られたと思ったら今度はあなたに手を握られて、そのせいでちょっと焦っただけだから!」
だから普段はこんなじゃない、なんて今度はしおらしくなっている。先ほど教室で啖呵を切っていたとおせんぼう女が自分のために声を出してくれた彼女が、自分が良かれと思ってした行動でこんな姿になっている。
「さっきはありがとう助かった、僕のために怖い思いもさせてごめんなさい。」
出来る事はお礼の言葉と、頭を下げることだけだった。さてお礼も済んだし今度こそ帰るとしようと反転、駅まで歩みを始めようとした。
「露、私の名前は鈴木露。私こそ助けてくれてありがとうございました。」
なんて彼女から一礼されてしまった、そういえばまだ名乗っていなかった。
「僕は悠、原田悠よろしく鈴木さん。」
頭を上げた彼女は満面の笑みでこう返した。
「よろしくね、悠くん!」
名前呼び!?距離感近いな。
「じゃあまたね、私こっちだから。」
そう言って駅とは真逆の方向へと駆け足で去っていくのだった。天気雨みたいな印象を持った。突然前触れもなく空から零れ落ちてくる、しかし降るだけで害はない、物珍しい現象として子供が喜ぶくらいだろう。降るだけ降って後先考える間もなく雨は止むのだ。
ゲリラ豪雨ほどのインパクトはないのだが。
揺れる電車の中、今日あったことをもとい遭ったことを思い出していた、来週の講義がとても気が重くなるがその中でも会った彼女、鈴木露のことを考える。考えざるを得ないのだ、原田悠という男のここ最近といえば大学の講義を一つも落とさないようにカリキュラムを組んで、それを淡々とこなす日々であった。そんな日常に唐突に入り込んできた、飛び込んできた彼女があの五人組に絡まれないか、勝手に助けに入ったのは彼女だが本来の矛先は自分であったわけで、気にせずにはいられない。まあそんな事を言ってしまえば彼女を助け返した自分にこそまた矛先が向くかもしれないが。無論あのままおせっかいさえなければ自分なりに流すなりしていたのでこんな事を言いたくはないが余計なお世話であった。携帯電話のバイブレーションが鳴るまでそんな事を思案していた。
「ん?」
画面を見るとSNSのフォロワーが一人増えている。友人との連絡用SNSではない、ユーザー名が本名じゃない方のSNSだ。インターネットに写真や動画を投稿をする、あのSNSだ。要するにひけらかしたくない方のアカウントにフォロワーが増えたのだ、ご丁寧に名前まで書いてある。
「鈴木露…」
本名をそのまま使うやつがあるか、と疑ってしまうが彼女においては何となく本気なのだろうなと思う。本来放っておいてよいようないざこざも放置しておけない空気の読めない女なのだろう。本人は善行のつもりか知らないが普通自己防衛の精神が働いてわざわざああいう場で身投げのような行為に及んでしまうのは愚かさ故なのかは分からないがこの時点であだ名が変更された。
今からとおせんぼう女改め「距離感バグ女」に改名の上、改悪である。さてとりえずこのネットリテラシーもとい個人情報管理のなっていないネトスト女に忠告をしておくことにしよう。
メッセージ、「今すぐ本名はやめた方がいいですよ。」間髪入れずに返事が表示される。
メッセージ、「わかりました、ところで明日大学来ますか?よければ一緒に課題やりましょう。」
友達とやれよなんて言うとブーメランが飛んでくるので潔くここは乗っておくことにした。かくして原田悠は入学から一カ月足らずにして五人組からは反感を、鈴木雫からは好感をそれぞれ得る事となったのだった。
翌日、鈴木雫ことネトスト女から指定された待ち合わせ場所は大学の近くにあるドーナツ屋さんであった。
メッセージ、「先に入っておくねー」本当に距離感の近い女だなと感じてしまう、昨日会ったばかりだよな?と昨日の自分に聞いてみる。
なんならSNSも特定されたぞ、と頭が痛くなる事実を再確認する。とはいえ昨日はやり直せないというかやり直しにタイムマシンにでも乗って未来を変えようとしても同じ結果になりそうである。せいぜい座ってた席を窓際ではなく一番前とかにするとかだろうか、あの五人組の発言から察するに講義への関心は低そうだし後ろの席を取って喋る方に重きを置いてそうである。まあその場合は別の誰かが自分と同じ目に遭うか、前の席で講義を積極的に取り組んでいる自分に矛先が向いて同じことになっていたかもしれない、なんて。
こうやっていらないことを考えるようになったのはいつからだっただろうか、原田悠は己に呆れていた。さてもう一人呆れる人間がいる。
呆れさせてくれるその女の席までドーナツが乗ったプレートを持っていくと開口一番彼女から発された一言。
「昨日は無言フォローごめんね、偶然見つけたからついフォローしちゃった。」
嘘をつけこの女、新たに虚言吐き女という称号を加えてやろうか、コーヒーを軽く飲んだ後の彼女はにこやかに笑みを浮かべてこう言う。
「SNSってなかなかやらないから突然表示された時はびっくりしちゃったよ、普段はご飯の写真とか上げる別のSNS使ってるからさ。」
この女まさに舌の根も乾かぬうちに、である。コーヒーの角砂糖を塩に変えて舌を塩漬けにしてやりたい。甘いドーナツ屋さんには中々塩を調達する手段は限られているけれど今日でこの女の化けの皮を?がしてやろうと気合が入った、塩対応で尋問してやろう。
「お待たせ、鈴木さん。」
「鈴木さんだなんていいよ、友達なんだから露って呼んでくれれば。」
距離感どうなってるんだ本当に、これ陽気な奴ってだけでは片づけられない距離感のバグり方をしている。しかし目的のためなので手段は選べない。
「わかったよ、露。」
上手に笑えていただろうか、自信がない。ドーナツを買う時にも店員さんたちのスマイルはキラキラして見える。鈴木露とは似ても似つかないプロのスマイルを受けた際には気持ちがいい。
対してこの虚言ネトスト女はと言えば笑顔が上辺だけのものだとすぐに分かるアマチュアの作り笑顔である。
まずはこの胡散臭い笑顔から崩してやろうか。
「露、君ってさ。」
視線を外すことなく、しかしながら息を吐くのと同じように自然な呼吸のリズムで執行される刹那の言葉は。
「大学デビューだろ。」
鈴木露の虚ろな瞳に現実が映りこんだのだった、虚無に温度が移った瞬間である。
鈴木露十八歳、私立歩女子高等学校卒業、指定校推薦を用いて私立響野大学法学部に入学。
高校生時代の鈴木露は女子高だったこともあり異性との関わりが薄かった、根暗な性格の彼女には友人と呼べる人間がほとんどおらず、憂鬱な毎日を過ごしていた。部活動は吹奏楽部に一年生から入部したがギスギスした人間関係と複雑な女子同士の顔色の伺う様子、男性教員への接し方など些細なことで腫物扱いをされる空気間に耐えきれず二年を迎える前に辞めてしまった。以降彼女は友人作りを辞めて勉強にのめり込むようになった、いじめられているクラスメイトを見て見ぬふりをした。
己の責から逃げ延びるために法律の本を漁るようになった。この勉強をしていつかああいう被害に遭っているような人間を救う立場になるんだと、善行を成せば必ず自分の行動は正しいと証明される、そう考えていた。
卒業式はつまらないものだった、喧嘩していたはずの子たちの涙ぐましい痛々しい青春とのお別れごっこ、花束を貰う運動部の先輩、しかし去ればすぐに陰口が聞こえてくる。すぐに立ち去った。怖いからではない、自分はこんな人たちとは違う、同じ空気を吸ってはいけないと思ったのだ、だから変わろうと思った。せめて学校の名に恥じぬように歩みを進める人間になろうと決めた。髪も無難な茶髪に染めてカラーコンタクトも購入して男性と関わることになるからラブコメ漫画や心理学なんかの本を読んで男性心を学んでいた、自分にしては努力していた。そうしてこの大学に入学して一カ月足らずで鈴木露は目撃した、男女複数人のグループに絡まれている男の子を見つけて彼らの元へ駆けつけてそうして注意したのだ。当たり前のことだと思ったので注意した、悪意には善意が勝るとそう信じていた、しかしながら現実はどうだったろう、男に腕を掴まれ危うく連行されそうになった。それを迅速に対処して自分を逃がしてくれたこの青年に一言のお礼と友達になろうと考えた、過去の自分ではなく今の自分なら…、イメチェンした私なら、なんて。
それは今この一瞬で破壊された。その一言で崩壊してしまうほどに自分の理想とした姿は脆くて危ういものだったのだ。どうしてバレてしまったのだろう、彼も私と一緒で根暗で陰湿な人間だと思った、だから今の私なら彼から見れば輝いて見えるはずだと、きっと彼とはいい関係を築ける、今の理想の姿の私になら出来るはずだ。なのに。
「どうして…知って…。」
ああそうだ、昨日もそして忘れたい記憶である高校時代も私は救われる側で、掬われる側だった。
「知ってるも何もバレバレ、昨日の男だってきっと分かっていたから君を連れ出そうとしたんだと思う。」
鈴木露の化けの皮は簡単に剥がれた、彼女は見敗れた事実に愕然としているように見える。
ここで追求は止めておこう、と悠が去ろうとした瞬間だった。
「待って!」
原田露は言った、現実を直視した彼女の瞳に映るは眼鏡で隠した彼の何かだった。
「まだドーナツ残ってるよ、食べていこう?」
悠は聞く。
「本音は?」
露は俯いてもう一方の手を悠の腕に添える。
「一人に…しないで。」
涙ぐんだ声に悠はさすがにため息をついて席に着く、今の彼女の状態にした責任くらいは感じていた。
普段ならこんな対応はしない、掴む腕を振り切って立ち去っていただろう。
そうしないのは、きっとただの同族を憐れむ自分のエゴなのだろう。しばらく声を抑えて泣きじゃくる露、なるべく顔を見ないように携帯電話に視線を落とす悠。ドーナツをつまみながら露が泣き終わるのを待った。時間で言えば十分程度だったかと思う。
かすかに声を発し始めた、彼女が注文したであろうドーナツには一切手がつけられていなかった。悠を待っていたのだ、少しでも話す時間を長くして関係値を上げようと目論んでいた、無論それは打破されたわけだが。
「どうして…こうなるの…。」
鈴木露の見通しが甘い、という話ではない。強いて言うなら詰めが甘いと言うべきだろう。
根詰めて根詰めて根詰めて、そんな一朝一夕でどうにかなるほど人間は変わらない、本質は変えられない。現実は努力では動かない、継続で動く。時間が解決してくれたという例が一番わかりやすいかもしれない。自身が変わらず時間が変えていく、環境が変わることで世界が変わる、変わった世界には自分が無い、居ない、それでも確かに存在する自分を否定したり励ましながら進んでいくのだ、暗中模索の中を前に進んでいると信じて。信じたからと言ってそれが報われるとは限らない。誰だって新しい環境に身を置く時には不確定要素に囲まれている、死角から瀕死になりそうな一撃を加えられることだってあるのだからチャレンジ精神とは本当に身を削る行為だ、しかし鈴木露は知らなかった、初めての挑戦で現実を変えるというのは難しくて辛いもので時間は巻き戻ってくれないのがなんとも気持ちが悪い。
ぐちゃぐちゃにされた気分になる。
「何がいけなかったの?」
たった一人の目の前にいる青年にさえバレてしまうような練度のなさ、もとい繕いようのなさ、その脆弱性が露の心に深く刺さる。
「人間、そう簡単に変わらないってことだよ、どんだけ取り繕っても核たる人格は変えようがない。」
地球で言うならマントルだろうか、大地の奥底にあるマントル、惑星全体に水や炭素、酸素を循環させる役割がある。それを攻撃されたとなれば惑星だって黙っていないだろう。黙っていられない、だからこそ鈴木露は泣きじゃくった顔で原田悠を問いただす。彼に簡単に看破されたのは自分のクオリティの低さだけではないはずだ、他にもあるはずであろう、私がこんなに簡単に正体がバレてしまった理由が。
「原田くんあなたは私の秘密を知ってしまった、だからあなたも一つ秘密を話して。」
ため息をつく悠。
「呼び方、悠じゃなくなってる。」
眉がひきつく。
「いいから話して。」
こんな強制的に秘密を話せなどと言われる経験は中々ないだろう。もうため息すらガス欠である。
「話したくないから詳細は言わないけど。」
言え、と睨みつけながらコーヒーを持つ手を震わせている。
「強いて言えば露、君と俺は似たもの同士ってことだ。」
似た者同士?つまり。
「悠くんもイメチェンしたつもりだったけど失敗したって口なんだね。」
なーんだ、と涙は引っ込み嬉しそうに笑みを浮かべている。でもね、なんて悠は答える。
「君と違って俺はイメチェンには成功してるんだよ?」
ぽかんとした顔を浮かべ今度は頬を膨らませくすくすと笑っている。
信じていないだろと言うと露はけらけら笑う。
「だってその丸眼鏡もそうだけど、陰のオーラ隠せてないよ?確実に失敗してるじゃん。」
鈴木露にとっては陰からの陽への変容こそが何よりのイメージチェンジであった、それが自分のケースだったからである。
そう、自分のケースであってそれは世間一般の常識ではないわけである。
「まあ信じなくてもいいんだけどさ。」
と、席を立って今度こそ立ち去ろうとする悠は一言告げた。
「情緒不安定でメンタルの浮き沈み激しすぎだからまずはそれ直したら?」
と今度こそぽつりと一人だけ取り残された露だった。最初こそ笑顔で見送っていたのだが、それがなんとも滑稽な光景だということに気づいたのは原田悠が店内から姿を消した瞬間であった。
ん?待って待って待って!
からんからんと店のドアを開けて急いで退店し彼を呼び止めようと行動を起こした。
「原田くん!」
しかし彼女が見たのは人だかりが大してできていないストレートな一本道だ、脇道もない一本道、ではなぜ原田悠の姿はないのかなんて一つしかなくただ歩いているだけではこの道から姿を消すなんて出来ないだろう、つまり原田悠は全力ダッシュでこの道を駆け抜けて行ったのだろう。
「どこまで私が嫌なのよ!」
なんて叫んだのは自宅に着いてただいまも言わず自室のベッドの枕に顔をめり込ませてからだった。脚をバタバタとさせながら彼の行動に対する文句が始まる。
「どうしてあの人はあんな簡単に私のことを見破るの、そもそもデリカシーがないのよ普通気づいても言わないでしょう!」
ああ、人生ってこんなにも上手くいかないんだなあ、高校の部活では上手くやれていたはずなのにな。
「やっぱり男子は苦手かもしれないなあ、なんなら女子だって苦手だけれど…つまり私は人間が苦手なのかな。」
高校生からこういうところは一歩も成長していないような気がする。いやまあ入学してから特に時間も経っていないのに何が成長なんだと
言われてしまえばその通りなのですがね、思い返してみると私は勉強に関しては努力していた訳ではない、夢中になってただひたすらに嫌な問題は対策をして失点をなるべく抑えた。バツをサンカクにしてダメージを少なくして大学に一般入試を通過してどうにかこの大学に入ることができた、それは必ずしも当たり前のことではないわけだ、成功者がいれば失敗者もいるのだ。勝者がいれば敗者がいるわけだが果たして入試を通過することが当たり前ではないのだろうからそこの自分の頑張りは褒めてもいいのかもしれない。両親も勿論喜んでくれていた、恐らく一般的な家庭というのはこういうものを言うのだろう。一般的、日常的、普通…ふつうとは何だろう、こんな悩みは思春期のうちに卒業しておくべきだったのだろう。こんな恥ずかしい気持ちを大学生にもなって持ち込んでいるなんてバレたらはじかれ者になってしまうだろう、つままれて隅っこに置かれてしまうだろう。それだけは避けなければならない。ということは今日してしまった自分の行動は今考えているビジョンに反してしまっていることになるのではないだろうか、余計なことをしてしまった、自分の力を見た目を過大評価しすぎてしまった。あの男の人に掴まれた部分を見つめて恐怖を覚えてしまった、痕になってはいないがあれが男の人の力なのだと思い知った、そりゃあんな力を行使されたら女性は勝てないだろうしどうにもならないだろうから。
「仕方ないか、明日の私が何とかしよう。」
そう思って晩ご飯に呼ばれるまでの間少しばかり眠ろうと思った。
「原田…悠…悠くんとは明日なんて話そうかな。」
そう口にして今日の疲れに引っ張られて瞼が重くなり目を瞑ってそのまま眠りに落ちた。
翌日、三限目の時間になるとキャンパスから出ていく学生も見かける時間帯になります、アルバイトに行ったり単純に講義をさぼったりする人たちがほとんどです、偏見かもしれませんが。いっそのこと変形でもしてみたいものです、アニメや漫画の変形は現実で言うところの整形かもしれませんね、心まで整形してもらえたらどれだけの人が楽に人生を謳歌できるでしょう、コンプレックスとは簡単に直りません、病のように治りません、見た目だけ変わって別人になろうとも化けの皮は簡単に?がれてしまうのです、昨日の私のように。今日の私は上手く取り繕えるでしょうか、もう一度トライしてみましょうトライ&エラー、一度の失敗から何かを学び取り次に繋げるというのは受験勉強でもやったところです。エラーが出ても修正しましょう、必ずそのエラーを、バッテンを丸にする公式があるはずだと大きな教室に着く頃までに私はそうしてメンタルを整えていました。メンヘラだろうとなんだろうとメンタルハイにならないように通常運転をしながら規定速度を守って赤信号は止まってシートベルトはしめて前の車との間隔を詰めすぎずにしましょう、平常運転を心がけてメンタルのゴールド免許を取るのが私の目標なのですから。さてそろそろ整ってきたので戦場へ参りましょう、いざ!
原田悠は本日講義がお休みである、なんなら今日はバイトも休みだ、つまり暇である。一人暮らしの彼にとっての娯楽はたまに買う漫画やネットで観た料理のレシピを再現してそこから自分なりのアレンジを加えて創作料理を作ることだ、この場合ガス代や電気代がかかるためなるべく長持ちするものやその日一日分のおかずを作っておくことを心がけている。節約は一人暮らしの嗜みである。今日はカレーにすることにした、恥ずかしながらカレーすらちゃんと作ったこともないしカレーはドロドロ派なのでよく煮込む必要がある。野菜は一口サイズに切っておく、にんじん、じゃがいもを洗って皮をとる、玉ねぎは飴色になるまで炒める、鍋に水を入れて着火、ぐつぐつしてきたら野菜を入れてさらに煮込むそこにカレールーを入れて混ぜながら煮詰める。もう少し煮込んでおかなきゃなとレシピを見ようとしたその瞬間である、メッセージが届きましたの文字が画面に表示される。嫌な予感がした、せっかくの休みを棒に振りそうなそんな予感というか直観がしたのだ。メッセージにはこう書かれていた。
「たすけて」
送り主は鈴木露だ、しかし自分にどうして助けを求めるのだろう、自分は彼女の隠していた部分を?ぎ取ってなんなら泣かせまでしてしまったのだが。彼女からしたら腹立たしいはずだしそんな相手に助けを求めるなんて苦痛ではないのか?それとも苦痛でも、腹立だしくても、他にこんなエスオーエスを出す相手がいないとかだろうか、まあどちらにしても助ける義理なんてない無視しよう。
「……。」
原田悠は思い出す、先日の彼女の涙を、彼女の喜怒哀楽の表情を、彼女の言葉を。
「ちっ。」
舌打ちをうって火を止める、家の鍵を持ってカバンを肩にかけて原田悠は家を後にした。
電車を乗り継いで大学のキャンパスまでたどり着いた。今どこにいるのかを電車に乗ってる時に事前に聞いておいた、場所は既に知っている、階段を駆け上り目指すは四階の少人数教室だ、そこに居たのは机の上に置いてあるカバンに顔をうずくめている女性が一人、入学して一か月足らずの学生があんなに負のオーラを出している人間に一人しか心当たりしかない。
「露。」
名前を呼ぶともぞもぞして顔を上げた彼女の顔はひどく落ち込んだ顔をしていた。目にハイライトが失われている、まるで抜け殻のようだった。何があったのかと聞くと彼女は重い口を開いた。
「高校の頃のクラスメイトに会ったの。」
嫌いなやつだったとか?と聞くと、露はううん違うと答える。
「嫌われているのは私の方、だって私は彼女の。」
それは封をしたはずの記憶だった。
「いじめを黙認したんだもの。」
遡って一時間半前。
鈴木露は教室に入るとなんだか嫌な視線を感じた、鈴木露の人間的性質上他人の視線には敏感である、特に悪意のある視線だ。
ひょっとして昨日の件が既に拡散されてしまってとんでもないくらいに悪目立ちしている、はたまたあの五人組に関係する人間の可能性もありえる、しかしもう教室に足を踏み入れてしまった以上は仕方ない、単位もあるのでここで逃げても意味はないと決意して前の方の席に座ろうとしたその時だった。
「鈴木さん、こっちで一緒に講義受けよう。」
この時、お気楽な私の頭では悪目立ちこそしたけどひょっとしたらあの勇気ある行動で友達になりたいとおj持ってくれた人が居たのかもしれない、なんて思っていました。最終的にあの場で助けられたのは私なのですけれど、それでも私の自己犠牲にも見えたその姿に尊敬の目でも向けてくれたのかと、そんなことを期待して声のする方を見てしまったのです。
「どうも鈴木露。」
ああ、今日も悪い日になりました。彼女の名前は平野朝日、私の高校生時代のクラスメイトでありいじめの対象だった子です。
私が、鈴木露が見捨てた人間でそんな彼女が何故こんな所にもとい大学に居るのか分かりませんでした。単純に同じ大学を受験したということなのでしょうね、彼女とは仲が良かった訳でもなかったはずなのですが、どうして私に話しかけてきたのでしょう。
「あなたには恨みがある、ううんあなただけじゃない、主犯のあいつらは勿論、見て見ぬふりした教師やクラスの奴らみんなが嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!」
そんでもって憎いんだ、と彼女は私を睨みつけます、元々眼つき悪い子だったと記憶しているのでなおのこと顔に怨嗟を感じます。
「今日は挨拶に来ただけだけど鈴木露、あなたを許すことはない、これからあなたに復讐するんだから!昨日も随分元気に騒ぎを起こしてたみたいだしね。」
しっかりと目撃されていたようでした、あの教室に彼女も居たのですね、全くもって気が付きませんでした。
いやそれにしてもまずいですね、私のイメチェンキャンパスライフがおじゃんになりました、大抵のクラスメイトの進路については聞き耳を立てて被らないように割と難関寄りの大学を受けたはずなのですがクラスから孤立していた人間の進路までは耳に入りませんでした。そりゃそうです、誰も話題にあげてなかったのですから。存在がなかったかのようにされていたのです、元から平野朝日なんて人間はいなかった、という。そんな現実を見て見ぬふりをした私を含めたクラスメイトたちは世間でいう所の最低な人間として映るのでしょう。
そんな事を考えているうちに平野朝日さんは立ち去って行きました、また苦労が増えたようです、その後の講義は集中出来ずに一時間半があっという間に過ぎてしまいました。私の考え抜いたはずの楽しいキャンパスライフ、もはや雲を掴むような現実性のない話なのかもしれないなと思いました。このやりきれない気持ちを誰かに聞いてほしいと思って連絡を取ろうと思いました、ただ今の私に友達と言えるような存在はいません、いや一人だけSNSを交換した人が居ましたね、原田悠くんです。彼に助けを求めましょう、ここは簡潔に伝えようと思いました。「たすけて」これで本当に来てくれるかは分かりませんけれどとりあえず精神が擦り減らされたので寝ましょう。
そうして現在に至ります、いやはや本当に来てくれるなんて思いませんでした。正直めちゃくちゃ確率としては低いものとばっかり。
「悠くん、大学に居たの?」
そう聞くと彼は少し不機嫌そうに返します。
「家に居た、あんな連絡よこすから来たんだよ。」
そう言われた、それはつまり。
「心配してわざわざ来てくれたってこと?」
…そうなるな、なんて髪を掻きながら言うのです、嬉しいじゃないですか。
「それでその平野朝日って奴は具体的に何をして来ようとしてるんだ?」
対策が打てないな、と彼は言いました。不思議なものです昨日知り合ったばかりだというのにほぼ見ず知らずの私にどうしてここまで優しくしてくれるのでしょう。あんなに必死に逃げ切ってみせたくせに、どうしてと聞くと彼はまた髪を掻いて言いました。
「たすけてって言ったじゃんか、それを無視なんてできなかっただけだ。」
その言葉だけで駆けつけてくれたというのですか、何が彼を突き動かすのかとても興味が湧きました。好奇心が出てきました、ですが今は先に懸念すべき点がありました。平野朝日さんについ一時間半前ほど前、宣戦布告を受けたばかりなのです。恐ろしいまでの復讐してやるとわざわざ事前に伝えてくれました。彼女もいじめ慣れていないのでしょうね、そんな慣れは嫌ですけれども。
めいいっぱいの憎悪を向けられていい気はしないのです、彼女がとても過激な人間だった場合包丁でも持ち出すのではないかと不安になりますね。いえ彼女は一度としてそんな事はしていなかったですしおとなしくて、やりたい放題されていた記憶しかありません。基本的には暴力沙汰にはなっていませんでしたが彼女の中にある復讐心が今この瞬間にも爆発するのではないかと考えるとやっぱり怖いですね。
「来てくれてありがとう、でも私どうすればいいのかな。」
どうすれば彼女の怒りを鎮めることが出来るでしょうか。
「それは自分で考えるべきじゃないか?露がどうしたいか、どうすれば相手に誠意が伝わるかを考えることからじゃないか。」
そうですね、彼女を復讐の化身になりかけているのならそれを正すのが私の思う言うなれば正義ってやつなのです。大きくですぎましたかね、でもきっと私にはそのくらいが丁度いいでしょう、自分を変えるならきっと今なのです。
「よし決めた、ちゃんと平野さんとちゃんと話し合ってくる。」
そう彼を前にして宣言しました、選手宣誓です。
「うん、頑張れ応援くらいならする。」
やっぱり優しい人みたいです。勝負は来週の水曜日にあの教室で行われます、ちなみにその日の講義は法学です。
ん?法学…まだ課題していませんでした、今からもう一人を探してペアになるのは困難かと思われますし昨日はドーナツ食べて帰っただけでしたし。
「悠くんお願い、一緒に課題やって!」
またもやお願いしてしまいました、一度は逃げられましたが今回はしっかりと頭を下げてお願いします。
「いいよ、俺もまだやってなかったし。」
交渉成立、さてどこに向かいましょうか困っています、ドーナツ屋さんは行きづらいし大学のキャンパス内でやるにも人だかりで占拠されています。どこに行ったもんでしょうか。
「なあ嫌だったらいいんだけど。」
それは私にとって一番ハードルの高い提案でした。
「家来るか?」
そして不審な挙動をしながら言ってしまいました。
「よよよよろしくお願いします!」
どういう展開なんでしょうね、これ。
原田悠の家もとい賃貸の部屋には二人で眠れるギリギリぐらいのスペースしか自由な場所はなく物も少ない、あるのは本当に生活に必要最低限の物だけだった。部屋に入った途端に強烈な香りが鼻をくすぐる。
「これカレー?カレーだよね?悠くん料理出来るのか。」
鈴木露の原田悠の部屋の第一印象がカレーになった瞬間であった、その後も甘口が好きだとか中辛もいいよねとかカレーへの関心が高いのか好きな具材の話にまで発展した。どこまでカレーが好きなんだろうと思う悠だったが、食べ物の話は案外退屈しないものだった。人間の衣食住のうちの一つ、また三大欲求のうちの一つでもある食であるため悠としても興味の惹かれる話題であった。家に向かう道中なんて天気の話とかしてしまっていたのだから心配ではあった。自分は何とも思っていないのだが露がどうにも緊張している様子で何を話しても会話が途切れてしまう、だから家に招くなんて大丈夫だろうかと感じていた、それが今は。
「カレーの甘いにんじんが好きでね、夏野菜カレーとか沢山美味しい野菜あるから好きなんだ!」
随分とリラックスしているように見える、カレーが好きなようだ。今日こうやってカレーを作ったのは本当に偶然だがこの様子を見ると今日の料理がカレーでよかったと心から思える。不思議なものだった、まるで子供のように目を輝かせてちょこんとちゃぶ台の前に座っておとなしく待っている。しかしカレーはまだ煮込んでいる途中なので着火しぐつぐつとまた混ぜていく。そうだ、カレーにおいて論じなければならないことがあった。
「露、カレーはどっち派?どろどろ?さらさら?」
こればかりは客人に合わせなければならないだろうと思った。
「私はカレーならどっちでも好きだよ、スープカレーも好きだしどろどろのルーが絡んだお米を頬張るのも大好き。」
わかる、とてもよくわかる話だ、主に後半の部分が。
「俺はどろどろが好きなんだけど、今日はそれでいいか?」
目を輝かせた彼女は大学にいる時より圧倒的に活き活きしていた、しかしご飯にするには少し早いため悠は提案をする。
「露、カレーの前に課題終わらせておこう。」
カレーは美味しく後から食べられるが課題は待ってくれないのだから。
「あ、うんそうだね課題やっちゃおうか。」
出された法学の課題内容は「法律を作るならば何か、理由も述べよ。」である、あの教授は自分の講義に自信をもっている風に見える、講義そのものが終わってしまえば時間があれば学生たちが雑談に時間を使ったり課題や講義の内容を復習する時間に使うなど時間の有効な使い方は学生たちに一任しているのだ、無論真面目に講義を受けて課題も問いを理解した状態で提出すれば何の問題もなく単位がもらえるだろう、逆に言えばどちらか一方でも欠けてしまうと単位はもらえない。これは教授本人が高らかに宣言していた、今回の課題に関して言えば理由を述べよ、とあるが仮に適当なモラルのある法律を仮設したとしてその理由が「このほうがこういう人が救われる」程度では確実に単位取得からは遠ざかってしまうことだけは確かだ。だからこそ二人以上で取り組む課題にしたのだろう、大学の教授として単位を出来る範囲で取得しやすいように多角的に意見や疑問が出てくるように仕向けたのだ、そうやって学生たちの努力で問題の解決能力を問うているのかもしれない。
「えっと法律を何でも作っていいなら…悠くんはどう思う?」
教授の趣向を考えている間に露は随分と頭を悩ませながら必死に脳みそをぐるぐると回転させていたようだ。
「俺なら…学校内外での問題解決のために警察に近い行使力を持つ人間が学校に常駐するようにして問題が手に余ると判断した際に警察への関与、要はスムーズに警察の管轄に事を預けるっていう判断をする人材を必ず雇うこと…とか。」
露はその提案をいとも簡単に飲みこんだ、彼女が高校生時代に感じていたコンプレックスとも言える自身の行った、その場で行われていたいじめへのスルー、もとい自分は加害者ではないのだから、当事者ではないのだから関係なんてないのだという考えに、感情に支配される生徒たち、もっと大人の視点から見れば子供たちの中にある場の空気に呑まれて飲み込まれることで恐怖心が植えつけられる、その空気間の支配によって声が上げられない子供たちへの救済処置にあたるのではないだろうか、とても良い提案だと感じたが強いて問題点を挙げるとすれば。
「一人で足りるかな、なんならカウンセラーさんや担任の先生との面談時間も取るとなるとやっぱり作業量をこなすには給料の問題や人件費とかが心配かな。」
と提案に対し問題点を口々に発言してきた、顎に手を添えて考える人のポージングであった。しかし露はすぐにはっとしたような顔をして悠に頭を軽く下げる。
「ごめんなさい、悠くんがせっかく提案してくれたのに否定ばかり言って。」
謝罪の言葉をそのまま受け取った悠は露の様子が少しおかしくなってしまってくすくすと笑ってしまった。露はその声を聞いて顔を上げて不服そうな顔をする、その顔を見て悠は先ほど感じた感想を率直に伝える。
「いや悪い、露って問題点を見つけることが上手なんだなって思ってさ。」
鈴木露が高校生時代に培った勉強する能力、もっと言えば政界に向かって努力をする能力、そのための問題点を見つけて解決に導く能力が身に染みている。それはすなわち問題提唱が上手いということだ、一見して浅く見れば相手の嫌なところを的確に突いてくる女としか見られないが見る人が見ればそれはコミュニケーションを図り関係を構築していく上で誰しもが得られる学びではない、彼女が自分自身で勝ち取った才能の一部なのだ。それを悠は高く評価したのである。
「そんな風に言ってくれる人なんて居なかったな。」
そう呟くと今度は気持ちを切り替えたようで。
「よし、どんどん案を出していって!私は問題点を言ってって、一緒に解決までもっていこう!えいえいおー。」
そうして二人は案を出し合いながら課題を進めていった。最終的に決まりきったのは夕方の六時頃だった。
「ふう、悠くんお疲れ様。」
お疲れ様、と返すと露はぐでーっとちゃぶ台の上に腕を伸ばす、ぎゅるるると腹の音が鳴り響いた。
「カレー食べよう。」
待ってましたと言わんばかりに露は飛び起きた。
「カレー食べる!」
よそったカレーをちゃぶ台に乗せてはいせーの。
「いただきます!」
その日の露は人生初の男性の家での思い出にカレーが刻まれたのであった。悠はカレー臭くなった部屋の換気をしてから床についたのだった。そうして日は進み遂にやってきました、水曜日の法学の時間である。
露と悠は講義が始まる前に集まっておくことにした、平野朝日の万が一にも攻撃された際に一人よりも二人のほうが安全だろうという考えだ、二対一なら下手に手も出せないだろう。教室の前まで着くと何やら中が騒がしい。言うなれば初めて二人が会った、遭遇したあの時の状況みたいな、いやそれ以上の騒ぎになっているように聞こえたのだ、そしてこの声には二人とも聞き覚えがあった。そうだ、この声はあの五人組の声、そして露にはもう一人聞き覚えがある声がした。
「平野さん?」
教室に入るとそこには五人組に絡まれている平野朝日がいた、わけではない、どちらかと言えば絡んでいるのは平野朝日の方だった。一方的に五人組に話しかけに行っている様子だった。
「だから言ってるでしょう、先週のこの講義の時間にあなたたちに関係ないのに絡んできた鬱陶しい女が居たでしょ?あれが鈴木露って奴なの、あいつは高校生の時にいじめの現場を無視してたのよ!酷い女で冷徹な女で自分勝手な女なのよ、ね?最低でしょう?」
と、事実をそのまま伝えていた。事実であるが故に否定はしきれないわけである、言い訳をするならばあのいじめはクラスメイト全員でのグルだとも捉えられるわけだがそれをあたかも平野朝日は当事者の中に鈴木露がいたように話している、助けられる立場にあって助けなかった酷い奴として五人組の男女グループに紹介しているわけである懇切丁寧な悪意百パーセントのお話だ。それも誇らしげに大声で語っているため圧倒的に悪目立ちしている。
「だからあんな最低な奴はいじめられて然るべきなの、分かるでしょ?酷いことした奴は酷い目にあってもそれは受けるべき報いなの!」
その言葉は露の心に突き刺さった、どうしようもなく申し訳なさと自責の念にかられていた。それを見た悠が背中をトンと押して言う。
「大丈夫だ露、見てみろ。」
目を背けていた光景を再び目に焼き付けようと顔を上げた、きっと酷い言葉を言われるのだろうと怯えていたのだがそこには別のものが目についた、耳に届いた。
「きみさ、そうやって人のこと悪く言うの止めたら?そうやっていじめる仲間見つけようとしたりして性格悪すぎでしょ、それは君の言う彼女より悪質な行為なんじゃないの?」
おや、平野朝日は一言も自分がいじめのターゲットにしようとした相手への恨みが募りすぎてどうやらその口調から平野朝日の浅い考え、発言が彼女の真意に気づけたということなのだろうか。
「そもそもあたしらあんたのこと知らないし、なんでそのために手を貸さなきゃいけないわけ?あんたが一番酷い奴に見えちゃう。」
その言葉は平野朝日がピーキーを引き起こすのにそう時間はかからなかった。じだんだを踏んで握り拳を作りまるで直前までエアコンのない部屋にずっと閉じ込められてイライラしていたかのようだった。ダンダンと大きな音を立てて周りで見ていた学生たち含めその場にいる全員があからさまに引いていた、五人組なんてまるで怪奇現象でも見たかのように女たちは男の服を掴んで恐怖の渦に引き込まれないようにしているように見えた、男も明らかに不審者に対する対応をとるように女を腕を伸ばして庇うようにして守っている。目の前の女が恐怖の対象だった、いっそこの平野朝日という人物が教室で行っている奇行が幻であればよかったと、妖怪にでも取り憑かれているのではないのかそう思った方が自然に感じた。
「なんで分からないんだよ!そうだよ私がいじめを受けていたよ!だからってそれがどうしたよ、私が被害者であいつは加害者なの!それ以上でもそれ以下でもないでしょう、あっちが悪で、こっちは正しいことしようとしてるんだよ!悪には罰を与えるべきなんだよ、どうしてそれが分からないのよ、ここには馬鹿しかいないわけ!?どっちが悪くてどっちが良いかなんて日を見るより明らかじゃない!」
朝日だけにってか、なんて最後に自暴自棄みたいなジョークを絡めて発狂している。これはいち早くこの状況を打破するしかないと思った露の体は悠の静止を振り切って修羅場に自ら身を投じた。
「平野さん。」
そう呼ぶと条件反射で反応して平野朝日は露を睨みつけて唇を切りそうなまでに噛んで一言一言を重々しく放った。
「鈴木露、よくもまあのうのうと私の前に顔が出せたわね?その厚かましいまでの顔つきを見るに何かあったのかしらね清々しいっていうような顔をしているわ、あたかも私の受けた苦しみが、辛さが、憎しみが、本来学校という学び舎で培う楽しいことや友達を作ったりするそんな当たり前をネガティブな感情に塗り潰されていくその様を見た上で何か言いたいことがあるみたいね、この私の言葉を信じないここにいる馬鹿たちに教えてやりなさいよ、私がいじめを見て見ぬふりをしましたってさ。」
怒りをもって放たれたその言葉を露は真正面から受け止める、真っ向から言葉を紡ぐ。
「私は、鈴木露は確かに高校生の時そこにいる平野朝日さんがいじめらえているのを見て見ぬふりをしていました、だからこうやって言われることは仕方ないと思っています、彼女の言う通り私のしたことは報いを受けて然るべきです、でもこれは言い訳でもなくてただ言いたいだけなので平野さん言わせてください。」
深々と頭を下げた。
「あの時助けられなくてごめんなさい、声を上げて先生や大人たちに助けを呼べなくてごめんなさい、いじめっ子たちの前に立ってあなたを守る勇気がなくてごめんなさい、あなたから目を背けて勉強に逃げてしまいました、私が弱くてごめんなさい、せめて話だけでも聞いてあげればよかったとか後悔もたくさんあります、でもそれをしなかったのは私の意志で…我が身が可愛くて平野さんの気持ちを考えようともしなくて考えないようにしていました、現実から目を背けて将来あなたのような子を必ず助けるってそう思って勉強に打ち込んでいました、自分の中で帳尻合わせをして勝手に自分の中で過去のものにしていました、その間も、今も復讐を考えるくらいには追い込まれているなんて思いもしなかったし肌で感じなかった、私は冷酷なのかもしれない、薄情なのかもしれない、でも自分を省みて違う自分になろうとすることは出来るから、だから勝手だけれどこの場をもって私は過去の自分から変わります、変わってできれば平野さんと…朝日ちゃんと友達になりたいです、今まで本当にごめんなさい、復讐がしたいなら私は甘んじて受けるから他の人を巻き込まないで私に直接文句言ってください、よろしくお願いします。」
何度もごめんなさいの度に頭を下げているその露の姿を見て俺はかっこいいと思った、自分の過去に決着をつけようとしているその姿はどっしりと構えて全ての言葉を、行為を受け止める覚悟を決めた人の形そのものだった、それは俺が今まさにやり遂げようとしているものだった、露はまだ一か月足らずの状態で、いや高校の時から自分を律して変わろうとしてきたのだろう、人間はそう簡単には変われないと思っていたけれどこうして変わっていく、前を向いて進んでいく姿があまりにも眩しいのだった。
「口ではなんとでも言えるわよね、そうよ私は苦しかった、辛かった、しんどかった、人が怖くなった、嫌いになった、自分の視界に映る何もかもが嫌いになった、嫌になった、今更謝罪の言葉を受けてもなんとも思わないし私は復讐するのを止めないわ、でもその姿勢だけは認めてあげる、だからこの大学卒業してあなたよりいい会社入って、結婚して人類が目指す幸せってやつを掴みとってやるわ、それが私にとっての復讐、だから鈴木露、あなたは自分の決めた道を進んでちょうだい、披露宴の時には招待してあげるし将来できた旦那とかの収入でマウントを取るわ、我ながら性格がひん曲がっていて性格悪すぎるなと最初から分かっていたわよ、でもそれでもやっぱりあなたの顔を見ると虫唾が走るしあなたの声を聞けば背中が凍りつく、そのくらいの人間不信にはなったしそのくらいの恐怖心は植えつけられてしまった、出来ることなら過去の自分を自分で守ってあげたいくらい、頼れる人もいなければ相談できて信頼できる友達もいなかったから、自分を守れるのは自分だけだったから、捻くれた私を隠しきって弱い私を強くして必ず幸せになってやるんだから、それから最後にいいかしら鈴木露。」
なんだろうと頭を上げたのですがたった一言だけこう言われてしまいました。
「朝日ちゃんは止めてちょうだい、私たち友達じゃないんだから。」
さすがに無理だったかと反省しました、そりゃそうですねだって関係値がゼロどころかマイナスなのですから当然ですね、いやまあワンチャンスで友達になれないかななんて思ったりしたわけなのですけれどそう上手くはいきませんね悠くんの懐が広かったということで今さっきの失敗は経験に変えておくことにしましょう。
「ともかく何か私めっちゃ見られてるしその上空気も悪いから私は自分の席に戻るわね。」
帰らないあたり鋼のメンタルを持っているようである、彼女も過去に受けた痛みが経験になっているのだろうか。講義が終わってから俺は露に話があると言って自宅に招いた。
これから話すことは過去の自分を、蓋をしていた自分の過去をひけらかすことになる、語り部の開始だ。
原田悠、都立関雄高等学校に入学し鈴木露と同じ私立響野大学法学部に一般試験を突破し入学した。原田悠の学校生活は普通の学生であった、ある一点を除いて彼は他の生徒たちからは下手な扱いをされてはいなかった、しかしそんな彼をいびり出す生徒たちが現れた、その生徒たちはクラスカーストを作るとしたら一番怖がられていて上の地位にいるであろう不良たちであった。どうしても気に入らなかった彼らの行為は悠の怒りを日々上げていった、そして遂に学校内で絡まれた際に暴力を振るわれたのである、その行動に堪忍袋の緒が切れた悠は反撃と言わんばかりに暴力を振るい返した、一発いれられれば二発、三発と倍以上の力で返していった。勿論すぐに学校で問題視されたが悠は十日間の停学で済んだが先に暴力を振るった生徒たちは主犯格のみ退学、残りの生徒たちは一か月の停学で済んだのだった。
しかし悠の怒りは停学という裁定では収まらず学校に戻ってきた生徒たちに喧嘩を裏で挑まれては返り討ちにしていた、そのうち彼らは悠には逆らわなくなり悠にとっての平穏が訪れたのだった。しかしそれは長くは続かなかった、別の生徒が先生に悠が裏で他校の生徒に絡まれ殴り合いの喧嘩をしていたことを密告したのである、その情報を受けた悠はすぐにその生徒に口止めを行った。
「何も言うな、大丈夫だうまくやるって。」
そうした結果逆らわなくなった悠の手下とも言うべき生徒たちが勝手にその生徒を裏でいじめだしたのだ。助けを求めた密告した生徒の言葉を悠は信じられず嘘をついて居るのだと決めつけた、突き放した結果としてその生徒は学校を休みがちになり最終的に不登校になった、自分の手下たる生徒たちがそのような横暴な行為に及んだと知った時には既にもう遅かった。それから悠は荒れていった、今までにも増して授業態度も悪くなり学校をさぼりがちになっていった。
喧嘩を売られれば買い、夜遅くに帰宅することも増えていった、学校に行くと自分のしでかした事を直視しなくてはしけないのだと感じてそれが嫌で仕方なくて勉強は家でして必要最低限の出席日数だけ確保するように行動していた、最初は登校するたびに嫌な視線を感じていたがそれはもう気にするのをやめた、どんな目で他人から見られても自分のやったことに変わりはないのだから、仕方のないことだと諦めた、しかし現状を打破するために悠は今までの自分から変わろうと考えた、この学校では無理でもそれこそ大学に進学するとなれば大学デビューで印象をがらっと変えられると考えたのだ、参考にしたのはクラスの隅に居た奴だった、これといった友達も見かけないしペアを組ませようとすれば余るような奴だった、そいつを参考にしてキャラクターを自分の中に作っていったのだ、露と違う点と言えば彼女は理想の自分になろうとして大学デビューしたのに対し、悠は目立たなくするために人と関わりを必要以上にもたないようにしようと考えたのだ。そうして原田悠は表情の乏しい大学生へとなったのである、意識してしているのではない、ただ不登校にした彼のことを思うと自分が楽しそうに笑ってていいのかと考えてしまう、言うなればこれは自分に課した罰なのだ。教室の隅で居るか居ないか分からないような存在になって感情が死んだような状態でいることで真面目ぶることで過去と同じ過ちを犯さないようにと心に決めていた、その結果として男女グループに絡まれることになった挙句、謎のとおせんぼう仲裁女が出てきてつい助けてしまったのでこれからはもう静かなキャンパスライフとはいかないだろう。こうして原田悠の大学デビューは終わりを告げたのだった。
「要するに露とは違って俺は酷いやつだし、大学デビューも失敗した哀れな男なんだよ、因果応報かな。」
露は俺の話を聞いてからずっと黙っている、話を聞いて引かれてしまったか、幻滅されたかどちらにせよもう友達ではいられないかもしれない、こんな奴と仲良くしたがる人間なんていないだろうし。でもそれはそれで怖いな、どうしてだろう。
「露、引いた?」
答えなんて決まっているのにそんな言葉を口から出してしまった。すると露は重い口をやっと開いた。
「引かないよ、だって悠くんはしっかり過去に向き合ってきた、私と違って現実逃避をして見て見ぬふりをしたんじゃないし間接的な加害者になってしまったのかもしれないけれど、それでも自分なりの責任のとりかたをしてきたんでしょう、罪の意識にすり潰されそうになりながら今日まで生きてきた、悠くんは人のことを憂うことのできる優しい人なんだよ。」
そんな言葉が自分に向けられるなんて思いもしていなかった、優しいなんて言葉を聞けるなんて思わなかった、俺が過去に向き合っているか、それは違うよ。
「違うよ露、向き合いたくないから学校もサボったし素行不良もたくさんしてきた、そんな俺が優しいわけない。」
ううん、違くないよと両腕を悠の背中まで伸ばし抱擁した。
「悠くんは自分を守るためにそうやって学校サボったり喧嘩も裏でしてた、けどそれは自分の犯したことが、自分が許せなくて、辛かったからじゃないかな、私も友達居なかったけれどそういう時にきっと支えてもらう相手こそその時の悠くんには必要だったんだと思うよ。」
私も人のことは言えないんだけどね、露の言葉が耳元で聞こえる、どうにも落ち着く声をしていてヒートアップしていた感情が過去のことを考えて話していた悲しみがすっと体中から抜け落ちていくようだった。気づけば露の体をゆっくりと抱き返していた。鼓動音までは伝わらずとも体温が伝わってきた、人ってこんなに暖かかったのか、温もりってこういうものだったんだなと悠は初めて知った。悠は嬉しい気持ちでいっぱいになっていた、まるで互いの体温が体を行き来して循環しているのかと感じるほどであった、そのくらい密接になっていた、抱きしめる力は互いに強くなっていて…あっ。
ここで原田悠は気づいた、いや気づいた時にはもう遅かった原田悠が高校生時代に受けていた、いびりの事を思い出してほしいのだが彼が何故そのような扱いを受けたのかに関しては何も説明していなかった、それは彼が一番隠したかったことであり、まごうことなきコンプレックスだったのだ、それが今発動してしまった。鈴木露は何か違和感を感じていた下腹部のあたりから謎のごつごつとした違和感を。
抱きしめていた片手をそっとその違和感を感じるあたりまで持っていった、これはなんだろうと握っていたら悠は必死になって露と密着していた身体を剥がした。目視で確認できた、してしまったその正体は。
「のわあああああ!?」
原田悠のそそり立つ一物であった。ズボン越しにも分かるくらいに大きくなっている。いや、そんな状況説明をしている場合ではないだろう、露は驚いて叫び声を上げてしまったがそこからは悠に対する罵詈雑言の嵐である。
「へ、へんたいだ!悠くんのスケベ!私はそんなきみのことを友達として信用して辛そうだと思ったから善意で抱きしめただけなのにどうしてそんな反応するかなあ、ていうかそんなになるんだね男の子のって人体の神秘感じちゃうから早く引っ込めてよね!」
いや後半からちょっと気になっちゃってるじゃないか、そうだそういえばこの女は女子高だから男の体のあれこれに関して学ぶ機会が少なかったからか、だからちょっとだけ好奇心が途中から出ちゃってるんだ。いやしかしこればっかりは釈明しなければなるまい。
「落ち着け露、これはその興奮しているわけじゃなくて、その嬉しくなるとこうなるんだよ、決して露からのハグで性的に興奮してこんなにみっともない格好になっている訳じゃないんだって!」
言ってて本当に恥ずかしくなってしまった。
「えっと、それが本当だとしていつからこうなるようになったの?」
本当に恥ずかしいことばっかり聞いてくるな、でも説明しないとなあ。
「中学上がったあたりから、なんか感情に反応してこうなるようになった。」
原因は分からないから解決もできていない、と付け加えて。
「えっつまり私のハグとかさっき言った言葉にぐっときたってこと?それでこうなったの?」
決して馬鹿にしているわけではなく純粋な好奇心で聞いてきている下手に馬鹿にされるよりも厄介だな。
「そうだな、あっでももうすぐに引っ込むからちょっと待っててくれれば大丈夫だから。」
そっかあ、と露は少し残念そうに言うのだがそこから無言でズボンのしわの部分を見つめてくる。
「えい。」
すぽっと指がズボンのしわの中にしっかりと収まった、そうして今度は悠が叫んでしまう。
「いやああああ!」
がしっと露の腕を掴んで舌をまくしたてて口うるさく言うのだった。
「なにしてくれてんだ!男の急所をそんな簡単に触りにくるなよ、さっきから男に対する興味が無限に湧いてきているじゃないか、何でそんなに恐怖も感じずにわくわくした顔して自分についてない物に対して簡単に指を突っ込むなよ!良かったなあ!?今丁度しぼんだところだから痛くはないけれどそんなに深く指を刺しこむなよ、やってること狂気的で凶器を突き刺してるようなものだからな!もう二度とやるなよ、ていうか他の男にもそんなことするなよな、相手によっては露、お前の方が怖い目に遭うことだってあるんだから本当に気をつけろよな!」
と、息切れしながらもどうにかして思いつく限りの注意を促しておいた、なんなら自分も嫌だということをしっかりとストレートに言ってしまったがこのくらい強く言わないと下手をすればネットで好奇心を出しまくって表のアカウントが裏アカウントになってしまったりその結果爛れた大学生生活をおくってしまうことになるのではないかと危惧をしてしまった、いやまあ正当な発言だったと自信をもって言える。
「そ、そっかじゃあ悠くん以外の男の子にハグを挨拶感覚でしないようにするね、陽気な人ってみんな挨拶の後にハグをするものらしいから真似しようと思っていたのだけれど止めておこうかな。」
そんなことしようとしていたのか、やっぱりこいつ危険だな。下手したら誰にでもハグをして男たちをかどわかす痴女みたいになっていたかもしれない、そう考えると今この場で注意できてよかった、露はきっと純粋な気持ちだけでものを知ろうとする、だから高校の時に勉強にのめり込みだした際に躓きながらかもしれないが最後まで学び取ろうという姿勢を維持できたのだろう。意地になって維持できたのだろう、それは誰にでも出来る事ではないし一種の才能なのだろうと思った、知識を取り込むために切れ端のような情報や一つ一つの核となる部分を読み解いていく、そうして知識を貪るのだろう。
「まあとにかくこのことは内緒にしてくれないか。」
他の奴に知られたら生きていけない、と悠は恥ずかしそうに頬を掻く。
「仕方ないなあ、じゃあさ黙っておくからさ今度行きたいところがあるんだけど一緒に行かない?」
交換条件ってことで、なんて言いやがるので了承するしかなかった。すると露は立ち上がって玄関へと向かいくるりと振り向いてこう言って出ていった。
「約束だよ。」
天真爛漫、という言葉が似合うそんな笑顔だった。帰り道の露は我慢していた羞恥心を口からさらけ出した、その場に転がり込んでじたばたしてしまうほどには。
「わああああ、私何してるんだろお!なんか触っちゃったし!なんなら流れでお出かけに誘っちゃったし!絶対冷静な判断でしたことじゃないよお、うおおおお!どうする私いいいい!」
とひとしきり暴れまわったところで人が来ない内に起き上がってと。
「まあ明日の私が何とかするだろ。」
そこからは鼻歌を歌いながら帰宅していく、鋼のメンタルをもつ露なのでした。
一人取り残された悠はどうしようか悩んでいた、女性と出かけに行くというイベントに恵まれていなかったためでもあるがあの鈴木露を相手に数というのはとんでもなく苦労しそうだなと感じていたからである。悠自身も露のことを言えた立場ではなく信頼できる相談もできるような友達は存在しない、そうなるとやることは一つである。
「よし、明日は気合い入れていくか。」
とまあ思い思いにまだ日程すら決まってもいないお出かけのために一喜一憂するのであった。
そうして明けた木曜日、悠はキャンパスの中にあるテーブル席に座っていた。決して露との待ち合わせをしているとかそういうわけではないのだ、大学内というのは男女のカップルをよく見かける、つまり女性と対面することを前提として服を選んでいるわけだ、人に見られることを意識して着こんでいるということは今どきのトレンドを取り入れたりするのだろう、つまりは最高の観察対象なのである。観察、そう悠は観察をしているのだ、キャップを深めに被って目をぎらつかせながら楽しそうに会話をしている男女を見ている。
「なるほど黒のズボンが基本で一般的なのか?全身黒の服を着ているのは女と一緒にいないな、そうだなもう少し個性とか欲しいよな、バイト先の人たちに聞いても大した情報は得られなかったし、そうだなまたピアスを開けるか…それかもう無難に白のTシャツとかにするかあのシルバーのチェーンとかはどうなんだろうな、いかつさは出るけれど露みたいなタイプはあまり好まないかもしれないな、やめておくか…ああいうドクロのシャツってまだ着るやついるんだな、うわあんな派手な服あるんだな、えってか肩出してて寒くないのか?あの女なんてへそまで出してるじゃないかあれってアイドルとかの芸能人しか許されない服装じゃないのか…どんだけ自信満々なんだよ。」
そう不審者まっしぐらの格好でぶつくさ呟いているとこつこつと音が近づいてくるのが聞こえてきた、どんどん近づいてくる、怪しまれたのだろうかと見すぎて不審者扱いされたのかと思って音のするほうに背を向けておいたのだがそこで声をかけられてしまった。
「悠くん、何してるの?というかずっと人のこと見てたよね、てか途中から女の子のこと見てたよね?なに、私が頑張って悠くんと遊びに行くときに備えてネットでたくさん洋服見てきたのになんなら勇気を出して平野さんにも聞いてきたのにそれを無下にされた気分だよ、そっかそっか悠くんはああいう肩出ししている女の子とかお腹出してるすっごいモデルさんみたいな体型の女の子が好きなんだね、わかったわかったよ今日なんて悠くんに会うかもしれないからと思って慣れないヒールを履いてきたりしたっていうのに全くもって遺憾だよ、残念だよ本当にもう口が止まらないよね、もういいよ悠くんはそうやって可愛い女の子に色目使ってまるでビーチの水着ギャルを見るようなスケベな猿みたいな視線をおくってそのうちお巡りさんにでも通報されてお縄について一生女の子とおしゃべり出来ることなく生涯を過ごすといいよさようなら、もう会うことはないかもね、ばいばい。」
鈴木露の声が怒涛の勢いで舌を捲し立てて耳に届いてきた。そして今非常にまずいのではないかと立ち上がって反転して露の方を見ながら必死に言い訳を述べる。
「待て待て待て、違うって俺も露と出かけるのにどんな服着ていけば良いかわからなかったからこうやって人間観察をしてたんだよ、こうやってカップルの男側だけ見ておくことでお前に見合うような格好で一緒に出かけたいと思ったからこうやって眼光を眩しいまでに輝かせていたんだよ、女の方を見てたのは認めるけれどその…格好が派手だから目が移っただけで露みたいな女の子が嫌だとか魅力がないなんて感じているわけじゃないんだからな、なんなら俺は…。」
なんなら俺は…何だ、俺は何を言おうとしたのかどうにも出てこない。先ほどまで感情的に話していたのに、ん?俺は今感情的に話せていたのか…苦手だったはずなのに露の前だとなんでだかぽろぽろ出てくるな。いや待て今はそれよりも。
「なあ露。」
その続きの言葉は露の顔が紅色に染まっているのを見て失った。なんとも言えない気持ちになった、言葉が出なかった。
「へ、変なこと言うから顔熱くなっちゃったよ、いいよ別に女の子見ちゃうのは男の子だから仕方ないよね、私も見ちゃうもん男の子の太い腕とか浮き出る血管とか。」
その言葉を聞いて俺は何故だか嫌な気分になった、でもこれを言ったら、言ったら…どうなるんだ?言い方…考えないとな、えっと。
「露、俺も他の女の子見ないから露も他の男見るなよ。」
へっ!?と驚いた顔をした露と自分が何かとんでもないことを言ってしまった気がした悠だった、あまりに気まずくなったので話題を変えようと思って露の足元に目がいった。
「そのヒール、買ったのか?」
聞くと首を横に振る露。
「ううん、お母さんが使ってた昔のものを借りて履いてるだけだよ、でも綺麗でしょ?お母さんがねお父さんとのデートで使った特別な物なんだって!」
だから今日のうちに履きこなしておこうと思ってね、なんて自信満々に言う露なのだがしかしそれってつまり当日にそれを履いてくるということが確定しているのでは?いや別に何も悪いことではないのだからつっこむのも違うよなと頭の中で悶々とする悠だった。
「ねえ悠くん当日はさ水族館行こうよ、私クラゲさんとかチンアナゴさんとか好きなんだあ。」
水族館で定番といえばアシカショーやイルカショー、ペンギンなどだろうに今の水族館って行かないけれど今はそのあたりが人気なのだろうか、まあとりあえず断る理由はないため答えは一択であった。
「ああ、いいよ行こう水族館。」
と返してここで疑問が一つ。
「露、さっき平野朝日の名前出してなかったか?」
え、うん言ったけど?と首をかしげる露。
「なんて言われたんだ?服について聞いたんだろう?」
あ、そうそうなんて無邪気に声真似をして言われたことを繰り返した。
「勝手にしろ、バカップル。」
まあそりゃあ復讐宣言した相手に急に出かける服に関して聞かれたら面食らうだろうしその後には怒りが湧く…いや一周回って呆れるのだろうか、いずれにしてもいい気分ではなかっただろうな同情する、カップルではないけど。
そしてお出かけ当日。
やばい十五分も早く着いてしまった、まだ時間あるしこれから行く水族館でも調べておくか…ん?クラゲのスペースは薄暗くて物静かでカップルたちの人気スポット…いやいやいやいやカップルじゃないしなんなら初めて一緒に出かけるわけだし。なんて考えると背後から目を覆い隠された。
「だーれだ。」
いやこの声聞き覚えしかない、まあ手はひっぺがすのだが。
「何するんだよ、露…。」
言葉を失った、というより言葉が出てこなかった。何故なら普段の彼女鈴木露の服装とはがらっと変わっているからだ。格好はシンプルなものだ、白のワンピースであった。しかしそのシンプルさが露の容姿の良さを引き出している、靴はこないだ履いてきてた黒のヒールである。どこかおとなし気な見た目の白ワンピースに対照的な黒のヒールにある意味目が引き込まれた。
「変、かな?」
露はどこか不安そうに悠に聞くが悠は平静さを取り戻し即座に言葉を口にした。
「変じゃない、似合ってる。」
露はにこにこと満足げな顔をしたと思ったら下から顔までじーっと悠を見つめて言う。
「悠くんは何か黒いね、パーカーも落ち着いた色でいいと思う!」
俺は最終的に黒のズボンに紫色のパーカーにしてしまった、オーバーサイズ?とかが流行っているらしく今時らしい、あくまでもインターネットの情報だから信憑性はひょっとしたら薄いかもしれないが。
「まあいいか、ほら行こう。」
こうして二人は水族館へと向かって行った、道中で露がクレープ屋さんに足を運んだりアパレルショップを見たりなどしてお互いに服をコーディネートし合ったがしっくりこなくて結局そのまま水族館の入り口まで来れた時間帯はお昼を過ぎていた頃だった。最初に入ると小さな小魚たちが大きな水槽にこれでもかと入っている、飼育員であろうダイバーさんが餌やりのついでにこちらに手も振ってくれた。
ドクターフィッシュの体験コーナーやヒトデのお触りコーナーなど露と悠が興味を惹かれる催しはたくさんあった、途中から魚についての露のうんちくが始まったりしてこいつ生物学もいけるのではないだろうかと悠は思った、他にもウミガメやマンタを見て喜ぶ露の顔を隣で見て悠はとても満足した、そんなほんわかとした気持ちになったのもつかの間だった、悠が調べていたクラゲの鑑賞コーナーまで来てしまった。確かにホームページに載っていたように薄暗くてクラゲたちのゆらりとした動きが神秘的で雰囲気は満点だと恋愛初心者の悠でも分かった、というか周りをふと見渡してみるとそこはカップルだらけだった、肩に手をのせる男女や女性の腰に手を回す男性、キスにまで及ぶ輩までいた。こんな公衆の面前でいくら暗いからと言ってそういうことは二人だけの空間でしてほしいものだと思った。でもこの雰囲気に呑まれて露の手を見つめてしまった、この手を手中に収めたいと思ってしまったが露のクラゲへの熱弁と彼女と最初に会ったあの日を思い出した、手を繋ぐのを拒絶されたことをだ。離してくれと言っていた、露には何か手をつなぎたくない理由があるのかもしれない、そっとしておこうと思った、この無邪気な笑顔を壊したくないと思ったからだ。水槽の中にいるクラゲたちが羨ましくなってしまうほどだった、露からこの笑顔を向けられるなんて正面から見たらどんな気持ちになるんだろうか、幸いなことにクラゲたちには目がないので嫉妬するほどではないことだけが有り難い、クラゲに嫉妬なんて醜いだけだ、それでもクラゲのことが気に食わなかったので水槽越しに睨んでおくことにした。
「悠くんお願いがあるんだけど。」
はっと現実に引き戻された悠は露が隣から聞こえる声だけを頼りに聞いていた、もうちょっと近くにお互い来れば特に問題なく顔が見れるのだが。
「なに、露。」
露は少し黙りこくって顔色が今どんな色をしているか悟られないように近づきはしなかった。
「その、服の裾を掴んでもいいかな?暗いし早くクラゲさんコーナーから出たい。」
なるほど、確かにそれなら露の気にするような手を握ることもなくお互いにはぐれることもないだろうな、一番はやっぱり手をつないでぎゅって握って離さないことだとは思う、別に俺が手を握りたいとかつなぎたいとかそういう邪な思いがあるわけじゃない、ここのクラゲに誓う、毒もなさそうなこの小さなクラゲたちに誓おうこのお出かけでは紳士的に振る舞い露に嫌な思いをさせずに無事に今日を終わらせることを。
「ああいいよ、ほら俺先に進むから掴まって。」
そう言うと露が無言で力強く服の裾を掴んだ、しわが出来そうだなとも思ったが今はそんなことは考えずにほどよいスピードで露をこのクラゲたちのコーナーから脱出するように通り抜けていった。にしてもまだ見ていないクラゲたちはたくさんあったのにどうして見るのを止めて脱出を図ろうとしたのだろう。
「なあ露、クラゲコーナー全部見なくてよかったのか?好きなんだろ?クラゲ。」
そう問いかけると掴んでいた裾をすっと離して露は恥ずかしそうにやっと重い口を開いた。
「だってあそこ周りカップルの人たちだけだったしなんなら凄くスキンシップが多い人たち居たから…そのいたたまれなくなって。」
だからクラゲさんよりもこの場を去りたいという気持ちを優先したのだと露は答えてくれた、よかった俺だけがあの状況におどおどしていたというわけではなかったのだ、露も露であの場における自分たちの異物さに気づいたのだろう、よかった手とか握らなくて本当によかった、下手したらいつぞやの逆鱗に触れて最悪の場合には縁を切られるかもしれないし。
「そうだよな落ち着かなかったよなあそこ、こっからは普通のコーナーだから安心できるな。」
うんそうだね、とどこか元気を無くしているように見えた、クラゲが全部見れなかったのがそんなに嫌だったのだろうか、それとも何か気に障ることをしたとか頭の中で考え出したらキリがなかった、でもそれを聞く勇気なんて自分にはなかった、不思議だどうしてだろうか、こんなにも自分が情けなく感じるのは、昔の自分なら、荒れていたころの自分なら聞き出していたかもしれない、そのくらいにはやさぐれていた、人に怖がられていたしそんな人間に声を掛けようとか一緒に遊ぼうなんて言ってくれる人も居なかったのだから仕方がない。人付き合いに関して言えば恐らく露の方が長けている、人としても尊敬する、そりゃああんな見た目だけ変えて自分に自信をもっちゃうくらいには変な奴だけれど逆を言えば「理想の自分に近づこうとして行動することのできる人間」なのだろうと思った、形から入るタイプなのは自分も同じだが露は自分の中身ごとまるっと変えようとしているのだ、そんな簡単に変わることができないことくらい彼女自身分かっているだろうに、赤の他人のために自分の正義を振りかざすとはいえ助けに入るような女なのだ、しかもあんなに目立つような形でだ、正直なことを言えば最初は随分な有難迷惑だった、自分一人できっとあの場は切り抜けられただろうしその後も上手くやれていただろう…ん?ひょっとしてこういう自分への評価が露がやらかしたような失敗につながっているのではないだろうか、まあ失敗はできるだけしたくないけれどこうでもしないと成功なんてしないのかもしれないな。
それから先は水族館を堪能していった、アシカのショーとか見ようと言ったのだが露はあまり乗り気ではなかった。
「大丈夫か?露、どこか具合でも悪いのか?」
そう聞くと露ははっとしてううん、大丈夫だよ元気いっぱいだから!と言った。明らかにから元気だということは分かっている、だが露が取り繕いたいならそうさせてあげるのもまた優しさかもしれない、一度彼女の取り繕いたかった、彼女がなりたかったその象徴をひっぺがしてしまった自分には下手な行動はするべきじゃないと思った。
「そっか、なんかあったら言えよ?」
そこから先はよく覚えていなかった、露のことが心配で俺も取り繕うように笑顔を浮かべようとしたが上手くいかなかった、感情表現が乏しい俺なんかと居てひょっとしたら露はつまらなかったのかもしれない、このお出かけが終わったらもしかして露とは一緒に居られないのかもしれないな、それはでもやっぱり嫌だ、どうしてこんなに嫌な気分になるんだろうこんなに胸が苦しいんだろう、喧嘩でもこんな痛みは感じたことなんてなかったのに。
「覚悟決めなきゃな。」
そう呟いたのは既に水族館を後にして帰路に着く所であった、露は面白かったねーなんて言っているけれど。
「どうしたの悠くん、楽しくなかった?」
違う違うよ露、楽しかったにきまってる、でも。
「なあ露、どうして今日俺を誘ってくれたんだ?一人で行くこともできただろう?」
露はきょとんとしてすぐにこう言った。
「そんなの悠くんと行きたかったからに決まってるよ悠くんが居た方が楽しいと思ったの、だから誘ったそれだけだよ。」
それとも。
「それとも悠くんは私と来るの嫌だった?」
違う違うよ露。
「そんなことない、楽しかったでも露クラゲコーナーの時から元気がなかっただろう?」
ああ言ってしまった、ひょっとしたら原因は自分にあるかもしれないのに昔の癖でこうやって聞かなくていいとこまで土足で踏み込んでしまうのは本当に過去に置いてきたはずだったのにな。
「ばれてたかあ、いやねクラゲコーナーにカップルの人たちたくさん居たでしょ?」
ん?カップル…居たなほとんどカップルだけだった。
「そこでその結構腰に手を回したり手をつないでいた人もいたでしょ?もっと凄いことしてた人もいたけど。」
あれを見てしまったのか、いやまあ目につくよなあれだけ大っぴらにやってたら。
「それでその…悠くんもああいうのしたいのかなって思って…」
ああいうの…って…え。
「いやさすがにあんなことまでは…いやまてえっと。」
考え込んでしまった、そうだ手はつなぎたいと思っちゃったんだよな。
「え、何その間は、悠くんの変態!」
「ちげーよ、俺はただ露と手をつなぎたかっただけで!」
あ。
「て、手をつなぎたかったの!?」
やっべ引かれる。
「いやそのでもほら、前嫌がってただろ?最初に会った時めちゃくちゃ手を握られるの嫌がってたじゃんか。」
ああそれはね、と続ける露。
「私その…緊張したりすると手汗出ちゃってそれが恥ずかしかったんだ。」
だからあの時はすぐに離してって言ったの。
「それにもう悠くんに手をつながれるの緊張しないよ、悠くんがどんな人でどんなことをしてきたかは聞けたし今日一緒に居て確信したよ悠くん、君はめっちゃいい人だ。」
いい人、それは誰にでも言える誉め言葉の代表格だった、しかし露にはちゃんとした根拠があった。
「自分の過去に苦しみながら必死に足掻いてる、失敗から学んでちゃんと今に活かそうとしてくれている、今日だって私を気遣って何も聞かずに水族館ずっと付き合ってくれたじゃない?だから。」
だから君にはこの言葉を贈りたかった。
「ありがとう悠くん楽しかったよ。」
せめてもの感謝を伝えたかった。
「え、あっありがとう?」
「悠くん嬉しいんだね、よかった。」
へ?なんでそんなすぐ分かって…露の目線の先を追うと自分の下半身を見ているということが分かった、下半身?
「ばっ!お前露!そんなまじまじと見んなよ!」
すると腹を抱えて笑う露、下半身を隠すためにしゃがみ込む悠。
「あははごめんごめんそんなに慌てると思わなくてつい言っちゃった、それじゃ悠くん。」
夕陽をバックにした露のその姿は芸術品のそれに値すると感じた。
「行こう悠くんってうわあ!」
悠に手を伸ばして重心を少しだけ傾けたその瞬間であった。露の体が倒れてきたのである、悠はとっさに立ち上がって露を支えた。
「露!大丈夫か?」
どうにか体は支えられた、怪我はなさそうだ。
「うん、私は大丈夫でも…」
露の視線の先を見ると彼女の母親が使っているヒールがぽっきり折れていたのである。
「どうしよう、これお母さんが今日上手くいくようにって私に履いて行っていいよって言ってくれた物なのに…お母さんにとってお父さんとの思い出のヒールなのに…。」
涙を目に浮かべている露を見て悠は決意して携帯電話で近くの靴屋を検索する、ヒールの売っているお店を。
「悠くんどうするの?」
「その状態じゃ歩きずらいだろ、ほら。」
悠は露に背中を向けて腕を後ろに伸ばす。
「えっちょっえっと…はい。」
露は悠に身を預けそのまま悠はゆっくりと立ち上がり1歩ずつ歩み始めた。
「ね、ねぇ悠くんやっぱり重たいんじゃないかな?私足くじいたとかじゃないし歩けるから。」
悠は聞く耳をもたず歩き続ける。
「ねえ悠くん聞いてる?ほら周りの人も見てるしさ。」
「見られてるかなんて関係ないだろ、それにその靴じゃ歩きにくいに決まってる、おとなしくおぶられとけって。」
大学生の男女二人がおぶられている状態でいるというのは中々目立つのだがしかし悠はそんなことを気にしている余裕なんてなかった、決して露が重いとかそういう訳では無い、ひたすらに靴屋に行くことに精一杯だったのだ。何故なら彼にとってこのまま露を家に返すのは男として良くないと思った、筋が通っていないと思っていたのだ、自分を認めてくれた露に恩返しをしたい、何かを返してあげたい、こんなのはあくまでも悠の自分勝手なことなのは重々承知しているのだが悠自身はそれでも身勝手でも、なにかしたいと思った。
今日見ていた露の隣から見た彼女の笑顔を、そしてあの無邪気な姿をヒールが折れたというオチで最終的に彼女を泣きじゃくらせるなんて一番起きてはいけないことだ。そんなことに思慮を巡らせているとヒールが売っているお店までたどり着いたのだった。露を店内のイスに座らせて露の足のサイズを店員さんに伝えて露に何点かヒールを見せて選んでもらった、最終的に二点まで絞り込んでその二点を店員さんに見立ててもらって最終的に悠は自分で判断してヒールを購入した。そして露の座っている元に戻って折れてしまったヒールを脱がせてぱかっと開けた際に現れたのはピンク色の小さなリボンがついたヒールを箱の中から出して露に履かせる、そして言葉を添えておく。
「露、今日はありがとうな楽しかった、本当にいつぶりかって思うくらい楽しかったんだ、だからこれは俺からの贈り物だ、感謝の印でもあるんだ、
露が履いてきてくれたヒールも可愛いと思ったしお母さんの大事な品だから折れてしまってショックかもしれないけれど、なぁ露。」
これから言う言葉は本心だ、今までの自分が取り残した言えなかった本心を今言わせてもらおう。
別に洒落た言葉を贈る必要なんてない、心の思うままに…取り繕わずに言えばいいんだろう。
「お前が履いてきてくれたヒールは親御さんたちの思い出の品だろ、だからこれは。」
すっと両足に履かせ終えてこの言葉を贈るのだ。
「俺たちのこれからの思い出の品にしてほしい。」
ふと顔を見上げると顔を真っ赤にしている露がいた、耳まで真っ赤っかである。
「えっと…あの…その…んぅ?わかった!」
がたっと立ち上がって悠に今度こそ手を伸ばした露。
「悠くんわかったよ、このヒール大切にするね!」
だから。
「これからもよろしくお願いします。」
と一礼したのであった。店内を後にして悠が露に渡したもう一つのヒールは黒ではなくクリーム色のヒールなのだった。露はこれまで貰うのは申し訳ないと勿論言ったのだが悠はこれがないとお母さんに悪いだろうと言ってそのまま持って帰らせた、こうして水族館へのお出かけは幕を閉じたのであった。
自宅に帰ってお母さんに悠くんの買ってくれたヒールを見せるととても喜んでくれた、お父さんは母さんにプレゼントを買ってきたのか、似合ってるよ母さん、なんて微笑ましい空気でしたが
「これね知り合いの子が買ってくれたの、私のもあるんだよ!」
と、報告するとお父さんはどこかぐったりしてお母さんはあらまあなんて言っている、何が何だか分からないがお母さんの言った一言で私は赤面することになる。
「今夜はお赤飯ね。」
お母さん、千里眼でもお持ちなのでしょうか、何も言っていないのですけれど、今度家に連れてきなさいよなんて言われるのでした。
一方その頃原田悠は。
「なんであんなことしたんだろう…。」
自分のした行動のキザさに打ちのめされていた。
「なんだよあれ、もはや告白…いや捉えようによってはプロポーズになるのか!?俺は責任もとれないのに露にプロポーズしちまったってことなのか!?いやそもそも…待てよ?」
ここで悠は我に返った、お出かけによるテンションの異様なまでの上がり具合からようやっと解放されたのだった。
「俺、好きだって言ってなくね?」
水族館に行ってから自分の気持ちに気付くのはそう時間はかからなかった、決定打になったのは水族館だったのだがクラゲコーナーのカップルたちのいちゃつき具合を見てなんとも破廉恥なことに羨ましいなと思ってしまった、ここで言っておきたいのは決して自分たちの空間をひけらかして他人の目を気にせず自分たちの世界にフルダイブしたい、ということではなくて単純にああいった行為をする相手として露を想像してしまった、脳内で楽しく手をつないだりしてこれからも仲良くしている映像が流れ出してしまったのだ、今考え直すだけでも勃ってしまうくらいにはいやはや自分も健全な男の子だったということなのだろうな、だから…あんなことを言ってしまったのだろうか。
思い出の品、俺と露の…いやまあこれで露があのヒールを一切履いてこなかったら振られたも同然だろうな、やばい怖くなってきたな恋愛感情ってもっとこう胸がドキドキして甘酸っぱくてたまに胸の痛みを訴えるくらいの事象しか起きないと思っていたのだが、恐怖心まであるのかよ厄介すぎるだろ、恋愛感情。他の連中はこんな複雑怪奇な感情を秘めながら学校生活を送ってきたっていうのか?正気じゃないな、少なくとも俺は正気を保てるような気がしないわけなのだが。どちらにせよ露の返答待ちか、メンタルが持つ気がしなくなってきた、なあ神様こんなに不安で苦しいのが恋愛なんですか?漫画通りにいかせてくれません?いや漫画でもトラブルや一悶着あるシーンなんてざらにあるからむしろ神様微笑んでくれているのか…な?
「もぅいいや風呂入って寝よ。」
下手なことを考えてメンタルに不調を起こす可能性を考慮したらさっさと事を済ませて寝た方がよっぽどいいだろうし。
「露のやつ喜んでくれてたな。」
湯舟に浸かった悠はヒールをプレゼントしたあの瞬間の露の表情を思い出す、顔を真っ赤にしてそれでも自分の言葉に応えてくれた、応じてくれたのだ、その事実だけでこっちまで嬉しくなる、嬉しくなって…収まれ、俺。
全く不便な体だななんて思ってしまう、世の男ってみんなこんな感じじゃあないのか?やっぱり俺が変なのかな、しかしその答えは得ようがない、何故なら俺には異性はおろか同性の友達だっていないのだから。
「次遊ぶとき…何着ていったらいいんだろうな、後で検索してみるか。」
さすがに連続でパーカーというのは芸がないというか変化がなさ過ぎてつまらないのではと考えた、幸いなことに資金としてバイト代があるので大丈夫だろうそんなに高いブランドものを買うつもりはないのだから、風呂から上がるとスマホが鳴っていることに気づいた。
そういえば今日正式に、というか今まで交換していなかったのがおかしかったのだが連絡先をやっと交換したのだ。しかし自分には中々使う機会のないものだったので最初は戸惑ったのだがしかしこの連絡先を知っている人物は一人しかいない、露からの着信だった。
「もしもしー、露だけど悠くん今大丈夫?」
耳にあてるには少し刺激が強い、もとい元気で声がでかいというところでスピーカーにして話すことにした。
「ああ大丈夫だよ。」
上裸姿でバスタオルを首に巻いてどうにか平静を保ちながら通話をする。今日あったことを思い返したり改めてプレゼントへの感謝を言われたりした、なんならあちらの親御さんにえらく気に入られたらしい、厳密にはお父さんは凹んでいるように見えたらしくお母さんの方に気に入られたらしいのだ、なんならお家に来てもらいたいとまで言われたがそれはなんとも難易度が高いためやんわりとお断りしておいた。
「さすがにまだ早いよなあ。」
と、自惚れた小言を言うくらいには舞い上がっていた。
「なにか言った?悠くん。」
はたと妄想の世界から意識を帰還させて
「いいやなにも。」
そして慣れないことをするもんだから携帯のビデオカメラをオンにしてしまった。内カメラである、その時の俺は自分の格好を忘れていたんだ、全くもって愚かだったのだ、愚かで愚かしくおどろおどろしいまでなっているかもしれない、つまりは男に耐性のない女の子が同い年とはいえ異性の半裸姿を見てしまうというのはやはり刺激が強すぎたらしい。
「悠くん!?ちょっまっ、なんでビデオにしてるの!?ていうか腹筋割れてるんだねなんなら服の上から分からなかっただけで腕も太い上になんか血管浮き出てない?ちょっとあっち見てるから着替えてくれるかな…。」
そう言って手で顔を覆っている。
「わ、わるい!すぐ着替える!」
そこからは沈黙が在るだけだった、気まずい空間が通信越しに流れているのだ、これだけで通話料金がかかっているというのは本当にもったいないと感じている場合ではないと分かっているのだが、しかしまあやらかしてしまったからにはもう素直に話すしかないと思った悠だった。あくまでも下心が丸見えにならないように細心の注意をはからないといけないだろう。なんてそんなことが出来たら苦労はしていないなと悠は感じてしまった。
「その俺、露の顔が見たくなっちゃって悪い、カメラオンにしちまって。」
素直に言ってしまった、これっぽっちも配慮も気を使った発言でもなかったなと思ってしまった。
「ごめんな、急に悪かったよ切るよ。」
通話を切ろうとボタンを押そうとした、そう押そうとしたのだなぜか、その指の動きは通話口の奥から聞こえた言葉で止めたのだった。
「悠くん、待って!」
ぴたっと動きを止めた、まるで時間停止の能力でもくらったかのように止まってしまったのだ。
「どうしたんだ露。」
露はえっと…と言ってそのうちゆっくりと口を開いたのだった。
「悠くんの体が、そのすごくかっこよかったのだけれど恥ずかしかったから今後は気を付けてください。」
怒られてしまった、叱られてしまった、敬語で注意されてしまった。
「原田さん、強いっすね!」
「原田くん、あいつやっちゃってくださいよ。」
ああ、あいつを引きずり降ろした後に俺についてきたあの上辺だけの人間たちの言葉が思い出される。
「原田、お前が気にすることはないんだ。」
そんな事言わないでくれ、俺のせいなんだ。
そうだ…俺は。俺は、原田悠は幸せになんてなっちゃいけない、もう十分じゃないか?俺はもう十分幸せだったじゃないか、だからもう…いいんじゃないか。
「そんなことないよ!悠くん!」
へ?どうして。
「さっきから口に出てたよ悠くん、それだけ深くて心の中にしまい込んでおけないくらいの気持ちなんだって思ったよ。」
口に出していた、出ていた、それは不覚だった、自分でもそこまで考え込んでしまうほどだとは思わなかった。
「トラウマみたいになってるんじゃないかな、多分。」
「トラウマ…俺がトラウマ…。」
そうか、俺は頭の中でフラッシュバックしてしまうくらい、そのくらい本当に怖かったのだろう。
怖かったのはきっと…きっと自分自身だったのかもしれない、被害者を生み出してしまった自分、その上で同級生を不登校にまで追い込んでしまった自分、それが怖かったのだ、言われて初めて自覚した。
「でもね悠くん聞いて!」
露はカメラをオンにして言葉を続けた。
「悠くんは優しくしてくれたよ、私の本性を、素の私を知ってもなお関係を続けてくれたし水族館の時なんて一緒に居てくれた、歩いてくれた、隣にいてくれたんだよ。」
そう、それが鈴木露にとっては。
「それがどれだけ私の心を救ってくれたか、壊れたお母さんのヒールの代わりに新しく買ってくれたしその前なんておんぶしてくれたじゃない。」
それに、あなたはね悠くんきみが思ってるほどきみは怖い存在じゃないんだよ、普通の男の子なんだよ。
「私とのこれからの思い出の品って言ってくれて嬉しかった、今度大学に履いていくね。」
だから、元気出して。
だから、自分を怖がらないで。
だから、あなたは未来に向かえている。
だから、私は。
「私はね悠くん、あなたのことが大好きです。」
あなたの言葉で化けの皮を剥かれて私は素の自分でいることしか出来なかった。
あなたの言葉で慰められて私は過去に向き合う決心をした。
あなたの言葉が私を突き動かして平野さんに謝罪をすることもできた、許してはもらえなかったけれど、してもらう気もなかったけど。
私の言葉は薄っぺらかった。
私の言葉はきみの心には刺さらなかった。
私の言葉は何も変えられなかった。
私の行動では何も変えられなかった。
私の行動では私は変われなかった。
私の行動では私は救われなかった。
あなたの行動は私に笑顔をくれた。
あなたの行動が私を変えてくれた。
あなたの存在が私に新しい気持ちを教えてくれた。
あなたと最初に出会って教室から逃げた時、私は情けなくなった。
あなたが私のことを初めて認めてくれた人だった。
あなたは水族館に行くことを快く了承してくれた。
あなたと水族館をまわって心がうきうきして楽しくなった。
あなたとクラゲコーナーを見てた時隣から見られているの、気づいてたよ。
あなたが私と同じような気持ちでいるかとっても気になってたよ。
帰り道にあなたの言葉で気持ちを聞けて嬉しかったよ。
お母さんのヒールが折れちゃったときおんぶしてくれたあなたの男の子の大きな背中がとても安心したの。
靴屋さんで私に似合うように、私のことを思って、私たちのことを想ってヒールを買ってくれたのが本当に嬉しくてきみが輝いて見えたんだ、そこで初めて自覚したんだ、この気持ちの正体に。
何度でも言える何度でも言わせてください。
これからずっとこれから一生かけて言わせてください。
重い女かもしれないけどきみならお姫様抱っこできると信じているよ、これは勝手な言いぐさかな。
私はあなたが好きです、初めて人を好きになれたよ。
「私は、鈴木露は原田悠くんが大好きです。」
これからも一緒にでかけたり、一緒にご飯を食べたり、一緒に講義を受けたり、一緒に課題やったり、お昼寝したり、花畑を歩いたり。
きっとこれからもあなたの知らない部分を見てあなたを好きになる、あなたの苦手なところを見つけてあなたと折り合いをつけたりすると思う、これからも私はあなたを好きであることを心から誇れるようになりたい、あなたに好きになってよかったと誇ってもらえるような可愛いだけじゃない、あなたを支えられる強くて綺麗な女性になってやるんだから。
言いたいことがきっとこれからも増えていくと思う、それはきっと小言や愚痴もあってでもいつか思い出そうよ、私たちは元々同じ気持ちで一緒に居るんだってことを。
「露。」
おっと一人語りをしすぎてしまいましたね、しかも心の中で。悠くんが何か言ってます、さてさて何を言ってくれることやら。
「俺嬉しいよ、その…両想いってやつで。」
うんうんそうでしょうそうでしょう。
「だから今度は俺と、デートをしよう。」
改めてデートと言われると照れてしまいますね。
「場所はそうだな、また追って連絡するから、それから。」
悠は息をのんで、息を吸って吐いて。
「その時に俺からも改めて気持ちを伝えさせてほしい。」
「それ今言うんじゃだめなの?」
私はそう聞きました、私が今こうしているように通話越しにカメラオンなのですからいいじゃないかと思うのです。
「だめだ、それは…その男らしくないから!」
男らしい、そうじゃありませんね分かってきましたよ悠くんのことが。
「単に今言うのが恥ずかしいだけじゃないの?」
そう聞くと悠くんは顔を赤くして言ってきた。
「そうだよ、悪いかよ初めてそんなこと言われたから動揺してるんだよ。」
そっか、ならどうするべきなんだろうかなあ。
「今問い詰めても言葉で聞けなさそうかなあ。」
「ああ、ごめんな必ず伝えるから俺の言葉で。」
そうですか、そうならばいいでしょう。
「わかったよ、今日は悠くんに私から伝えられただけで満足しとくね。」
そうしてくれると助かる、と悠くんは言ったのでした。
「ところで今、勃ってるの?」
にまにまとそう聞くと悠くんはまた動揺したようで。
「ば、ばか!もう切るからな!」
ぴろろん、と通話が切れてしまいました。
「あっ…そんな急に切らなくてもいいのに。」
少しいじめすぎたかな、まあでも今度はデートかあ、デート…デート…。
「デートって何着ていけばいいの!?」
鈴木露は、未だ迷走中の普通の女の子だった。理想の女性になるまではまだまだかかりそうである。
「と、とりあえずご飯食べよう今日は何?お母さん。」
そうお母さんに尋ねると。
「お赤飯。」
「お母さん!」
どこまでお見通しなのやら……この母にはいつまでも勝てなさそうです。
原田悠、十八歳デートに行くための服を購入しにメンズのアパレルショップに行った。水族館の時もなんだかんだで安定択のパーカーを選んだわけだがとりあえず水族館に実際に行ったこの黒スキニーと紫パーカーで店員さんに話しかけた。今まで有名で安定した価格のブランドばかり着ていたのでこういった店を訪れるのは結構緊張した悠だった。そして店員に今の格好の率直な感想を聞いてみたのだが。
「なんか安定すぎてつまんないっすね。」
おい店員がそんなこと言っていいのかと思った悠だったがその店員はすぐに先輩らしき店員に頭をはたかれて別のお客さんの対応へと回された。そして悠の相手はベテランそうな先輩店員が相手をしてくれた。
「お客様、今回はどういったお洋服をお探しですか?」
聞かれたが本当のことを言うと恥ずかしいので少し濁して話そうと思った。
「えっと大事な友達とでかける用事があってそのための服をと。」
「なるほど、デートのためのお洋服ですね!お任せください。」
…なぜバレたのだろうか、俺は顔に出ないタイプのはずだが。
「ではお客様こちらなどどうでしょうか、お客様の体格なら似合うと思います。」
ふむ、これはジージャンってやつか聞いたことがある、ジーパンのジャンバー版だとしか認識してないけれどな。
「その下にはこちらのシャツを着たりしたらいかがでしょうか、まだ春ですけど最近暑くなってきましたからねえ。」
サメが口を開いているだけのデザインがされた黒いシャツだった、少しばかり個性が強すぎるんじゃないかと思ったが一旦呑み込んでおこう、素人は黙って聞いておくとしよう。
「ボトムはこちらの白スキニーなんてどうでしょうか?」
ふむ汚れたら怖いけれど、着てみたらわりとしっくりくるのか?
「一度ご試着してみてください!」
ここは呑み込もう。
「じゃあ試着します。」
実際に試着してみて分かったことがある、確かに似合っている…のだと思うしそれは良いことなのかもしれないのだけれども、だけれども問題になってくるのは値段である、一人暮らしの大学生が買える値段などたかがしれている、それを一気に三つ購入する流れになっているのだから正直値段を見るまで安心できない。そう思ってあらかた試着した後に、着てきた洋服を着なおした時に確認しておいた、ざっくり計算してもゆうに一万八千円は超えてくる。
「危ない、泡吹いて死ぬところだった。」
全身のコーデとしては比較的安いもの…なのだろうか、洋服に関する知識は全くもって分からないが俺はとりあえずどれか一つを購入しないことでコストカットを図ることにした削減である、お財布にはまだ温かくしていてもらわないとデートの時までもたないという判断だ。
このサメのシャツが一番しっくりこないんだよな。違和感を感じる、異物感とまでは言わないがどうにも気に入らない、ああでも露は喜んでくれるだろうか。
「魚好きだしなあ。」
ひょっとしたらテンションが上がってくれるかもしれない、しかしシャツくらいは手元にあるので俺はせめて白のズキニーパンツとジージャンを買っておくことにした、シャツ一枚だけでも結構な値段がした、どうやら有名なサメ映画のコラボ商品だったらしい。
しかしどこに行くか…
「大学生 デート スポットっと。」
スポット…えっと。
「夜景の見えるレストラン、ダイニングバー、イタリアンレストラン、パフェのあるカフェ。」
どれもこれもご飯の場所、なんなら夜に食べられる場所しかなかった、なんでだ?ん?
「プロポーズ…夕食、その後…」
その後…あっ、そういうことかよ、くっそ。
「爛れすぎだろ世間のカップル。」
そりゃあ俺も考えたことがなかったかって言われると嘘になるけれどここまで雰囲気を作ってまでそんな行為に及びたいなんて思わなかったぞ、というかそういった知識がなかったなエスコートの知識が。
「えっと女性 エスコートっと。」
検索結果に出てくるのはどれもこれも夜の女性へのエスコートの仕方とか歩道は女性に譲って男は車道側を歩くべきだとかそういったものしかなかった、あとは女性にしてはいけないNG行動である。
「頭を撫でるのは髪型が崩れるからしない方がいい、男が食事の場では奢るが相手に申し訳なさを与えてはいけない。」
なるほど。
「わっかんねー!」
なにもわからん。
「頭撫でちゃダメなのはまあ百歩譲って分かるにしても奢る奢らないに関してはどうやったら相手に気を遣わせないかとかそういうこと一切書いてないじゃねーか、欠陥だろこれ、どうしろっていうんだよ!」
周りにこういった話に詳しそうなやつがいればなあ、などと思うのだがそんな奴には心当たりがない。これっぽっちも一人たりと心当たりなんてない、どうしたものかとも思ったが考え込んでいても仕方がない、だって本当にどうしようもないのだから、どっちに転んでもどう転んでも七転び八起きは出来そうもない。
「転んで転んでコケるしかないのかもなあ。」
失敗を重ねて経験を積んでいくことしか出来ないのかもしれない。コケてコケてそれでも立ち上がろうとするその精神こそが男らしいということなのではないかと思った。
「せめて場所選びくらいは成功させないとなあ。」
場所選び、遊ぶところ…どこか良いところはないか。
「あっ、これいいかもしれない。」
一枚の写真を見て悠はデート場所を決めたのだった。
「さっそく露に連絡しよう。」
ぷるるるると携帯電話を鳴らした。がちゃっ。
「もしもし悠くん?どうしたの?デートのことで何か決まったの?」
お見通しである。
「ああそうだよ、場所が決まったんだ。」
「どんなところ、どんなところ!?」
まあ待てそう焦らないでくれと落ち着けた。
「気に入るかは分からないけど露、花って好きか?」
「うん、大好き!」
どうやらわりと上手くいきそうである。
「ひまわり畑とかどうだ?」
天真爛漫な彼女のイメージに一番合っていると思った、似合うと思った、そんな彼女が見たかったのはさすがに自分のエゴではあると自覚している。
「ひまわり畑!?行きたい行きたい!」
「喜んでくれたみたいでよかった。」
というわけで待ち合わせ場所は駅前になった、現地の駅で待ち合わせることにした、美容院を予約しているのだから早めに髪を切りに行って当日の待ち合わせ場所で会った時に驚いてもらおうと思った、最寄り駅はお互いに違うしな。
「じゃあ午後一時にひまわり畑の最寄り駅に集合しないか?」
「うん!いいよ、悠くん。」
「楽しみだね!」
露の中で期待値が凄く上がってしまっていた。
「ああ俺も楽しみだよ、じゃあまたな。」
「うん、またね。」
露にも用事があったのだろうか、まあいいか俺も帰ろう、と悠は帰路についた。今日の晩御飯を何にするか考えながらスーパーへと向かったのであった。
鈴木露、十八歳恋人と初デートをする件で今さっき電話がかかってきて急に緊張してしまったところである。
「ねえ平野さん、私どうすればいいと思う?もうこれから悠くんの顔を直視できないかもしれないよ。」
頬を両手で覆う露、そしてそんな惚気を聞かされる平野朝日、十八歳である。そもそもは露に復讐することが目的で講義を被せられるように謀ってきた、具体的にはほぼほぼ法学以外は推測をたてて講義をとったのだった、その結果だが平野朝日は一つだけ露と講義を被らせることに成功したのだった。しかしながら今彼女は己の執着の強さを恨んでしまう事態になった。
なんで私は今こんなに嫌いな相手の甘酸っぱい恋の話を聞いているのかしら、なんならこれ一番聞きたくない付き合いたての自慢じゃないか、それはあまりに私には許容できないものだった、何故ならこないだ私は言ったのだ、言ってしまった。
「あんたより先に幸せになってやる!」
恥ずかしくなってきた、いや待て聞いたことがある私の中の少女漫画で培った恋愛能力が叫んでいる。
「そう!カップルなんて基本的に数か月で別れる!」
そうだ、だからきっと大丈夫だ!私は負けない、人生の敗北者になりたくはないしなるなんてことはありえない、ありえないんだから。
てかそもそも。
「なんで私にそんな話をしてくるのよ!鈴木露!」
別の人に聞いてもらえればいいでしょう、と私は言ったのですが。
「いやでも私平野さん以外に友達いないし。」
なんてしたり顔で言うのだ。
「だからってどうして敵である私の所に来るんだよ、あんたは!」
「敵?なにそれ漫画みたいだね。」
しまった、いつも読んでいる漫画のセリフを言うノリで言ってしまった。
「な、漫画は関係ないだろう!」
あ、これまずい。
「平野さん漫画読むの?私ねあれ読んでるよ、えーっととちおとめだっけ?」
「それはイチゴよ、まさかだけれどさきおとめ物語のことを言っているの?だとすればちょっと黙ってもらえるかしら。」
好きな作品を間違えられるのはファンとしては嫌な気持ちになるし。
「あーそれそれ!あの漫画いいよねえ、主人公が言ってたあのセリフ好きなんだあ。」
「どうせ大したセリフじゃないしミーハーなこと言うんでしょうね。」
露の言葉を聞いたその瞬間。
「私は熟れたイチゴという売り文句を信用しないわ、女の賞味期限は短いのだから。」
「十三巻のそんなマニアックなセリフを引用するなあ!」
平野朝日は饒舌になったのだった。
「あと地味にファンの間で何かの伏線なんじゃないかって言われてるセリフだから、考察班が頑張ってネットにこういう説なんじゃないかって血の滲むような努力をしてるのよ、私でさえ全然考察して当たらないんだからね、ちなみに私の中で一番有力な説は主人公に過去の男がいたんじゃないか、そいつが何か主人公に深く絡んでいるんじゃないかと思っているのよ。」
主に女の賞味期限のところにフォーカスしてね、なんて彼女は早口で言うのだった。
「そっかあの漫画が朝日ちゃんは好きなのかあ。」
にこやかな笑顔でこちらを見ている。しまった、つい。
「いや普通よ?見ているだけでそのほらオタクなんてレベルではないのよ?」
「いやもう遅いよ?そっか朝日ちゃんは漫画オタクだったのかあ。」
だから違うって!ていうか。
「しれっと私のこと下の名前で呼ぶの本当にやめてくれるかしら!?」
「またまたそんなこと言って、実は嬉しいくせに。」
なんてうざったらしいやつ!恋愛が順調に進んでいるから調子乗ってるわね。
「あんたそんなに調子乗ってる口調でいると原田悠だっけ?あんたの彼氏、嫌われるわよ。」
露の脳内でエコーがかかったように響き渡る。
「嫌われる…?悠くんに嫌われきらきれきれえー。」
空気の抜けたチューブのようにぷしゅーっと言葉が尾をひいていた。
「ああもう面倒くさいわね!嘘よ嘘!そう簡単に嫌われないわよ!…多分。」
再びエコーがかかる。
「うそ…悠くんに嫌われない?」
涙ぐんだ顔でこっちを向いてくる。
「き、嫌われないわよ。」
「朝日ちゃんは…」
はい?
「朝日ちゃんは私のこと嫌いじゃない?」
「いや嫌いよ、大嫌い…ああもうだから泣くなあ!」
こんな公衆の面前で泣き喚くな、私が悪者みたいじゃないの!
そう心のからの叫びを聞かせた朝日は露の背中をさすりながら言うのだった。
「だ、大丈夫よたとえ別れてもその時くらいは慰めてあげるから。」
すると露の涙はすっと引っ込んだ。
「ありがとう朝日ちゃん!高級お寿司なんて食べさせてくれて!」
「いやいいや言ってないわよ!そんなこと一言も言ってない!勝手に都合のいいように解釈するなあ!」
朝日ちゃんやっさしーいなんてもはや煽ってるでしょこの女。
「もう、今日は帰るわよ!」
「一緒に?」
「んなわあるかあ!」
そんな凸凹コンビなのでした。
「にしても困ったなあ。」
いやはや本当に困りました、何故かと言われれば単純明快な話です、私がどうにも初デート当日まで心臓がもたなそうなのです。
だって初デートですよ?そんなの無理ですって、いやそりゃ水族館は私から誘いましたよ、でも私はあくまでも友達として誘ったわけであってあの一回だけでまさか恋人にまでなるなんて思わなかったんですよ!?本当にクラゲさんコーナーにいたカップルの皆様には感謝と憤りを同時に憶えましたね、あまりに大人の空間といいますか公衆の面前で何をしているのかとしつこいようですけれど思いましたよ!?
ああいう大人もといああいう男女にはなりたくないものですね。それにしてもどうしましょうね、悠くんはデートの時に気持ちを伝えてくれるらしいですが、ひょっとしてここから振られる可能性ありますかね…。
だってあの時言われなかったんですよ、そこはせめて。
「俺も好きだよ露。」
って言われたいじゃないですか、言われたかったじゃないですか。
「悠くんは乙女心がわかってないなあ。」
いやまあ私も男の子の心なんて分かりませんけれどね、少女漫画で昔読んだくらいなもので、帰宅してお父さんに相談するとげっそりした様子でした。お母さんは「あらあら。」なんて微笑んでいました。
気づくと携帯にメッセージが一件表示されています、送り主は悠くんでした、どうやら日程が決まったようで今週の日曜日になりました。
「日曜日かあ、ちょっと服を一新しようかな。」
気合が入りまくります、さよなら逆転ホームランが入らないように私が悠くんの心を掴んでしまえばいいのですから、なーんだ余裕じゃないですか、なんて安堵してしまうほど私も愚かではありません、たとえ可能性が一パーセントでもあればそれは現実となりえるだけのポテンシャルをもっているのですから。
「ポテンシャル…。」
男の子を、鈴木露が原田悠をおとせるだけのポテンシャルが自分にあるかと問われれば正直怪しくなってきました。
いえまああそこまでしてもらったのですから基本的に勝ち戦だとは思うのですが。
「万が一ってこともあるからなあ。」
とりあえず明日の大学ではアピールのためにも買ってもらったピンクのヒールを履いていきましょう。
「よし、ガンガンいこうぜで!」
動きさえ決めてしまえばあとはそれを行動に移しておけばいいわけですから簡単です。
「まあこれができるようになったのも最近の話だけれど。」
今更思ったのですが私って独り言多いですね、今自覚して自分でも驚いています。
「もう独り言終わり、寝よ!」
ベッドにダイブして掛け布団をかけて枕に顔をうずくめてからでした。
「歯磨いてない。」
なんだか自分は抜けているんだなと再認識したみたいで不安になってきちゃいました。
対する悠は露が宣言通りここ数日と大学にピンクのヒールを履いてきてくれたことに喜びをかみ締めていた。グッときていた、正直な話露は負けることは無い、勝ち戦だ、勝ち戦なのは悠も同様なのだが今日あった出来事がどうにも脳裏を剥がれない、それは悠と露が二人で大学のキャンパスを歩いてた時のことだった。見知らぬ女子大学生たちがこちらをチラチラ見ながら言ったのである。
「あのヒールさすがにダサくない?」
「ね、今時ピンクとか安直?、隣の眼鏡の人があげたのかなぁ。」
「ありそう、あの人も地味だしねぇ。」
センスなさそう?なんて言われてしまう始末だった。その彼女らに対し露が思いっきり真正面からこう言ったのである。
「うるさいなぁ、群れないと何もできないの?一人一人かかってきなよ、あぁ?」
来いや、来いやと挑発していた。その行動にさすがに引いてしまったらしく。
ボソボソと恐らく悪口を言いながら去っていったのであった。
「おととい来やがれ!」
なんともまあ勇ましい姿の露であった。なんというか共学の場に慣れてきたのだろうなと思った。
適応したから最初に会った時と同じように複数人に対して特攻がついたのだろう、特性言論制裁である、そんな姿を見た悠の感想は。
「あ?こういうとこも好きだなぁ。」
惚れ直してしまったのだった。いやもうこれ俺が助けることないんじゃないかなんて思った、いやダメか最初の時のように男に腕を掴まれたりしたら恐怖に負けてしまうかもしれない、そうなったらその時こそ俺の出番だ、と。
「悠くん楽しみだね!ひまわり畑!」
すぐにこうやって方向転換してかわいくなるところも好きだ。
「おう!最高の思い出にしような。」
「それから悠くん、さっきの子たちの言葉なんて無視だよ、無視!私はこのヒール気に入ってるんだから、悠くんからの初めてのプレゼントで私たちの思い出の品、なんでしょ?」
ギュンっと胸が締め付けられる。
「そうだな、俺たちの思い出の象徴だよ、露。」
だからきっと最高の日にしよう。
日曜日、デート当日。
あまりに場所が悪すぎたかもしれない。
ようするにだ人生が充実している連中の巣窟というわけだ、そうリア充と世間が呼んでいるアレだ、そんな所を俺は選んでしまったのかと己の分析能力の低さとリサーチ能力の無さにどんと落ち込みかけたが。
「お待たせ、悠くん!」
すぐに立ち上がることができた、目の前にいるのはこの前とは違った花びらの柄のワンピースを着た露だった、なるほど花を見に来るのなら最高の服装である、というか。
「テンション上がりすぎだろ。」
ついついそう突っ込んでしまった。まあなるべく顔に出ないようにしているけれどその上でピンクのリボンのついたヒールを履いてきてくれていることに心の底から感謝しながら喜んでいるのはそう簡単にバレてはいけないだろう、恋愛は駆け引きだと聞く、きっと彼氏彼女になってもまだ戦いは熾烈を極めるに違いないのだ。だからきっと恋愛の駆け引き言うなれば恋愛大戦はここから始まるのだ。
「はい、誰も見てないから悠くんあーん。」
俺は懐柔されたりしないぞ、こんな簡単な親が子供にやるような単純な仕草にときめいたりしないし簡単に口なんか開いてやるもんか。
「あーん、…うまい。」
開いてしまった!くっっっ!しかも美味いぞこのパンケーキ、スフレパンケーキとかいうものらしいけど生地がふわふわでそのくせフォークもサクッと入るし形は崩れないしなによりこのバターが油っこすぎないぞ、なんだこれクリーミーだししかもこの大きさと値段で千五百円は安すぎるだろ!こういうのって写真撮ってネットにアップするのが普通なんだっけか?ああいやでも今はこうして食っちゃったからだめか、それよりも。
「はむ、んー美味しい。」
露にはこれから美味いものをたらふく食わせようと決めた悠なのでした。
そうしてひとしきり食べてお茶して楽しく談笑した後に私と悠くんはパンケーキ屋さんを出てすぐに花畑への地図を見つけて地図とにらめっこしていました、二人とも地図を読むのが苦手だったようですね、そんな私たちに文明の力こと携帯電話で道を調べました、ホームページを調べたところどうやらこの先を進んで登っていったらひまわり畑があるそうです。お天気もいいし大丈夫でしょうし、さあそれでは、出動です。
真っ直ぐ通路を進んでいくと目の前からカップルが談笑しながら通り過ぎていきました、当たり前のように手をに繋いでいますね、そういえば私が抵抗というか拒絶したから悠くんは繋ぎたい手を繋いでくれないのですよね、全く過去の私はもっと計算だてて行動に起こして欲しいものですね、
目の前で自分が助けたと思ったら逆に助けられてそんな子とこれから助言を受けたり水族館に遊びに行ったりおぶってもらったりヒール折れたりして新たに買ってもらったりとかそのうえ短いスパンで恋人同士になったとか、もっとリスクを考えて動きましょう!そうでないとみんな私みたいになっちゃいますよ!こんな風に自分から否定しておいて実はさっきのカップルが羨ましくて少しくらいなら手を握ってきてほしいなぁなんて期待しちゃうんですから。ああ、神様今だけ運極使っていいのでお願いします、悠くんと手を繋ぎたいです、お願いします来年の神社にはちゃんと五円玉投げておきますからお願いします、今だけお願い聞いてください!
するとだ、突然不思議なことが起こった。
なんと悠が隣から露の手を握ってきたのである。
しかも恋人繋ぎでだ。
よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
露は運気を使い果たしたのだった。恐らくそう何度も神様は微笑まない、また運気を貯め直してからコンテニューしてほしいものだと神様でも言うだろう、ほらこれでよかろうと天から見ているな神様は。
とにかくやりました!やりましたよ、いや待ってくださいでもなんで急に?こういう時は。
「じーっ。」
下半身を見ればある程度わかる…あれ、勃っていません、まさか…克服したというのですか!?あの状態を!なんてことでしょう、そんなことをされてはこちらからは何もアクションがとれませんよ、だってあくまで今までは悠くんが嬉しいと感じてくれているって分かっていたから行動に移せたのであってこうなってしまっては彼の感情が読めないじゃないですか!どうしましょう、何が正解なんでしょうなにがどうしたら悠くんの気持ちが分かるんでしょう、どうしたらどうしたらどうしたら。
「あの…」
悠が話しかけてきたのです。
「なにかな、悠くん。」
悠は気恥しそうに話し出します。
「俺、露の気持ちとか読み取るの下手くそで、的外れなことしてるかもしんないしこれは俺がしたいだけかもしれないんだけどさ、さっきのカップル見てたから…手を…繋ぎたいんじゃないかとか思って…。」
あぁ、あぁ…あぁそっか、悠くんはこんな不安を一人で抱え込んでいたんだ、相手の気持ちなんて分からない方が当然です、心理学でも学んでいればまだしもそれでも公式的に当てはめて人間の気持ちを測るだなんて私にはなかなかできることではありませんでした、そんなものに頼らずとも人間は分かり合えるなんて青臭いことをほんの数日前まで思っていました、いえ今も思っています。なぜなら人間なら世界平和くらい叶えられると本気で思っているからです、でも人と寄り添うのは温かくてとてもぬくぬくした気持ちになりますけれど、そうなるにはいくつものハードルがあるんですよね、大きなハードルがたくさんあるんですよね、
私はそれを忘れていました、ええ忘れていましたとも、性懲りも無く忘れていましたね、どうしようもなくてつまらない価値観かもしれません、でも私は理想を目指して進みます、今もこうして理想とした私を見て欲しくてここに居て見て欲しい人と寄り添いたいからここにいる、ここに鈴木露は居るのです、必要なのです、だからこう言いましょうか。
「悠くん、大正解だよ。」
大きな花丸満点です。握り返したその手には互いの体温だけが二人を繋いでいたのでした。
まあそんなロマンスはほんの十五分くらいのところで終わってしまいました。単純な話です、私が手汗をかいてしまったためです。私がもうそろそろ…なんて言ってしまったために悠くんは申し訳なさそうにごめんっと言いました、ごめんを言いたいのは私の方なんだけれどなぁとも思いましたが終わったことを言っても仕方が無いので進めていきましょうか、進めていきましょうというより進んでいきましょうか、私たちは道をまっすぐ進んでそろそろ登るといったところでした、悠くんがまた話しかけてきたのです。
「露、俺は露に会えて本当に良かったと思っているよ、だって露は俺にはないものを沢山持ってて最初は正義感で行動したとはいえ俺のためにあんなことをしてくれたんだから、感謝もしてる、本当なら俺がかっこいい所をいっぱい見せなきゃいけないのに、いつも露にいいカッコされちゃってなんか俺ダサいなぁとか思ったりしてさそんでもって露を知っていけば知っていくほど露が眩しくなって仕方なかった、理想へと進んでいくその歩みが、露が透明だから光を反射して輝いていた
んだ、俺は現実を生きようとして露は理想を生きようとした、俺は安定を求めて露は大どんでん返しを狙った、その結果がどうなったにすれど露のやったことは凄いことだと思うよ、実際問題として思い至っても行動に移せることなんてなかなかないだろうしな、だからこそ尊敬してるしずっと大切にしたいと思ってるよ、なあ露。」
登りきった頂上からは一面のひまわり畑が見えました。
「俺は露のことが好きです、ちゃんと言葉で伝えさせてください、俺と付き合ってください、ずっと一緒にいてください。」
あぁ神様、いやこれは神様の所業じゃありませんね、こればっかりは悠くんの所業です、勇気くんの成せる技です。嬉しいなぁ、嬉しいなぁ、恋をすると人はこんなに嬉しくなれるんだ、気持ちを伝えられるってこんなに胸が張り裂けそうだけど満足感に満たされるんだ、あの時もそうだった、あの時も、あの時も全部悠くんがくれたものだった、
悠くんはああ言っていたけれど違うよ悠くん、私は確かに理想を求めているけれど理想の自分に成りたいと思っているけれどそのためには現実が必要だって気づいたんだよ、現実を知って、過去を、自分を知ってからじゃないと理想を追うことはできないんだって、真実を目に焼き付けないと理想を追う資格なんてないんだってことをきみが教えてくれたんだよ、悠くんきみがあの時私の化けの皮を剥いでくれて私を見捨てないでいてくれて朝日ちゃんとはまだ仲直りとかできてないけれど、でもいつか必ず仲直りするんだって決めていますから。だからね、悠くんきみは私に既にもうたくさんのものをくれているんだよ、思い出だけじゃなくて、あなたからの気持ちだけじゃなくてもっと多くのものをもらっているんだよ。きっとこれからも私は悩むと思う、理想の私ってなんだったっけとか簡単に忘れるかもしれない、でもそれは一人だったらの話で隣に支えてくれる人が居たらそれはきっと私が理想に近づくたびに思い出すんだと思うの、自分が欲しかったもの、手に入れたもの、それを一個一個捨てて手に入れてを繰り返して理想に近づいていくんだと思う、でもそれでも私は誓うね、たとえ夢を忘れても、理想に転んでも、世界に否定されても私はあなたを。
「私も悠くんが好き、よろしくお願いします。」
愛しています。
やっちまったぁ、俺は今この瞬間露に告白して返事もらっちゃったよ聞き間違いじゃないよな、おっけーってことだよな?
「露?」
「ていうか私は元から恋人のつもりだったよ、なのにここに連れて来て改めて告白するとか悠くんって真面目だね、いや通り越して生真面目だよねぇ。」
生真面目って要はクソ真面目ってことだよな、くっそ当たってるから何も言い返せねぇな。
「うんうん、なんかずっと嬉しそうにしてたし結構楽しみにしてたんだね今日。」
「当たり前だろ。」
俺は自信満々に言う。
「好きな女と会えるんだから。」
「え、あっああそうだよねぇ悠くん私のこと好きだもんね。」
「露…」
顔を近づける。
「へ?悠くん?」
「露。」
「ちょちょちょ。」
ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!
ゴロゴロゴロゴロドーン!と漫画みたいな音を轟かせて雷が落ちました、近くでしょうかなんとも不運…いやこの場合は助かったんでしょうか?
「露、こっち。」
「あっ…」
さようなら、私のひまわり畑……
コテージまでどうにか先ほどのカフェまで逃げ込んだ私たちはこれからの事について話し合いました、さっきのことは一旦置いておくとして。
「あっでもそっか、これじゃ。」
私はここで分かってしまいました。
「デート…続行できないね…」
気づきたくはありませんでした。
私たちの初デートはこれで終わりです、残念ながら私は傘なんて持ってきていませんし晴れていないひまわりは綺麗でもないでしょうし。
「じゃ、じゃあ帰ろっか悠くん。」
私はそそくさと席をたとうとしました、もう早く家に帰ってしまいたくなりました、つまらなかったとかそういう事ではありません、悠くんに落ち度があったわけでもありません、これは現実逃避なのです、さっきまであんなに現実を見据えなきゃいけないみたいな話をしていたやつがこんな事を言うのは都合がよすぎるのかもしれませんが、悠くんとのデートがこんな形で終わってしまったことを私は認めたくないのです、どうしてでしょうね、水族館は屋内だから上手くいったんでしょうかね、神様はもう微笑んではくれませんか?くれないでしょうね、こんな自分勝手な女のためにそう何度も。だからでもこの現実は受け入れるとするならここで、終わらせるしかないのかもしれません、それでは皆さんさようなら、またどこかでお会いしましょう。
「悠くん、バイバイ。」
「しねーよ。」
ん?今誰かなにか言いましたか?悠くんですか。
へ?悠くんが言ったんですか?ばいばいしないって今そう言いましたか?
「悠くん?」
「露、もう少しだけチャンスをくれないか、俺は今日をとびっきりの最高で最速で最強の思い出の日にするって約束するから。」
なんとも変な言葉遊びですね、最高で、最速で、最強ですか、最後がなんともまあ小学生みたいですね、最強って。そんな今からどうひっくり返すつもりなんでしょうか、まさか天候を変えるんですか?てるてる坊主を今から二人で作ってお店の外に飾るとでも?いえ悠くんはそんなオカルトのような神秘的なものは私と違って信じません、私は朝のニュース番組の占いコーナーは欠かさず見る方ですが悠くんはそもそもニュースすら見ないくらいですからね、それがココ最近で分かった悠くんの生態です、朝はもう一限に間に合うギリギリまで寝ておいて朝ごはんは近くのコンビニで買ったもので済ませるらしいですよ、全くもって感心しませんねぇ、体に悪いですよねコンビニのものばかり食べていたら。そんなことも分からないほどアホの子じゃないはずなのですけれどね、悠くん。
でも天候を変えるんじゃないとしたら、ああそっかもっと簡単な解決策がありましたね、電車を乗り継いで映画館とかに行けば屋内だしその頃には雨が止むでしょうから万事解決でしょう、ええそうでしょうそうでしょう。きっとこれから雨の中をダッシュする羽目になるかもしれませんのでとりあえずいつでもダッシュできるように気持ちだけはアスリートでいましょう。
「露、言っておくけれど俺はここから場所を変更する気はないからな。」
はい?
「じゃあどうするのさ、悠くん。」
悠くんは軽い口調で告げます、これまた自信満々に言います。
「ひまわり畑を見に行くのさ。」
あーあついに悠くんが壊れちゃいました、えっとですねまず私たちがここのお店にいるのは雨に降られたからです、そりゃもうザーザーですよ本降りの雨です、ギリギリ大雨とは言わなそうですけれどこんな中を歩いていくなんて気持ちがじめじめしてきますよ、今日の服なんて肩まで出しちゃってますから寒いかもしれませんし、気持ちとしては嫌だなぁと思うんですけれども。
…にしても悠くんの目は決意が固そうです、意固地になっているとかではなくて単純な決意の固さ、強固な壁ではなく強靭な精神が現れているといいますか、なんとも強そうですね、これこそ最強なのかもしれません、ではあと回収する伏線は最高と最速ですかね、最速はこれからすぐ出るというのであれば回収できますね、さてどうなるか。
「今からあの高台に戻ろう。」
はい回収業者でーす、伏線回収します。
ではあとは最高ですか、私にとっての最高…最高といえば……あの高台で告白、はもうされましたしさっきは危うく心臓がもちそうにもありませんでしたけれど、はてさてどうしてくれるんでしょうかね。
「もちろん、露が嫌じゃなければだけど。」
こういうところで弱腰になるんですよねぇー、ほんと可愛いったらありゃしません。
「行くよ、悠くんを信じる。」
「ありがとう。」
あ、でも。
「えっとダッシュする準備はできてるよ?ずぶ濡れになる準備も。」
「?いやそんな必要ないって俺が露を濡らさせるわけないだろう、ほら。」
そう言って彼が出したのは折りたたみ傘でした、しかも二つです。
「用意周到だね。」
「お褒めに預かり光栄だな。」
というわけで高台まで戻ることにしました、でも今度は横に並んで歩くわけにはいきませんでした、奥から観光客の人達がたくさん歩いてきます、傘がない人は走っても来ます、こんな人間二人でぎゅうぎゅうの細道をです、危なくて仕方がないじゃないですか、いや本当にここは舗装し直したほうがいいかもしれませんね、ってそんなことを考えている場合じゃありませんね悠くんが何を考えているのか私は予想しなければなりません、さっきみたいに流されるのだけはごめんですからね、雨だけに。いえ流れるのは雫でしたか、その場合涙になるんでしょうかね、人の場合は。
ですけれどもどうでしょう、人だかりが少なくなってきた場所に年頃の男女が入り込むというのは…はっ!まさか悠くん!このシチュエーションにかこつけていかがわしい行為に及ぶつもりなんじゃ…いやいやまさかまさか悠くんですよ?あの原田悠ですよ?嬉しいだけでズボンのしわにテントできちゃうような男の子がそんな、まさか…いや待ってくださいでも悠くんは純粋とは限らないなんなら私は彼の過去の女性関係について知りません、ということは。
悠くんは既に傷物の可能性があるということですか!なんてことでしょう!ショックです、普通にショックです止まる所でしたよ歩みがじゃありませんよ、心臓がです。ああーそうこうしているうちに高台に登るための階段に差し掛かりましたよ、どうしましょう、どうしましょう…。
「ゆ、悠くん!」
「どうした露。」
「えっとね、そういうことは…もっと大人になってからした方が私は…いいと思い…ます。」
何を考えているのか悠にはなんとなく察しがついた。
「いや、俺そこまで性欲の猿じゃないから大丈夫だから、変なことしたらさっきの言葉取り消してもいいよ。約束する、露の嫌がることはしない。」
悠くんはやっぱり良い人です、とかこんな言葉で絆される私も大概簡単な女なんでしょうかね、まあでも彼の言葉です、大事な彼氏の言葉ですからね信じましょう。
改めて私たちは階段を登りました、その間は拙い会話を所々お互いに気を遣いながら出し合っていました、まるで付き合う前みたいに。そうこうしている間にどうにかこうにか着きました。
「着いたー、二回目は疲れたよぉ。」
「露、体力なさすぎじゃないか?」
なんと私の運動不足がこんなところで露呈してしまいました。明日から走り込みでもしましょうかね、したことないですけれども。とか思って周りを見渡すとあれれなんだか違和感がありますね、この景色。
「なんだろう…なんかおかしいような…。」
「あーくっそいいポジション取られてるなぁ、おっあそこ空いてる、露。」
ぎゅっと手を握る悠。
「離すんじゃねぇぞ。」
「ひゃ、ひゃい。」
おもわず変な声が出てしまう露。
そんな露を高台のひまわり畑が見えるところまで連れて来た悠、彼は携帯電話を見て時間を気にしているようです。
「まだか、ちょっと早かったか。」
「ね、ねぇ悠くんそろそろ離さない?人がいるし。」
「大丈夫、俺達のこと誰も見てないだろ?」
「え?あ、ほんとだ、いやでも。」
「露は俺に掴まれるの嫌か?」
まだ、男が怖いか?
悠はそう聞くと露は自分の心臓の音が大きく鳴るのを感じた、ドクンドクンと今にも破裂しそうな大きな風船のような心を、炸裂したらあまりにも沢山の気持ちで溢れ出るであろうこの心を露は誰にもみられずに秘めていたのだ、秘めていたかった、恥ずかしいことだと思っていたから、秘めていたかった、そこには幻滅されるんじゃないかという心配もあったから、でもこの人なら大丈夫ですかもしれないと露が思うのにそう時間はかからなかった、悠のくっきりとした目に心を奪われたのだった。
「嫌じゃないよ、むしろね、心臓がバクバクするの、心がね今までにないくらいドキドキわくわくしてるんだ、悠くんが好きだって叫んでるみたいに。」
「そっか、ならよかった、俺も同じ気持ちだからさ。」
そう言うと悠は握っていた露の手を悠自身の胸に押し当てた。掌で鼓動が分かるように。
ドクン、ドクンと悠の心臓が生きていることを象徴するように激しくそして強く動いている、刻んでいる、今ここに居るということを、今ここで露と一緒に生きているという、この瞬間を。
「俺は今、露とこの瞬間を一緒に生きてるんだ。」
俺はそれがなにより嬉しい、俺は露と出会えて嬉しい、こんなに嬉しいと感じたのは初めてかもしれない、だからこの時間をプレゼントしたかったんだ、露。
たのむうまくいってくれ。
「十、九、八、七、六。」
「へ、悠くん?」
刻まれた時間をゆっくりと鼓動で感じながら。
それでいて決して焦らず時計の針が確実に、真面目に時間を示すように。
「五、四、三、二、一。」
「それなんの…。」
そして出ずる。
「ゼロ。」
「カウン…ト…?」
露は言葉を言い終わる直前に異変に気づいた、異変、それはさっきまで暗い色をしていた空模様と同調するように暗い色をして下を向いていたひまわりたちの様子が一変したのだ。
正確には一変したのはひまわりたちではない。
ひまわりを取り囲むように設置されていたいくつにも重なる光るケーブルであった。幾層にもなって眩い光を放つそれはひまわりが輝いて見えた先ほどとはまた違った形をしている、そこにあったのは、露と悠が目にしたものは。
「きれい…。」
光で作られた巨大な一つのひまわりであった、そのひまわりは畑全体を使って表現されており光も青、黄色、緑、紫、赤、虹色など多種多様な彩りを見せたのだった。
「よかった、上手くいって。」
悠は事前にこのひまわり畑を調べていた際に天候のことを気にしていた、いくらパーセンテージが少ないとはいえ降らないという保証はない、だから露の分の傘を持って雨の場合でも楽しめる光のひまわりの存在をリサーチしておいたのだ。
この光のひまわりは夜になってもアップライトされるので晴れのままでも夜にまた来て楽しめる一度来て二度美味しいスポットとなっているのである。そして悠は光のひまわりが現れる時間丁度を見越してカウントダウンをしていたのである。
これはあくまでも格好つけるためであった。
これが原田悠が人生で初めて考えた最高で最速で最強なデートプランである。
そしてここで露は違和感の正体に気付いた。
「そっか、なんか変だと思ったら雨なのに人がいるんだ。」
ひまわり畑だけがメインならもっと少ないはずだ、そう思った、正体だったのだ。
「悠くん、これを見せるために私を帰さないでいてくれたの?」
そう聞くと悠は照れくさそうに答えた。
「そうだよ、俺けっこう今回頑張ったつもりだ、このスポットがあるって知ったとき絶対ここに露を連れていきたいってそう思ったからなんだ。」
だって露にはひまわりはこれでもかってくらい似合うからな。
そう悠は笑った、太陽のように笑った。
そっか、悠くんにとって私はひまわりで。
私にとって悠くんは太陽なんだ。
だからお互いに共存できる、依存ではない、互いの相互作用で助け合える、生きていける、そのエネルギーを分け与えることができるのだと露は雨雫に紛れ込ませた声で悠にも聞こえないように呟いたのだった、口を動かしたことにすら気づかないほどのか細い声で。悠には気付かれていない。
なぁ露、俺な。
露のひまわりみたいな笑った顔が好きだよ。
露の正義感の強いところも好きだよ。
露の真っ赤にした顔が好きだよ。
露の嫌いなものも好きになるよ。
露の苦手なものも好きになるよ。
露の苦しいことは俺が好きになって代わりになってるよ。
露のことが嫌いな奴は俺も嫌いになるよ。
露の苦手なやつは俺が引っぺがしてやるよ。
露の笑顔を汚すような俺が必ず報いを受けさせてやるよ。
こんなことを言うと重いし、乱暴だなぁってきみは言うのかな、露。
露が好きなものを露以上に好きになるよ。
露が好きなことに打ち込めたら真っ先に俺も嬉しくなるよ。
露が好きな天気を俺も好きになるよ。
露の全ては無理でも好きなところをもっともっと好きになるよ。
露が嫌いな俺の部分は無理に好きになろうとは思わない、そのままでいい、露は露のままでいい、この雨模様の空が流し落とすように露は水蒸気になっても滴り落ちるんだから君はそんな露のような生き方でいてくれ、俺がその雫を全部全部受け止めるから、露の苦手な部分もひょっとしたらこれから出てくるかもしれない、ひょっとしたらこれからきらいなところも出てくるかもしれない、それでも例え俺は露に嫌われても露を好きでい続けるし露に好きだって言われつづける人間でいたいと思うんだ、俺、変かな。でも変なんだとしたらそれは、それはさ露。
あなたに恋をしたからだよ。
あなたに恋をしたらこんなに世界が変わったよ。
変わり者同士かもしれないけど人と関わってこんな気持ちは初めてで狼狽えることもビックリすることも多かったかもしれないけれど、それでも俺は露とこうして付き合えてる今この時間がとても愛おしいよ、愛なんて知らなかった俺にきみは愛を教えてくれた、それがどれだけ凄いことなのかきみはまだ理解してないかもしれないけれど。
原田悠の両親は彼が幼少期の頃に既に亡くなっている、親戚の家で引き取られて以降、高校生の間まで面倒を見てもらっていた。しかし悠の高校での素行に嫌気がさした親戚の人間たちは悠に大学生になったら一人暮らしをしろと言った、悠自身よく思われていないことくらいは分かっていたので自分から率先して親戚の家を出て行った、そのための資金は親戚も少なからず出してはくれたし大学生になる前から始めたバイトでどうにかこうにかやりくりをして現在に至っている。しかしここに至るまでの間に悠は高校生の頃に味わったもとい自分のまいた種である、ある生徒の不登校に罪の意識に苛まれていた、大学生になるまでの間にお金を貯めて初めて買った買い物が伊達眼鏡であるところのこの黒い丸眼鏡だ、これからは自分はひっそりと生きるんだ、影のようにひっそりと日が照りつけば草むらに隠れ、風がふいたなら屋内に隠れ、夜になれば全身を黒に包んで身を潜める、そうやって生きようとこれからの四十年以上ある人生をやり過ごそうとした、まあした結果が、鈴木露という人間の介入によって瓦解したわけだが。露が悠に瓦解されたように悠も露に瓦解されていた、その状況の中でも二人は惹かれあった、同類だからかもしれない、人間ってこんなに簡単に人を愛せるんだと初めて知った、感情表現の乏しかった悠が、感情を取り戻せるようになったのは、そうやって話せるようになったのは露のおかげだと悠は心から思っていた、そして今も想っている。彼女のことを心の底から愛している、愛なんて一生知ることなんてないと思っていたけれど、しかし人は変わるものだ、簡単に流されるし簡単に沈んでいく。荒波に揉まれながらおのが意志を貫くか、はたまた大きいものに惹かれていくかは自分次第である。そうやって悠も露も今になるまで乗り越えてきた、乗り切ってきたのだ。だからもう今は迷わない、きっと未来ではたくさん迷うのだろう、たくさん逃げたくなることが起きるのだろう、それでも。
それでも二人はきっと立ち向かっていくのだろう、過去にけじめをつける日が悠にも来るのだろう、その時彼が一人なら結果は見えているかもしれない、でももし二人だったなら彼らの未来は決して誰にも読めはしないのだ。
「露、俺はもうきみを愛することを迷わないよ、現実を見て露が苦しくなったなら俺が全部背負うよ、それができないなら半分でも背負わせてくれ。」
「悠くん、私はあなたに見合う理想の私になる、悠くんが笑ってくれるなら私も倍にして一緒に笑おう。」
現実に追われた男と理想を目指す女。
相容れないと思われる両者であっても人である限り惹かれ合い、いつかは結ばれるかもしれない、かもしれないを言い出したならキリはない。
「さて露、俺プレゼントとか持ってきてないんだけどさ、なにか欲しいものはないか?このあとなんならショッピングモールでも行こうか?」
そこでディナーにしてもいいだろ?
しかし彼女は断りました。
「ううん、悠くん贈り物ならもうもらってるよ。」
彼は言いました。
「いやそのヒールじゃなくてさ。」
彼女はまた否定します。
「ううん、違うよこのひまわりが贈り物。」
だからもう十分なんだよ。と彼女は言うのです。
しかし彼はなんとも不服そうな顔をしました。
「でもなぁ俺の気が収まらないよ。」
そう言うので彼女はこう返しました。
「じゃあ、悠くんが今一番したいことしていいよ。」
今日の分のお礼兼私への贈り物ってことで。
などと言うのです。
すると彼は覚悟を決めた顔をしました。
彼女はキス顔でドキドキと待っています。それを見た彼はニヤっと笑って傘を放り投げて。
彼女の手の甲に軽く口付けをしたのです。
「なっ!?」
「やっと驚いた顔が見えたな、へへ。」
もう、からかわないでよぉ、こっちも覚悟決めてたのにぃ!と彼女は恥ずかしさで顔が真っ赤になってぷんすこ怒ります。
しかし彼は言います、さっきも言った言葉を、でもとても丁寧に一時も忘れないように。
「愛してるよ。」
彼女は返します、片時もその気持ちを離さないように。
「愛しています。」
さてと。
「傘投げちゃダメだよ悠くん!」
「悪い、ついその場のテンションで!」
私たちはどたばたとその場を掻き回してしまったのでした。
こうして波乱だった初デートは幕を閉じました、お互いに帰ったあとはあれが良かったこれが良かったとか存分に堪能しました。
翌日になって帰ろうとした朝日ちゃんをすぐに捕まえて一緒にお昼ご飯を食べることにしました。こういう時は抵抗する気力が無くなるくらいに詰めよれば大丈夫です。
「あぁ、いつもこうやってあんたのノリに付き合わされるんだ、ああ本当に嫌い本当に嫌い本当に嫌いよ、一体いつになったらここから解放されるのかしら、ねぇそこの鈴木露の彼氏さん…えっと原田くん?この女を引き離すように言い聞かせてちょうだいよ。」
「あー無理、こうなった露は誰も止められないから。」
簡単に諦めちゃいましたね悠くん。
「というわけでダメなんだよ、無理なんだよ、私からは逃げられないよぉ朝日ちゃん。」
「無理なんてない、ダメなんてない、逃げられないなんてことはないのよ、私は。」
必ず逃げ延びるのよ私は。でもなぜかしらね、嫌って恨んでいたはずなのに人の笑顔を近くで見るのは…。
「まあ悪くないわね。」
ぼそっと呟いたその声は空気に溶けていった。
今回は逃走を諦めてお弁当を一緒に食べました、私の好意でね!
私たちは三人で楽しく一緒に食べました、朝日ちゃんにお弁当をお裾分けしました、朝日ちゃんはカレーはサラサラ派だそうです、私たちと真逆だねと言うと。
「いいことを聞いたわ!」
となぜか得意げに言われました、私と逆なのがそれだけ嬉しかったということでしょう。
それでも私は嫌な顔せずに接しますよ、私は朝日ちゃんの友達ですからね、例え朝日ちゃんがどれだけ否定したとしても友達で居続けます、それは私にとっての贖罪でもあります、何故ならあの時友達だったら、あの時気の許せる間柄であればきっと朝日ちゃんを助けられたのだから。
そう思ってのことです。
なんとも楽しいお昼時間でした、そして今日は。
「まあまあまあいらっしゃい原田くん。」
「ゆっくりしなさいな、まあほら座って。」
今日は鈴木家に悠くんをご招待しました。
お母さんはいつも通りですけれどお父さんはなんか緊張しているんでしょうか、それとも単純に機嫌が悪いんでしょうか、いやどうでしょうね案外機嫌がいいのかもしれませんけれども。
「初めまして!原田悠といいます、娘さんとはお付き合いをさせていただいております、今日はお邪魔します。」
おやおや悠くん緊張しているんでしょうかね。
「そんなに固くならなくていいのよ?露からは色々聞いてるし。」
「そうだよ原田くんまずは座りなさいな。」
お父さんなんだかゲームのコンピューターみたいに同じこと言っている気がしますね、やっぱり緊張しているのでしょうか。なかなか難しそうですね。
「はい、失礼します。」
堅い堅い、全くもってカチカチですね。
岩みたいですね、全くもって、お母さんも繰り返しリラックスするように言っていますけれどお父さんも寡黙になってしまっています。
数分経ってお父さんはようやく喋りだしました。
「すまん母さん、露、ちょっと原田くんと二人きりにさせてくれないか。」
え、大丈夫でしょうか、とても心配です。
「ええいいわよ、男の子同士仲良くねぇ露あっちに行きましょう。」
お母さんとお父さんはどうやら通じ合っているようですね、ここは流れに乗っておきましょう。
「わかった、悠くんお父さんのことお願いね。」
「えっ、ちょっと露!?」
原田悠、十八歳の夏に彼女の実家に誘われました、そして今この時彼女の実父と二人きりにさせられています。どうしてこうなってしまったのだろうか、わかりゃあしない、わかりゃしないのだ、何がどうしてどうなったのかが分からない。
「さて原田くん単刀直入に聞くけれどその、娘から聞いたんだが喜ぶと勃起してしまうというのは本当かい?」
「あっえっちょ…何言ってるんですか!お義父さん。」
「いやお義父さんはまだちょっと。」
思わず言ってしまったけれどやっぱりまだ抵抗があるらしい、というかなんでこんな事が知られている!知れ渡っているんだ!これお義母さんも知ってるんじゃないのか、おいおい露、これは後で説教だぞ。
「ああ、娘を怒らないでくれ…って言ってもさすがに怒る道理はあるなあの子は男の気持ちを理解してくれていない節があるからなぁ、苦労するだろう。」
「あっ、ええまぁ…いやその先程の質問にお答えしますとそうですね、はい勃ちます。」
白状するしかなかった、いやだってこの状況を作られたら仕方ないじゃないか。
「ああやはりそうか、いやはや私も同じ男としてわかる節はあるからね、そのよければきみと居る時の娘の話でも話してくれないかい?」
あまりに嬉しい申し出だった。
「はい、喜んで。」
喜んでどうするとも思ったけれどまあいいんだ、楽しく話させてもらおう。
三十分後。
「お母さんそろそろいいかな?」
「そうねぇ、そろそろいいかしらねお父さん入るわよ。」
入ってみますと意外や意外めちゃくちゃ盛り上がってました。
「はははは!そうかそうか露はそんな感じか、大変だなぁ原田くんも。」
「いやぁそうなんですよ、こないだもこんな感じでぇ。」
などと随分と楽しそうじゃないですか。
それはともかく。
「なんの話してたの、教えて教えて。」
すると二人とも口を揃えて言います。
「だめ、男同士の秘密。」
秘密なんだとしたらそれは暴かなければなりませんね、これはこれから毎日お父さんを問い詰めなければなりませんね。
「ははは!原田くんの話は面白い!また機会があったらいつでも来てくれ。」
「はい、またいつでも来ます!」
仲良くなっているのはいいことですね。
さてと。
「そろそろ時間的に夕飯の準備しますよー。」
お母さんと一緒に夕飯の準備を始めました。
それを悠くんに見られるのは少し恥ずかしかったのですけれどまあ意外とどうにかなるものですね
ちなみに本日のご飯はカレーです、私が提案しましたよ勿論、うちのカレーと悠くんのカレーどっちが美味しいかという話をしたいのもありましたけれど違いも話したくて提案しました、なんならカレーなら私も作れますし。
「娘の立派に成長した姿はいつ見ても感動するなぁ。」
とお父さんは毎回のように言います。
しかし今日はもう一人居ました。
「露のエプロン姿…いいなぁ。」
聞こえてますよ、恥ずかしいですね全く。
お母さんもふふふと笑っちゃってますよ。
眼福眼福って言ってました、二人とも。
とにもかくにもカレーは完成しました。
「うっま。」
悠くんの一言目はそれでした、そうでしょうそうでしょう、なんせ悠くんのカレーを少しだけ真似させていただきましたからね。
「美味しく食べてもらえて良かったわぁ。」
「いつ食べても母さんと露の料理は美味しいなぁ。」
これは、普通のことなのだ。
普通の一般家庭で起こることなのだ、そういう事象なのだからなにも間違っていない。
愛のある家庭っていうのはきっとこういうことなのだろう、俺の家にはなかったことだ、きっと両親が生きていれば俺もこういう家庭に居られたのかもしれない、そう思うと黙り込んでしまう。
「悠くん、大丈夫だよ。」
露は手を添えてくれる。
「えっ。」
「私はどこにも行かないから。」
あなたの傍に居るから。
だから大丈夫、と。
「原田くん、何かあったら何でも言うといい私のことをまぁ父親までとは言わずともそうだなぁ親戚のおじさんくらいに思っててくれれば。」
親戚のおじさんにはいい思い出はないのだが、この人ならきっといい親戚付き合いが出来たんだろうなと思った。
「寂しくなったらまたおいでね。」
と、お義母さんにも言ってもらえた。
こうして俺は鈴木家を後にした、露に駅前まで見送られることとなった。
「なんかお父さんと楽しそうだったねぇ、いやほんと今言えばご褒美のひとつくらいはあるかもしれないよ?」
なんて覗き込んでくるので。
「お義父さんとの話は絶対秘密だからだめだ。」
「えー彼女のお願いでも?」
「だーめだ、これからお義父さんになるかもしれない人との約束だから。」
「そ、そっかそうだね、お義父さんねぇえへへへ。」
笑い方が親子揃って可愛げがあるな。
くたびれるくらい話をされたし話をしたし楽しかったもんだ、今日の出来事は本当に俺の中で一番残るかもしれないくらい強烈な一日だったと自負があるくらいだ。自分が原因で不登校になった広田が大学まで来てくれてなんなら形としては和解という形をとることができた、具体的な話し合いはまだ出来ていないが、とにかく謝れただけでも良かったと思ったしなによりあっちも謝れてひょっとしたら俺と同じで心なしか安心できたのではないだろうかと思った。
鈴木家でも愛情の形を見ることができた、例え形などなくともそれははっきりと俺の目に映り込んでいた、心霊写真のようにありえないものだったけれど俺の常識の中にはないものだったけれど、それでもあそこには確実に存在した、実在したのだ、そんな愛が。純粋な愛情が。純愛があった、夫婦の形があって、夫婦の愛情の形として娘である露が居てその露が俺と恋人という関係になって愛を育んでいる、将来的にこの育んだ愛情が何かしらの形になるのかもしれないと思う未来は案外明るいのかもしれないな、なんて思ったのだった。
どうしようもないだろうが俺は俺なりに露に未完成なままの愛情を注ぐしかないのだろう。
お互いに注いだ愛情を汲み取り合うしかないのだろう、そうやって俺にはなかった分の愛ってやつを純度百パーセントの愛情ってやつを純愛ってやつを育んでやろうじゃないか、このコンディションをずっと維持していけたらそれは幸せでそれは素晴らしいことなのかもしれない、とそう思ったのだった。すると不思議なもんで俺の一人語りでだけで駅まで着くための時間が十分かかったのだった。
「悠くんと話してたらあっという間に着いちゃったね。」
そう、器用にも俺は考え事をしながら露とたわいない話をしていたのだった。だって露と話すのは楽しいししない理由がない、これがいわゆるバカップルなんてやつなのだろうか、いやでも公衆の面前でイチャついてないだけで全然バカップルなんてもんじゃないと思うのだけれどな。
そして俺は露と改札でさよならをして自宅に帰るのであった、俺はきっとこれからも露を好きでい続けるだろう、純粋な愛ってやつを現実にしてみせる。
鈴木露、十八歳です。
私は彼氏である悠くんを見送っておきました。
彼からもらったものはたくさんありました、たくさんたくさんありました、そりゃあもうこれでもかっていうくらい貰いました。
人のことばっかり考えて自分のことを考えないで私のことばっかり考えてくれている悠くんが大好きです、できることなら例え別れることがあったとしてもずっと好きであり続けたいものですね。
そういえばあの時なんて言ったか、皆さんに言ってませんでしたね、悠くんには内緒ですよ?
「ひまわりの花言葉。」
あなただけを見つめている
現実を見つめて
理想を見据える
私の物語。
そして場面転換。
俺たちはカフェでお茶していた。
「そうだな、じゃあ今そのコップで俺が飲んだら露と間接キスになるわけだ。」
と、にまにまして答えてやると。
「そんな事しなくても、いつでもこっちでしてあげるよ?」
と、自身の唇に人差し指を指す。
どうしよう、俺の彼女が可愛すぎる。
「というわけで、すけべえっちへんたい悠くん?」
「そんなスーパーハイパーウルトラみたいな小学生御用達の語感で人に不名誉な名前に変更しないでくれるか、露。」
「今週末、空いてる?空いてるよね?ね!」
「え、空いて…る、けど。」
「それは結構結構、ニワトリも喝采してるよ。」
「結構結構コケコッコーとかいうシャレをニワトリが喝采するなんていうシャレと別のオシャレ方面に向けて言うなって、あと席立たないでくれる?見られてるから。」
身を乗り出してまで言うことか、そしてなんて?
今週末?
「今週末うちの家においでよ!」
家に行くのか、じゃあ土産かなにか持っていかないとな。
「なあ露、ご両親ってなんか好きな食べ物とかって…。」
「じゃ!わたしもう行くからまたねー!」
「あ、おい露!?」
俺が支払うのね、いやいいけどさ放っておかないでほしいもんだ。
「どうしよ?うぅぅぅぅぅぅ???。」
自信満々に彼氏を改めて家に呼ぶと宣言したはいいもののこの女なにも準備していないのである。
そう、なにも!考えて!!いなかったのだ!!!
「いやいやいやいや、わたしだって考えてましたよ?家に来てもらって料理を振るまって映画でも観ていい感じにして愛を確かめ合うみたいな!」
と、部屋の中で独り言をまるで誰かと話しているかのように口に出すのだから傍から見ると奇行である。そして彼女はこういう時に必ずすることと言えば、得たばかりのインターネットにて情報を集めることである。
ふふふ、わたしにはこの無敵にして万能の機器スマートフォンがありますからね!しかもなんとインターネットでなんでも正確に調べられちゃいますからね!完璧なのです!わたしの欠点はこの子に補ってもらうことにしましょう、そうしましょう。さてまずは先人たちの知恵をお借りするとしましょうかね、えーっとこの掲示板?に質問を書き込んでいけばいいんですね?あとは先に調べておくことも大切だと悠くんに教わった気がしますね!先にウェブサイトで検索検索ぅ!
恋人、愛を確かめ合う、方法…っと。掲示板に「彼氏くんとの愛を確かめ合うにはどうしたらいいでしょうか、恋愛初心者なので教えて欲しいです」
って書き込んでおきましたしこれで大丈夫でしょう。そして軽く検索した限りどれもこれも高そうなレストランやホテル、リゾート施設なんかで過ごす…でもどれもこれもホテルが付いてきますね、どうしてでしょうか…高いところからの景色が絶景だからでしょうかね、悠くんと見たひまわり畑は圧巻だったなぁ…えへへへ。
にんまりと笑みが零れてしまいます、画面をスクロールしていると何やら見たことの無い文字が目に入ってきました。
「えっ!でえ!?」
そして週末。
俺、原田悠は付き合って半年も経たない間に彼女の家にお招きされた。もう既に玄関前にいるのだが指定された時間は夕飯時だ。またご馳走になるだけなのは忍びないので露から聞いておいたご両親の好きなお菓子を買って持ってきたのだが…。
「い、いらっしゃい悠くんあがってあがって!」
なんだか露の様子がおかしい気がする。
妙によそよそしいというか、いや行動としては普段通り、なんなら二人きりなのでそれなりにスキンシップを今日はとっている気がする。ん?二人きり?そういえばご両親の気配がないな。
「なあ露、お義父さんとお義母さんは?」
「今日は二人とも結婚記念日でね、夜遅くなるんだって、だから…。」
だから。
「今は二人きりだよ?」
二人きり!?俺いま彼女と密室で二人きりなの!?まてまてまてまて!
「つ、露ちょっとまってくれ、なんで事前に言ってくれなかったんだよ、言ってくれれば!」
「言ってくれれば?…」
「えっと…だからほら心構えくらいはしてきたのに!好きな女の家に二人きりってのは心の準備がだな…。」
「あー悠くん勃っちゃうもんね、おっ今日も元気そう。」
「そんな市場で活きのいい魚を見る目利きの人みたいに言わないでくれ、ていうか見慣れもしてほしくはなかった…。」
「別に見慣れてないよ、悠くんのしか見たことないし。」
うーん、これ俺にも責任あるのかなぁ…。
「ところで、悠くん…。」
「なんだ、露…なんでモジモジしてるんだ?」
「わたし、案内したいところ…あるんだけど、いいかな。」
案内したいところ?これから出掛けるってことか?
「どこまで行くんだ?」
「いやそんなにかからない、ていうかもう着いてるから。」
着いている?目的地に?ここは露の家、つまりは鈴木家だ、家から出るのだからここは出発点ってことになるはずなんだが…やっぱり引っかかるな。
「なあ露、着いているってどういう…。」
「どういうもこうしてもなくて…ね、その…。」
露は上目遣いで悠にねだるように伝える、幼少期の子供が親に物をねだるように。それでいて年齢が18歳なのもあってそれ相応の妖艶さを孕んでいる。それはきっと二人きりで恋人の家に居るというこのシチュエーションが演出しているのかもしれない。
「わたしの部屋…きてくれないかな。」
小さな声だが確かに悠の耳にはその言葉が届いたのだった。
階段をのぼっている間、露の後ろ姿を見ていた。当たり前のことだから述べる必要はないかもしれないけれど俺は本当に露の後ろ姿にしか目がいかなかったし頭もグルグルと混乱してエラーコードを吐き続けていた、再起動が必要そうだ。熱暴走寸前のパソコンのように。冷却ファンをつけてほしい…。
そう考える僅かな間で露の部屋に通された。
「お、おじゃまします?」
まだ状況が飲み込めていない、なぜ俺は最愛の彼女の部屋に通されているんだ?いや彼氏彼女だから普通なのか?てか女の子の部屋なんて入ったことないから何となくだけどいい匂いする気がする。見るとアロマが焚いてあるようだ。白を基調とした空間に水色のベッドが差し色としてあるようで愛らしい場所だと感じた。
ここで普段、露は生活しているんだな。
勉強したり
課題したり
電話したり
就寝したり
「露、アロマいつも焚いてるのか?」
「今日は悠くんが来るから、特別だよ普段は焚いてないしなんなら今日のために、悠くんのために買ったんだよ?」
今日のために…俺のために…。
「俺のために?」
つまり俺がリラックスできるように買ってくれたってことか?
「いや半分は合ってるけどもう半分は…。」
するりと俺の顔の前まで近づいて身体ごと押し付けてくる露。
「わたしが、リラックスできるため…かな。」
「露…おま…。」
おまえなにを、そう言い終わる前に俺はアロマのいい香りが毒牙のように身体に突き刺さり染み込むように蝕んできた。
だからかもしれない、反応が遅れてそのまま俺は露に、十八の女の子に押し倒されてしまった。
男なら一度は親密な異性とこういったシチュエーションになる事を望むかもしれない。しかしこの場合、立場が逆だ、景色が逆だ。見上げるのではなくて見下ろして征服感を感じるというのが男冥利に尽きるというものではないだろうか。だが現実は彼女に身体を押さえつけられて身動きをとろうものなら彼女を押しのける形になってしまうという、なんとも男としては情けない状況になってしまっているわけなのだ。無理やり引き剥がせば露がベッドから落ちてしまう危険があるから俺は何もできない。
何もできない。
そう、何もできないんだ。
だから、これは不可抗力なんだ。
迫る唇を受け入れて身体を思い切り抱きしめて異性特有の身体の柔らかさというものを俺自身の身体にも刻み込むように、ゆっくりと堪能した。
ハグくらいなら、キスくらいなら別に今回が初めてじゃない、初めてじゃないはずなんだ…なのに。
どうしてこんなに、興奮しちまうんだろうな。
俺はもう自我を保てなくなった獣のように露の身体を今部屋に充満しているアロマのように蝕むしかない。
こんなシチュエーションになったのだから。
彼女の方から招いたのだから。
これはオッケーのサインだろう。
なら別に見る景色なんて逆だっていい。
男なんて性欲で動く生き物なんだから。
他の奴らだってみんなこうしているんだろうから。
世のカップルはきっとそうなんだろうから。だから俺だって得をしたっていい。
俺だって、何かを得たっていい。
長めのキスを済ませて俺は離れていく露の顔を直視した。
「悠くん、いいよ?」
その声を聞くまでは俺だってこの空間に呑まれていた。アルコールが全身にまわるというのはこういう感覚なのかもしれない、体の自由が効かず、四方八方の壁に顔をぶつけたりフラついて、グラついて失敗をしてしまう。
グラついた、フラついた、そして転げ落ちて…。
だから、もう…そろそろ。
「いいわけないだろ。」
そのセリフが俺の口から出たことに俺自身が気付くのに遅れていた、意識外から言葉が飛んできたみたいだった。
露の声は震えていた、冬場でもないのに震えていた。凍えていた、その寒さを我慢するかのように、やり過ごすかのように俺に身体を這わせているようにも見えた、そうだ、この女はどこまでも俺の常識の外側で俺の考えなんて吹っ飛ばすくらいの事をやってのけてしまう奴だったじゃないか、見逃していた…たくさんのサインを
「わたしがリラックスするため…つまり露、お前も緊張しているわけだ、それを悟らせないためのアロマ、そして自分の考えを放棄させるために身体を密着させて俺に手を出させる、そんなところか?」
「…それは…。」
バツが悪そうに言い淀んでいる、彼女らしくもない。そう、鈴木露らしくないのだ。普段の彼女ならば自分の言葉で例えなんであってもストレートに表現していただろう、きっとそれをしてこないのは、もとい出来ないのは失敗を恐れているからだ。失敗なんてして当然などという正論パンチは今回に関してはその拳を収めてほしいところだ。
なんせ彼女はそういう時は調べて一人で直進する、つまりは猪突猛進してしまうのだ、カーブなど知らない、最高時速で、平野朝日の件だって俺が居なければ、俺と話し合わなければきっと彼女は持ち前の無知さ故にインターネットで得た知識だけで平野朝日へと挑んだことだろう。しかしそれがダメ、もとい危険なことは誰もが知るところだ。見知らぬ誰かからの助言など信用に値しない、信頼に値しない、自分自身への価値に迷っている人間に寄ってくる人間というのは好奇心を持っているか何かしらの下心を持っているかだ、と俺は思う、少なくとも今までの俺の人生はそうだった。両親を亡くして独りになった俺。そんな俺に寄る大人や同級生がどうにも嫌で仕方なかった、また誰かが居なくなるのも怖かったけれどそれ以上に恐れたのは人の善意だ。善意を表現する時、人は笑顔を作る、作り笑顔なんて言葉があるくらいだ。畏怖した、謙遜や尊敬の念を込めてではない、純粋な、怖いという感情に苛まれてそれからは上手く感情を表に出せなくなった、代わりに身体がおかしくなった、男の象徴が勃つようになった。最初は思春期の身体の変化かと思ったけれど違った。何年経ってもそれは治らなくて気にかける大人も友達も居なくなって。
俺はおかしな体質を手に入れて表現を失った。
でもな露、そんな俺に劇的な、刺激的な感情を、感覚そのものを取り戻してくれたのは誰でもない
お前なんだよ。
「露、もっと自分を大切にしろ俺は居なくならない、誓ったっていい。」
俺だって漢だ、男なだけじゃ好きな女にこんな顔をさせちまうんだ、こいつの特別にならなきゃきっとまた俺は失ってしまうかもしれないから。
「お前にはそのままで居てほしい、俺を受け入れてくれた鈴木露のまんまで。」
だから。
「変わりたいなら俺と一緒に変わっていこう、俺と一緒に歩んでいこう。」
涙で前が見えませんでした。
なにも見えませんでした。
大好きな悠くんの顔を見たいのに、それでも涙が溢れてきました、どうしてでしょうね、自分で全部やったことなのに、覚悟を決めたはずなのに…それなのにわたし、どうしてホッとしているんでしょうか、どうしてこんなに落ち着くんでしょうか。
「悠くん…わたし…。」
「いいんだ、話なら後でいくらでも聞くから…だから今は。」
がっしりとした身体に思い切り身を預けます。
先程のとは違ってわたしを守ってくれるような抱擁とも言えるような、そんな優しい抱きしめ方をしてくれました。そんなの嬉しいじゃないですか、もう考えていたこと全部吹っ飛んじゃっても仕方ないじゃないですか、あーあインターネットなんて信用ならないじゃないですか、実はポンコツなんですね。
「朝日ちゃんに嫉妬した…。」
「うん。」
「悠くんに理不尽だけれど、朝日ちゃんの一方通行だって分かってるはずなのに…不安になった。」
「ああ。」
「だから、悠くんの気持ちを確かめたくて…こんな事しちゃった…。」
「危なかったな、どうせまたインターネットで検索して変な風に絡まっちまったんだろ。」
「うん…覚悟を…したつもりだった、わたしを、あげるつもりだった。」
「嬉しいけれど、そんなこと焦らなくていいんだ。」
「でも、みんなそうしてるって聞いて…。」
「みんななんて関係ないだろ、関係あるのは俺と露二人だけだ、あとのみんなからしたら他人事なんだ、だから言ったろう、俺と少しずつでいいから進んでいこう。」
ああ、わたしって世界一の幸せ者ですね。
「はい。」
??それでどうしてあんなことしちゃったのかを悠くんにお伝えしたところ…。
「露、おまえ本当にそういうのよくないと思うぞ、次から気をつけ…いや次はないからな。」
先程までのムードはどこへやらって感じでお父さんのような説教モードに入っちゃいました。
いやわたしだって反省してるんですよ?だからこそ今こうして甘んじて悠くんのガミガミを受けているわけですから。
「まあ、このくらいにしとくか。」
あ、終わりました、わりと短かったですね。
「改めてお義父さんにでも叱ってもらえ。」
もうお腹いっぱいです。あと言いませんよ、いくら仲の良い家族でも恋人とのあれこれを。
「ねえ悠くん今日なんの日か知ってる?」
「え。」
悠くんは急に挙動不審になり始めました。というかオドオドしてます、キョロキョロもしています、きっとこの部屋の中にヒントがないかを探しているのでしょうね、残念ながらありませんけれども。
「正解はね、今日は彗星が見れるらしいの!数十年に一回のやつ。」
それを見せたかったんだ、と言うと悠くんは何時頃にそれを見るのかと聞いてきました。あれ?時間とかあるんですか、あれ。
バッと窓を開けて夜空を見上げると星は点々とあってもお世辞にも彗星なんて流れてませんね。ガセ情報だったのでしょうか。
「いや、見えてたらしいぞさっきまで。」
と、スマホをぽちぽちするのは悠くんです。
「わたしにはネットのことあれだけ言っといて?」
「いやこれニュースサイトだから、信用できる機関が発信してるやつだから。」
むむむ、ならば何も言えませんね。
「でも嫌いじゃないなこういう空も。」
「そうなの?満天の星空には程遠いよ?」
「そうかもしれないけれど、でもこういうのって何を見たかじゃなくて誰と見たか、だと思うんだよ俺は。」
そう言ってわたしの左手に手に彼は右手を重ねました。
指を絡めました、お互いの存在を確かめ合うように、そこにあるのは下心なのかもしれませんれけどそれでも誰かを想う気持ちに、己の未熟さにかまけてでも好きになった相手とスキンシップをとることに理由なんて、いりません。
ただ、愛してしまったからなのだと思います。
「露。」
「悠くん。」
本日二度目の口付けをしようとしたその時だった。
「ただいまー、露ー!」
「おかえりー、ってパパ!?ママ!?」
「もーパパったら、やっぱりお邪魔だったじゃないのー。」
露のご両親が帰ってきたのである。
おっとお義父さんがこれでもかという形相で俺を見ている、すごんでいる。
これは…逃げられないな。
案外、日常のラブコメなんてこんなオチなのかもしれない。
俺はひどく萎えていた。
でも特段悪い気なんてしなかった。
お説教を受けて帰るとしよう。
勃つ鳥あとを濁さずだっけか、ん?なんか違う?
ご愛読いただきありがとうございます。
作者のもまおです。初めてのラブコメということで至らぬ点が目立つかと思いますが読んでいただいた方々には感謝しかありません。
今回のお話は興奮していないのに勃ってしまう感情を表に出すのが苦手な原田悠くんと大学デビューで過去の自分を変えようとする猪突猛進な鈴木露さんのラブコメディとなっております。
結構削るのが大変でしたが楽しく書かせて頂けました。男子あるあるなのか楽しくなると生理現象で勃っちゃう認識なのは私だけでしょうか、私だけでしょうね。そんな自分の経験からヒントを得て原田悠というキャラクターは作成させていただきました。
後悔を挙げるなら平野朝日ちゃんがほとんどモブになってしまった点です、もっとスポットライトを当てたかったですね。鈴木露はとにかく元気で決めたら突っ走るタイプの女の子をイメージして書きました。
恋愛の駆け引きというよりは純愛風に仕上げたつもりです。
長々読んでいただきありがとうございました。




