異世界転生した俺のスキルは《最適解AI》 ~全部任せたら最強になったけど、人間やめそうです~
「どこだ……ここは……、死んだのか、俺」
気づいたら、真っ白な空間に立っていた。
山田蓮、享年二十八歳。
死因は過労。
まあ、そんなものか、と思った。
特に悔いはない。
いや、あるとすれば——自分で何も決められなかった人生だったな、ということだ。
就職も、親の言う通り。
転職も、上司に言われた通り。
彼女と別れたのも、友人に「合わないよ」と言われたから。
自分で選んで、自分で失敗するのが——怖かった。
「山田蓮さんですね」
背後から女性の声が聞こえた。
振り向くと、白いローブを纏った女性が立っていた。
髪が白く光っている。というか全体的に光っている。
女神、というやつだろう。
「はい」
「あなたを異世界に転生させます。ついては、スキルを一つ付与します」
「あ、はい」
「あなたに与えるスキルは——《神託AI》です」
女神が手を広げた。光が集まる。
「《神託AI》は、あらゆる選択を最適化します。戦闘、外交、生存戦略。どんな場面でも、最良の行動を提示します」
「最強じゃないですか」
思わず声が出た。
チートだ。完全なチートだ。
「ただし」
女神の声が、少し変わった。
「このスキルは、あなたが自分で下した判断には作動しません。AIが提示した選択肢の中から選んだ場合のみ、補助が有効です」
「……つまり?」
「自分で考えて動く限り、スキルは使えません。AIに従う限り、あなたは最強です」
沈黙が落ちた。
俺は少し考えた。いや、ほとんど考えなかった。
「——わかりました。お願いします」
女神が、どこか悲しそうな顔をした気がした。
気のせいだと思った。
転生先は、剣と魔法の世界だった。
名前はそのまま。
体は二十歳くらいに若返った。
そして——右目の端に、常に小さなウィンドウが浮かぶようになった。
《神託AI》だ。
最初のテストは、森の中だった。
うっそうと生い茂る森。
周りを見回していると、突然、ゴブリンが三体飛び出してきた。
——ウィンドウに文字が流れる。
《推奨行動:左の個体から順に攻撃。最初の一撃は喉元を狙う。回避は右側へ。成功率94.3%》
「言われた通りにやってみるか」
剣を抜いた。
左。喉。右に回避。
気づいたら、三体とも倒れていた。
「……強い」
自分でも驚いた。
次は盗賊団との遭遇。
《推奨行動:リーダーへの先制攻撃。声帯を狙う。他は威圧で制圧可能。成功率88.7%》
また言われた通りに動いた。
また、勝った。
その次も。その次の次も。
三ヶ月後——俺は冒険者ランクBになっていた。
「蓮さん、強すぎませんか」
パーティメンバーのカリナが言った。
元気のいい女剣士だ。転生して初めてできた友人みたいなものだ。
「なんで毎回あんなに的確なんですか? まるで全部知ってるみたいで」
「……勘がいいんだよ」
嘘は言っていない。AIの勘がいいだけだ。
「ふーん」
カリナは納得していないような顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。
もう一人、魔法使いのセイジという男もいた。
物静かで、あまり喋らない。でも腕は確かだった。
「おい蓮。今日の依頼、どうする?」
「えっと——」
ウィンドウを見る。
《推奨行動:依頼Bを受諾。報酬効率1.47倍。危険度最小。》
「依頼Bにしよう」
「わかった」
会話が終わる。
なんて楽なんだ、と思った。
迷わなくていい。悩まなくていい。失敗しない。
これが正解だ、と思った。
——その頃はまだ、そう思っていた。
半年が経った。
俺たちのパーティはAランクに届こうとしていた。
カリナが笑う回数が減った。
最初は気づかなかった。
でも、ある日飯を食いながら、セイジが言った。
「蓮。最近、カリナの誘いを全部断ってるの知ってるか」
「……断ってた?」
「街の食堂に行こうって誘いとか。依頼の後に酒飲もうって話とか。全部お前が断った」
「それは、AIが——」
言いかけて止まった。
そうだ。全部、ウィンドウに従っていた。
《非推奨:飲食による時間消費は効率を下げる》
《非推奨:感情的交流は判断の歪みを生じさせる可能性がある》
俺はその通りにしていた。
「別に、忙しかっただけだ」
「そうか」
セイジはそれ以上何も言わなかった。
その夜、俺は少し考えた。
AIは正しい。効率的だ。無駄がない。
でも——最近、カリナが何を考えているか、全然わからなくなってきた。
セイジが怒っているのかどうかも、わからなかった。
いや、そもそも——俺が何を感じているか、が。
《感情処理は判断の精度を下げます。合理的な思考を推奨します》
ウィンドウがそう言った。
「……そうだな」
俺はそう答えて、眠った。
その依頼は、Aランク初の討伐任務だった。
魔族の上位個体——《屍王ヴァルカン》。
王都郊外の廃城に潜伏しているとの情報があった。
「行けますか?」
依頼主の騎士団長が聞いた。
ウィンドウを確認する。
《戦力評価:現パーティにて対応可能。成功率71.2%。ただし戦術的撤退の準備を推奨。》
「行けます」
俺は答えた。
廃城に入った。
最初は順調だった。
AIの指示通りに動く。
カリナが前衛で斬り込む。
セイジが後衛から魔法でサポート。
俺が中衛で指揮する。
三層までは順調に攻略した。
だが、問題は四層で起きた。
《屍王ヴァルカン》が予想外の速さで動いた。
奴の腐敗した腕が、カリナを吹き飛ばした。
壁に激突して、動かなくなった。
セイジが叫ぶ。
「カリナ!」
《状況評価:カリナ・ライドは重傷。即時回収は困難。屍王の攻撃範囲内。救出を試みた場合、パーティ全滅リスク67%。》
ウィンドウに、続きが出た。
《推奨行動:カリナ・ライドを放棄し、撤退。生存率最大化。》
俺は、ウィンドウを見つめた。
放棄。
放棄、か。
セイジが俺を見た。
「蓮。どうする」
その目が言っていた。お前が決めるんだろ、と。
ウィンドウは変わらない。
《推奨行動:撤退。カリナ・ライドを放棄。成功率82.4%》
俺は——
初めて、ウィンドウから目を離した。
カリナを見た。
壁際で倒れている。まだ、かすかに胸が動いていた。
生きている。
俺の中で、何かが動いた。
怖い、とかじゃなかった。
損得でもなかった。
ただ——嫌だ、と思った。
「セイジ。俺が前に出る。お前はカリナを頼む」
「蓮、でも——」
「早く」
剣を握り直した。
ウィンドウが点滅した。
《警告:AIの推奨を無視した行動です。補助を停止します。》
「知ってる」
走った。
怖かった。
めちゃくちゃ怖かった。
AIなしの俺は、ただの元社畜だ。
勘もない。経験も浅い。戦術センスもない。
屍王が振り向いた。
でかい。速い。
腕が飛んできた。
——間に合わないと思った瞬間、体が反応した。
半年間、AIに従いながら積み上げた経験が、体に残っていた。
ギリギリで躱した。
返しの一撃を首に入れた。
《屍王ヴァルカン》が、よろめいた。
セイジが叫ぶ。
「今だ!」
火炎の魔法が炸裂した。
轟音とともに、廃城が揺れた。
煙が晴れた。
屍王は、消えていた。
「……勝った」
俺は膝をついた。
腕が震えていた。足も震えていた。
でも——心臓が、うるさかった。
こんなに動悸がしたのは、いつぶりだろう。
《神託AI:権限縮小》
《非合理的選択を検出しました。以降、助言精度を67%に制限します。》
それを読んで——俺は少し笑った。
それから三ヶ月後。
《神託AI》の精度は、今や52%まで落ちていた。
「依頼Fにしよう」
「え、難しいですよ?」
「面白そうだからいいじゃないか」
くだらない会話だった。
最適でも何でもなかった。
でも——楽しかった。
《現在の助言精度:52%》
まあ、いいか。
最適じゃなくても——俺の人生だ。
俺が決めて、俺が失敗して、俺が笑う。
それでいい。
《——しかし、あなたの選択を尊重します》
「……なんだよ、最初からそう言えよ」
そして——走った。
仲間のいる方へ。
自分で決めた道を。




