第1話「嫌なら嫌と言いなさい」
シーナ・アルヴェル子爵令嬢は、己に覆いかぶさり荒い息を吐く男――ジュリアン第二王子を冷めた瞳で眺めていた。
「ああ、シーナ……僕のシーナ……」
ジュリアンは額に汗を浮かべ、目を固く閉じ、シーナの感触に集中している。
もう幾度となくこなした営みとはいえ、自分の体内に他者が存在するのは違和感しかない。
シーツが擦れる音が耳障りだった。肉が肉を打つ音が不快だった。
――そして何より、男に合わせて偽りの嬌声を上げる自分が、気持ち悪くて仕方がなかった。
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逆転勝ち組子爵令嬢と、勝ちを支える側付き侍女(えちちが仕事です!)
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行為が終わるとジュリアンは、そのままの体勢でシーナに愛を囁く。
「愛してるよ、シーナ。早く、君との子どもが見たいな。きっと僕らに似て可愛らしい赤ん坊だよ」
いつものことだ。いつもジュリアンは、シーナとの子どもが欲しいと言う。
シーナはジュリアンに曖昧な微笑みを返すと、むき出しになった自分の腹をそっと撫でた。腹の奥底にまだ残る違和感。こぽりと、どこかで泡立った音がした。
いつまでも自分のなかにジュリアンが居座っている気がして、つい下唇を噛んでしまう。
同時に、彼を哀れにも思いもした。
――子が出来にくい薬を飲まされていることを、この人はまだ知らないのね。
そうなった理由に、ふと思いを馳せていた。
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エーデルシュタイン公爵邸で行ったシーナの告発は、決して計画的なものではなかった。
ただ、ジュリアン第二王子と共に歩み、皆から祝福の言葉を受けてほほ笑むヴィオラ・エーデルシュタイン公爵令嬢を見た時、こう思ってしまったのだ。
――私をこんな目に遭わせておいて、自分だけ幸せになるなんて許さない。
気がつけば、神聖なる婚約宣言の場で否の叫びを唱えていた。
本来であれば決して許されざる暴挙である。自分一人が責任を取ればよい話ではない。良くて爵位の降格、悪ければ取り潰しだってあり得た。
そうならなかったのは、シーナの浅はかな無謀を、英雄の如き勇気と勘違いしたジュリアン第二王子にこの身を求められたから――と言うのが、一番大きい理由だろう。
はじめにジュリアンに「妻になってくれ」と言われた時、非礼にも「この人は何を言っているのだろう」とシーナは思った。無礼を重ねたが、反射的に「王子にふさわしくない」と断った。
ジュリアンの周囲も同様に、彼の暴走を止めようとした。しかし、彼はシーナを己がものとすることを諦めなかった。周りがいくら「ふさわしくない」と、止めても聞く耳を持たなかった。
しかし、正室にするにも側室にするにも難しいということはジュリアンも理解し、結果としてシーナはジュリアンの側女となることで落ち着いた。
「よいか、お前はただ王子の相手さえしていれば良い」
側女となることが決まった時、シーナはジュリアンの側近に呼び出され、差し出された薬を飲むように命じられた。
「お前のような端女と、子を成されても困る」
理由は端的だった。
定期的に渡すと伝えられたこの粉薬を、この時どのような気持ちで眺めていたのか、シーナはよく覚えていなかった。
ただ、自分が側女として拾われたことで実家は咎を受けず、シーナがきっかけで名乗りを上げた令嬢たちも罪を問われなくなったと聞き、その薬を拒む理由は無いと思ったことだけは覚えていた。
――飲み下した薬の味は、いつまでも舌に苦味を残していた。
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シーナに与えられた屋敷から、ジュリアンが乗った馬車が闇に溶けていくのを見送った。
冷えた夜の空気がシーナの肌を刺した。
屋敷の中に戻る。誰もそこには居ない。使用人が居るのは日中だけだ。それ以外の時間は限られた人間しかこの屋敷には居ない。
足元を手に持ったランプの灯りが照らす。ぼんやりとした炎が歩く度に揺れた。靴音が廊下に響いた。
ジュリアンはシーナに良くしてくれている。
側女には分不相応な屋敷を与えてくれ、そこに足繁く通ってきては、その日のうちに去っていく。
――滑稽で、哀れだ。
ジュリアンはシーナと子を成したくて仕方ないのに、彼以外それを誰も望んでいない。
シーナが彼の側近から与えられた種を芽吹かせない薬を飲んだ上で、ジュリアンと表面だけの愛の交歓をしているという事に気付くこともない。
だというのに、ジュリアンはシーナが本気で自分を愛していると信じて、高価な贈り物を頻繁に届けさせていた。
――幸せそうに、満面の笑みを浮かべながら。
ジュリアンは、きらびやかな宝飾品、他国の山海の珍味、天鵞絨で織られたドレス、アルヴェル子爵家への支援――様々なものを集め、シーナへと贈っていた。
手首にかかる、金糸で編まれ、紅玉があしらわれたブレスレットを見やる。
今日彼女に渡された、名のある名工が手がけたという珠玉の一品。
その価値がいかほどのものなのか、ジュリアンが歌うように語っていたのを思い出す。
しかし、何よりシーナにとって一番ありがたかった贈り物は、そんな名工の宝飾品でもなければ、実家への配慮でも無かった。
他に誰もいないはずの邸内。シーナの寝室の前にランプの灯りに照らされ、背筋の伸びた影が浮かび上がる。
影はシーナに向かって深々と頭を下げ、
「シーナ様」
そう呼びかけたのは、シーナの側付きの侍女――リネットだった。
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欲しがりですみません。




