最終話「大丈夫、今度はうまくやるわ」
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「……私は、側付きとして、不興を買ってでもヴィオラお嬢様に申し上げるべきでした」
リネットが、ぽつりと呟く。瞳には憐れみの色が浮かんでいた。
衣擦れがやけに響いた。
「嫌なら嫌と言えと、ヴィオラお嬢様は常々おっしゃっておりました。ですが、エーデルシュタイン公爵令嬢という立場は、それを許しはしないのだと」
言葉とともに、リネットの目から雫が落ちる。その目はまるで、幼い頃のヴィオラを見るーー慈しみがあった。
「私は……申し上げるべきでした」
吐息のように儚いその声は、何よりもエーデルシュタイン邸に響き渡る。
それに共鳴したのか、
「ーー私も、エーデルシュタイン公爵令嬢にこの身を弄ばれました」
一人の少女、リュミエール伯爵令嬢が名乗り出た。ざわめきが、再び生まれた。
すると、人混みの中からおずおずと踏み出した男爵令嬢が、「私も……」とそこまで言いかけ、口元を押さえた。
そして一人、また一人と連鎖は続く。
いくつものヒールが床を叩く音。それが、まばらに聞こえた。
様々な令嬢たちがシーナとリネットの側に集い、群れを成す。
そこには誰一人、ヴィオラを愛していたと言うものは居なかった。
ヴィオラは、何も言えず、呆然と、その様を見ていた。
憐れみの、怒りの、呆れの、色とりどりな感情が込められた数々の双眸。そのすべてが、ヴィオラを射抜いている。
ーー長い静寂の末、公爵が眉間を押さえて侍従に伝える。
「ヴィオラを下がらせよ」
重苦しい声に打たれた侍従たちは、戸惑いを隠せないままその指示に従った。
ヴィオラはやはり、何も言えないまま、侍従たちに引きずられるようにして大広間を後にした。
公爵が列席した招待客たちへ、今日の不始末を詫びる声と、「婚約は不成立である」という儀典官の宣言が耳に届いた。
「アルヴェル子爵令嬢! 私は君のその英雄の如き勇気に感動した! ぜひ、私の妻になってくれーー」
そんな、拍手混じりの、ジュリアン第二王子の声を遠くに聞きながら。
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その後、ヴィオラが伝え聞いたところによると、ジュリアン第二王子から熱烈に求愛されたシーナは、側女となることで話がついたらしい。
婚約発表の儀という場で、王家と公爵家の面子に泥を塗ったものの処遇としては、極めて異例だった。
それは、ジュリアンが何としても妻にと求めて譲らなかったことが一因でもあった。
しかし、家格からして正妻の地位はあり得ない。かと言って、側室として迎えるにしても起こした所業が所業であるからだ。
結局、今回の件は不問とされ、ジュリアンの側女として仕えることで話が落ち着いた。
ーー車輪が石塊に乗り上げ、車内が跳ねる。思考を中断されたヴィオラは、小さくため息をついた。
シーナにとっても良かったのかもしれない。あの勇気と無謀が紙一重で同居しているような性格では、政治にも強く絡む妻の役割は難しいだろう。
側女ならば不安定な地位ではあるが、その寵愛を失いさえしなければ良いだけのこと。
ーー大丈夫でしょう、シーナなら。
なんと言っても、彼女に閨の技を仕込んだのは自分なのだ。三十代素人童貞が喜ぶテクは、ジュリアンだって悦ばせるだろう。
ーー車内がまた揺れた。
随分と悪い道を走っているようだ。窓から見える風景は、荒れた地面と木々のみ。
さっきから変わり映えのしない眺めに、ヴィオラはまた思索にふける。
シーナの行いを不問としてしまったことで、王家と公爵家は、他の告発者たちの咎も無いものとせざるを得なくなった。
そしてリネットはシーナの側付きになったらしい。公爵家の意に背いたのだから当然そこにはいられず、実家にも戻ることはできない。
それを哀れに思ったのか、ジュリアンがシーナの側付きとして拾い上げたというのが顛末のようだ。
ーーよかった。リネットにも居場所があって。
シーナとリネットの相性はヴィオラから見ても良かった。特に二人のコンビネーションには、ヴィオラも何度も気をやったことか。
その二人が一緒にいるのなら、何も心配はなかった。
告発の場に立った他の令嬢たちもまた、それぞれの行き先をジュリアンに見繕ってもらったらしい。
ーーみんな、幸せに生きてくれていれば嬉しいわ。
ヴィオラはーー精神年齢三十代素人童貞には、譲れない矜持があった。
ーー断られれば諦める。尾も決して引かない。それが紳士の掟。
嫌なら嫌と言って。それはヴィオラなりの気遣いだった。
しかし、それがまさか、
ーー優越的地位の濫用のセクハラをしていただなんて。
悔やんでも悔やみきれなかった。
だからこそ、ヴィオラは己に課された処分についても冷静に受け止めることができている。
急に車内が大きく揺れた。馬のいななきが壁を隔てて聞こえる。
「お嬢様、到着いたしました」
「ええ、ありがとう」
ヴィオラは御者に礼を言い、荷物を持とうとした彼の動きを制した。
「手荷物一つだし、これからは自分でしなくてはいけないから」
そう言って、わずかな私物の入ったカバンを持ち、馬車を降りる。
思いの外重量があったが、それさえも何処か心地良い負担だった。
久しぶりの地面の感触。目の前には、エーデルシュタイン公爵邸と比べてしまうと、大きくは見えない神の家。
ーー修道院送り。それがヴィオラに課された罰だった。
ーー法的には罪にならない、なんてね。いっそ裁いてもらった方が良かったわ。
数多の令嬢を毒牙にかけたヴィオラだったが、彼女を裁く法は、王国に存在していなかった。
強姦罪についても一時議論されたが、一応事前確認を取り、否と言わなかった事で合意があったと見なされ適用できないとされた。
しかし、エーデルシュタイン公爵家としても、それで良しとはできない。かと言って、謂わば痴情のもつれで葡萄酒を呷らせるほど、公爵も親子の情は失っていなかった。
故の、修道院送りである。
ーー牧草と堆肥のにおいが、ヴィオラの鼻を刺した。ヴィオラとしては顔をしかめたい気持ちもあり、三十代素人童貞としては懐かしい田舎を思いだす。
ーーでも良かった。修道院では、神の名のもとに平等なのだから。
ヴィオラは一人ほくそ笑む。修道院。神に仕える修道女たちが一処に集い、共同生活を送る場所。
ーー大丈夫。今度はうまくやるわ。
そしてヴィオラは重たい荷物を持って、その扉を開いた。
平等を謳う修道院においても、人々はヴィオラの背後を見ていることに、未だ気が付かないままーー。
了
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次回から外伝「逆転勝ち組子爵令嬢と、勝ちを支える側付き侍女(えちちが仕事です!)」(全3話)投稿していきます。よければそちらもよろしくお願いします。
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