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「嫌なら嫌と言いなさい」~公爵令嬢に転生した三十路素人童貞、紳士の心得で接していたら優越的地位の濫用で訴えられる~(旧タイトル「TS異世界転生令嬢百合ハーレムざまぁ(えちちなんて飾りです!)」)  作者: 無屁吉
【本編】TS異世界転生令嬢百合ハーレムざまぁ(えちちなんて飾りです!)

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第6話「『嫌なら嫌と言って』と、言ったじゃない」

 ■


 エーデルシュタイン公爵家で執り行われている婚約披露の宴。

 その成立宣言の厳粛なる空気を切り裂いたシーナ・アルヴェル子爵令嬢へと、一斉に衆目が集まる。

 ――暴挙である。神聖な儀式の妨害、それも、王家の名において行われているもの。ともすれば不敬の極みと断じられ、家ですら取り潰しになりかねない。

 誰もが想像だにしていなかった出来事に、口を開くこともしばし忘れていた。

 それは、ヴィオラもまた同様だった。


 ――え、何? ちょっと待ったコール? いやいや、気持ちはうれしいけど、だめよシーナ! 空気を読んで!


 シーナが身体を震わせながら一歩前に出る。それを契機に周囲にはざわめきと、困惑から転じた冷ややかないくつもの視線がシーナを貫いていた。


「神聖なる婚約披露の儀に、このようなご無礼をお詫びいたします。私は、アルヴェル子爵家のシーナと申します」


 だと言うのに、シーナは青白い顔のまま、身体を恐怖に震わせながらも、優雅にカーテシーを決めてみせた。

 その双眸には強い決意の光が、爛々と輝いていた。

 そこでようやく、儀典官が声を荒らげる。そして、シーナを睨見つけると、壁際に控えていた兵たちを見やって言った。


「し、子爵家の小娘風情が! この場をなんと心得るか。ええい、誰か、早く此奴を――」

「ヴィオラ・エーデルシュタイン様は、ジュリアン王子にふさわしい淑女ではございません!」


 儀典官の言葉を遮るという無礼を重ね、シーナが声を張り上げた。

 その言葉に、ようやくヴィオラもこの事態に違和感を覚えることができた。しかし、その違和感を口にするより早く、シーナが続ける。


「畏れながら申し上げます。エーデルシュタイン令嬢は私と極めて()()()()()を幾度となく繰り返して参りました。その多くは令嬢の寝室で行われ、私は拒むことを許されませんでした」


  ――は?


 ヴィオラの思考が止まる。シーナは、何を言っている?


「アルヴェル子爵令嬢。お前は今、自分が何を言っているのか理解しているのか? 我が娘ヴィオラの名誉を何の根拠があってそのように謗る。……娘の良い友人であると、思っていたのだがな」


 怒鳴るわけでもなく、エーデルシュタイン公爵が淡々と告げる。その声は重く、公爵家の威を多分に含んでいた。

 追従するように、周囲からシーナへ罵声が飛ぶ。

 シーナが下唇を一度噛み締めるのを、ヴィオラは見た。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「根拠ならございます。」

 

 そう言って、シーナはドレスの襟に手をかけると、それをおもむろに引き下げた。

 隠れていたいくつもの()()()が、衆目に晒される。その赤い跡は、まるで鎖のように連なり、シーナを縛り付けているようにも見えた。


「これが、その証でございます」


 誰かの息を呑む音が聞こえる。ざわめきが一瞬引いた後、「馬鹿げている」と、これも誰かが言った。


「誰か男とでもまぐあった時のものではないのか」

「そんな跡が何の証拠になる」

「仮に事実だとしても、お前から媚びへつらったのではないか?」


 公爵家の取り巻きが口々にシーナを責め立てる。

 その悪口雑言を浴びながら、シーナは唇を噛みつつも、乱れた胸元を整える。目尻にはわずかに涙が浮いている。

 もはや、場の勝敗は決していた。


 ――短慮を起こしたわね。本当に馬鹿なんだから。


 ヴィオラはシーナの無謀にも通じる勇気を気に入り、側に置いた。しかしその気性が、まさかこのような厳粛たる場で悪さをするとは思わなかった。


 ――いくら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 もはやヴィオラにすらシーナを庇い立てる方法はなかった。

 追い詰められたシーナは大きく手を広げ、ついに涙をこぼしながら言った。


「これでも足りないとおっしゃるのであれば、エーデルシュタイン令嬢がどの様に私に愛を囁いたか、事細かにご説明いたします。どの様に私を組み敷いて、どの様にその唇を落としたのかを皆様にお伝えいたします!」


 先ほどまでの振る舞いは既に見られない。そこにいるのは周囲に理解を求め、泣き縋る一人の無力な少女であった。

 この場を取り仕切る儀典官が忌々しげに首を振る。


「ええい、最早そのような妄言、聞くに堪えん。誰かこの者をつまみ出せ」


 その言葉に控えていた兵たちがうなだれるシーナに近づき、


「お待ちください」


 と、ヴィオラの横を通り、侍女――リネットが前へと進み出た。


 ――リネットは、シーナを庇うつもりなのね。


 リネットはシーナへの友情故に、この地獄の空気に飛び込もうとしているのだろう。ヴィオラの目にはそう映った。


「リネット、おやめなさい」


 だからこそ、ヴィオラは止めねばならなかった。最早どうしようもない。リネットまで失うわけにはいかなかった。

 しかし、リネットは一度ヴィオラへ向き直り、床に触れんばかりに膝を折ると、ドレスの裾を大きく広げ、一礼した。

 そして、改めて王子をはじめとする周囲の人々にも同じ礼をする。


「侍女風情がこのように口を挟むご無礼、どうかお許しください。私はエーデルシュタイン公爵令嬢の側付き、リネット・ヴァインと申します。ヴァイン男爵家の末席に連なる者でございます」


 それは侍女がするにはあまりに堂に入った、美しいニーリング・カーテシーであった。

 そして、静かな、しかし凛とした声が響く。


「私もまた、アルヴェル子爵令嬢と同じように、エーデルシュタイン令嬢の御寵愛を頂戴しておりました」


 ――それは、破滅の鐘の音にも似ていた。

 

「……どういう意味か?」


 公爵が何処か苦々しくリネットに問う。リネットは公爵に視線を向けると、


「そのままの意味でございます。公爵閣下が()()()()()のと同じように、ヴィオラお嬢様は私に御手を付けられました」


 ――は? リネットが、お父様のお手付き?


 そのあまりに直截な物言いに、ヴィオラの口が、はしたなくも半開きになる。


「そして、私はアルヴェル子爵令嬢と一緒に、ヴィオラお嬢様の()()()のお相手をさせられたこともありました」


 誰もが言葉を失った。静寂が空間を支配する。ヴィオラはいつの間にか音楽が止まっていたことに、今更ながら気づいた。

 リネットが、淡々と続ける。


「アルヴェル子爵令嬢は、おそらく私の名誉のためこの事実を口にしなかったのでしょう。……格好の証人が、こんなにも近くにいるのに」


 リネットがシーナを見て、疲れたような笑みを向けた。シーナは涙で崩れた化粧のまま、リネットを呆然と見ていた。


「私は此処に証言いたします。シーナ・アルヴェル子爵令嬢の発言に何一つ偽りはないことを。この私リネット・ヴァインもまた、ヴィオラ・エーデルシュタイン様に関係を強いられ続けていたことを」


 今まで、シーナとリネットに集まっていた視線が、ヴィオラに刺さった。父である公爵でさえ、苦々しい顔を向けている。


 ――拒むことを許されなかった? 強いられ続けていた?


「嘘、嘘よ……」


 ヴィオラは何かに押されたように、一歩後ろに下がった。そして、シーナとリネットに向かって、張り裂けんばかりに叫んだ。


「――だって、『()()()()()()()()』って、言ったじゃない!」


 その言葉は、時を凍てつかせ、永遠にも思える沈黙をもたらした。

お読みいただきありがとうございます。

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