第5話「認めません!」
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公爵から第二王子との婚約を伝えられた時、ヴィオラは淡々と「畏まりました」とだけ答えた。
それは自身が公爵家の娘であり、政略結婚も務めの一つと理解しているからに他ならない。
驚くことは何一つなかった。第二王子が相手というのも格として十分釣り合っている。
婚約相手がようやく決まったのも、弟がある程度の年齢まで育ち、彼が公爵家を継ぐに不足がないか見届ける必要があったからだ。
「近く、婚約披露のパーティーを行う」
つけ足すように公爵が言った。ヴィオラは少し考えて口を開き、こう父にねだった。
「それでは、私のお友達をご招待してもよろしいでしょうか? ぜひ、皆様にもお祝いしてほしいのです」
本来ならば異例ともいえる私的な招待。その頼みは存外あっさりと受け入れられたのだった。
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婚約披露パーティーの会場である、エーデルシュタイン家本邸に、王家との連名で招待された来客たちが位の高い者から順に入ってくる。
楽団が奏でる音楽は止まることなく流れ続け、決して旋律そのものが主役であると主張せず、婚約発表というハレの場を演出するにとどまっていた。
その音を、遠く控室にて聴きながら、ヴィオラは今頃両親は、招待客らを出迎えている頃かしら、なんて考える。
「お嬢様、整いました」
リネットがヴィオラの衣装や髪型の確認を終え、一歩離れた。
公爵からは身繕いをさせるのは、慣れた年配の侍女にさせてはどうかとあったが、ヴィオラがリネットを望んだ。
それはリネットの手技が決して劣るものではないし、恋人である彼女にこの婚約を祝ってほしいという気持ちがあったからだ。
「ありがとう、リネット。貴女にお願いして良かったわ」
忙しなく侍女たちが控室を出入りする中、ヴィオラはリネットに整えられた姿を鏡に映した。
まず目に飛び込んだのは純白。胸元はしっかり覆われているものの、対照的に背中は大きく開き、いやらしさを感じさせない色気を醸し出していた。
その頂に飾られているのは黄金の台座に縁取られた翠玉のティアラが、公爵家の権威を示していた。
それ以外にもヴィオラの美しさを引き立てるように、華美になりすぎない程度の宝飾品がその身を彩っていた。
遠い音楽が同じ旋律を繰り返す。その永遠を破るかのように、家令がヴィオラを呼びに来た。
彼は恭しく傅き、ヴィオラに時間であることを告げる。
「ええ、参りましょう」
ヴィオラの動きに合わせ、リネットをはじめとした侍女たちがロングスカートの裾を床に付かぬよう持ち上げた。
そうして会場である大広間の前まで来ると、父であるエーデルシュタイン公爵がそこで待ち構えていた。
「ヴィオラ」
名前だけ呼び、手を差し出す。ヴィオラはその手を恭しく取ると、父親にエスコートされ、大広間へ入った。
儀典官が杖で床を叩き、「エーデルシュタイン家令嬢、ご入場!」と、高らかに宣告する。
楽団の存在をかき消すほどの拍手の波が、ヴィオラを襲った。
ヴィオラはそれに微笑みを浮かべると、優雅にカーテシーを決めて返す。
入り口近くには下位の貴族が笑顔を浮かべて立ち並ぶ。その中の何人かの男爵令嬢は招待したヴィオラの恋人たちでもあった。
公爵に導かれ、歩を進める。会場の中ほどまで来ると、中堅の貴族の層に変わった。その中に、シーナの姿を見つけヴィオラはそっと彼女に笑みを向けた。
目が合うと、シーナは目を逸らし、唇を噛んでみせた。その表情は、暗い。
無理もない――と、ヴィオラは思った。恋人たちは平等。それがヴィオラのモットーではあったが、それでもリネットとシーナは特別思い入れがあった。
きっと、彼女たちもそうだろう。
――妬いてくれているのかしら。
ヴィオラは素直に祝福してもらえないことに、ほんの少しだけ寂しさを覚えた。しかし、シーナのあの表情こそが愛の深さに違いない。そう自分に言い聞かせ、恨めしい気持ちを水に流した。
――落ち着いたら、たくさん愛してあげましょう。
三日ほど前にも、しばらくこんなことができなくなるからと、シーナとお茶会を楽しんだ。つい興がのって、彼女の肌にいくつかの印をつけてしまったが、それも愛情表現だ。
胸元を始めとして、ドレスを着たとき見えないところに刻印を施したのは、ヴィオラなりの分別と配慮だった。
ヴィオラは前に向き直り、公爵とともに前へと進む。ようやく、奥で待ち構える第二王子――ジュリアン・アイゼンベルクの顔がはっきりと見えるようになった。
線は細いが、整った顔立ちをしていた。女顔と言ってもいいだろう。それが正直なところ、ヴィオラにはありがたかった。
あまりにも男らしい男が相手だったなら、ヴィオラの中の素人童貞が苦々しい思いをしたはずた。そういう意味で、ジュリアンで良かったと安堵の息をついていた。
ジュリアンとは、幼い頃から面識があった。
昔からジュリアンは英雄譚を好んでいた。時にそのような題材の観劇に誘われたり、茶会や食事会では延々と古の勇者の話をされたりした。そんな男の子が抜けきらないところも、精神年齢三十代男性としては話もしやすい。
思えば当時から、婚約の構想はあったのかもしれない。王家と公爵家という親戚付き合いの一環としか思ってはいなかったが。
公爵が恭しくジュリアンにヴィオラの手を渡す。上質な絹の感触が、ヴィオラの手袋越しにも伝わった。
「ヴィオラ、僕はずっとこの時を待っていたよ」
「ええ、ジュリアン。私もよ」
ジュリアンの天使もかくやという笑顔に、ヴィオラも艷やかな笑みを返した。
傍で見守っていた王家やそれに連なる者、閣僚たちが口々に言祝ぐ。拍手の音が一際大きくなる。
やがて、拍手の波が自然に引いた時、儀典官がヴィオラたち二人の前に進み出た。
その両手には天鵞絨の布に載せられた羊皮紙の巻物があった。
流れていた音が一段小さくなる。拍手の音も、話し声も消える。
儀典官は巻物を取り、布を付き人に預けると、慎重にその封を解いた。癒着した紙が剥がれる音がやけに響いた。
「古の時代より連綿と続く、神より王権を与えられしアイゼンベルクの名において、ここに宣言する。アイゼンベルク王家とエーデルシュタイン公爵家、両名の合意により、ジュリアン・アイゼンベルクとヴィオラ・エーデルシュタインの婚約が、本日この場で成立したことを――」
認める。その最後の一音を、絶叫にも似た声が遮った。
「認めません!」
そう、蒼白な顔で叫んだのは他でもない、シーナだった。
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欲しがりですみません。




