第3話「な、何をなさるのです、ヴィオラ様」
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お茶会での会話で、思いの外シーナを気に入ったヴィオラは、事あるごとに彼女を側に置くようになった。
ヴィオラが招待された社交の場にもシーナを連れていき、自らが主催する茶会や昼食会にも頻繁に呼びつける。
その全てにシーナは笑顔を浮かべ、ヴィオラの後を歩いた。ヴィオラはシーナにファーストネームで呼ぶ許可も与えた。
傍から見れば金魚のフン。良くて尻尾を振る子犬。アルヴェルはうまく公爵家の懐に潜り込んだものだ――なんて嫉妬混じりの揶揄もヴィオラの耳に届いていた。おそらくはシーナ自身にも聞こえているだろう。
ともすれば家名すら貶めすような誹りを受けてなお、シーナがヴィオラの側にいるのは、やはり家のつながりを求めてなのか、それともーー。
は、と。一つの可能性に行き着いたヴィオラは文机に向かうとシーナに宛てた手紙をしたため、側付きのリネットに託した。
確かめる価値はあると、思った。
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「よく来てくれたわね、シーナ」
玄関ホールに連なる階段から、階下のシーナに向けてヴィオラは声をかける。
ヴィオラはコルセットをつけていない、ゆったりとした邸内用のドレスであり、対照的にシーナは華美ではないもののコルセットをしっかりと締めた薄い青のドレスだった。
シーナは慌てたように踊り場のヴィオラへカーテシーをし、
「本日はお誘い頂き、ありがとうございます。ヴィオラ様自らお出迎え頂けるだなんて……」
「誘ったのは私よ。それに、他でもないシーナを迎えるのですもの」
そう言って、ヴィオラはシーナの手を取る。
シーナはほんのりと頬を染め、
「ヴィオラ様、そのようにおっしゃって頂き、嬉しゅうございます」
と、喜びを口にした。ヴィオラはシーナの手を引くと「さあ、行きましょう」と彼女を今日の《《お茶会》》の会場へと導いた。
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ヴィオラがシーナを案内したのは、ヴィオラ自身の寝室だった。
そこへ通された時のシーナは明らかに戸惑いを見せていたが、侍女のリネットが茶器の用意を始めたあたりで取り繕いを終えていた。
「驚かせたかしら、こんなところだなんて」
「は、はい。確かに少し……」
「ごめんなさい。ただ、それだけシーナに気を許しているのだと思ってほしいわ」
ヴィオラが小首を傾げて微笑んだ。それにつられて、シーナもくすりと笑う。
リネットが茶器の用意を終えたのを見て、ヴィオラはリネットを部屋から下がらせる。
そしてヴィオラ自らティーカップに紅茶を注いだ。ふわりと心落ち着かせるような、清涼な香りが湯気とともに立ち昇った。
主人自ら茶を淹れる――それが最上位のもてなしであることを、当然シーナは知っているだろう。
「本当はリネットが淹れた方が美味しいのだけれど、今日は、ね」
「そんな……ヴィオラが私のためにわざわざ。……恐れ多いです」
「畏まらないでシーナ。貴女と誰の邪魔も入らないところで、二人きりでお話をしたかったの。」
ソーサーに乗せたカップをシーナに差し出す。
「今はマナーも立場も忘れましょう。ここにいるのはヴィオラとシーナという個人だけよ」
そう言って、ヴィオラはあえて無作法に茶菓子のスコーンを口元に運んでみせた。
ぽろりと、砕けたスコーンの生地がテーブルの上に落ちたのを見て、ヴィオラは「あら」などと軽く言う。肩の力が抜けたように、「あは」とシーナが笑った。
「そう、その調子よ。今日は楽しみましょう」
「はい、ヴィオラ様」
そうして二人はとりとめのない話に興じ始めた。
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――やっぱり、シーナってヴィオラに気があるのでは?
ヴィオラ(魂年齢=恋人無し)はシーナとの会話の最中、ずっとそんなことを考えていた。
もう少し強気で攻めてみてもいいか? そう考えたヴィオラは、シーナの口元にスコーンの欠片がついているのに気づいた。これだ、とすぐに思った。
「シーナ、スコーンがついているわよ」
言いながら身を乗り出し、顔を近づける。シーナからほのかに柑橘の香りがした。その香りを一息吸い、指先でシーナの唇をなぞる。こびりついたスコーンと一緒に、桜色の紅が指についた。
「あっ、あっ、申し訳ありませんっ! ヴィオラ様にこんなこと」
まるで熟したりんごのように顔全体を赤くする。食べ頃では? とヴィオラは思った。
「いいのよ。私が好きでしていることなのだから。……ねえ、シーナ。こっちへいらっしゃい」
ヴィオラはシーナを寝台へ連れ、その縁に座らせた。「え、え」と困惑するシーナの声を聞き、ヴィオラは言う。
「ねえ、シーナ。嫌なら嫌と言ってね。無理強いはしないわ」
そう伝え、ゆっくりとシーナをシーツの海へ沈めた。
「な、何をなさるのです、ヴィオラ様」
シーナに浮かんでいるのは、戸惑いだった。ヴィオラはそれに構わず、シーナと己の指を絡ませ、その小さな手を握る。
そして、シーナの唇に己のそれを、蝸牛の歩みのように、ゆっくりと近づける。
――猶予のつもりだった。だが、結局は、
「んっ……」
二人の口唇は重なり合う。固く目をつぶったシーナに、慣れていないのだなとヴィオラは思う。
握ったシーナの手に力がこもった。それを解きほぐすかのように、ヴィオラはそっと握り返す。
ヴィオラが唇を解放すると、細い銀の橋が二人を結び、ぷつりと切れる。シーナの瞳は熱く潤み、ヴィオラを見つめていた。
「ヴィオラ様、どうして、こんなお戯れを……」
「そう、戯れよ。私と戯れるのが嫌なら、ちゃんと言いなさいな」
ヴィオラは、シーナが拒絶の言葉を口にしたのなら、素直に引き下がるつもりだった。そのことでシーナの扱いを変えるつもりもなかった。
断られれば諦める。尾も決して引かない。それが紳士の掟であると、ヴィオラの中の素人童貞が語る。
しかし、シーナは紅潮した顔を背けるだけで、ヴィオラを振り払うことさえしなかった。
それを、ヴィオラは同意と受け取る。
「いい子ね」
空いている片手で、シーナの栗色の髪の毛をなでつける。この茶会のために整えられていたであろう髪は、寝台に押し倒された時に少し乱れていた。
そしてその手は次第次第にシーナのドレスへと降りてきた。
シーナはもはや何も言わずに、ただヴィオラからなされるすべてを、成すがままに受け入れていた。わずかに、下唇を噛み締めながら。
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