第2話「いけません、いけません……」
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リネットはしばし逡巡した末に、
「今晩だけでございます。お嬢様」
そう、絆されたように笑った。
「やったー!」
「お嬢様、はしたのうございます。公爵家令嬢たるもの、言葉遣いにもお気をつけなさいませ。さあ、寝巻きに着替えますよ」
発する言葉こそ厳しいものだが、口調は柔らかい。リネットも長く仕えた主に思うところがあるのだろう。素人童貞はそのように察した。
リネットがヴィオラのドレスを解いていき、シルクの寝間着へと着替えさせていく。為すがままにされることも、もはや抵抗はなかった。むしろ脱がされることが大人の高級お風呂屋さんを想起させ興奮材料でもあった。行ったことはなかったが。
「さあ、お嬢様」
リネットに促され、寝台へ入る。その隣にリネットがやってきてヴィオラの頭を優しく撫でる。
長年付き添った侍女から感じる母性。その温かみに触れながら、ヴィオラは目を閉じ――カッと、見開いた。
――これで最後なら。やれることをやる!
ヴィオラはリネットと胸元に顔を埋めた。汗の匂いがした。リネットの匂いだと思った。その空気をどこまでも取り込もうと、スンスン鼻が鳴る。
それを泣いていると勘違いしたのかリネットがヴィオラの頭を掻き抱き「よしよし」と言った。
リネットの柔らかさに溺れながら、手をその双丘に伸ばす。添い寝時にヴィオラがそうすることはよくあったのでリネットはなにも言わない。それを良いことに、エプロンドレスの隙間に手を入れた。
布一枚分柔らかくなる手触り。しかしそれに満足せず、ヴィオラはエプロンドレスの下にある、ワンピースの前ボタンを外した。
「お、お嬢様?」
動揺したようなリネットの声を聞き流し、手を侵入させる。下着の使い込まれたリネンの柔らかい肌触り。その頂にある、小さな硬い感触。
「お嬢様、お戯れを……いけませ……っ」
リネットが最後まで言い切る前に、その唇を防ぐ。リネットの体が強張るのをヴィオラは感じた。だから、ちゃんと聞く。
「ねえ、リネット。嫌ならちゃんと言ってね?」
無理強いはしない。それはヴィオラの――三十数歳素人童貞の誇りでもあった。決して訪問型のサービスでこちらから実戦を頼んだことはない。ルールは守る男なのだ。今は女だが。
「いけません、いけません。このような振る舞い、公爵家令嬢として……」
リネットが頭を振ってか細い声を出す。だが、ヴィオラはずいと、リネットへ顔を近づけると、
「貴女が嫌かどうかを聞いているのよ」
リネットの先の言葉を拒否ではないと解して、再び唇を触れ合わせた。リネットはわずかにヴィオラを押すように手を当てたが、結局それ以上は逃げるような素振りも見せず、
「いけません、いけません……」
息継ぎの度にそれを繰り返した。それを心地よい背景音として、ヴィオラはその手をリネットのスカートの中へと送り込み、
――その日、ヴィオラは女を知った。
■
結局添い寝の習慣は、形を変えて残った。
それは口うるさい侍女長には秘密の、二人だけの関係。
まるで恋人同士になったみたいで、ヴィオラは浮き足立ち、毎日のようにリネットを閨に誘った。
リネットも「いけません」と口では言うものの、決して拒絶はしない。
よくあるあれだ、イヤよイヤよもなんとやらだとヴィオラはほくそ笑む。
もちろん、ヴィオラが純潔を(物理的に)失うような行為はしていない。ヴィオラだって上位貴族の子女だ。婚姻まで純潔であることを求められることは承知の上だった。
ただーーリネットがそうではなかったのは少し寂しかった。下位貴族の系類であるリネットだから未経験ではと思い込んでいた。
リネットの身体に不満はない。ただ、初雪を踏み荒らしたいという欲望があるのもまた事実だった。
そんな、ある日の社交場だった。
伯爵令嬢が主催したお茶会――家格としては下位からの誘いではあったが、近年領地での事業が好調であり権勢を伸ばしている。そういった家との繋がりを保つため交流するのも公爵令嬢としての務めだった。
令嬢たちと、上辺だけ飾った言葉を交わす。毒にも薬にもならないそれをお茶で流し込みながら、ひっそりと欠伸を噛み殺す。その時だ。
「エーデルシュタイン令嬢、私からお声をかけるご無礼をお許しくださいませ。私はアルヴェル子爵家のシーナと申します。どうぞ、お見知りおきください」
そう、どこか緊張したカーテシーをしたシーナに、周囲は一瞬ざわめいた。
家格が下の者から話しかけるのは無礼とされている。その慣習をまさか知らぬわけではあるまい。
ヴィオラは一瞬呆気に取られたが、すぐに口元を扇で隠した。
――何こいつ、面白。
「ええ、よろしくてよ。アルヴェル家のご令嬢。――シーナ、とお呼びしても?」
「っ! 光栄です。エーデルシュタイン令嬢」
不安めいていたシーナの表情は、ヴィオラの言葉を聞いて花開いたものに変わる。
シーナがヴィオラに――いや、アルヴェル家がエーデルシュタイン家に取り入りたいと考えていることは見え見えだった。しかし、その目的のためにあえての横紙破りをするその度胸が、ヴィオラには愉快だった。
それがシーナ・アルヴェルとの出会いだった。
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