第3話「貴女は私と地獄を歩んでくれますか?」
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寝台の上で、シーナがリネットの胸元に顔を埋めた。スンスンと鼻を鳴らし、リネットの香りを吸い込む。
「いい香り……」
「はしたのうございます、シーナ様。ただの石鹸の匂いでございますよ」
リネットはかつての主にしたように、シーナをたしなめる。
「ううん、リネットの匂いだわ。だから、ね? 貴女の香りで、ジュリアン様の残り香を上塗りしてください」
そしてシーナはねだるように、目を閉じた。リネットは彼女の額に唇を落とし、慈しむように頬へ、鼻先へと雨を降らせた。
「もう、焦らさないで……」
「申し訳ありませ、っ」
リネットの謝罪の言葉は、シーナによって塞がれていた。口の端から漏れた吐息は、すでにどちらのものか分からなくなっていた。
長い沈黙の末、息継ぎをするかのように離れたシーナは、熱にうかされたような瞳をリネットに向ける。
「ねえ、リネット。おねがい……。私の汚れを、貴女で清めて……」
その目が、かつてヴィオラが恋人たちに向けていたものに似ていて――、リネットはあえてそこから目を逸らすと、シーナのお願いに応えるべく、その絹肌に口づけをするのだった。
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心地よい微睡みから覚め、シーナは隣で寝息を立てるリネットを見た。
罪悪感が胸を締め付ける。
シーナはリネットに、恩義以上のものを覚えていた。
――だってそうでしょう? あの時、私を助けてくれたのはジュリアン王子でも、他の誰でもなく、貴女だったのですから。
それだけに、シーナは下唇を噛む。
あの夜の構図を、役者を変えてそのまま持ち込んでいることが、吐きたくなるくらいにおぞましく、気持ちが悪い。
だけど、けれども、愛する人と重なる歓びを覚えてしまい、止められない自分もそこにいた。
くしゃりと、知らずシーツを握りしめていた。その手を、ゆっくりと開く。
「ねえ、リネット。貴女はどうして、こんな私に尽くしてくれているのですか?」
リネットの艷やかな髪を、そっと静かに撫でる。
――リネットは、答えなかった。
シーナも、そのまま目を閉じ、再び微睡みの中へと帰っていった。
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朝早く、ジュリアンからの先触れが訪れ、夕方の来訪を告げる。
リネットは日中はいる使用人たちに歓待の準備を命じると、自身もシーナの元へ向かった。
「失礼いたします。先程、ジュリアン第二王子からの先触れが参りました。夕刻にこちらへ来訪され、シーナ様とお食事を共にされたいとご希望なされているとのことでした」
「そうですか。リネットのことだから心配は要らないと思いますが、歓待の準備は怠らないでください」
「すでに手配済みでございます」
流石ね、と。シーナは己の側付きを称える。リネットはそれに丁寧な礼で答えた。
「ジュリアン様のご機嫌を損なうわけにはいきませんからね」
ぽつりとシーナからこぼれたつぶやきは、本音の色がにじみ出ていた。
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シーナはジュリアンとの会話をこなしながら、夕食を共にしていた。
ジュリアンが料理に舌鼓を打ちながら、楽しそうに身の回りで起きたことを話せば、少しばかり大仰に相槌をして見せる。悲しそうな素振り見せれば、そっと共感を示して慰めた。
かつて、連れ回された社交の場で培われた経験が生きていた。
――使えるものは何でも使いましょう。
ジュリアンに拾われたシーナは側女、リネットはその側付き。周囲からは、
「またアルヴェルの娘がうまくやった」「エーデルシュタイン公爵令嬢の次はジュリアン第二王子か」「側女とはいえ、あそこまで気に入られれば安泰だろう」
などという声も聞こえていた。
どうとでも言うがいいと、シーナは思う。
シーナがジュリアンの側女となり、寵愛を受けている。なるほど、それは確かにその通りだろう。
しかし、それは王子に飽きられるか、子供が望めないことを知られ失望されるかして、捨てられればご破算になる程度の危うい関係でしかないのだ。
わずかな渋みのある葡萄酒を喉奥に流し込みながら、頭の片隅で問いかける。
――ねえ、リネット。もしそうなっても、貴女は私と地獄を歩んでくれますか?
そう考えて、胸の中だけで頭を振る。そうならないように、全力を尽くさねばならないのだ。
故に、利用できるものは使う。
一筋縄ではいかない社交界で鍛えられた話術でも、この汚れてしまった自分の身体でも。
そして、あの方に仕込まれた、恐ろしいまでの悦楽をもたらす、手練手管でも――だ。
決して飽きさせることなく、子供が望めなくとも、シーナから離れるなんて考えられないほどに依存させる。
――だってそうしなければ、リネットと一緒にいられなくなるから。
一瞬だけ、傍に控えて立っているリネットを見やる。彼女は凛とした佇まいで、直立不動を保っていた。思わず、目を細めてしまう。それを自覚したシーナは、ジュリアンへと気持ちを切り替えた。
やがて、食事が終わる。
ジュリアンが席を立ち、シーナに手を差し伸べた。シーナはその手をたおやかに取り、柔らかく微笑んでみせた。
ややもして、二人は寝室へと消える。
それをリネットは一度長く目を伏せて見送り、無言のまま薬の計量を行うのだった――。
了
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