第一章 幼い獅子①
思えば、全てが始まったあの日も嫌な夢を見ていたと、リオネルは思い返す。
小さな軽自動車が雨の中を走っていた。運転席には父親が、後部座席の隣にはふたつ上の姉が座っており、うとうとと舟をこいでいた。トランクには剣道の道具一式が積まれている。弟の試合を全力で応援していた姉は、実際に試合をした弟よりも疲れ果てていたようだった。
ワイパーの規則正しい駆動音と、不規則に叩きつける雨の音に弟である彼もだんだんとまぶたが落ちてくる。すれ違う車のライトの明るさも眠りを妨げるものではなかった。はずだった。
不意に。
キィーと叫ぶブレーキ音。揺れる車内に雨で滑るタイヤ。ハッと彼が目を覚ましたときには、なぜか目の前は痛いほどの眩しい光で満ちていた。
「蓮!」
必死で自分の名前を呼ぶ姉の声を耳で拾いながら、最後に彼――羽柴蓮が見たのは眩い光の向こうに浮かぶ赤みを帯びた一対の瞳だった。
次に目を開けたとき、蓮はベッドの上に横たわっていた。
ベッドと言っても、蓮のよく知るスチール製のそれではない。豪華な天蓋があり、大人が三人寝られそうなほど大きく、上質な手触りと香りのシーツが敷かれている。
はて、自分は一体どうしたのだっけ? と思いを巡らせても、まだ覚醒していない頭では一向に答えが導き出せなかった。
キラリと光るものを視界の端に捉え、蓮はそちらを向く。そこには男の部屋にあるものとしては少しばかり豪華すぎるのでは? と思わんばかりの鏡台があった。朝陽を浴びて光を反射するそれに蓮は少しばかり顔をしかめ、そして目を見開いた。
「え?」
疑問に導かれるように蓮はベッドを降りた。とてとてと鏡台へ歩み寄り、椅子によじ登る。
そこに映し出されていたのは、とうてい純日本人とは思えない見事なブロンドの髪と柔らかなブラウンの瞳を持つ少年だった。年の頃はまだ小学生低学年のようにも思える。
そこまで考えて、蓮は唐突に自分の置かれている状況を把握した。
「そうか……僕、王子になったんだ……」
リオネル・ヴァレンティス。ヴァレンティス王国の第二王子というのが今の蓮の肩書だった。




