序章 二度目の朝
首に食い込む縄にリオネル・ヴァレンティスは息苦しさを覚えながらも冷静だった。
『紅蓮の炎!』
短く唱えられた詠唱では、喉元の縄を焼き切る程度の炎しか出すことはできない。けれど、今はそれで十分だ。
「リオネル!」
もはや頭上に近い位置にあるバルコニーから、ふたりの愛しいひとの顔がのぞく。差し伸ばされた二本の腕に応えようと、リオネルは風魔法を唱えようとした。しかし。
くらりとした目眩に視界が塗りつぶされ、手足から力が抜けていく。この感覚をリオネルは知っていた。『魔力切れ』を起こしたのだ。この世界ではヒトの活動を支える力は体力だけではなく魔力も関わってくる。どちらかが枯渇すれば倒れることだってあるのだ。確かに今のリオネルは使い慣れていない大きな魔法を駆使したばかりで、魔力切れを起こしたとしても不思議はない。けれど。
(最悪だ……)
今まさに城の高いバルコニーから空中へ放り出されたリオネルの身体はぐんぐんと地面に迫っている。必死の顔で手を伸ばしているふたりにリオネルの身体を持ち上げられる術はない。そのままリオネルの意識は闇へと葬り去られていった。
ビクンッと身体が跳ね、リオネルは目を覚ました。心臓がバクバクと波打ち、身体中から汗が噴き出している。ぜぇはぁと吐く息は荒く、胸を抑える手は小さい。ふと光を感じて顔を上げれば、朝陽を浴びた鏡がベッドで身体を起こしているリオネルを映し出していた。
「身体が小さい……? 夢……? それとも時間が戻ってる……?」
知らないけれど確かに知っている部屋。身体のどこにも痛みはなく、まだ息は整っていないものの健康そのものだ。部屋のどこにも愛しいふたりを示す痕跡はなく、世界はただただ静かで穏やかな朝を迎えている。
それでもリオネルはある種の確信を得ていた。あのとき、自分は確かに死んだのだと。
「守れ……なかった……」
ぽつりとこぼれた言葉に引きずられるように幼い身体が涙を落とす。自らの命を投げ出してもリオネルの大切なものは何も守れなかった。そんな無力感だけが彼を支配する。
「……次は絶対に守って見せる」
小さな手のひらを握りしめ、リオネルはその身に似合わぬ大きな覚悟を決めた。




