エピソード38、星の渚に辿り着く
衝撃と共に、視界が開けた。
さっきまでの極彩色の混沌が嘘のように消え去り、そこには圧倒的な現実が広がっていた。
眼下に渦巻く、巨大な赤い嵐。
木星の大赤斑だ。
そのあまりの巨大さに、遠近感が狂う。
頭上には、木星の強力な磁場が描くオーロラのカーテンが、揺らめきながら輝いていた。
静寂。
エンジンのアイドリング音だけが、小さく響いている。
〈ホシノナギサ〉は、木星大気圏の超高高度に浮かんでいた。
「……生きてる」
海斗がシートから崩れ落ちるようにして呟いた。
全身汗まみれで、指一本動かせないほど消耗していたが、その顔には安堵の笑みが張り付いていた。
「はは……マジで、抜けた……」
ココは震える手でコンソールを確認した。
「追跡反応なし。周囲に艦影なし。……私たち、完全に撒いたわ」
戸来は深くシートに沈み込み、長く息を吐いた。
体中の筋肉が悲鳴を上げているが、心地よい痛みだった。
だが、まだ仕事は残っていた。
「ミナト。仕上げだ」
《了解。NAG-13、自己封鎖シーケンス起動》
後部モニターに、彼らが飛び出してきた空間の歪みが映っていた。
まだ不安定に明滅しているその「出口」に向かって、ミナトが最後の信号を送る。
それは、門を閉じるための鍵。
同時に、鍵そのものを破壊するプログラム。
《座標データ、消去。リンク切断完了。……さようなら、片割れ》
一瞬だけ、AIの声に感傷のようなノイズが混じった気がした。
歪みが急速に収縮した。
空間が内側へ畳み込まれ、光の粒となって霧散する。
数秒後、そこには何事もなかったかのような星空だけが残っていた。
これで、GAは二度とこのルートを辿れない。
「近道」は、誰のものでもない場所へ還った。
「終わったな」
戸来が呟く。
「ええ。長い近道だったわね」
ココが窓の外を見つめる。
オーロラの光が、傷ついた白い船体を優しく照らしていた。
船体はボロボロだ。
塗装は剥げ、装甲は歪み、あちこちから警告ランプが点滅している。
だが、これほど美しく見えたことはなかった。
それは、誰の命令も受けず、自分たちの意志で選び取った場所にあるからだ。
巨大な惑星の重力を受けながら、小さな輸送船は静かに漂う。
星の渚に辿り着いた小舟のように。
彼らは自由だった。
その事実だけが、胸を震わせていた。
「……で、このスクラップ同然の状態で、どうやって港まで行くんすか? エンジン、息も絶え絶えっすよ」




