エピソード30、準備条件C──人間の配置
ミナトが「準備条件C」と言ったとき、海斗は思わず身構えた。
Bまでで、船が壊れるとか、壊れ方を揃えるとか、十分すぎるほど嫌な話は聞いたつもりだった。
だが、嫌な予感というのはだいたい当たる。
《準備条件C──人間側の配置》
「……配置?」
ココが眉を上げる。
「席替え?」
《比喩としては、近いです》
「え、マジで?」
海斗が思わず笑う。
「じゃあ俺、後ろの窓際がいいっす」
《冗談ではありません》
「ですよねー」
ホログラムが切り替わる。
船体図の上に、人型のアイコンが三つ表示された。
操縦席。
機関区画。
ブリッジ後方。
《“重なり”通過時、人間は船体の一部として扱われます》
その言い方に、戸来が顔をしかめた。
「……部品扱いか」
《はい》
《生体部品です》
「言い方!」
海斗が即座にツッコんだが、
誰も笑わなかった。
ココが、ゆっくりと問い返す。
「それって……人間の動きや判断が、船の挙動に直接影響するってこと?」
《はい》
《思考、緊張、恐怖、それらは全て“情報”です》
海斗が、ぽつりと呟く。
「……感情も、ノイズ扱いっすか」
《ノイズではありません。無視できない変数です》
「それ、余計怖いんですけど」
戸来は、腕を組んだまま黙っていた。
やがて、低い声で言う。
「……つまり、俺たちがバラバラに考えたら、船もバラバラになる」
《その通りです》
ココが、ゆっくり頷いた。
「だから“配置”なのね」
「誰が何を考えるかを固定する」
《はい》
ホログラム上で、人型アイコンが動く。
それぞれに、役割が表示された。
《操縦席──進行判断》
《機関区画──状態維持》
《ブリッジ後方──観測・記録》
「……あ」
海斗が声を漏らす。
「もう、割り振られてる」
ココが、軽く肩をすくめる。
「妥当ね。私が操縦、あなたが機関、船長が全体」
「異論は……」
海斗は一瞬考え、
「……ないっす」
戸来は、ミナトを見る。
「これ、拒否権は?」
《あります》
「あるのか」
少し意外そうだった。
《ただし、拒否した場合、通過条件は満たされません》
「ですよね」
短い沈黙。
それを破ったのは、海斗だった。
「……あの一つだけ、聞いていいっすか」
「どうぞ」
ココが促す。
「俺、途中でビビったらどうなります? 叫ぶとか、慌てるとか、最悪……」
言葉を濁す。
「失神とか」
《想定されています》
「想定されてるの!?」
《はい》
《その場合、役割は“固定”されます》
「固定……?」
《恐怖を含めた状態が、そのまま船体情報として共有されます》
海斗は、しばらく黙った。
「……それって、めちゃくちゃ怖い状態で、固定されるってことですよね」
《はい》
「最悪じゃないですか」
ココが、静かに言った。
「でも、嘘ついて平気な顔するより、マシよ」
戸来が、深く息を吸った。
「……ミナト」
《はい》
「この条件、誰か一人でも欠けたら?」
《通過は不可能です》
「つまり」
戸来は言葉を選ぶ。
「全員、生きたまま役割を果たす必要がある」
《はい》
それは、残酷なほどシンプルだった。
海斗が、苦笑する。
「なんか……」
「ヒーロー物の最終決戦みたいっすね」
「どの辺が」
ココが聞く。
「全員、生存前提。一人でも欠けたら世界救えません、みたいな」
「救うのは世界じゃないわ」
ココは淡々と言う。
「自分たち」
戸来は、ゆっくり立ち上がった。
ブリッジを見渡す。
この船で、これだけの時間を過ごしてきた場所。
「……分かった」
短く、はっきり言った。
「配置は受ける」
海斗が、息を呑む。
ココは、何も言わず頷いた。
《準備条件C──達成》
その言葉は、妙に静かだった。
何かが終わった感じは、しない。
むしろ──
引き返せる余地が、一つ減った
そんな感覚だけが、残った。
戸来は、心の中で思った。
(技術は、揃いつつある。でも──本当に怖いのは、ここからだ)
窓の外の宇宙は、相変わらず何も言わない。
だが、あの影のことを、もう「現象」だとは思えなくなっていた。
あれは──
人間が、準備できるかどうかを見ている何かだ。
そして今。
〈ホシノナギサ〉は、初めて「準備された船」になりつつあった。




