エピソード27、〈メンバメイ〉──補給とは何か
人工惑星〈メンバメイ〉は、相変わらず忙しそうだった。
正確に言えば、忙しそうに“見える”ように作られている。
管制から流れてくる案内音声はやたら丁寧で、広告ホログラムはどれも笑顔がまぶしすぎる。
宇宙に浮かぶ巨大な中継地点にしては、生活感がありすぎるのだ。
《〈ホシノナギサ〉、接近軌道確認》
《ドックC-12へ誘導します》
ミナトの声と、管制音声が重なり、船体がわずかに震えた。
「……帰ってきた、って感じしますね」
海斗が、窓の外を見ながら言った。
巨大なフレーム。
何層にも重なった居住区。
行き交う貨物船とシャトル。
さっきまで見ていた“黒い抜け”とは、あまりにも違う世界だ。
「“帰る”って言うには、早すぎない?」
ココが、軽く肩をすくめる。
「まだ着いてもないし、ここは通過点よ」
「でも、生きてる場所っすよ」
海斗は譲らない。
「人がいて、店があって、怒られて……」
「怒られるのは評価高いわね」
戸来は、そのやりとりを聞きながら、タブレットに表示された入港手続きを確認していた。
書類。
承認。
署名。
どれも、宇宙の危険とは無縁そうな単語ばかりだ。
《ドッキング、完了》
《ようこそ、メンバメイへ》
その瞬間、人工重力が完全に安定し、船内の感覚が地上に近づいた。
──少しだけ、気が抜ける。
それが、いちばん危険だと分かっていても。
***
補給は、淡々と進んだ。
燃料。
水。
食料パック。
予備部品。
数値が更新され、在庫が満たされ、残高が減る。
「補給完了、っと」
海斗が言う。
「……これで安心ですね」
「どこが?」
ココが即座に返した。
「え?」
「補給ってね」
ココは端末を操作しながら言う。
「物じゃないのよ」
海斗が首をかしげる。
「じゃあ、何ですか」
「信用」
ココは即答した。
「この船が、どこまで行っていい船なのか。誰が責任を取る船なのか。それを更新する作業」
戸来は、ふと視線を上げた。
「……保険ステータス、変わってるな」
《確認します》
ミナトが応じる。
《〈ホシノナギサ〉の航路リスク評価が更新されています》
「更新?」
海斗が嫌な顔をする。
「良い方ですか?」
《いいえ──高リスク航路指定が追加されています》
「……早いな」
ココが、舌打ちまじりに言った。
「もう来た」
「GA?」
戸来が問う。
《直接的な介入は確認されていません》
《ただし、保険条項、救難義務、航路注意文に“連動した変更”があります》
それは、見えない圧だった。
禁止ではない。
命令でもない。
ただ、「やめておいた方がいいですよ」と、世界そのものが囁いてくる感じ。
「怒られてないのに、肩叩かれてる気分っす」
海斗がぼやく。
「優しいでしょう?」
ココは皮肉っぽく笑った。
「だから逆らいにくい」
戸来は、タブレットを閉じた。
「ここじゃ、もう噂になってるな」
「何が?」
海斗が聞く。
「近道」
「……ああ」
メンバメイでは、噂はいつも半分だけ本当だ。
──使った船が戻らなかった。
──見た人が、違う人になった。
──公式には、存在しない。
どれも、冗談めいている。
だが、完全な嘘でもない。
「宙族事件といっしょっすね」
海斗が言う。
「ええ」
ココは頷いた。
「知ってるけど、知らないふりしてる」
「なんで?」
「知ってるって言った瞬間、“責任”が発生するから」
その言葉に、戸来は静かに納得した。
《補足します》
ミナトが言った。
《この場所では“知らない”という選択が、最も高価です》
「高価?」
海斗が眉を上げる。
《はい》
《知らないことにして進むために、多くの人が何かを支払っています》
ココが、ふうっと息を吐いた。
「……準備の場所、ね」
「準備?」
「そう」
彼女は言った。
「通るためじゃない」
「知ったまま、生きていくための」
戸来は、ブリッジの窓からメンバメイを見下ろした。
人が集まり、物が集まり、情報が集まり、そして──黙って流れていく。
(ここは、準備の場所だ)
通るために、ではない。
通る覚悟を持つための場所だ。
「行こう」
戸来が言った。
「どこへ?」
海斗が聞く。
「準備だ」
戸来は、短く答えた。
〈ホシノナギサ〉は、ドックに繋がれたまま、静かに休んでいる。
だがこの星で、何もせずに“休める船”は、もう存在しなかった。




