表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユリカゴから宙へ ──漂う星々の記憶──  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/32

エピソード23、影に呼ばれる船




 距離、二キロメートル。


 〈ホシノナギサ〉は、推力をほとんど使わず、慣性だけで滑るように進んでいた。

 前方スクリーンに映る〈ブルーショアⅢ〉は、もはや“船”というより、宇宙に穿たれた歪みの縁に、無理やり形を与えられた残骸に見えた。


 黒い部分は、光を拒むというより──

 光を別の場所へ送り返しているように見える。


「……距離、維持」

 ココが低く告げる。


「これ以上は近づかない」

 戸来も同意する。


《相対速度、安定。現在、重力勾配の変化は……》


 ミナトの声が、途中で僅かに揺れた。


《……増加しています》


「どの程度だ?」

「危険レベル?」


《“危険”という言葉が適切かは不明です。ただし、空間の曲率が、自然分布から逸脱しています》


 海斗が喉を鳴らす。


「つまり……」

「宇宙が、曲がってる」

 戸来が簡潔に言った。


「普通は曲がらない場所で、だ」


 ブルーショアⅢの黒い縁が、微かに揺れた。


 いや──揺れているのは、こちらの視界の方だ。


 星々がほんの一瞬引き伸ばされたように歪む。

 瞬きをすれば元に戻るが、確実に“今”だけ宇宙の奥行きが狂っていた。


「……見て」

 ココが画面の一角を指す。


 ブルーショアⅢの影から細い線が伸びている。


 触手でも光線でもない。

 ただ、そこだけ背景が“遅れて”動く。


「動いて……ない?」

 海斗が混乱した声を出す。


「動いてない。でも──」

 ココの声が硬くなる。

「近づいてる」


《補足》

 ミナトが割り込む。

《物体が移動しているのではありません。座標系そのものが、こちらへ寄っています》


 その説明に、ブリッジの空気が一段冷えた。


「……呼ばれてる?」

 海斗が冗談とも本気ともつかない声で言う。


 答えは、すぐに来た。


《NAG-13、“外部航路入力要求”を検知》


 三人の視線が一斉にコンソールへ走る。


「来たな……」

 戸来が低く呟く。


「眠ったふりしてたんじゃ?!」

 海斗が叫ぶ。


《“起動”はしていません。しかし──“問い合わせ”は来ています》


「問い合わせ……?」

 ココが眉をひそめる。


《外部から、“この船は通行可能か”という確認が行われています》


「……誰が?」

 戸来が問う。


《不明──ただし、通信形式は、既知のGA・PR・EU規格とは一致しません》


 沈黙。


 ブルーショアⅢの黒い部分が、また一段、濃く見えた。


 音が、聞こえた。


 ──ギ……ィ……

 ──ギ……ギ……


 あの“悲鳴”だ。


 だが、先ほどよりもはっきりしている。


「……音、変わってません?」

 海斗が震える声で言う。


《周波数が、こちらの通信帯域に“寄せられています”》


「寄せてる……?」

「合わせてきてる、ってことよ」

 ココが言った。

「聞かせようとしてる」


 戸来は、無意識に操縦席の肘掛けを握りしめていた。


(事故じゃない)

(罠でもない)


(──これは、“応答”だ)


「ミナト」

 戸来は静かに言う。

「この“問い合わせ”に答えられるか?」


《はい──ただし、返答内容は、航路選択に直接影響を与えます》


「どういう意味だ」


《“通行可能”と返せば、我々は──その“先”を示される可能性があります》


 海斗が息を呑む。

「……それって……」


「ワームホール」

 ココがはっきり言った。

「でも、安定したものじゃない。“門”というより……」


「“裂け目”だな」

 戸来が続ける。


 ブルーショアⅢは、その裂け目に“触れた”船だ。

 そして、戻れなかった。


「もし、返事をしなければ?」

 戸来が問う。


《何も起きない可能性が高いです。ただし──》


「ただし?」


《この座標は、今後も“NAG-13が反応する地点”として残ります》


《つまり、次に通る船が──》


「俺たちじゃない可能性もある」

 海斗が、青い顔で言う。


「……ええ」

 ココが頷く。

「しかも、その船は“準備してない”かもしれない」


 ブリッジに、重い沈黙が落ちる。


 戸来は、前方スクリーンを見つめた。


 黒い影は、待っている。


 急かさない。

 引きずり込まない。


 ただ──選択を待っている。


「船長」

 ココが静かに言った。

「決めるのは……あなたよ」


 戸来は深く息を吸った。


(火星では逃げた)

(GAの影からも政治からも)


(でも、ここで目を逸らしたら──)


(また“誰かが犠牲になる”)


「ミナト」

 戸来は言った。


《はい》


「返答を用意しろ」

「ただし──」


 彼は一拍置いた。


「完全な“肯定”でも“否定”でもない」


「どういう意味っすか……?」

 海斗が戸惑う。


「“通れるか?”って聞かれたなら」

 戸来は、ゆっくりと言う。

「“通ろうとしている”とだけ返す」


 ココの目がわずかに見開かれた。


「……主導権をこっちに残すってことね」


《了解》

《返答形式を調整します》


 ミナトが静かに処理を進める。


《外部航路問い合わせへの応答──送信》


 その瞬間。


 ブルーショアⅢの黒い縁が脈打った。


 まるで巨大な心臓が一度だけ鼓動したかのように。


 星空がずれる。


 ほんの一瞬──

 “前”と“奥”の区別が消えた。


「……っ!!」

 海斗が声にならない声を上げる。


《空間座標、再定義中》

《警告:既知の星図と一致しない参照点を検出》


「来るわ……!」

 ココが操縦桿を握り直す。


 ブルーショアⅢの影がゆっくりと“開いた”。


 それは穴ではない。

 扉でもない。


 ただ、宇宙が一段深く折れた。


 〈ホシノナギサ〉の船体がわずかに軋む。


《NAG-13、待機状態から“準備段階”へ移行》


「起動するな!」

 戸来が叫ぶ。


《起動していません》


《……しかし》


 ミナトの声がかすかに揺れる。


《“呼応”しています》


 黒い影はもう逃げ場を与えない距離にあった。


 それでも──

 まだ引きずり込んではこない。


 選べ、と言っている。


 戸来は歯を食いしばった。


「ココ」

「ええ」


「推力、最小」

「でも──いつでも逃げられる態勢を保て」


「了解」


「海斗」

「はい!」


「何があっても船を壊すな」

「……了解っす」


 〈ホシノナギサ〉は、影の縁で、静止した。


 宇宙が息を詰める。


 次の瞬間──

 何かが応えようとしている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ