表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユリカゴから宙へ ──漂う星々の記憶──  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/32

エピソード19、幽霊船の声




 〈ホシノナギサ〉は、速度を限界まで落としたまま、幽霊船〈ブルーショアⅢ〉と並走していた。


 距離、二キロメートル。


 宇宙空間としては、ほとんど「隣」と言っていい距離だ。

 それでも、誰ひとり「近い」とは感じていなかった。


 前方スクリーンに映る〈ブルーショアⅢ〉は、静止しているようで、わずかに揺れて見えた。

 いや──揺れているのは船ではない。


 周囲の空間そのものが、呼吸するように歪んでいる。


「……相変わらず、気分の悪い見た目だな」

 戸来が低く呟いた。


「“見た目”で済んでるうちは、まだマシよ」

 ココは操縦席に腰を沈め、スラスター制御を微調整しながら答える。

「問題は、あれが”見えなくなる瞬間”」


「見えなくなる、って……」

 海斗は言いかけて、口をつぐんだ。


 すでに分かっている。

 見えなくなるのは、〈ブルーショアⅢ〉ではない。


 こちらの認識のほうが、壊れる。


《距離固定。相対速度ゼロ》

《姿勢安定。ドローン射出、可能》


 ミナトの声が、淡々と状況を告げた。


「行こう」

 戸来が頷く。

「ドローン一号、二号。まずは外殻と船名プレートを確認」


「了解っす」


 海斗が操作パネルを叩くと、船腹のハッチが静かに開いた。

 二機の偵察ドローンが、ほとんど音もなく宇宙へ滑り出す。


 スクリーンが分割され、左右にドローン視点の映像が映し出された。


 最初の数秒は、ただの漂流船だった。


 錆びた外殻。

 衝突痕らしき凹み。

 貨物用のコンテナが、半分外れかけたまま固定されている。


「……普通だな」

 海斗が言う。


「“普通だったら”、幽霊船なんて呼ばれないわ」

 ココが返す。


 ドローン一号が船体側面へ回り込んだ瞬間──


 映像が、わずかに歪んだ。


 ノイズではない。

 フレーム落ちでもない。


 画面の一部が、引き延ばされるようにズレた。


「今の、見たか?」

 戸来が身を乗り出す。


《確認。視覚データに局所的歪曲》

《原因:外部要因》


「外部って……」

「“船の外”じゃないって意味よ」

 ココが即座に補足する。

「“私たちの側”の処理が、追いついてない」


 ドローンが、黒い領域に近づく。


 船体側面。

 まるで巨大な染みのように広がる“黒”。


 それは影ではなかった。

 光を遮っているのではない。


 光が、そこに触れた瞬間、消えている。


 反射がない。

 輪郭がない。

 ただ向こう側が、ぽっかりと抜け落ちている。


「……表面じゃないな」

 戸来が言う。

「穴、か?」


「穴っていうより……」

 ココは言葉を探す。

「“向こう側に続いてる”感じ」


《ドローン一号、距離維持限界に接近》

《これ以上の接近は、映像データの崩壊を招きます》


「触るなよ。絶対に」

 海斗が念を押す。


《了解》


 その直後だった。


 ドローン一号の映像が、一瞬だけ“二重”になった。


「……え?」


 同じ映像が、ほんの数フレームずれて重なる。

 そのズレは、0.7秒。


 次の瞬間、映像が元に戻った。


「今の……」

 海斗の声が震える。


《異常ではありません》

 ミナトが告げる。

《過去の映像と、現在の映像が同時に受信されました》


「は?」

「過去って……」

 戸来が言葉を失う。


 ココの目が細くなる。

「“記録”じゃないのね」


《はい》

《ドローン一号は同一地点で、時間的にズレた情報を同時に受信しています》


「……時間が、重なってる?」

 海斗が呟く。


 ドローン一号が、さらに船体へ沿って移動する。


 次に映し出されたのは、操縦ブリッジの外部窓だった。


 割れていない。

 焼けてもいない。


 そして──


「……人、いる?」


 一瞬、確かに“誰か”が見えた。


 操縦席。

 シートに腰掛けた影。


 だが次のフレームでは、そこには誰もいない。


「今の、絶対……」

 海斗が息を呑む。


《映像解析》

《人型シルエットを検出──しかし現在時刻では該当なし》


「“現在時刻では”、か」

 戸来が唸る。


 ココが低く言った。

「見てるのは……過去よ」


「記録映像?」

「違う」

 ココは首を振る。

「“残ってる”のよ。出来事そのものが」


 ドローン二号が、貨物区画の外壁に近づいた。


 そこで、異音が入った。


 ──ビ……ギ……ギギ……


 スピーカー越しに、低く、鈍い音が流れる。


「……来た」

 海斗が顔をしかめる。


 金属が、ゆっくりと圧力に耐えているような音。

 何かが、内側から引き裂かれそうになっている音。


《音声解析》

《船体構造が発する応力音と一致》


「構造音……?」

 戸来が眉をひそめる。

「でも、船は壊れてないぞ」


《“壊れ続けている”可能性があります》


「……は?」


《時間的に固定されていない破壊です。破壊が完了していないため、船体は“存在し続けている”》


 沈黙が落ちた。


 理解が、追いつかない。


「それって……」

 海斗が絞り出す。

「壊れた瞬間から、ずっと同じところで壊れ続けてるってことですか……?」


《はい》


 ドローン一号の映像が、再び歪む。


 今度は、明確だった。


 映像の端が、黒い領域へ引きずり込まれていく。


「ミナト! 一号、引き戻せ!」

 戸来が叫ぶ。


《コマンド送信──》


 応答が、ない。


 ドローン一号の映像が、ふっと暗転した。


「……消えた?」

 海斗が青ざめる。


《通信断》

《物理破壊ではありません》


「じゃあ、どこへ……」

「“どこか”でしょうね」

 ココが静かに言う。

「ここじゃない場所」


 残されたドローン二号の映像には、〈ブルーショアⅢ〉が映っている。


 変わらない。

 何も起きていないように。


 だが──


《NAG-13、軽度反応》


 ミナトの声が、わずかに低くなる。


「反応って……」

 戸来が問う。


《この座標に対し“既知パターン一致”を確認》

《詳細は遮断されています》


 ココが、ゆっくり息を吐いた。


「……やっぱりね」


「何だ」

「これは“事故”じゃない」


 彼女は前を見据えたまま言う。


「最初から“こうなる可能性がある航路”だった」

「誰かが知ってた、ってことか」

「ええ。少なくとも──」


 ココは、言葉を選ぶ。


「知ってる前提で、船を出した人間がいる」


 戸来は、黒い抜けを見つめた。


 光を失った船。

 壊れ続ける構造。

 消えた人間。

 消えたドローン。


 そして、沈黙の中で、今も“音”だけを吐き続けている幽霊船。


「……撤退だ」

 戸来が静かに言った。


「これ以上は、近づかない」

「賛成」

 ココが頷く。

「もう十分、“見た”」


「でも……」

 海斗が名残惜しそうに呟く。

「助けられなかったんですね……」


「違う」

 戸来は首を振る。

「遅すぎた」


 ナギサは、ゆっくりと進路を変える。


 〈ブルーショアⅢ〉は、その場に残ったまま、何も言わず漂い続ける。


 その黒い領域が、ほんの一瞬だけ──


 こちらを見たような気がした。


 もちろん、錯覚だ。


 そうでなければ困る。


《航路修正完了》

《安全距離を確保しました》


 ミナトの声が、船内に静かに響く。


 だが、誰も返事をしなかった。


 幽霊船は遠ざかり、やがて星々の中に紛れて見えなくなる。


 それでも、あの音だけが耳の奥に残っていた。


 壊れ続ける音。

 助けを求めるのでも、怒っているのでもない。


 ただ──


 存在し続けてしまったものの、声。


 戸来は、拳を握った。


(……これが、近道の代償か)


 木星へ向かう航路は、まだ長い。


 だが彼は、はっきりと感じていた。


 この先で──

 もう一度、あの“黒”と向き合うことになる。


 それも、今度は……

 逃げられない形で。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ