表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユリカゴから宙へ ──漂う星々の記憶──  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/32

エピソード17、遠ざかる赤と、沈黙の航路




 火星が、画面の中で丸くなっていく。

 赤茶色の球体。砂嵐の筋が細い傷のように表面を走り、極冠の白がかすかに縁を際立たせている。


 ほんの数時間前まで、あの地面に足をつけていた。

 いまはもう、振り返ればそこにあるだけの“過去の星”だ。


《火星重力圏から完全離脱。相対速度、安定》

《現在速度を維持した場合、〈メンバメイ〉まで約八十六日》


 ミナトの声が、船内の空気に静かに溶ける。


「……本当に、出ちゃいましたねぇ」


 海斗が椅子にぐったりもたれかかり、モニタ越しの火星を見上げる。


「“出ちゃいました”じゃない。自分で出たって言え」

 戸来が苦笑しながら答えた。


「いや、だって。火星であんだけドタバタしたじゃないですか。ドローンとか灰緑ジャケットとか、“影”とか……」


「影って、呼び名が雑よね」

 ココが操縦席の補助コンソールにもたれながら、モニタを横目で見る。

「ちゃんとコードネームを付ければいいのに。“灰緑ジャケット連盟”とか」


「それ、弱そうっすね」

「じゃあ、カッコよく“SHADO”」

「やめろ、その名前でログ残したら訴えられる」


 三人の軽口に、火星の赤がゆっくり遠ざかっていく。


 重力負荷はすでに抜け、椅子のシートは“体重の軽さ”しか返してこない。

 人工重力はまだ弱めだ。

 胸の奥だけが、まだやけに重かった。


「月、火星、月、また火星……そして木星に向かってるんすよね……もう一端のスペースマンって言えますよね」


 海斗がシートのベルトを緩めながら振り返る。無重力に慣れたつもりの動きでも、指先が少し震えているのが見えた。


「立て続けに往復しただけでしょ。まだまだよ。わたしも含めてね」

 ココはコンソールの表示パネルから目を離さず応じた。



「そう言えば、昔の木星航路って月からが、メインだったんですよね」


「ああ、人工惑星が設置されてから運用方法が大きく変わったな」


 ココがくるりと椅子ごと身体を回す。

「今も月から木星航路は残っているわよ。GAはそっちをよく使ってるわ」


「どうしてっすか?」

  海斗が身を乗り出す。


「今の学校では教えなくなったのか?」

 戸来の視線が海斗に向けられる。


 海斗を見たココの眉がわずかに上がった。

「いえ、しっかりカリキュラムに──」


「あー。あれですね! 知ってます! 大丈夫知ってます」

 海斗は笑って手を振った。低重力ではその仕草が妙に大げさに見えた。


「……ほんとか?」



「──あ……佐渡さんに出発の連絡してないっすね」


 海斗が急いで話題を変えた。


「見てるだろ」

 戸来は断言した。

「どこでどう繋いでるか知らないけど、嘉瀬さんルートで、火星発ったことぐらいは把握してるはずだ」


「春海さんも?」

「たぶんな。『また無茶して』って怒ってる顔が目に浮かぶ」


 その光景を想像して、三人同時に苦笑する。


「怒ってくれる人がいるうちは、まだマシよ」

 ココが前を向いたまま、ぽつりと言った。

「本当に危ないのは、“誰も怒らない状態”よ。大事にされてない証拠だから」


「それ、ちょっと刺さるっすね……」

「刺さる人は、守られてる自覚があるのよ」


 戸来は、画面の中で小さくなっていく火星をもう一度眺めた。

 あの赤い砂の下には、埋もれた名前がいくつもある。

 そのうちいくつかは、自分が知っているはずの名前だ。


 それでも──


 もう、振り返り過ぎるわけにはいかない。


「よし。火星はここまでだ」


 戸来は椅子から立ち上がり、両腕を伸ばした。


「ここから先は、〈ホシノナギサ〉の“長距離航行”への設定変更と、船の中身の洗い出し。まずはミナトの解析結果を全部出してもらおう」


《はい。お待ちしておりました、“本題”です》


 どこか楽しそうなミナトの返事に、海斗が肩をすくめる。


「このAI、だんだん性格出てきてません?」

「そういう風にチューニングしたのよ」

 ココがさらっと言った。

「無機質なほうが怖いでしょ」


「そのかわり、無機質な方が“死ぬ時は諦めつきそう”な気も……」

「そんなこと言うな」


 戸来は苦笑しながら、ブリッジ中央のコンソールを叩いた。



《では、火星離脱後の初期システム診断結果を報告します》


 ミナトの声とともに、ホログラムが天井近くに立ちのぼる。

 船体の断面図、燃料ライン、配管、システムバスの配線。


「外殻は?」

《微細な塗装剥離が数カ所。イオンスラスターの噴射によるもので、許容範囲内》

《ドローンとの接触痕は……外板に一カ所、こすり傷程度》


「こすり傷で済んでよかったっすよ……マジで……」

 海斗が胸をなでおろす。


《ただし、内部システムに一点“予期せぬ項目”を検出》


「出た。嫌な言い方」

 戸来が顔をしかめる。


「“予期せぬ”って……爆発しないですよね?」

「たぶん」

「今、“たぶん”って言いましたよね!? 聞き逃さなかったですよ!」


《爆発の兆候はありません》


 ミナトが追い打ちをかけるように淡々と言う。


《該当箇所は航法制御サブレイヤー。名称コード──

 【NAG-13 Autonomous Emergency Navigation Protocol】》


 半透明のウィンドウが、すっと浮かび上がる。

 システム階層図の、さらに底の方。

 ふつうなら見えないはずの層に、その名前が小さく光っていた。


「……出た、“NAG-13”」

 海斗が息を呑む。


「やっぱりただのエラーじゃないのね」

 ココが身を乗り出す。


「前にチラ見したときは、“触るな危険”って旗が立ってたやつだな」

 戸来が呟く。


《はい。標準マニュアルに含まれない、“追加プロトコル”です。──登録者:不明。設置場所:船体出荷時点。改変履歴:なし(ログ消去の可能性あり)》


「ミナト。仕様書、出せるか?」

《試行します》


 ホログラム上で、“NAG-13”と書かれた小さなブロックが拡大される。

 その瞬間、画面に赤い警告が走った。


 ──ACCESS VIOLATION──

 ──PERMISSION DENIED──

 ──CALLER AUTHORITY: CIV-3(民間級)── 


《アクセス権限不足。内容の閲覧は“軍級”以上の権限が必要です》


「軍級か……」

 戸来が低く唸る。


「でも、この船籍、完全に“民間輸送船”ですよね?」

「そのはずだ。少なくとも書類上は」


 ココが顎に指を当て、目を細める。

「ミナト。“閲覧”じゃなくて、“解析”は?」


《仕様書アクセスなしでの解析を試行します。──プロトコルの構造分析──開始》


 ホログラムの一部が、複雑なシンボルと線の網目に変わる。

 一瞬、立体迷路のような構造が浮かび上がり──


 ぷつん、と、その図がブラックアウトした。


《……エラー》


「今、気のせいか? “ちょっと躊躇してから落ちた”よな」

 戸来が呟く。


《補足説明:解析を開始した瞬間、“自己検査フック”が作動しました。NAG-13は自分自身を検査し、“外部からの覗き見”を検知すると、構造を偽装する仕組みを持っています》


「……性格悪っ」

 海斗が顔をしかめる。


《構造の断片から推測される機能──“外部から航路情報を強制入力するインターフェース”“通常の航法AIを迂回して、船体制御へ直接アクセスする経路”“特定条件でのみ起動する判定ルーチン”》


「つまり簡単に言うと?」

 戸来が尋ねる。


《簡単に言うと──“誰かが外から航路を教えて、ナギサを勝手に動かせる”そのための裏口、です》


「いや、簡単に言わないでほしかった……」

 海斗が頭を抱える。


「自律航法AIの上に、さらに“軍級のハンドル”が乗ってるってことね」

 ココの声には、明確な警戒が混じり始めていた。


「ミナト。NAG-13、起動履歴は?」

《記録上の起動履歴は、“ゼロ”です》


「“記録上”ね」

 戸来が言葉を継ぐ。


《はい。“記録そのもの”がない可能性があります》


「つまり、動いたかどうかも、本当は分からない」

「そう。ただ──」

 ココがモニタを叩く。


「一つだけ、確実なことがある。“こんなもん、最初から載せる船じゃない”ってこと」


「そうなのか?」

「民間輸送船のカリキュラムで、こんなの見たことないわよ。軍の試作艦か、特務船級の仕様。……ミナト。造船記録、追える?」


《試行します。造船ドックID、製造番号から本来アクセスできるはずの記録をリクエスト》


 数秒の静寂。

 やがて、画面にいくつかのステータスが流れる。


 ──REQUEST TO: GA SHIPYARD ARCHIVE──

 ──CHECKSUM ERROR──

 ──RECORD NOT FOUND──

 ──MIRROR ARCHIVE SEARCH……──

 ──PARTIAL METADATA FOUND──


《結果報告。──造船時の詳細記録は“削除済み”──バックアップミラーから断片的なメタデータだけ取得できました》


「断片って、どの程度?」

 ココが身を乗り出す。


 ──造船ドック:GA火星軌道ドック第三ライン──

 ──設計番号:**********試験艦──

 ──プロジェクト名:NAG-*********──


《マスクが施されている部分は読み取り不能でした》


「NAG……」


 戸来が小さく息を吐く。


「NAG-13の“NAG”か」


《その可能性は高いです》


「記録自体が消えてるって、ありえないですよね?」

 海斗が不安そうに問う。


「ありえるわよ。普通じゃない運用をしてた船なら」

 ココは淡々と答える。

「たとえば、後ろ暗いテスト運用とか。あるいは、正式公開前の“黒い実験”。そのテストベッドに、たまたまこの船が使われてた、とかね」


「たまたまってレベルじゃない気もするけどな……」


 戸来は唇を噛む。


「NAG-13が起動した瞬間、ナギサの“操縦権”は全部そっちに持っていかれる可能性がある。ミナトは?」


《はい。その可能性が高いです。NAG-13は航法AIを“補助”するのではなく、“上書き”する構造を持っています》


「じゃあ、もしこれが火星航路で動いていたら……」

 海斗が想像しかけて、顔を青くした。


「誰かが、俺たちの知らない航路を外から指定できる」

 戸来が静かに言葉を継いだ。

「場合によっては、そのまま“どこか別の場所”へ送られる」


「“どこか”って……どこっすか」

「さあな。イオの地下かもしれないし、誰も知らない宙族の港かもしれないし、木星の大気の中かもしれない」

「やめてくださいよ!」


 ココが少し考え込む。


「……ミナト。“火星での航路ログ”と、“NAG-13の異常検知ログ”、何か一致はない?」


《照合します》


 ホログラムに、火星圏での航路が立体投影で浮かび上がる。

 赤い線が〈ホシノナギサ〉の軌跡。

 ところどころに、黄色い点が点滅した。


《この黄色い点が、“NAG-13の監視フックが反応したタイミング”です》


「見事に……火星近傍ばっかりですね」

 海斗が顔をしかめる。


「手動での軌道変更や、宙族との接触時。それと──謎の軍籍船波形が検出された時間帯」


 ココの声が低くなる。


「全部、反応してる」


「ってことは、あの時も、“誰か”はこの裏口から俺たちを見てたかもしれないってことか」

 戸来が呟く。


《補足:NAG-13は、まだ“完全には動いていない”印象です。ただし、“起き上がる準備”はしていた》


「起き上がる準備……」

 海斗が背筋を撫でられたような顔をする。


「つまり、見られてた上に、“いつでも乗っ取れますよ”って段階まで行ってた可能性があるってことですね」


「そういうことになる」


 ココは腕を組み、ふうっと息を吐いた。

「危険ね。正直言って、これを抱えたまま航海するのは怖い」


「じゃあ、切るか?」

 戸来が問う。


《反対です》

 ミナトの声が即答する。


「……珍しいわね。即答で“反対”?」


《NAG-13は危険な裏口ですが、同時に“情報源”です。これを完全に切り離すと、誰が、どこから、何をしようとしているのか、二度と追えなくなります》


「監視カメラを怖いからって、レンズ叩き割ったら、それ以上“誰が見てたか”分からなくなる、ってこと?」

 ココが言う。


《そうです。ですから──》


 ミナトの声がわずかに低くなる。


《提案があります》


「聞こう」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ