表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユリカゴから宙へ ──漂う星々の記憶──  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/32

エピソード13、赤砂の街の決意




 船の引き渡しを終えた三人は、その日のうちに火星都市〈アウロラ・プレート〉へ向かった。

 PR(環太平洋連盟)が管理する居住ドームは、外縁部の赤い荒地に囲まれている。


 火星らしさの象徴──赤い砂。

 居住ドームの透明壁越しに広がる荒地。

 夕日のせいか、都市全体が薄橙色の膜をかぶって見える。


「ここから準備スタートっすね……!」


「火星から木星まで、片道一年。補給拠点も限られる。準備は“慎重すぎる”くらいでちょうどいいわ」


 ココの言葉に、戸来も頷いた。


「問題は……金だ」


「うわっ、いきなり現実っすね!」


「当たり前だ。木星航路の準備は火星月面航路の何倍ものコストがかかる」


 燃料、酸素、食料、生体維持装置のメンテ、そして補給ステーション〈メンバメイ〉〈コボルスミ〉の通行課金。


 すべてが重い。


「でも、そのかわり“安全圏”になる。宙族の目撃例はゼロ。GA勢力も木星圏では弱い。他の陣営との小競り合いも今のところ起きていない」


 ココはタブレットを開き、火星〜木星ルートの概要図を表示した。


「〈メンバメイ〉と〈コボルスミ〉……人工惑星なんですよね?」

 海斗が首を傾げる。


「そう。正式名称は“火星木星間惑星軌道中継ステーション”。でも火星の船乗りはみんな『人工惑星』って呼んでる」


 ココの説明は端的で、わかりやすかった。


「要は、惑星サイズじゃないけど、“惑星並みの価値を持つ”補給基地ってことだ」


「すげえ……」


「〈メンバメイ〉はPRが、〈コボルスミ〉はEUが主体で運用してる。GAは木星圏では弱いから、そこを間借りしてる。イオにも小規模基地しかない」


 海斗がタブレットを覗き込みながら、不思議そうに聞いた。

「なんで“いま”木星っすか? 火星航路だけでも十分稼げるのに」


 その問いに、ココは言葉を選んだ。


「火星は……これから荒れるわ。5年以内に必ず"資源戦争"が始まる。火星の政治も企業も、それを止められるほど強くない」


「つまり……?」


「安全じゃなくなるのよ。地球と同じで、発展と争いは表裏一体。木星は今、その“発展直前の静けさ”にある。だから行くなら今しかない」


 静かに言うその口調に、戸来は何かを感じた。


(彼女……ただのAクラスじゃないな)


 直観がそう告げる。

 彼女はおそらく火星政治や宇宙企業圏の事情に深く通じている。

 学校だけの知識では絶対に到達しない領域だ。


 だが──今は追及するべきではない。

 理由はどうあれ、彼女の判断は合理的だった。



 翌日から、三人は火星ドックでの準備に入った。


 〈ホシノナギサ〉はC-7ドックに仮置きされている。

 外殻チェック、燃料タンク検査、航法AIの再調整……

 作業は多岐にわたる。


「戸来さん、タンク内部に微細な砂が入り込んでます」

「火星砂か……負圧フィルタを通しても入り込むんだな」


「これ、全部取り除くんっすか?」


「全部だ。火星砂は酸化鉄の塊だ。放置すれば配管が死ぬ」


「ひぇぇぇ……」


 海斗が悲鳴を上げたが、手は止めなかった。


 ココは航法席でシステムの更新作業中だ。


「航法AI“ミナト”のログが妙に乱れてる。解析遅延が周期的に出てるわ」


「旧型だからな。負荷も限界近い」


「でも、これは“経年劣化”じゃない。何かを“削除した跡”がある……」


 ココの手が止まった。


「削除?」

 戸来が近づく。


「ええ。航法AIは自分ではログ消去できない。航海権限を持つ人間の操作が必要」


 ココの指先が画面を数回タップする。

 削除された痕跡が、時系列で浮かび上がった。


「……火星到着後、72時間以内。ドックに置いてる間に、誰かが船内に入った」


「佐渡さんがやったのか?」


「……違うと思う。消去ログ自体が消されてる。航法AIを熟知してるプロじゃなきゃできない」


 海斗が振り返る。

「じゃあ佐渡さんじゃないっすね? 火星の整備員?」


「断定はできないけど──火星で船を降ろした“あと”に誰かが触った可能性がある」


 〈ホシノナギサ〉に何者かが干渉した。

 その可能性が確実なものとして浮上した瞬間だった。


 戸来はゆっくり息を吐いた。


「……木星行きを決めた今でよかった。火星に長居してたら、いつか“ぶつかってた”かもしれない」


 その言葉にココは少しだけ笑った。


「木星に行くって、そういうことよ。逃げてるようで、ちゃんと“前に進んでる」」


 ココの評価は、戸来の胸に刺さるものがあった。




 三人は火星都市の安宿に戻ると、

 そのまま机を囲んで補給計画に着手した。


 画面には大量の項目が並ぶ。

 水再生カートリッジ、酸素触媒、冷却剤、航海食……

 一年分の生活必需品から、外殻パッチ材、高真空対応グリースまで。

 さらに人工惑星の通行料、未測定領域の航行保険……


「ひぃぃぃ……金が飛んでく……!」


 海斗の悲鳴は、もはや絶叫に近かった


「覚悟はしてたけど、これは……」

 戸来も額を押さえる。


「火星〜木星って、安く行ける航路じゃないわよ」


 ココが淡々と計算結果を出す。


「でも──“一度行けば”仕事は山ほどあるわ。木星圏の輸送業者は慢性的に人手不足。エウロパのPR基地なんて、毎週求人してる」


「稼げる、ってことっすね?」


「それもあるけど……“必要とされてる”のよ。実力がある船が」


 ココの声に、珍しく感情が滲んだ。


「火星はもう、需要より供給の方が多い。でも木星は逆。開拓が始まったばかり。人手も、船も、技術も、全部足りない」


「だから、俺たちが行く価値がある」


 戸来は改めて確信した。


「そういうことよ」


 ココが腕を組んだ時──


 タブレットの画面が薄く揺れた。


 外部通信。

 送信者名は──


〔ホタル・オーナー室〕


 火星版の〈ホタル〉のオーナー室。

 佐渡の“古い知り合い”の居酒屋だ。


「来たな……“本題”が」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ