第8話 穏やかな日
そして出発から丸々二日後、俺たちは王都に到着した。
王都に来て初めての朝食。俺たちはすっかり膝上に乗せて食事をするのがスタンダードになってしまっていた。
堅物そうなレヴォナの父親と、忠犬フララが、なんの抵抗もなくやってのけたのには驚きを通り越して、ちょっと引いた。
これを客観的に見てしまうと、恥ずかしくて仕方がないので、食事中は目の前の美味しい料理に集中することにのみ注力した。
「はい、あーんっ!」
レヴォナがちぎったパンにジャムをたっぷりつけて、目の前に突き出してきた。
俺も今、同じものを手に持っているというのに。
レヴォナがなかなか根負けしてくれず、ジャムが垂れそうになったところで、俺は急いでパンを口に迎えた。
「食べもん粗末にすんな」
「ロアが早くたべないからだよっ」
「はああ?おま……がダルいことするからだろ!」
「あっ、また!いつになったらご主人様ってよんでくれるの?」
レヴォナは頬をプクっと膨らませて、ジト目で睨んできた。
「ぜってー呼ばねぇ」
「むー!しょうがないなぁ。じゃあなまえでもいいよ」
「……」
「もしかして、おぼえてないの……?」
顎の下に両拳をつけ、潤んだ目を向けられる。いつものやつだ。
「……レヴォナ」
「ふふっ、えらーい!」
不意を打たれて頭を撫でられてしまった。
弾き返そうと思ったが、悪い気もしない。面倒なので今日は見逃してやることにした。
「おい、いつまでやるつもりだ!」
が、あんまりにも長いこと撫で続けるのでやっぱり弾いた。
「あぅ」
「さっさとメシ食え!」
◇
「何書いてんだ」
「バニーにおてがみ」
バニーと言えば、トラゼバーン・ダスクモント――きな臭いダスクモント領にいるお友達、だったか。
「自分で書くのか」
「え?うん」
貴族だし子どもだから、使用人とかに口述筆記でもさせるもんかと思ったが、そうではないらしい。
「ロアのこきょーでは自分でかかないの?」
「……書くっちゃ書くが、書かないっちゃ書かない」
「ふぇ?なぞなぞ?」
誰かに書かせる訳じゃないが、ペンを取って書く訳でもない。スマホでタプタプすることを、書くとは言わないだろう。
「バニーって奴はどんな奴なんだ」
「気になるの?」
「べ、別に」
「バニーはね、いろいろとはげしい子」
「な……」
レヴォナは悪戯っぽく笑って更に続けた。
「ごかいされやすいけど、ほんとはやさしいんだよ」
「本当は優しいって紹介される奴に、ろくな奴はいねぇぞ」
「……んー、ロアに少しにてるかも」
「あ゛?」
「つんけんしてるけど、ちゃんと人のこと見てて、つたえかたがわるいだけで、ねっこには思いやりがあって……あっ、あと甘いものがすきなとこもにてる!」
顔が熱くなるのを感じる。
「な、んで、甘いもの好きって……」
「だってロア、おしょくじにデザートが出たとき、しあわせそうなおかおになるもん」
俺は頬を両手でギュッと押さえた。そんなに分かりやすいのだろうか。
よく仏頂面だとか無愛想だとか言われてきたのに。
「はずかしいの? おみみまでまっ赤!」
「うっせ」
レヴォナは肩を竦めてくすくす笑うと再び机に向き直り、カリカリと羽根ペンを走らせた。