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第7話 馬車の中

 翌日。俺は馬車に揺られていた。


 パーティーの三日後に出立とは、忙しないことこの上ない。


 馬車の中にいるのは、レヴォナと俺、そしてレヴォナの母親とペティだ。


 母親は膝に乗せるのが気に入ったらしく馬車の中でもペティを膝に座らせている。


「おうとにいったら、おともだちにかわいいロアをたっくさんじまんするのっ!」

「あらあら、良いわね。ロアちゃんは可愛いもの」


 今までいた場所はレヴォナの父親が治める領地で、今向かっている場所は王都といって、国の中心地だそうだ。


「でもロアかわいいからとられちゃうかな?」

「レヴォナがしっかり、可愛いロアちゃんを見守っていてあげないとね」


 馬車に御者が付いてないことには驚いた。馬は賢いからこちらの言うことを聞いて自走するらしい。


 見た目は似ているが、やはり地球の馬とは違うのだろう。


「でもっ、いろんなひとにロアのかわいいとこ見せたいし……」

「可愛い可愛いうるせぇな!」

「まあっ!不機嫌そうなお顔も可愛い!」

「チッ」


 なんでもかんでも可愛いって言いやがる。そんなことされたら身動きなんて取れたもんじゃない。


「ご主人様、ペティは?」

「あらあらごめんなさいね。当然、わたくしにとって一番可愛いのはペティちゃんよ」

「えへへ」


 ペティは気持ち良さそうに頭を撫でられている。


「ロアもしてほしいの?」

「はあっ?なんでそうなる」

「だって、ペティのことすっごい睨んでるから」

「っ……! 違ぇから手ぇ伸ばすな!」


 俺は隣に座ったレヴォナに背を向けた。


 今振り返れば、全力の上目遣いで押し込まれるだろうことはカンタンに想像出来る。


 俺はうじうじ呻く声が聞こえなくなるまで、その体勢を維持し続けた。




「レヴォナは寝てしまったわよ。ロアちゃん」


 俺にくっついてきてすぐ寝息をたて始めたので、レヴォナが眠ったのは俺も気づいていた。

 変に動いて起こすと面倒だから、動けずにいるだけだ。


「わあってるよ」

「ふふ。ロアちゃんみたいな良い子をお迎え出来て良かったわ」


 このまま背中越しで話を続けるつもりらしい。


「命令を聞かずに暴れて、命令違反の反動で死んでしまう子も少なからずいるの」


 夜中に逃げ出そうとした時のことが頭をよぎった。あのままレヴォナが来なければ、死んでいたということだ。


「そうなると、貴族としての器量も疑われてしまうし、二度目の召喚は成功率も低いから……」

「待て、この国の貴族はみんな人間を飼ってんのか?」

「異世界人を一人一匹、子どものうちから飼うのよ。魔力の暴走が防げたり魔力量が増えたり、それから情操教育も出来たり。良い事ずくめだもの」


 自分と同じ姿かたちの人間を飼うことに、何ら抵抗がないらしい。本当に常識から違うのだ。

 母親の言葉に少し引っかかることがあって、質問を投げかける。


「子どものうちからって言ったか?」

「そうね。言ったわ」

「その、ペティも、あんたが子どもの時に……?」

「そうよ。もう三十年以上、常に私の隣にはペティちゃんがいたわ」


 ペティの見た目は、レヴォナと変わらない年頃の幼気な少女そのものだったはずだ。


「異世界人は年齢を重ねないのよ。貴方たちの研究はなかなか進んでいなくて、原因は分からないのだけどね」


 俺は、あと一センチで百七十に届くってところだったのに……このままこの世界に居続ける限り、身長は百六十九で止まったままってことか!?


 こっちに来て最大の絶望に、窓の外を眺めて呆然としていると、馬車を囲んでいた護衛が騒々しくしているのが目に入った。


「何だ?」

「あらまあ……領境は魔物が出やすいの。きっと襲撃を受けたのね」

「大丈夫なのか」

「うちの護衛は強いもの。心配要らないわ」

「心配とかじゃ」

「んっ……ま、もの……?」

「あら、レヴォナ。起きてしまったの」


 どうやら目を覚ましたようだが、未だに俺の背中には重みがかけられている。


「おい、起きたなら離れろ」

「やだ」

「離れろ」

「ロアはボクが守るの」


 俺は上半身を捻り、レヴォナを引き剥がそうとした。が、レヴォナの掴んでくる力が意外と強い。


「クソッ」

「はなさないからねっ」


 子どもの力などたかが知れている。本気を出せば引き剥がすことなど容易だ。けれども子ども相手にどれほどの力を出していいかが計れない。


 そうしてひっつきもっつきやっていると、馬車の走りが止まり、扉が開かれた。


 そこには険しい顔の護衛と、別の馬車に乗っているはずの父親とフララがいた。


「貴方!」

「翼竜の群れが出た。他の馬車は放棄し、足止め役を残して私たちはここから離脱する」

「まあ!翼竜が群れで?」

「ああ。とにかくこのまま北上しダスクモント伯爵領を通るルートは危険だと判断した。私はここから馬に乗る。フララを乗せてくれ」


 俺の隣にフララが座ると、馬車は再び走り始めた。


 高まった緊張感はレヴォナにも伝播しているようで、俺を抱く力はさらに強まり、眉間に皺を寄せていた。


 とりあえず疑問を解消しておこうと、翼竜とは何かを訊いてみる。


「翼竜はその名のまま、翼を持った竜のことよ。群れとなれば討伐隊を組まなければいけないほど強力で、ただの領境では出るはずのない魔物なの」

「ワイバーンか!」

「品のない……」


 フララが風紀委員長のようなことを呟いて、俺を睨んだ。


 重苦しい空気の中、テンションが上がって大声を出したのは悪かったが、そんな睨むほどだろうか。


「ロア、わいばんって?」

「あぁ? 地球の……俺の故郷の空想上の生き物だ」

「ロアのこきょーにもよくりゅういたの!」

「空想上のっつったろ。いたのは物語の中だけだ」

「そうなんだぁ」


 俺の故郷を思い描いて目をキラキラさせるレヴォナの眉間には、もう皺は寄っていない。


 俺は脱線した話に戻ることにした。


「なあ、領境には出るはずがないって……さっきは領境は魔物が出やすいって言ってなかったか?」

「そうね。説明するには、まず領を持つ貴族の一番大事なお役目のことをお話しないといけないわ」


 母親が長話を始めようとしたその時、フララが待ったをかけた。


「奥様、それは私たちが耳に入れるべき話ではございません。それぞれの領分というものがありましょう」

「はあ? んだよそれ。だったらテメェだけ耳塞いでりゃ良いだろ」

「まったく、貴様には従僕としての自覚が足りないのだ! まずその粗野な口調も気になっていた! 自らの主にタメ口をきくなど言語道断!」

「んなクソみてぇな自覚いるか! それに俺はタメ口きくな、なんて命令されてねんだよ!」

「命令されてるされてないの問題ではない。自分の立場を弁えろと言っているんだ!」

「あんだと? 犬に成り下がって、人権他人に握らせてるようなテメェと一緒にすんな」

「私はご主人様へ、真摯に忠誠を誓っているのだ! 私の誓いを侮辱するんじゃない!」

「ハッ、侮辱? 事実だろ?」

「このクソガキッ!」

「俺はガキじゃねぇ、もう十六だ!」

「未成年ではないか!もうなどではなくまだ十六なのだ!」


 売り言葉に買い言葉の応酬で、いつの間にかこの狭い馬車の中、俺とフララは掴み合いの取っ組み合いになっていた。


「ろ、ロア、フララとけんかはやめて……」

「ゔっ……」


 不意に電撃のような痛みが駆け抜ける。心臓が止まるようなこの激痛は、いつまで経っても慣れない。


 俺が手を出せなくなると、フララは勝ち誇ったような顔でこちらを見下した。


 命令を取り下げるよう頼む為レヴォナに向き直ると、目ん玉になみなみ涙を溜め込んで、泣き出すのを目一杯我慢している顔が飛び込んできた。


「ボクは、ロアも、フララも、だいすきなの。なかよくして」

「チッ、わあったよ」


 俺がレヴォナの泣きべそに仕方なく折れると、母親の方がフララの手を取った。


「フララも、もう過去に囚われないでいいの。何度も言っているでしょう? 私たちは家族のようなものだわ。そんなにも強く、自分を鎖で縛ってしまわないで」

「ですが、奥様……」

「ね?フララ」

「はい……」


 向こうも向こうで折れたらしい。


 文明人たる彼女が頑固な忠犬に成り下がってしまったのにも、何か理由があるのかもしれない。


「お話の続き、してもいいかしら」


 母親は、主にフララに確認を取るようにそう訊ねた。


「はい。話を遮ってしまい申し訳ありませんでした」


 母親は変わらない態度のフララに眉を下げて笑うと、居住まいを正して口を開いた。


「陛下から領地を賜った貴族には、聖玉の欠片に魔力を注ぐというとっても大切なお役目があるの」

「聖玉の欠片?」

「ええ。代々国王陛下が管理される聖玉には、魔物を退けて、人々が安全に過ごすことの出来る領域を創る力があるの。欠片としてその力を分散させることで、わたくしたちの住みよい安全な領域を広げているのよ」

「あっわかった!」


 レヴォナがピンと手を挙げた。


「その欠片からはなれると力がとどかないから、さかいめに魔物が出るんでしょ!」

「うふふ、レヴォナは賢いわね。そう、欠片から離れれば離れるほど、魔物を退ける力は弱まってしまう。とはいえ弱まるだけで、効果がなくなっているわけではないの。出てくる魔物も脅威ではないわ」

「はっ……分かりました!」


 今度はフララが手を挙げた。さっきまで領分がどうとか言っていたくせに。


「つまり、翼竜の群れなどという強力な魔物がダスクモント伯爵領との領境で出たということは、伯爵が役目を放棄したか、役目を果たせないほどの問題が領内で起こっているということですね!」


 フララの発言に、母親は悲しげな表情で一つ頷いた。


「ええ。何があったのかは分からないけれど、尋常ではないことは確かだわ。だからレヴォナの誕生パーティーにも来なかったのね……わたくし伯爵夫人とは懇意にしていて、見捨てるようになってしまうのが心苦しいけれど、下手に介入して事をややこしくしてはいけないもの……」

「ご主人様は陛下に伝書を飛ばしておりました。我々は伯爵を見捨てたわけではありません」

「そうね……」


 膝の上のペティが、母親を慰めるように撫でた。大の大人が小さな女の子に撫でられている光景は、なかなか奇妙だ。


「バニーは大丈夫かな……?」

「バニーって誰だ」

「トラゼバーン・ダスクモントってゆうボクのいちばんのお友だち」

「……心配するだけ無駄だ。馬車ん中で出来ることなんてねぇんだし」

「おいロア!子ども相手にそんな言い方ないだろう!」


 フララが食ってかかってきたが、死ぬのはゴメンなので、レヴォナの戸惑い顔を眺めながら無視し続けた。


 ダスクモント領でのきな臭い兆候を感じ取った父親によって、予定していたルートからは逸れたものの、以降はなんら問題のないのんびりした旅路が続いた。

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