第6話 ずっと一緒
夜。
俺がペットベッドに嫌々収まろうとしていると、後ろからリードを引っ張られた。
「ってぇな。なんだよ?」
「今日は、どっか行っちゃわない?」
窓から差し込む月明かりで、潤んだ目がよく光っている。
涙腺はどうなってるんだろうか。身分が高そうなのに、こんなにすぐグズっていて大丈夫なのか。
「……行かねぇよ。帰りたいのは変わんねぇが、死にそうになるのはゴメンだ」
「そう」
リードをギュッと握り込み、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
俺は思わず顔を逸らす。
「……おやすみ、ロア」
その声がどことなく寂しげだったのは、俺の聞き間違いではないはずだ。
「えっ?ロア?」
俺は天蓋付きのベッドに入り込んだ。
「あのベッドだと足が伸ばせねぇからだ。勘違いすんな」
「ふふっ。ロアはやさしいね」
◇
朝、目が覚めると、視界が真っ青に染まっていた。
「なっ」
一瞬飛び上がりそうになったが、昨夜のことを思い出して、踏みとどまった。
レヴォナは俺に抱きついてスースー寝息を立てている。
動くに動けず、俺は眼前の青髪の観察に注力することにした。
根元からしっかり綺麗に青色で、こうも間近で観察すると、染めている訳ではなくこれが地毛なのだと分からされる。
丁度良く朝日が当たると銀色に輝いて、手入れされた艶のある髪が、豪奢なベッドによく映える。
顔にかかる髪をどかそうと腕を動かすと、レヴォナがごそごそしだしてしまった。
「んにゃ……あれ?ロア?」
「起きたか」
「あ、そっかぁ。おとなりでねたんだった……ふへへ」
ぼんやりした顔で俺を見上げ、締りなく笑った。
「おはよう、ロア」
「ん」
俺はレヴォナの下敷きになっていた腕を引き抜き、早々にベッドから抜けた。
「んむぅ。ロア抱っこぉ」
「自分で起きろ」
「おねがぁい、ロアぁ」
こんな朝っぱらからぶりっ子ポーズで上目遣いを決められるところは、不覚にも尊敬の念を抱きそうになる。
俺はわざとらしくため息を吐いてから、脇の下に手を突っ込み持ち上げて、サッとベッドから降ろした。
「なんかおもってたのとちがう……」
「んなもん知るか」
◇
朝食の後、俺はレヴォナにリードを引かれて屋敷の中を歩いていた。
「なあ、どこ向かってんだ?」
「お祖父様のおへや。明日おうとへかえるから、ごあいさつ」
大分練り歩いて辿り着いた屋敷の端っこある扉を、レヴォナはノックした。
扉から出てきたのは、アジア人風の、切れ長の目をした女性だった。
多分、彼女はレヴォナの祖父のペットなのだろう。
「アン、今いーい?」
「もちろん。ご主人様がレヴォナ様を拒むはずがございません」
アンと呼ばれた彼女は恭しく礼をし、レヴォナを招き入れた。
「ありがとっ」
部屋に入ると、病的に痩せこけた枯れ枝のような老人が、ベッドの上で浅く呼吸していた。
レヴォナはベッドの横について、その骨の浮いた手を握った。
「お祖父様、ボクだよ」
「ああ……レヴォナ……」
「明日しゅっぱつなの。お祖父様さびしくなっちゃうね」
「ああ……」
レヴォナの祖父は、握られていない方の手でレヴォナの青髪をさらさら撫でた。
レヴォナも穏やかな顔で撫でられている。
「あっ、そうだお祖父様見て見て!この子ロア!ボクのペットだよ!」
「ほお……」
それから数秒、病人とは思えない鋭い眼光が俺を射抜いた。その威圧感は、レヴォナの父親によく似ていた。
「良い目を……しておるの……」
「わ。すごいね、ロア!」
「何が」
「お祖父様が人をほめるなんてめずらしんだよ!」
「へぇ」
確かに神経質そうな顔つきで、無闇矢鱈と人を褒めそうなタイプではない。
肉付きが戻れば、レヴォナの父親など比じゃないほどの威厳が出せそうだ。
「じゃあ、あんまりむりさせちゃだめだから、もう行くね、お祖父様」
「ああ……」
レヴォナは祖父の頬にキスをすると、立ち上がって部屋を出た。
「なあ、アンって言ったか」
部屋の外まで送ってくれた彼女を、どうしても気になったことがあったので呼び止めた。
「はい」
「主人が、その……亡くなったら、お前はどうなる」
「私も共に。繋がりが断たれれば、魔力を持たない我々はこの世界で生きていかれませんから」
彼女がそう言って浮かべた崩れそうな微笑みは、美しいと思わずにはいられなかった。
◇
「俺たちはおまっ……ぇが、死ぬと一緒に死ぬんだな」
「ボクはご主人様っ!」
「うるせ」
「もーっ!」
レヴォナはそこで一呼吸置いた。
「……しなないほうほうもあるよ」
「え?」
「あたらしいご主人様とけいやくをむすぶの。でもこのほうほうはあんまりよくない」
「どうして」
「うーん……そういう、ルール?」
なにかデメリットがあるのかと思ったら、ルール。
レヴォナの返答は曖昧でよく分からなかった。
まあ、まだ六歳の子どもに何を求めているのかという話ではあるが。
「ボクはまだまだしなないよっ!」
「あ?」
「ロア、不安になっちゃったかなって」
「なってねぇ」
「そう? ふふっ」
レヴォナはいきなり走り出し、リードがくっと引っ張られた。
「痛ってぇ!急に走んな!」
「あははっ」
走ったかと思えば今度は急ブレーキをかけて、くるりとこちらを振り返った。
「ずっといっしょだよ、ロア」
「んだそれ」