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第3話 ギャップ

 翌朝。

 リードを思っきし引っ張られて目が覚めた。


「まだ首が痛てぇ」

「ロアがおねぼうさんなのがわるいんだよ」


 ガキは使用人に服を着せられながら、頬を膨らませてそう言った。


 寝坊っつっても、俺は朝には強い方だ。昨日の……あれこれがあったせいで、なかなか寝付けなかっただけで。


「なぁ、お前俺の制服何処やったんだよ」

「お前って言わないの!ボクはレヴォナ!ご主人様って呼ぶんだよ!」

「ゔっ……また……」


 これで確信を持つことが出来た。心臓が締まるのは、命令された時だ。

 召喚とかいう非現実的なことがある世界だ。俺が逃げられなかったのも、命令に非現実的な効力があったからだと考えて良さそうだ。


「こんどからは、ご主人様ってよぶんだよ?」

「んなことより俺の制服!」

「もうっ!……まあいいや。あれはトクベツな日にきようよ。今日はそれをきて?」


 俺は、写真館にでも置いてありそうなふりふりゴテゴテの服に目を落とす。

 寝巻きのセーラー服モドキでも十分葛藤があったというのに、これを人目がある場所で着ろと……


「めいれいしないときれないの?」

「な……」


 こんなランドセルを背負ってるかも怪しいガキに、手のかかる子どもに向けるような呆れた目をされてしまった。


 命令された時のあの痛みも、もう勘弁だ。


「クソっ、着るよ!着りゃいんだろ!」


 と言ったは良いものの、慣れない服でかなり手間取ってしまった。最終的には使用人にも手伝ってもらって、ようやく着ることが出来た。


 これほどの短時間で、こんなにも屈辱的な気持ちになったのは初めてのことだった。



 ◇



「お父様、お母様、おはようございます」

「おはよう」

「おはよう、レヴォナ。ロアちゃんとはもうすっかり仲良しね」


 無駄に長いテーブルに座っていた父親と母親がこちらを見て挨拶を返した。


 父親の方は昨日も見たが、母親は初めて見る。

 柔和な顔つきで、乳がでかい。


「なかよし……そうかな……」

「あらあらまあまあ。でも、時間はたっぷりありますから。ね、貴方?」

「ああ。焦らずとも良い」


 父親の方はそう言うと、後ろに控えていた黒髪の女と目を見合せた。


「日本人!」


 俺には分かった、あの黒髪の女は日本人だ。


「カハッ」


 思わず駆け寄ろうとすると、首が絞まった。完全に首輪を着けていたことを忘れていた。


「うふふ。ロアちゃんはとっても元気なのね」

「お、おい!お前、日本人だよな?」

「ごめんなさい。お父様、お母様。こら、ロア!」

「いいのよ。なんだか昔を思い出すわ」

「なあ、なんで答えないんだよ?」

「もーお、ロアったら!」


 黒髪の女は澄ました顔で突っ立っている。こちらには見向きもしない。


「フララ、同郷なのではないか?少しは言葉を返してやりなさい……」

「は。かしこまりました。ご主人様」


 フララと呼ばれた黒髪の女はスタスタとこちらに歩いてきた。


「君の言った通り私は日本人だ。レヴォナ様に迷惑がかかっているから品のない行動は慎め」


 予想だにしない言葉が飛び出してきて、俺は面食らった。

 フララと呼ばれた黒髪の女の俺を見る目はとても冷ややかだ。


「食事が運ばれてきた。もう十分だろう」


 フララはテーブルに並べられていく料理の皿を横目に、心底ダルそうにそう言った。


「待てよ!アンタも、その、あの男の……ぺ、ペット、なのか?」

「ああ。……ご主人様方は有り得ないくらい良い人たちだ。何をそう反抗的になっているのか知らないが、もし捨てられでもしたら……」

「したら? あっおい」


 続きの言葉を待っていたら、フララはくるりと身を翻して父親の元へ戻ってしまった。


「ロア、ご飯だよ。おすわりしな?」


 何もかもが不完全燃焼でいると、俺の足元――つまり床に、食事を盛った皿が置かれた。


「は?」


 無駄に長いテーブルがあるんだから、使えばいいだろうに、わざわざ床へ置かれた。

 フララの方を見ると、さも当然かのように床に座り込み、犬食いしていた。


「ロア、食べないの?」


 よく見れば、母親の方にも一人、床で犬食いするガキがいた。自分の子どもとそう変わらない歳の子を、あんな風に……


「にがてな食べもの入ってた?」


 俺は堪らず目の前の皿を蹴っ飛ばした。


「ろっ、ロア!?」

「まあ!」

「レヴォナ、練習しただろう。こういう時は……」

「あっ、そうだった!」


 ぐっとリードが引かれる。


「ロア、おすわり!」


 途端、体が言うことを聞かなくなった。逆らおうとしても、自分の意思が体に全く伝わらない。

 どんどん視線が下がり、終いにはぺたんこ座りにさせられて、立ち上がった向こうは、子どもの背丈でもギリギリ俺を見下ろせている。


「おさらをけったらいけません!おぎょうぎよくおしょくじしなさい!」

「ゔっ…………クソ……俺は、犬じゃ、ねぇ」

「? そんなのわかってるよ。ロアは犬じゃなくて、いせかい人でしょ?」


 それが分かってて、どうしてこんな扱いが出来るんだ。同じ人同士だってのに。


「ねえ、ロアのおしょくじ、もっかいもってきてくれる?」

「いらねぇ!」

「おなかすいてないの?」

「……」

「レヴォナ、きっとロアちゃんはいきなり環境が変わって驚いちゃったんだわ。ロアちゃんにはロアちゃんのペースがあるもの。無理させちゃだめよ」

「そっか……」

「そう落ち込むな。躾はよく出来ていた」

「ほんと?」

「ああ」


 これが良い人だなんて、イカれた環境に身を置きすぎて、フララはおかしくなっちまったんだ。


 いや、自分の心を守るために、そう思わなきゃやってられなかったんだ。そうに違いない。

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