第1話 召喚
誤字脱字等ありましたら、ご報告いただけますと幸いです。
「ねえねえ、お父様。そろそろボクもじぶんのペットがほしいな……ボク、もう六つになるんだよ?」
食事を一気に飲み込んだ子どもは、うずうずそわそわ切り出した。
「む……まだ早いんじゃないか」
「貴方、よろしいんじゃなくて?わたくしもこのくらいの年頃に召喚した覚えがあるもの」
「ほら!お母様もこういってる!」
潤んで輝く瞳を向けられた父親は、子どもからのおねだりに目を閉じて一考する。
片手で顎を擦る父親は、床で行儀よく食事を摂る黒髪の女を見やる。
「きちんと世話、できるか」
父親は傍に寄せたその女を撫でながら、子どもに訊ねた。
女は長い黒髪を揺らし、蕩けた顔で父親の手に頬を擦りつけている。
「うん!できるよ!」
「……では、誕生パーティーの日に」
「やったあ!お父様だいすきっ!」
満面の笑みを浮かべる子どもに、母親は口元を押さえてクスっと笑い、父親は呆れたように首を振った。
◇
誕生パーティー当日。
親しい者たちが一堂に集い、食事や歓談を楽しむ中、突然会場の照明がバチンと落とされた。
ざわめきだつ真っ暗闇のホール。
中央に設置された舞台にスポットライトが当たると、掛けられていた布が引かれ、深く刻まれた魔法陣があらわになった。
「本日はこの場を以て、息子の初めての召喚の儀を執り行わせていただきたい」
本日の主役たる子どもの父親が、ライトの中でそう宣言すると、わあっと歓声が上がり、拍手が巻き起こった。
「レヴォナ!こちらへおいで」
「はぁい!」
一段とめかし込んだ子どもが、父親に呼ばれて舞台に上がった。
「手を出しなさい」
「うん」
父親は、ぎゅっと目を瞑った子どもの手を取り、その小さな親指の腹に短剣を滑らせた。
「いてっ」
目を開けた子どもは不安そうに父親を仰ぎ見た。
「魔法陣の中央に立って、両の掌を地面について、詠唱しながら魔力を流すんだ」
子どもは力強く頷き、父親の言葉通り体を動かした。
観衆も息を呑んで子どもを見守った。
子どもが息を吸って口を開く。
詠唱と同時に、じわじわと魔力が流し込まれ、魔法陣が淡く灯っていく。
「――わがもとにひざまずき、とわのれいじゅうをちかえっ!」
魔法陣の全体に魔力が行き渡ると、舞台は目が眩むほどの強い光を放った。
◇
授業が終わって、高校からバイト先までの道。
いつものようにショートカットで公園を横切っていたら、まるで金縛りにあったかのように、急に体が固まって動かなくなってしまった。
「は?んだこれ!?」
足元に広がる魔法陣らしきものに気付いた時にはもう遅かった。
魔法陣はカッと光を放ち、俺の目を眩ませた。
◇
頭が割れるほどの拍手と歓声で、俺は目を開いた。
すると、さっきまでいたはずの公園など跡形もなく、豪華な宴会場のようなところで、派手な衣装に身を包んだ奴らが俺を取り囲むように立っていた。
地面にはさっき見た魔法陣が彫られていて、触るとホロホロと瓦解した。
映画の撮影かなにかか、それともただ夢を見ているのか。
「お、おい。ここはどこだ……」
俺が立ち上がろうとすると、曇った空色の瞳のガキが、視界にずいっと入り込んできた。
真剣な顔で、まじまじこちらを見つめている。
「じゃあ……ロア!お前の名前はロア!」
「ゔっ」
途端、心臓が大きく鼓動し、胸部がぐっと締め付けられた。
「な、にを……」
「ロア!ほら、僕の指を舐めて!」
ガキは俺の口の前に切り傷がついた親指を突き出した。
俺が状況を飲み込めずにいると……
「もぉ、こうやるの!」
「ホガッ」
口に無理やり指を突っ込まれ、舌の上に鉄の味が広がった。
「お前なにすんだ!マジの血じゃねぇか!」
「ふふっ、かわいい!」
「はあ?」
ガキはこちらに取り合おうともせず、近くにいた男に向き直った。
「ありがと!お父様!」
「ああ、改めて誕生日おめでとう。なかなか良いのを召喚したな」
「うんっ!」
背の高い男はこのガキの父親だったようだ。
そして、「召喚」と言った。
俺はここに、このガキに、召喚された……ってことか?