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叶うなら君の隣で ~獣人夫妻の自由気ままな溺愛生活 12か月~  作者: ぷよ猫


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9/15

八の月 ~お茶会と噂話~

 【Bunny】


 うだるように暑い、ある日のこと。

 帝都中にショッキングなニュースが駆け巡りました。


「聞きまして? キサラン伯爵の奪爵の件、家はお取り潰しだとか」


「まあっ、あのデクスター家が?」


「皇后様の暗殺を企てたそうですわ」


「なんて恐ろしい……!」


 デクスター家はエレギア帝国屈指の旧家で、代々皇帝に厚い忠誠を捧げてきた人間の一族です。当主が受け継ぐキサラン伯爵の称号は、義父の持つサプワン公爵よりも由緒があるんですよ。

 そのデクスター家が取り潰しだというのですから、国内貴族の衝撃は計り知れません。

 競馬場でリズ様の命を狙ったのは、キサラン伯爵夫人でした。

 彼女は隣国リントから嫁いだ侯爵家出身の女性です。獣人が人口の七割を占める帝国では外国から人間が嫁いでくることはままあり、特にデクスター家のような旧家では、家柄を重視した政略結婚をすることもあるようです。

 彼らは血筋と伝統を重んじ、()を尊ぶわたくしたち獣人の貴族とは異なる価値観を持っています。

 キサラン伯爵夫人は、リズ様が自分よりも身分の低い準男爵の令嬢であることが気に入らなかったのだとか。

 今、リズ様がいなくなればワイヴァン陛下は世継ぎを儲けぬまま一生独身を貫くはずですから、帝位継承は皇弟へと移ります。しかも皇弟妃は公爵家の女性……。

 なので、より高貴な血筋である皇弟夫妻の御子が帝位を継ぐべきだと、キサラン伯爵夫人は考えたわけですね。で、行動に移しちゃったと。

 リント王国では時として王位継承争いが勃発するため、そこで育った彼女にしてみればごく自然な思考だったのかもしれません。けれど、エレギア帝国って、先帝が早々に隠居して愛妻と世界一周旅行をしているような国ですよ? 帝位を巡る陰謀なんて皇弟夫妻もいい迷惑ですって。

 キサラン伯爵ご本人はそんな皇族の気質をよくご存じで、ワイヴァン陛下とリズ様を尊重する温厚な方だったのですけどね。

 それが愚妻のせいで一族連座。まだ小さな子どももいるというのに恐ろしすぎます。

 わたくしはウォルフと一緒なら地獄に堕ちても本望ですけど、政略結婚の相手の道連れになるのは遠慮したいわ。


「代々の忠臣を失うことになるとは、ワイヴァン陛下もお気の毒に」 


「でも未遂でよかったです。皇后様がご無事でなければ、今ごろはリント王国が消滅していますから。デクスター家の取り潰しと夫人の実家の降爵ですんだことは、不幸中の幸いかもしれません」


「レオナ嬢の言うとおりです。ワイヴァン陛下は番を害そうとする者に容赦ない方ですもの。キサラン伯爵夫人は、ワジャ前領主の末路をご存じのはずなのに本当に愚かですね」

 

 身内のお茶会でも、デクスター家の話題で持ちきりです。

 ここは、わたくしとウォルフが住む屋敷の近くにあるビーモント家のタウンハウス。白を基調としたドローイングルームに集まったのは、ミュウ夫人とレオナ嬢、ウォルフの叔父の妻ポーラ夫人でした。

 義母はまだ旅行中のため不参加です。滞在中のテージュ王国では花祭りが開催中なので戻る気になれないのでしょう。ミュウ夫人によると、先帝夫妻と合流してテージュ国王の接待を受けているのだそう。

「こんなときに呑気だなぁ」なんてウォルフは呆れ顔でしたが、逆に彼らがのんびりしているからこそ、『こんなとき』でも揺るぎない帝国を他国にアピールできたとも言えましょう。


「キサラン伯爵夫妻は毒杯だそうですよ。お子様はどうなるのかしら? まだ十歳よね……」


 息子のレイフ君と重ね合わせてしまうのか、ポーラ夫人は丸顔の優しい面差しを歪めています。

 確かに、子どもに罪はありません。ですが、将来の謀反の芽を摘むために処刑するのはあり得る話です。


「やっぱり、毒杯……?」


 ミュウ夫人は恐る恐る切り出します。

 それを聞いたレオナ嬢の顔面がサッと青くなりました。


「まさか」


「陛下はどうお考えなのかしら。一族もろとも処刑なさるつもりなのか、生かして再興のチャンスをお与えになるのか……なんて、ここで論じても仕方ないですわね」


 ミュウ夫人はふぅと吐息するとゆっくり立ち上がり、キャビネットの上に置かれた通信機からメイドを呼びました。そして緊張した空気を払拭するかのように、にこやかな笑顔を作ります。


「さあ、暗い話はここまで。今、温かい紅茶とアイスクリームをお出しするわ」


 ご婦人たちのスイーツ好きは万国共通、わぁっと声が上がり場が和みます。


「アイスクリーム……!」


 うっかり口に出してしまい、皆から微笑ましげな眼差しを向けられました。

 ちょっと、はしたなかったかしら? 気をつけなければ。


「バニーさんの食いしん坊は相変わらずねぇ。ちゃんとバニラ、チョコ―レート、ストロベリー、それとラズベリーのソルベも用意してあるわよ」


 ミュウ夫人がクスッと笑い、ポーラ夫人からは「そういえば、バニーさんはレミントンホテルの喫茶室に今夏限定スイーツがあるのをご存じ?」と新たな話題が振られます。

 レミントンホテルはコーヒークリームのロールケーキが有名ですが……。


「コーヒークリームのロールケーキは、限定メニューではないですよね? アイスクリームにチョコレートソースをかけたものも毎年出ていますし……」


「ふふ、アイスクリームに熱々のコーヒーシロップをかけたもので、とっても美味らしいですよ」


「まぁっ、ぜひ食べてみたいですわ。そうだわ、今度、皆で行きましょうよ」


 わたくしより先に、ミュウ夫人が前のめりになって反応しています。


「ええ、ぜひ」


「楽しみですわ」


 すかさずレオナ嬢とポーラ夫人も賛同。どうやら食いしん坊は、わたくしだけではないようです。

 話しているうちに、贅沢に四種類のアイスクリームが盛られた皿が運ばれてきました。ラズベリーのソルベをひと匙すくい口の中に放り込むと、またたく間に溶けていきます。

 ひんやり、甘酸っぱい。


「夏の味ねぇ……」


 わたくしがしみじみと呟いたあとは、しん、と部屋が静かになりました。

 ええ。だって口は一つしかないのですもの、当然でしょ?

 それなのにウォルフったら「君たちって、食べてるときだけは静かだよね」なんて言うのよ。まるでわたくしたちが、おしゃべり好きみたい。失礼しちゃうわ。 



 【Wolff】


 ビーモント家の女性たちが優雅にお茶会を楽しんでいる間、その夫たちはシガールームに集う。

 お気に入りの葉巻と昼はコーヒー、夜はブランデー、さらにナッツかビターチョコレートがあれば言うことなし。

 今日は暑いから、バニラアイス。存外、それも葉巻と合う。

 今ごろはバニーたちも冷たいアイスクリームを味わっていることだろう。

 彼女たちは普段おしゃべりなのに、なぜかスイーツを食べているときだけ静かになるんだよな。そう言ったらバニーはプリプリ怒っていたけれど、ほっぺたを膨らませた君の顔も好きだ。

 青い壁、大理石の床、黒光りする革張り椅子……ビーモントの先人たちが愛用したこのシガールームには、俺の兄フィリン侯爵と叔父のテューディ伯爵、アーサー、それから――。


「うむ、やはりアイスは美味しい! ところで、ここにはラム酒はないのかい?」


 なぜか陛下がいる。

 ビーモントの集まりだっていうのに、アーサーなんかすっかり仕事モードで、ピシッと姿勢を正して陛下の後ろに控えているんだもんな。


「まだ昼間ですぞ、陛下」


 叔父上に諫められた陛下は肩をすくめている。


「だってさ、酒でも飲まなきゃやっていられないだろう? あのキサラン伯爵だぞ。まさか彼をこの手で処刑する日が来るなんて」


「嘆かわしいことです。あの忠義者が女で身を滅ぼすことになるとは。しかし、ここで情けをかければ、ほかの貴族に示しがつきませんからな。毒杯は陛下のせめてもの温情であると、我々は理解しております」


 叔父上は、憔悴した顔で葉巻を咥える陛下を気遣うように言う。

 妻の悪事を知らなかったキサラン伯爵は、今までの忠義に免じて眠るように逝ける毒を与えられることになった。もちろん、首謀者の夫人とは別の毒である。

 実行犯はウェイターに扮した騎士ではなく、夫人の腹心の侍女だ。

 最愛のリズ皇后を害そうとしたうえ、騎士に罪をかぶせようとした夫人への陛下の怒りはすさまじかった。リント国王に圧力をかけ、生家の侯爵家を男爵にまで降格させたほどである。

 プライドの高い夫人は、牢屋でその事実を告げられて「嘘よっ~」と絶叫し失神したという。


「皇帝だったころに父上は、気位の高いリント貴族との結婚などやめておけと忠告していたそうだよ。今どき生まれながらの婚約者なんて時代遅れだしな。だが、亡き先代当主が決めた縁談を拒むことはできなかったらしい」


「先代は昔気質の人間だったようですね」と、兄上は戸棚からラム酒の瓶を取り出してグラスに注ぎ、陛下の前へ置く。馥郁とした香りがこちらにまで漂ってくる。

 陛下は一気にグラスを煽った。

 グラスを揺らして香りを楽しんでから一口、二口と味わうのが、陛下のいつもの飲み方なのに。


「百歩、いや千歩譲って、キサラン伯爵は妻の管理を怠ったがゆえと諦めがつく。皇后暗殺を謀ったのだから、一族に累が及ぶのも仕方のないことであろう。しかし、年端もゆかぬ子どもたちにまで罪を負わせるのは、どうにも辛くてな」


「それはそうでしょう。免罪されてはいかがです?」


 俺の提案に、陛下は首を横に振る。


「宰相たちが反対なんだよ。いずれ反逆の芽になるからと一族全員の処刑を提言されている。先帝からの重鎮たちの意見を無下にするわけにもいくまい。かといって、そんなことをしたら私は血も涙もない冷徹な皇帝として歴史に名を残してしまうだろうな。どうしたものか……」


 陛下がチラリとこちらを見た。

 こればっかりはバニーの魔法の出番はないもんなぁ。でもまあ、俺でも微力ながら役に立てることはある。


「宰相には、こちらから話してみましょうか?」


 バニーとの出会いで世話になった軍人時代の同僚フェネックは、宰相の息子なんだ。宰相は末っ子のフェネックに甘いから、彼を通せば多少の無理が効く。

 陛下を守る立場として、宰相たちがデクスター家の厳しい処分を求めるのは仕方のないこと。面子にかかわるから、一度提言したことを簡単に撤回できないと思うが「残忍な皇帝だと噂されるのは陛下のためにならない」と二人で訴えれば、再考くらいはしてくれるだろう。


「それは助かる」


「陛下、発言してもよろしいですか?」


 大人しく控えていたアーサーが挙手した。


「許す」


「宰相たちの提言どおりに一族処刑を発表したあと、御子誕生の慶事を理由に恩赦を出されたらよろしいのでは? 宰相たちの面目は保てますし、処刑を減刑されたとあらばデクスター家も感謝はしても恨むことはないでしょう」


「恩赦で減刑……いい案だな。リズの出産まで、まだ間があるから調整は必要だが……。処刑は首謀者の夫人と実行犯のみ。当主のキサラン伯爵及び一族は、身分剥奪のうえベルモレタ島へ流刑とするか」


 ベルモレタ島は、過去に不祥事を起こした皇族が送られた場所だ。その後は帝都に呼び戻されているから、ほとぼりが冷めたらデクスター家に復活のチャンスを与えるつもりなのかもしれない。


「その際は、皇后様より嘆願があったとされるのがよろしいでしょうな」


 抜け目なくキサラン伯爵を助命する陛下へ、叔父上は口から煙を吐き出しながら進言する。

 確かに被害者であるリズ皇后たっての願いなら、宰相たちも無視できないからな。俺も説得しやすい。


「国民には慈悲深い皇后とイメージアップにもなりますからね」


 兄上が言うと、陛下は薄い唇の端を上げて満足そうに笑った。さっきまでの余裕のなさはどこへやら、である。


「リズのイメージアップか。よし、それでいこう」


 それから陛下は、俺たちと少しばかり打ち合わせをしてから「今日は、ここへ来てよかった」と言い残して帰っていった。憂い事がなくなったとたん、リズ皇后の顔が見たくなったんだそうだ。

 ま、そうなるよな。

 こんなふうにビーモント家のシガールームでは、ほんの一時間足らずで人の運命が変わることがある。

 自分の恩赦がアイスクリームを食べながら決められたと知ったら、さすがのキサラン伯爵もびっくりするに違いない。


「帰ろう、バニー」


 ドローイングルームへ迎えに行くと、涙目のバニーがいて……。


「ううっ……ウォルフ」


 連れて帰るなり部屋にこもってしまった。

 え? アイスクリームの食べ過ぎで腹痛をおこしたんだって!?

 まったく食いしん坊なんだから。



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