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叶うなら君の隣で ~獣人夫妻の自由気ままな溺愛生活 12か月~  作者: ぷよ猫


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8/15

七の月 ~貴族のお遊び~

 【Bunny】


 徐々に陽射しが強まり、季節はもう夏です。

 七の月のエレギア帝都といえば、やはり競馬でしょう。

 毎年開催される皇室主催の大会は、竜帝ワイヴァン陛下と皇后リズ様も出席される一大イベントなんですよ。

 観覧席は『ロイヤル』『ゴールド』『シルバー』『ブロンズ』とランク別のエリア分けがなされていて、その中でもロイヤルエリアは皇室の招待状がなければ立ち入ることのできない特別席です。その栄誉に与れる者はほんの一握り。

 ありがたいことに、ビーモント家も招待されました。

 義両親はテージュ王国へ旅行中のため、当主の代理としてウォルフの兄であるフィリン侯爵と妻のミュウ夫人が参加します。あとはわたくしとウォルフ、アーサー卿と婚約者のレオナ嬢――。

 はい、二人は無事に婚約しました。レオナ嬢にとっては婚約後、初の公の場ということになりますね。

 この大会では誰でも入れるブロンズエリアは服装自由ですが、ロイヤルエリアと二番目にグレードの高いゴールドエリアは正礼装が基本です。男女ともに帽子着用が義務づけられていて、忘れると皇室の招待状があっても入場できません。

 男性はトップハット、女性は工夫をこらした華やかな帽子を被るのが毎年のお約束なんです。ちょっとした仮装大会。まあ、お遊びみたいなものですね。

 だから今日は、レオナ嬢とミュウ夫人と一緒に専門店へその帽子選びにやって来たわけですが……。

 

「色は白にしようかしら。リボンをあしらってもいいし、生花を飾っても豪華よね」


 店の歴史とともに濃茶へ変色したチェスナットの床と白壁のこぢんまりとした店内には、様々な帽子が陳列されています。ストローハット、ヴェール付きのトーク帽、華やかな装飾のヘッドドレス……。

 わたくしは真っ白なツバの広い帽子(キャペリンハット)を手に取りました。

 たおやかな笑みを浮かべた店のマダムが、すかさず似たデザインのものをいくつか出してきてくれます。


「そちらはシルク素材、こちらは麻を編み込んだものですわ。どちらも夏らしくて人気がございます」


「うーん、迷うわぁ。お義姉様はどちらがいいと思います?」


 わたくしに意見を求められたミュウ夫人の肩がビクッと跳ねました。


「わ、わたし……いえ、わたくしのセンスなんて当てにならないわよ……ずっと帝都で暮らしていたバニーさんのほうが流行に敏感なのではなくて? それに……」


「わたくしはパン屋の娘なのよ? わかりっこないじゃない」とわたくしの耳元でこそっと囁きます。

 ミュウ夫人は次期当主の妻なので、普段はサプワンの本邸で暮らしています。フィリン侯爵と結婚したのは二年前。それまではサプワンの街でパン屋を営む平民の家のお嬢さんでした。

 白猫の獣人だそうで白ウサギのわたくしと同じ毛色、年齢は一つ年上ですが貴族の仲間入りをして日が浅いところも似た者同士です。

 なので、なんとなく彼女の気持ちはわかります。

 淑女の立ち振る舞いはビーモント家で教えていただきましたが、ファッションセンスなんて一朝一夕で身につきません。だからといって、変な帽子を被って笑われてしまったら名門ビーモントの名が泣きますし……。

 ううっ、のしかかるプレッシャー。


「それを言ったら、わたくしは孤児ですよ」


「でも公務員でしょう? パン屋なんてね、皇帝陛下のご尊顔を拝するどころか、プリムス宮殿に行く機会すら一生に一度もないんだから」


「ロイヤル席では、一緒に観戦できますよ」


「うわ~、緊張で倒れそう。実はわたくし、初参加なのよ。去年はお義母様が出席されたから、夫婦でバカンスへ行っていたの」


「大丈夫ですよ。お義兄様もいるんですから、どうにかなりますって」


「その余裕……やっぱり長男より次男の嫁が気楽でいいわよね。ま、愚痴っても仕方ないか。差し当たり帽子のデザインをどうするかよ」


「そうですねぇ」


 はぁ~。

 顔を見合わせ、ため息を吐きました。

 わたくしとミュウ夫人がコソコソ話しているので何事かと思っているのでしょう。レオナ嬢が不思議そうに首を傾げ、こちらを見ています。

 あっ、そうだわ。彼女、侯爵令嬢じゃないの。


「レオナ嬢は、どれがいいと思います!?」


「レオナさんは、どれがいいと思う!?」


 ミュウ夫人もわたくしと同じことを思ったようで、二人の声が重なりました。

 わたくしたちの剣幕に恐れをなしたのか、レオナ嬢は驚愕の表情で一歩後退ります。しかし、さすがは王子の元婚約者。すぐに真顔に戻って、少し考えると黒いリボンを手に取りました。


「皆が華やかな帽子なら、あえて無彩色にしてみては? 白い帽子に黒の装飾のモノトーン、ドレスも白にすればシンプルでも目立つと思うんです」


「なるほど……」


「いっそのこと、三人でお揃いのコーディネートにしません?」


 わたくしが提案すると、店のマダムがツバの大きさの異なるキャペリンハットを三つ持ってきて、説明しながら黒いリボンを合わせ仮留めを始めます。


「白黒ストライプのリボンを足すとグッと華やかになりますよ。一つは羽根飾りをあしらってもキレイですし、黒いダリアのコサージュなどでアクセントを加えても……」


 慣れた手つきでササッと飾り付け、あっという間にモノトーンの帽子が三種類、出来上がりました。

 薄茶の髪を肩上で切りそろえたボブヘアのミュウ夫人には羽根飾り付きの、プラチナブロンドのレオナ嬢には黒いダリアのコサージュをあしらったもの、わたくしは太いリボンを巻いた大きなツバのもの。


「いいわね」


「ええ」


「素敵です」


 こうしてやっと帽子のデザインが決まったのでした。

 あとはドレスね……。

 たかがお遊び、されどお遊び。

 こういうとき、貴族も楽じゃないわぁと思います。


 当日。

 競馬場では、黒いトップハットのワイヴァン陛下とマリンブルーの帽子とドレスを纏ったリズ様が馬車で入場されました。その後ろから皇弟夫妻を乗せた馬車が続きます。

 皇族方が観客席へ手を振った瞬間、ワッと歓声が沸き起こりました。

 開会式が終わり、ロイヤルエリアでリズ様にお会いすると……。


「バニー夫人! わたくしもお揃いコーデにしたかったですわっ」


 妊娠中の大きなお腹を抱え駆け寄ってこられたので、転びやしないかとヒヤヒヤします。

 リズ様とはベリーチョコレートをご馳走になって以来、何度かお茶をご一緒するようになって、今では『バニー夫人』と名前で呼ばれるようになりました。

 てっきり怖がられているのかと思いきや、あれは緊張していただけなんですって。意外とシャイな方だったみたい。

 リズ様は、モノトーンでコーディネートしているわたくしたちを羨ましげにご覧になっています。

 でもねぇ……臣下が皇后と同じ色のドレスを着るわけにいかないのですよ。

 色が被らないように、この日の皇后はマリンブルーの装いというのが伝統でして、わたくしたちはそれ以外の色を選ぶのです。


「ははは。リズ、こればかりは仕方ないだろう」


 ワイヴァン陛下に窘められ、リズ様はガックリと肩を落とします。

 これをきっかけにミュウ夫人とレオナ嬢も話の輪に加わり、わたくしたちは和やかな歓談のひとときを過ごしたのでした。



 【Wolff】


 バニーが美しすぎる。

 今日の装いは、ツバ広の白い帽子と袖にレースをあしらった白いマーメイドドレスだ。黒と白黒のストライプ、二種類のリボンがアクセントになっていて、派手さはないが人目を引く。

 赤、黄、緑、ピンク、色とりどりのドレスが行き交うなか、白黒のモノトーンのコーディネイトで揃えられたビーモント家の女性たち。

 ミュウ夫人のドレスは直線的なシルエットのペンシルライン、レオナ嬢は胸の下に切り替えがあるエンパイア……と形は違うが、それぞれに黒いリボンがあしらわれていてよく似合っている。

 でもやっぱり、バニーが一番だ。

 体にフィットしたドレスは彼女のスタイルの良さを際立たせ、歩くたびに左右に揺れるお尻が色っぽい。

 チラ、チラと集まる男たちの視線を遮るように、俺はバニーの後ろにぴったりと張り付く。

 このイベントは人間の来場者も多いからな。その中には女性の体を不躾に眺める男もいるのさ。

 ロイヤルエリアの招待者には、明確な選定基準がない。獣人の貴族以外にも人間の貴族、その年に国へ貢献した者、皇族の個人的な興味で招待される者もいる。

 隣接しているゴールドエリアは、高額だが金とコネさえあればチケットが買えるので外国の富裕層に人気だ。

 いろいろな人が集まっている。

 自分の妻をエスコートしているのにバニーのお尻に目が釘付けになる人間の男の心理が、番しか目に入らない俺たち獣人にはまったく理解できない。

 ほら、今だって旅行者らしき中年男が妻に腕をつねられているじゃないか。


「ウォルフ、さっきからどうしたの? わたくしの背中に何かついてる? もしかして、ドレスが汚れているの?」


「え? ああ、なんでもないよ。今日は暑いな、ソーダ水でも飲むか」


 訝るバニーを誤魔化して、レモンソーダのグラスをウェイターの盆から二つ取る。

 ここ、ロイヤルエリアでは、酒やジュースなどの飲み物のほかに軽食とスイーツが食べ放題なのだ。バニーの好きなチョコレートファウンテンもあるぞ。


「ありがとう、ちょうどよかったわ」


 バニーは俺の手からグラスを受け取ると、リズ皇后のもとへ行き彼女が飲もうとしていたアイスティーのグラスと取り替えてしまった。

 ソーダよりアイスティーがよかったのか?

 戻ってきたバニーからバチッとかすかな魔力音がする。どうしたんだ?

 バニーはアイスティーのグラスを持ったまま動かない。


「飲まないの?」


 俺の問いに「毒が入ってるの」と答えが返ってきた。


「なんだって!?」


「シーッ! 静かに。今騒いだら大事になってしまうわ。陛下には伝えたから、証拠品として騎士が回収しに来るはずよ」


「ああ、すまん」


 確かに、皇室のイベントで暗殺未遂だなんて公にしないほうがいいよな。中止にでもなったら満員の会場が大騒ぎになってしまう。

 バニーに言われて大人しく騎士が来るのを待つ。なんだか落ち着かない。

 

「グラスをお預かりします」


 毒入りグラスの回収に来たのはアーサーだった。陛下も人使いが荒い。


「おまえは今日、休暇のはずだろ。レオナ嬢を一人にしていいのか」

 

「レオナは陛下たちと一緒ですから大丈夫ですよ。それにウェイターが会場警備中の騎士だったので」


「身内が容疑者かよ」


「真っ先に疑われるのはウェイターなので、さすがに違うとは思いますが……」


 陛下のほうへ目をやると、リズ皇后の腰を引き寄せレオナ嬢と話しているのが見えた。平静を装ってはいるが、内心穏やかではいられないはずだ。信頼できる者は少ない。以前、陛下はそう言っていた。アーサーは、その数少ない者の中に入っているのだろう。


「それにしても、バニーはよくわかったな」


「ゴフッ……! ゴホッゴホッ……ぐ、偶然よ。な、なんとなくお茶の色が変っていうか、違和感があったというか」


 バニーは飲んでいたレモンソーダが気管支に入ってしまったらしく、むせている。俺は何気なく言葉にしただけなんだけど、この慌て具合……。きっと、魔法で毒入りとわかったんだろうな。

 俺は「そうか、目がいいんだな」とバニーの背中をさすってやった。


 そのうちにファンファーレが鳴り響く。

 いよいよレースが始まるのだ。

 競馬は貴族の遊びと言われている。一レースに大金をつぎ込む者も少なくないが、俺はあまり魅力を感じない。一瞬で金を溶かしてしまうより、そのぶんバニーに服でも買ってやりたい。だけど、名門ビーモントがケチだと思われるのは体面上よろしくないので、ほどほどに賭ける。

 たかがお遊び、されどお遊び。

 こういうとき、貴族って面倒くさいなぁと思う。


「ふふ、わたくしが賭けた七番は、あの青毛の美しい馬よ。きっと足も速いわね」


 バニーは目をギラつかせている。

 青毛は全身が黒い馬のことで、鼻先まで真っ黒なその馬の艶やかな毛並みは見事だが、人気は最下位だ。

 馬券を買いに行ったのは俺だから、バニーは自分の賭けた馬に人気がないことも、その馬に庶民の月給ほどの金額が賭けられていることも知らない。


「俺は三番。栗毛の馬だよ」


 そう、君の髪色と同じ。こんな基準で馬を選ぶのもどうかと思うけど、所詮お遊びだもんな。

 スタートの合図が鳴って、観客たちは熱狂する。

 俺たちも双眼鏡を握りしめ、レースを見守る。


「行け~! 突っ走れ!」

「ぎゃぁぁ! 抜かされたっ」

「私の全財産……!」 


 馬がゴールが近づくにつれ、人々の興奮が高まっていく。

 義姉のミュウ夫人が我を忘れて絶叫しているので、兄上は宥めるように肩を抱いている。

 一位は黒鹿毛の馬、二位が首差で芦毛の馬、俺の賭けた栗毛の馬は五位だった。


「あーあ、負けちゃった」


 バニーは残念そうに暗い声を出す。

 でも十二頭中、八位だったんだから、健闘したんじゃないか?


「まだ一レース目だよ。勝負はこれからさ」


 大会は一日六レースの五日間で、計三十レースある。注目の竜帝杯は最終日だから、お楽しみはこれからだ。


「そうね。次はどの馬にしようかしら?」


 バニーは気を取り直して、馬を選び始める。

 そうして初日だけで庶民の給料一年分のお金をスッてしまったのだから、いかに競馬予想の才がないかわかろうというもの。

 まあ、俺も似たようなもんだけど。


「また明日があるさ」


 しょげるバニーを慰めると、一瞬でぱぁぁっと明るい笑顔に変わる。


「明日も、いいの?」


「もちろんだよ」


 そうそう、君は笑っていたほうがいい。

 明日があるっていいものだな。 


 

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