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叶うなら君の隣で ~獣人夫妻の自由気ままな溺愛生活 12か月~  作者: ぷよ猫


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五の月 ~ハルモニア音楽祭~

 【Bunny】


 リント王国の王都では、春の終わりにハルモニア音楽祭が開催されます。

 王立コンサートホールにて、十日ほど日替わりでオーケストラや有名ピアニストによる公演が行われ、上流階級の人々の社交場となっているのです。

 この期間は近くの小ホールで少年合唱団の発表会があったり、劇場でオペラが上演されたり、王都中が音楽の街と化し大いに賑わいます。

 ずっと温泉ばかりというのも飽きますし、せっかくワジャにいるのだから王都まで足を伸ばしてみようと主催者へ問い合わせたところ、招待状をいただきました。

 王家お抱えの交響楽団によるコンサート、それも特別席です。

 音楽祭の最後を締めくくるこちらのコンサートは、毎年チケット争奪戦が繰り広げられるほど人気だそうですよ。

 そういうわけで、今日はわたくしが運転手です。

 麓の街からは舗装された道路なので黒塗りの高級車に乗り換え、いざ出発! わたくしは鼻歌交じりにグンとアクセルを踏み込みました。


「ひぃぃぃぃ! た、たた助けてぇ」


 血の気の引いた顔で、死にそうな声を上げているのはレイラ嬢です。

 え? どうして彼女が一緒なのか、ですって?

 あれからウォルフがホールデン家当主と話し合った結果、レイラ嬢を再教育するため王都の寄宿学校へ入れることになったので、ついでに乗せてきたのです。

 わたくしはエレギア帝都の学校がいいのではないかと言ったのですけど、レイラ嬢がそんなに遠くは嫌だと泣きながら懇願し、仕方なく帝都よりも近いリント王都へ留学となりました。

 礼節を重んじる女学校。生徒のほとんどが貴族のご令嬢で、爵位のないホールデン家は底辺です。一切の甘えは許されず、レイラ嬢には厳しい環境でしょうね。

 さあ、とっとと送り届けて音楽祭へ行きましょう!

 さらに車のスピードを上げたとたん、レイラ嬢は失神してしまいました。


「バ、バニー、大丈夫かい? 大変だったら俺が運転するよ」


 まあ、ウォルフったら優しい! 

 でも平気。運転していると気分爽快で、疲れなんて吹っ飛んじゃいますから。

 ちなみにアーサー卿は、「音楽祭にはいい思い出がないから」と言うので同行していません。レイラ嬢のようなしつこい令嬢に絡まれるのがオチだそうで……。

 今度こそ、のんびり日頃の疲れを癒していただきたいものです。

 夕刻、目的地が近づき車のスピードを落としたころ、レイラ嬢は目を覚ましメソメソと泣き出しました。


「ううっ、寄宿学校だなんて……。わたくし、お父様に嫌われてしまったの?」


「君があそこにいると、君のためにもホールデン家のためにもよくないからだよ。宿には身分を隠した貴人が訪れることも多いし、不興を買えば君の父上の身が危うくなる。当時、君はまだ十三歳だからわからなかったかもしれないけど、前領主はそうして失脚したんだ。実際、帝国ではホールデン家当主の男爵位授与が検討されていたが、君の傍若無人な行いにより白紙となるだろう」


「そんな……! わたくしのせいで、お父様が男爵になれない……」


 ウォルフに嗜められ、レイラ嬢は呆然と呟きました。

 新たな領主となったホールデン家当主へ、このまま問題がなければ爵位を授け代々世襲させる方針だったのは事実で、その見極めをウォルフはワイヴァン陛下から頼まれていたようです。

 しかし次代の領主が一人娘のレイラ嬢では、ね。


「甘やかしたほうも悪い。そして君はもっと学ぶべきだ。寄宿学校はいいきっかけになるはずだよ」 


 ほどなく学校に到着し、レイラ嬢は涙を拭くと出迎えの職員に伴われ、大人しく寄宿舎へ入っていきました。

 泣き叫んで抵抗されたら魔法で眠らせるしかないのかしら? と警戒していたので拍子抜けです。

 もう会うことはないでしょうが、これを機に立派な大人になれるといいですね。


 翌日は、いよいよ音楽祭。

 残念ながらギリギリに出発が決まったので、今日はもう最終日なんです。

 午前中は宿泊しているホテルの小ホールでピアノリサイタルを鑑賞、そのあと国立音楽学校へ行き、学生による弦楽合奏のセレナーデに聴き入ります。

 このように碌な計画も立てず気まぐれにやって来たわたくしたちのような旅人でも、当日入場可能な演奏会がたくさんあるので困ることはありません。次はもっと日程に余裕を持って、オペラや歌劇にも足を運びたいと思います。

 そして夜は、音楽祭のフィナーレを飾る王家主催のオーケストラコンサートです。王宮近くの、かつて離宮だった建物を改装した絢爛豪華な大ホールに集う盛装した紳士淑女たちのきらびやかなこと。

 もちろん、わたくしもキラキラのロングドレスを着ています。色はシャンパンゴールド、大胆にカットされた胸元には艶やかな三連パールが虹色の光を放ちます。


「今夜は花火が打ち上がるらしいよ」


「音楽祭のフィナーレにふさわしい演出ね」


 ウォルフにエスコートされて、舞台全体を見渡せる個室タイプの特別席へ。

 うふふ、二人きりです。

 隣にある舞台真正面の特別席は王家専用なので、ここは二番目にいいお席だそう。主催者の気配りが感じられます。

 あ、お気づきでしょうが、招待状の送り主は国王陛下です。なにせ王家主催なので。

 わたくしたちが優遇されるのは、ビーモント家が名門だからでしょう。エレギア帝国はリント王国よりはるかに大国で、同じ爵位でも帝国貴族のほうが格上なのです。

 それに四年前のワジャ領主の一件が国中に知れ渡っているため、帝国を怒らせると怖いと思われているのかもしれません。先ほど国王陛下へご挨拶に伺ったら「なにとぞ皇帝陛下によろしくお伝えください」なんて、しきりにおっしゃっていましたから。

 開演前に化粧室へ向かいます。

 心配性のウォルフがついて来ようとしましたが、目と鼻の先なので「すぐに戻るわ」と言い置いて席を離れました。

 カーペットの敷かれた廊下を歩いていると――。


「ねえ、君、名前は?」


 突然、後ろから腕を掴まれました。

 振り向くと、くるっとしたくせ毛の金髪に紫の瞳をした少年がいます。病弱そうなほっそりした体つきですが、なかなかの美形です。十三歳くらいでしょうか。同伴者の姿はありません。

 うーん、おかしいですね。

 ここは大人の社交場です。それなのに、どうして未成年のお坊ちゃまがいるのでしょう?

 


 【Wolff】


「すぐに戻るから大丈夫よ」


 そう言うや否や、バニーは足早に化粧室へ行ってしまった。

 原則としてエスコート役はパートナーの傍を離れてはいけない。パートナーの安全を守り、サポートするのが役目だからだ。階段を上る際は女性の後ろに立って落ちたときに備え、コートの季節はさりげなく脱ぎ着を手伝う。ただ単に隣にいればいいってものでもないのさ。

 エレギア帝国の男たちは、『相手を無事に家まで送り届けることは義務』『何かあれば、おまえの責任』だと厳しく教え込まれて育つ。

 まあ、ここは隣国だし、正式な舞踏会と違って音楽会はエスコート必須というわけではないが。

 心配だな……。

 バニーのあとを追う。過保護だ、とまたふくれっ面をされそうだから、少し離れて見守ることにするか。

 廊下に敷かれた豪奢な絨毯を踏みしめ、俺はバニーの後ろ姿を注視した。彼女が歩くたびにふわふわと長い髪が揺れる。柔らかそうな二の腕に手を伸ばしたくなるが、じっと我慢……って、おい、誰だよ! 今、バニーの腕を掴んだやつは。


「ぶっ殺してやる……」


 俺は腰に隠し持っていた拳銃をひとなでして、バニーに話しかけているひょろっこい男のもとへ近づいていった。


「ねえ、君、名前は?」


「……」


「どこの家のご令嬢? 年は? 恋人はいるの? よかったら特等席で一緒に鑑賞しない?」 


 人の名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るのがマナーだろうが。躾けのなっていないガキだな。

 訊かれたバニーは、突然の出来事に面食らっている様子で、すぐに答えられないでいる。

 いいさ、わざわざ君の声を聞かせてやるまでもない。


「私の妻に何か?」


 真後ろから声をかけてやると、男が驚いてこちらを見た。あどけない色白顔に、見開かれたすみれ色の瞳。

 まだ少年じゃないか。まさか本当にガキだったとは……ここは子どもの来るところじゃないぞ。


「手を離したまえ。でないと君に決闘を申し込まなければならなくなる」


「あっ……」


 少年が反射的にパッと手を離した隙に、俺はバニーを引き寄せた。

 よし、奪還成功。

 まあ、子ども相手に本気で決闘する気はないが、ちょっとくらい脅したって罰は当たらないだろ。


「大丈夫か?」


「ええ。ちょっと、びっくりしただけ」


 バニーはニコッと笑い、俺の胸に体重を預けた。

 少年は密着している俺たちを見て顔を赤くしている。


「私たちはビーモント家の者だ。獣人なのでね、女性を口説きたいなら、悪いがほかを当たってくれ」


「あ……僕は――」


「殿下っ」


 少年が何か言いかけたとき、侍女らしき若い女性が急ぎ足で近づいてきた。

 殿下?

 だとすると、この少年は第二王子のナイジェル殿下か。

 俺が使節団の警護でリント王宮へ行ったのは、ワジャが併呑される少し前のこと。当時は確か十歳だったから、もう十四歳になったはず。体が弱くあまり人前に出てこないと聞いていたが、音楽祭に顔を出すということは、第二王子の健在ぶりを世間にアピールするためだろうな……。

 

「こんなところにいらしたんですか。皆、心配していますよ」


 肩で息をしているので、ずいぶん探したのだろう。侍女の背中まである絹糸のようなプラチナブロンドの髪が乱れている。金に近い琥珀色の瞳とプラチナブロンドの組み合わせはめずらしく、帝国でも滅多に見かけない。


「うるさいっ」


 ナイジェル殿下は、耳がキンとするような甲高い声で叫ぶ。

 なんだ、なんだ、反抗期か? 

 探しに来てくれた女性に声を荒げるなんて信じられん。

 母上がこれを聞いたら「そんな男は髪の毛を全部むしってやれ」なんて激怒しそうだな。母上は気性が荒い。ライオンの獣人だからってわけではないと思うが。

 それはともかく殿下の大声のせいで、人が集まり始めている。悪くすると醜聞になりかねない。

 厄介だな……。

 侍女もそう思ったのか、視線を左右に走らせ殿下に手を差し出した。


「殿下、席へ戻りましょう」


「触るなっ!」


 殿下が侍女の手を振り払う。パシッと乾いた音がした。

 侍女は青白い顔をして、悲しげに俯く。

 

「申し訳ございません……」

 

「ぼ、僕は、お前なんかと絶対に結婚しないからな! だいたい四歳も年上なんてあり得ないだろ? もっと若くてキレイな令嬢はたくさんいるのになんでだよっ」


 殿下は罵声を浴びせ、くるりと身をひるがえして走り去ってしまった。

 周囲はざわつき、その中にはクスクスと笑い声が混じっている。

 一人取り残された侍女……いや、婚約者だったのか。

 紫紺のドレスは妙齢の女性が着るには地味すぎるし、首元にネックレスすらない。王子の婚約者なら、もう少し華やかさがあってもいいだろうに。

 普通は宝飾品の一つや二つ、婚約者が贈って然るべきだ。プレゼントもしない、エスコートも放棄するなんてダメ男だろ。いくらお子ちゃまでもさ。


「わたくしはナイジェル殿下の婚約者のレオナ・オルコックと申します。イサード伯爵、そして夫人。殿下が大変失礼しました。後日、改めてお詫びに伺います」


 レオナ嬢が頭を下げる。すっと背筋が伸びて所作がキレイだ。こちらは名乗っていないのに、すぐさま爵位がわかるのは帝国の貴族年鑑を記憶しているのだろう。

 オルコック家なら、サヴィント侯爵のご息女か。王子妃に選ばれるだけあって、しっかりしている。あの殿下にはもったいないな。


「いや、君のせいではないから、気にしなくていいよ。あれは殿下が悪い」


「そうよ。こんなところで怒鳴るほうがおかしいわ」


 俺たちが声を上げると、遠巻きにしてレオナ嬢へ嘲笑を向けていた令嬢たちが気まずそうに顔を伏せた。

 誰も令嬢たちを咎めないということは、レオナ嬢の立場はあまりよくないのだろう。王族からあの扱いでは当然とも言えるが。


「いいえ。殿下のことは、婚約者であるわたくしの責任でもありますから」


 レオナ嬢は困ったような顔をして殿下をかばう。

 それに……と小さく呟く声を俺の耳が拾った。本当は優しい人なんです、と。


 その夜、密かに来客があった。

 よりにもよってコンサートのあと、ホテルのバルコニーでバニーとワインを飲みながら、打ち上がる王城の花火を眺めている時に。

 最初はレオナ嬢かと思ったんだ。謝罪に来るとは言っていたがずいぶん早いな、なんて。しかし、よく考えれば彼女がそんな気の利かないタイミングで訪れるはずがない。


「君は……」


 客は、意外な人物だった。



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