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叶うなら君の隣で ~獣人夫妻の自由気ままな溺愛生活 12か月~  作者: ぷよ猫


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エピローグ ~一日の始まり~

 【Wolff】


 俺の一日はキスから始まる。

 早朝、窓から陽の光が差し込み、ちょっと眩しい。目が慣れてきたら、隣で眠る愛妻バニーをじっと観察する。それが日課だ。

 いい夢を見ているんだろうな、バニーは寝返りを打って、嬉しそうにへにゃっと笑う。鼻がひくひくし始めたら、もうすぐ目覚める合図だ。

 彼女は俺のことを朝寝坊だと思っているが、寝起きはすこぶる良いほうだ。結婚前は軍人だったせいか、睡眠時間が短くても全然平気。

 あ、そろそろ起きそうだ。急いで目を閉じなければ!

 俺は寝たふりが得意なのさ。

 え? なんで寝たふりなんかするのかって?

 だって、そうしないとキスしてもらえないだろ?

 ちょこんと触れるだけのキス、うっとりするような優しいキス、熱いキス、噛みつくようなキス……バニーとのキスはどれも特別だけど、朝のキスだけは必ず彼女からしてくれるんだ。これをみすみす逃す手はない。

 バニーのキスを今か今かと待っていると……。

 ちゅっ。

 柔らかな唇が重なった。

 それだけで、今日一日を幸せに過ごせそうな予感がする。あわよくばもう一度、なんて邪な気持ちで寝起きの悪いふりをするのはいつものこと。

 今朝も粘ってみたけど、「朝よ、ウォルフ」と耳元で囁かれ思惑が外れてしまった。その艶っぽい声もいい。

 バニーの気配が離れる前に、俺は彼女の背中に腕を回し抱きしめる。柔らかな胸、ふわりと広がる栗色の髪が肌に触れ、心地いい。

 バニーは、すーはぁと俺の匂いを嗅ぐ。

 うん、君にはちょっとフェチなところがあるって知ってるよ。


「おはよう、バニー」


 バニーが俺の匂いをたっぷり堪能したのを見計らってから声をかける。


「お、おはよう」


 少し恥ずかしそうに顔を赤らめるのも可愛い。 

 それから俺は、今日一日をどのように過ごそうか考え始める。

 金はあるんだ。信用のおける執事に、気の利くメイド、優秀な財産管理人。彼らに留守を任せて長期間家を空けることも可能だ。

 獣人にとって、あくせく働く必要のない環境にいられることは幸運である。勤務時間に縛られず思う存分、番にかまけていられるから。

 あと何回、帝歴八〇〇年を繰り返すのかはわからないが、我々に遺された時間をバラ色に染めていきたい。自分の寿命を犠牲にしたバニーにしてやれることなんて、それくらいだからな。

 今日は雲一つない晴天だから、散歩に行こうか。それとも、旨いものを食べに行く? 俺はバニーがいればそれでいい。

 帝都にいれば「今日はレミントンホテルへコーヒーを飲みに行かないか?」と誘っているところだが、今、俺たちは常夏のリゾート地ネぺリア島にいる。

 ヴィラから望む海は、サンゴ礁が広がる遠浅のラグーン。ウミガメやカラフルな熱帯魚が生息していて、船底に窓がある水中観光船(グラスボート)から観察することができる。

 新鮮な魚料理に白いプライベートビーチ、庭のハンモック、露天風呂……さすが高級ヴィラ、至れり尽くせりである。

 特に観光客に人気なのは、屋根に出られる出窓だ。

 夜はこの屋根から満点の星を眺める。獣化した状態で夜風に吹かれながら、というのが最高に気持ちいい。何より、邪魔が入らないしな。

 前回のように、見ず知らずの女が風呂に突撃して来るなんていうハプニングは一切ない。


 結局、「今日は一日、ビーチでのんびりしましょうよ」というバニーの希望で、俺たちは水代わりのココナッツジュースを飲みながら、大きなパラソルの下でくつろいでいる。

 俺は半袖のシャツにショートパンツ、バニーはノースリーブのワンピース。夏でも短パンを履かない帝都では絶対にできない格好だけど、これがこの島の流儀だ。


「ウォルフ、見て! 星の砂」


 そうそう、ここには夜空だけでなく砂浜にも星があるんだ。

 このところ、バニーは空き瓶に星の砂や貝殻を集めては、ひとり悦に入っている。


「星の砂は、珊瑚の近くで暮らすホシズナという小さな生き物の亡骸らしいよ。『幸せの砂』なんだって、ハウスキーパーの少年が言ってた」


「子どものころは『人は死んだら星になる』って教わったけど、海の生き物も星になるのね」


「そうだな。彼らにとって陸地は、一生行くことのできない別世界。俺たちにとっての星空みたいなものなのかもな」


 俺がそう言うと、バニーは少しの間思案して、手に持っていた瓶を逆さまにしてしまった。サラサラと星の砂が流れ落ちる様子をじっと見ている。


「せっかく集めたのに。いいのかい?」


「うん、いいの。瓶のなかじゃ、この子たちが生まれ変われないから。それに……」


 バニーは甘えるように俺の肩にもたれかかった。


「わたくしはもう幸せだから『幸せの砂』は必要ないのよ」


「俺もだ」


 ゆっくりと唇が重なる。

 バニーの髪をなでると、ココナッツのヘアオイルの甘い香りが鼻をくすぐった。

 この南国のキスも、きっと忘れられない思い出になるのだろう。

 と、そのとき、ヴィラの窓が開く音がして、三つ編みをした黒髪の頭が視界に映る。


「お客サマ~、そろそろ昼食デス。そちらで食べマスカ? 今日は魚のフライとマンゴーのサラダ、ホクホクの紫芋デース!」


 食事係の中年女性が片言の帝国語で叫ぶと、食いしん坊バニーが弾んだ声を上げた。


「まあ、もうそんな時間! マンゴーのサラダですって。わたくしマンゴー大好き!」 

 

 今までキスしていた甘いムードが台無しである。

 でもいいさ、ここの料理はシンプルで旨い。素材が新鮮なんだな。ラム酒とココナッツミルクを混ぜた地元のお酒が、ちょうど飲みたかったところだ。食後に届けてもらおう。

 こんなふうに俺たちは、今日という日を楽しんでいる。明日、人生が終わりを迎えても後悔しないように。

 おっと、忘れるところだった。


「バニー、今日もキレイだよ。愛してる」


 わざわざ言わなくたってわかっていることでも、伝えたほうがいいことってあるだろう? 愛の言葉というのは、まさにそれ。照れくさいからと後回しにしていると機会を逃してしまう。

 

「私も愛してるわ。ショートパンツのウォルフも素敵よ」


 そうして二人、手を繋ぎヴィラへ向かって歩き始めた。

 バニーは嬉しそうに微笑み、黒曜石のような瞳をこちらに向ける。ただそれだけで、俺の心は満たされていく。

 バニーの番であること。

 それが今の俺のすべてだ――。




最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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