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叶うなら君の隣で ~獣人夫妻の自由気ままな溺愛生活 12か月~  作者: ぷよ猫


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再び、一の月 ~また鐘は鳴る~

 【Bunny】


 再び、帝暦八〇〇年。

 リーンゴーン、と夜闇に大聖堂の鐘が鳴り響きました。年明けの合図です。

 わたくしとウォルフは、ビーモント家の本邸……サプワン城の客間でこの鐘の音を聞いています。

 前回の出来事を、ウォルフはもう憶えていないでしょう。

 誕生日の夜空の花火も、ワイヴァン陛下と対峙したことも、そのあと宮殿からホーウッド夫人のパーティーへ直行し、二人でダンスを踊ったことも……わたくしだけの記憶です。

 実は、さっきまでウォルフと帝都のお屋敷で年越しのシャンパンを開けていたのですが、新年の鐘とともにリセットされて……ほら、このとおりです。

 直前までどこにいようがループのスタート地点、このサプワンの本邸から一年が始まります。そしてまた、義兄フィリン侯爵とミュウ夫人、義叔父のテューディ伯爵とポーラ夫人、レイフ君、アーサー卿が滞在しているのです。

 

「バニー、そろそろ礼拝堂へ行こうか」


「そうね」


 ウォルフに促されて、壁面の燭台の光に照らされた長い長い廊下を進みます。

 毎年恒例の『ホーリーキャンドルナイト』。今夜だけは街灯も家の明かりもすべてキャンドルのみです。いくつもの炎が揺れる幻想的な街並みを歩きながら、人々は礼拝堂を巡ります。

 わたくしたちも、城下にあるいくつかの礼拝堂へ行く予定です。

 まずは敷地内にある一族専用の礼拝堂へ。女神像の前にはすでに八本のキャンドルが捧げられていて、今回もわたくしたちが最後のようです。

 わたくしとウォルフは白いキャンドルに火を灯し、女神ファティへ祈りを捧げます。


 女神様、夫との穏やかな暮らしを与えてくださり、ありがとうございます――。


 祈ることはいつも同じ、日々の感謝を。

 実はこんなふうに割り切れるようになるまで、ずいぶんと時間がかかりました。

 自分でかけた魔法だというのに、ループの最初のころは『本当は時が巻き戻ったのではないか』なんて疑って、運命に抗おうしていたんですよ。

 ワイヴァン陛下に警告したことも一度や二度ではありません。伝染病の患者に治癒魔法をかけたことだってあります。

 過去は変えられない――。

 わかっているはずなのに滑稽ですよね。

 ウォルフが撃たれたあの日、わたくしも正気ではなかったのかもしれません。よくよく考えれば、すぐに彼の後を追ってもよかったのに、残りの人生を共に過ごしたいがために時間をループさせたのですから。

 チラリと隣を盗み見ると、ウォルフは今回も眉間にしわを寄せた真剣な表情で手を合わせていました。

 よほど真剣な願い事なのね……。


「君とずっと一緒にいられるように祈っていたんだよ」

 

 わたくしの視線に気づいたウォルフは、そう言ってくしゃっとした笑顔になりました。ポーカーフェイスの彼が、わたくしにだけ見せてくれる、あの特別な表情。

 嬉しい……。

 わたくしはウォルフに抱きつきました。


「ずっと一緒よ! 愛してる」


「愛してるよ、バニー」

 

 熱い口づけを交わします。

 長く、激しく。

 そう、わたくしたちは、ずっと一緒です。


 新年の最初の食事は、親族が集まっての昼餐会。夜通し礼拝堂を巡ったせいで、皆眠たそうです。

 元気よく骨付きチキンにかぶりついているのはレイフ君だけで、お義母様やポーラ夫人はジャガイモのポタージュをけだるげに口へ運んでいます。わたくしも食欲がありません。

 食卓に並ぶ大量の料理は、きっと余ってしまうでしょうね。でも心配ご無用。このあと使用人たちに下げ渡されるので、無駄にはならないのです。


「レイフちゃん、デザートのチョコレートムースもあるわよ」


 お義母様の声に、思わず肩がピクリと動きます。

 サプワン城の料理長特製チョコレートムースは、木苺のソースがかかっていて絶品なんです!

 気づいたウォルフが、わたくしの分も頼んでくれました。

 昼餐会が終わり、談話室でお茶を飲みながらベーヅェ山の雪化粧を眺めているとウォルフが言いました。


「今年はさ、のんびり長期旅行でも行かないか。西でもいいし、東でもいい。いっそのこと何か国か巡ってみるか」


「あら、いいわね。だったら南がいいわ。冬も温かくて過ごしやすいもの。ネぺリア島はどう? ヴィラを貸切って、うんと自堕落に過ごすの」


 ウォルフの提案に胸躍ります。

 そうね、今回はワジャやリント王国には行かず、常夏の島でゆっくりしようかしら。その結果、リズ様とは仲良くなれないだろうし、アーサー卿もレオナ嬢と出会えないかもしれないけれど、一度くらいこんな年があってもいいかもしれない。

 正直、ワイヴァン陛下と対峙するのも疲れました。また年が明ければ全部なかったことになるのだし、彼も南国までは召喚状を送らないでしょう。


「ねえねえ、のんびりって言うけどさ、いつものんびりしてない? いいよね、大人は自由で」


 端っこの席で本を広げていたレイフ君に話しかけられました。あら、ご両親はどうしたのかしら?


「その自由に責任が伴うのが大人なのさ。どうした、レイフ? また叔父上に置いてきぼりを食らったのか」


「疲れたからって、部屋に引きこもっちゃった。つまらないよ」


 レイフ君は、拗ねて頬を膨らませています。

 確か、前もそうでしたね。寝不足なのですから、休ませてあげましょう。


「レイフ君、もし暇なら街へ行ってみない? 好きなものを買ってあげるわ」


「わぁーい! 行く、行く」


 わたくしが誘うとレイフ君のふくれっ面が、パッと笑顔に変わりました。いかにも大急ぎ、というふうな足取りで部屋まで着替えに戻ります。

 ふふ、可愛い。

 サプワンの繁華街は、帝都に引けを取らないくらい賑やかです。観光客も多く、メイン通りでは年明けから店を開けているのです。

 レイフ君を連れてウォルフと三人。キャンディやクッキーなどのお菓子を選んだり、玩具を見て回るのは、ちょっとした母親気分です。親子って、こんな感じでしょうか……?

 わたくしには、愛する人の子を産む喜びも、子育ての大変さも、夫とともに年老いていく未来も存在しません。ただ、帝歴八〇〇年を自分の寿命が尽きるまで繰り返すだけ。それでも――。


「おいで、バニー」


 石畳の道の少し先で、ウォルフがわたくしに手を差し伸べ、待っています。


「今行くわ」


 優しい、温もりのなかへ。


 ああ、女神様。

 このままウォルフと穏やかな日々が続くのなら。


 もう、何もいらない――。



 【Wolff】


 大聖堂の鐘の音……。

 帝歴八〇〇年は、もう八回目だ。

 なんで知っているのかって?

 俺に今までの記憶があると言ったら、君は驚くだろうか。

 最初は、時が巻き戻ったんだと思った。リズ皇后を亡くして乱心した陛下に胸を撃たれたあと、目覚めたら一年前のサプワン城だったから。

 そしてバニーが「疫病が大陸を襲う」と陛下に直訴しているのを見て、これは彼女の魔法だと確信したんだ。俺は歓喜していた。自分が死ぬ未来を変えられるかもしれない、と。

 だが、何度か十二の月が巡って、記憶を取り戻した陛下と対峙するバニーの話を聞いているうちに、魔法について無知な俺は少しずつ理解していった。

 過去はやり直せない――。

 つまり魔法が解ければキレイさっぱり無くなってしまう架空の時間を、バニーは過去と現在の狭間に作り出したんだと思う。俺の命を引き止めるために、自分の寿命と引き換えにして。

 人々の記憶には残らないとバニーは言ったが、どんな天才でもミスはするだろう? そのお陰で、俺の記憶は失われずにすんだのだと考えていた。前回までは。

 おそらくベッキー嬢の仕業だろう。

 謁見室の次の間でバニーと陛下の会話を聞いて、驚きもせずに平然としていたのは、ベッキー嬢だけではなく俺もだ。なのに彼女は、それについて疑問を抱いた様子もなく無視していたもんな。

 このとき、ベッキー嬢にも記憶があることを初めて知って、ようやく合点がいったわけだ。


「課長を不幸にしたら許さないんで」


 ループする前、初対面の日にむくれた顔で脅してきたベッキー嬢。そのとき俺は、確かこう答えたはすだ。


「俺たちは幸せになるよ。たとえバニーに悲しいことや苦しいことがあっても、その重荷を一緒に背負うと約束する」


 そう、『約束』したんだ。だから、バニーの苦哀を分かち合うために記憶を戻してくれたのだろう。

 寒い冬の日、もふもふしながら二人で温め合ったこと。

 魔力をバチバチさせているバニー。

 ワジャ温泉のジャボンジュースと甘苦いキス。

 バニーが猛スピードで車を運転して、レイラ嬢を気絶させたこと。

 ハルモニア音楽祭の優美な調べ。

 白黒のモノトーンドレスで、人間の男たちの目をくぎ付けにするバニー。

 夏のアイスクリーム。

 愛おしそうにローマン殿下を抱っこするバニー。

 俺の誕生日のサプライズ花火。

 君の泣き顔。

 そして、赤いドレスも似合うってこと。

 何一つ、忘れていない。

 だけど、バニーが黙っているつもりなら、それでもいい。俺は知らないふりが得意だからな。

 今年は、南国の島でのんびり過ごそう。楽しいことだけ考えて、辛いことは無しだ。そうして、二人の思い出を一つ一つ増やしていこう。

 また十二の月になったら陛下の記憶は戻るだろうけど、召喚状の届かない場所にいれば平和だろ? 

 

 昼餐会のあと、退屈している甥のレイフを連れて繁華街までやって来た。

 バニーと三人、店で菓子を選びながらはしゃぐ。


「レイフ君、このキャンディは帝都に売ってないのよ。それから、あそこのクッキーも季節限定なの。今のうちにたくさん買っておきましょう」


「ホント!? おやつの時間が楽しみだなぁ」


「おい、レイフ。あまりお菓子ばかり食べると虫歯になるぞ」


 なんだか親子みたいだな。俺の外見はまだ若くて十歳の息子の父親には見えないはずだが、ループした時間の記憶があるからなのか、心は着実に年を重ねている気がするんだ。

 バニーは隣の玩具屋にもレイフを連れて行って、花や動物を描いた美しい絵札のカードゲームや高級チェス盤を買い与えている。

 え? 次は服屋だって!?

 シャツにコート、パジャマまで……一体どれだけ注文するつもりなんだ。

 うん、バニーは子どもを甘やかすタイプだな。

 服屋を出るころには、レイフが眠そうな顔になっている。あちこち店を梯子してたくさん買い物をしたから、さすがに疲れたんだろう。

 先にレイフを本邸へ送るよう運転手に指示して、俺はバニーともう一軒。この路地の奥に、ビーモント家の馴染みの宝石店がある。頑固おやじだけど、凄腕の宝飾職人が営む一流店なのさ。

 お目当ては、バニーの胸元を飾る特大ダイヤモンドだ。赤が似合うから、ルビーもいい。頬杖をつくバニーの指に輝く、鮮やかなルビーレッド。つい想像してしまう。

 こっちだよ、と俺は少し先を歩いて店のガラス扉を開けた。


「おいで、バニー」


「今行くわ」


 バニーはそう言いながら、転ばないように凹凸のある石畳の小径(こみち)をゆっくりと歩いてくる。

 俺が手を差し出すと、バニーは微笑んだ。


 女神ファティは、生涯に一度だけ、新年のキャンドルに切なる願いを込めると叶えてくれるという。

 番と結ばれることを願う獣人が多いが、俺はその前に番と出会えた。たぶん、バニーが先に望んでくれたからだと思う。


「君とずっと一緒にいられるように祈っていたんだよ」


 礼拝堂でバニーに教えたこと、これが俺の切なる願いだ。

 生まれ変わっても、また君の番になりたい。

 そして、今度こそ一緒に年を取って生きていくんだ。子どもを育て、いずれ、しわしわのおばあちゃんとおじいちゃんになる。二人きりの人生も素敵だけど、バニーは子どもが好きだから、たくさんの孫に囲まれた生活は、きっと賑やかで楽しいだろう。

 

 ああ、女神よ。

 来世も、来来世もずっと。


 叶うなら、君の隣で――。



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