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叶うなら君の隣で ~獣人夫妻の自由気ままな溺愛生活 12か月~  作者: ぷよ猫


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12/15

十一の月 ~ピクニック~

 【Bunny】


 秋が深まり、エレギア帝国は狩猟シーズンを迎えました。

 狩りは紳士の嗜みの一つです。他人の土地で許可なく狩猟はできないので、領地を持つ貴族の特権でもあります。

 サプワン領の森にも猟場があり、ビーモント家では毎年、地元の名士を招待して狩猟大会を開催しているようですよ。

 そういうわけで跡継ぎのフィリン侯爵とミュウ夫人はその準備のため、本邸に帰ってしまいました。義叔父のテューディ伯爵一家もそちらに参加するので、帝都に残っているのは、わたくしたち夫婦と宮殿に勤務するアーサー卿だけです。

 ある日のこと。


「ピクニック大会?」


「毎年、皇帝の主催で開かれるんだ。バニーは初めてだろう? 行ってみないか」


 ウォルフにピクニックへ誘われました。

 帝都郊外に皇室の猟場があって、そこで皇帝自ら捕獲した獲物の肉を招待客に振る舞うのだそうです。かつては音楽団が同行し、獲れたての肉を焼いている間に皆で演奏を楽しむという時代もありましたが、今は簡略化され事前に調理したジビエ料理を食すだけなのだとか。

 とはいえ、やはりそこは公式行事。テーブルに白いクロスが敷かれ、使用人が料理を給仕する昔ながらの優雅なピクニックスタイルのようです。

 地べたに敷いた敷物に座っておしゃべりしながらランチボックスのサンドウィッチを頬張るという、わたくしの知るピクニックとは、まったく違いますね。


「なんだか堅苦しいわね」


「女神ファティへ豊猟の感謝を捧げる祭事も兼ねるから、伝統に則っているだけさ。神官長と副神官長も出席されるよ」


「うーん……」


 なんとなく気が進みません。神官が参加するような格式張ったピクニックよりも、公園でロールサンドでも齧りながらのんびりしたいわ。

 そんなわたくしを気遣い、ウォルフは「無理して出席しなくてもいいよ」と言ってくれます。


「そうねぇ……」


 どうしようかしら。この機会を逃すとしばらくリズ様に会えないかもしれないし……。

 というのも、このあといよいよワイヴァン陛下が本格的な育児休暇に入り、ご一家は皇室の保養地で過ごされる予定なんです。

 そこは屈指の景勝地ギタリア海岸。先月、わたくしの誕生日にウォルフが連れて行ってくれましたけれど、海に沈む夕日の素晴らしさといったら、とても言葉では言い表せません。きっとリズ様もお喜びになることでしょう。


「皇室専属シェフの鹿の赤ワイン煮込みが絶品でね。ぜひバニーに食べさせたかったんだが……」


「行くわ!」


 え? 声が弾んでいる、ですって? 

 いえいえ、そんなに残念そうな顔で言われたら行くしかないじゃありませんか。決して、鹿の赤ワイン煮込みに釣られたわけではありませんよ?

 ウォルフがニヤニヤしながらわたくしの頭をなでています。


「そうか、そうか」


「……最後だからリズ様に会いたいだけよ」


 本当に、本当にそれだけなんですからね!?


 ピクニック当日。

 わたくしたちが車を降りると、すでに猟場近くのヴィラの庭には、白いクロスのテーブルに銀のカトラリーがセッティングされていました。

 このヴィラは皇族が狩りをする際にお泊りになる建物で、広い庭が隣接されています。どうやらここが、ピクニック会場のようですね。

 庭の一角に、白いキャンドルと国花の青いコーンフラワーで装飾した祭壇が設けられていました。台座の上には、猪と思しき丸焼きが捧げられています。

 こんなに大きな丸焼き、初めて……!


「あれは陛下が獲ってきた猪だよ」


 まじまじと見ていたせいか、ウォルフが教えてくれました。


「今日のメイン料理?」


「いや、女神ファティへの供物だ。バニーが食べたいなら、今度、俺が獲ってくるよ」


 ウォルフがやる気を見せたので、わたくしは慌てて首を横に振ります。美味しいお肉は好きですが、目の前で動物の命が失われるのかと思うと狩りは苦手で。

 でも、食べることは命を奪うことでもあるのですよね。

  

『すべての恵みの源たる女神よ。聖なるファティよ。日々の糧に感謝いたします。その大いなる慈悲により我らは生かされ――』


 ピクニック前に、銀髪の神官長様が女神ファティに祈りを捧げます。

 あの丸焼きは、一旦神殿に納められてから炊き出しに使われるのだそう。豊かな大国のエレギアといえど、その日暮らしの貧しい者は存在するのです。

 不遇な状況に置かれる孤児が少なくないなか、わたくしは今まで飢えたことがありません。結婚後も夫に甘やかされて……。

 厳かな声で紡がれる神官長様の祈りの言葉は、自分が恵まれていると再認識させられます。

 毎日の食事があるのは素晴らしいこと。もっと感謝をしなくてはいけませんね。

 ピクニック参加者たちも神妙な表情です。きっと、それぞれに思うところがあるのでしょう。

 ワイヴァン陛下のご挨拶のあと、お待ちかねの料理が運ばれてきました。

 温かいインゲン豆のスープ、ニンジンのマリネ、鴨のロースト、そして鹿の赤ワイン煮込み……。

 この時期は領地で過ごす貴族も多く、参加者は帝都に住む貴族や彼らと付き合いのある商家が中心。ビーモント家からは、わたくしとウォルフだけです。

 ちなみに、アーサー卿はワイヴァン陛下の護衛任務で保養地へ随行するため、その準備にてんやわんやなのだとか。当然、レオナ嬢も一緒です。だって、二人は番ですもの。

 元貴族だという副神官長様や世界中を巡り商品を買い付ける貿易商の紳士……初めてお会いする方々の普段は聞けないような話に耳を傾け、ちょっと新鮮な気分になります。


「イサード伯爵夫人のお肌のきめ細やかなこと! やはりあのサケローションをお使いですの?」


「サケローション?」


 古今東西、美容はご婦人方にとって最大の関心事。向かい側に座る年配の商会長夫人に話しかけられたわたくしは、一斉にその場の注目を集めてしまいました。


「東国の会社が売り出したお酒の成分を配合した化粧水ですわ。すごくお肌がしっとりするんですの」


 その場の貴族夫人たちの目がキラッと光ります。


「そのローションでしたら、うちの商会で取り扱っておりますわ!」


 すかさず別の商会の夫人が高らかに宣伝したとたんに「わたくし、試してみようかしら」「わたくしも」と注文が入ります。


「わたくしの家にも届けてくださる?」


 釣られるようにわたくしも注文してしまいました。もちろん、ウォルフのためです。少しでもキレイだと思われたいもの。


「もちろんですわ。ビーモント家の女性にお使いいただけるなんて光栄です」


「ビーモント家の夫人が使うと売れるんだよ。特にバニーは」


 ウォルフがわたくしの耳元でこっそり囁きます。

 そんなバカな……と思っていると。


「それ、宮殿にも届けてくれないか」


 ワイヴァン陛下まで?

 陛下の隣でリズ様が顔を赤らめています。目が合い、ウィンクされてしまいました。『おそろい』と唇が動いています。

 本当に愛らしい方。

 わたくしは微笑み、ウィンクを返しました。



 【Wolff】


 帝都郊外にある皇室の猟場には、王族専用のヴィラとは別のコテージがあり、料金を払えば誰でも借りることができる。自分の土地に猟場がない貴族や帝都で狩りを楽しみたい場合に利用することが多く、皇室の収入の一部となっているのだ。

 俺もたまに利用する。でないと、乗馬と銃の腕が鈍るんだよな。今の時代は魔動車で移動するから馬なんて滅多に乗らないし、軍を退いて銃を撃つ機会もなくなってしまった。

 ただし、狩りに行くことはバニーに内緒だ。

 以前、一度だけバニーを伴ったのだが、泣かせてしまったから。俺が悪いんだけど。


「バニー見て! ウサギが獲れたよ」


「ううっ……」


 当時、俺はポロポロと涙を流すバニーを見て顔面蒼白になった。彼女と同じ白ウサギ……さすがにマズイよな。

 狼の俺は狩る側だから、狩られる側の気持ちに疎い。本当に、ごめん。白い毛皮の襟巻をプレゼントしたかっただけで悪気はないんだ。

 この世は弱肉強食。生きることは命を喰らうことだ。

 残酷だって言う人のなかには菜食主義者もいるけど、野菜や海藻だって生き物だろう? 命に感謝して、余すことなく食う。毛皮や骨も無駄にしない。俺はそれでいいと思うんだよ。

 幸いバニーは目の前で獲物を殺すのが苦手なだけで、好き嫌いなくなんでも食べる。だから、ピクニック大会に誘ったんだ。

 バニーは今日の料理を気に入ったらしい。満面の笑みで肉にナイフを入れているのを見て、ホッと胸をなで下ろした。


「この鴨、くせがなくて食べやすいわ。スパイスのせいかしら」


 ん? 鴨? いやそれは野ウサギのローストだぞ。味は鶏に似ているんだけど……うちの屋敷でウサギ料理は出さないから、わからないか。

 まあ、せっかく喜んでいるんだし、わざわざ知らせる必要はないだろう。


「シェリービネガー入りのソースのせいじゃないか?」


「さすが、皇室の料理人ね。美味しいわ」


 バニーは野ウサギのローストを平らげ、次の料理が出てくるまでの間、向かいの商会長夫人と歓談を始めた。

 話題は東国から輸入したという『サケローション』という化粧水である。

 東国は大陸の最東端にある小国だ。手先の器用な職人が多く、彼らの作る良質な品は高値で取引されている。伝統的な織物や繊細なガラス細工だけでなく、新商品の開発にも積極的だ。エレギア帝国からはるか遠いが、商人たちが今一番注目している国である。

 商会の妻たちにとっては商品を売り込むチャンスなので、ご婦人たちの買い物が始まってしまうのは仕方がない。毎年の恒例だ。


「わたくしの家にも届けてくださる?」


 バニーもちゃっかり注文している。

 それを聞いた商会の夫人の顔がパッと輝く。

 そりゃ、そうだろう。ビーモント家のイサード伯爵夫人といったら、リズ皇后のお気に入り。出産の際も付き添っていたという話が商人たちに広まっているのだ。


「それ、宮殿にも届けてくれないか」


 ほら。リズ皇后におねだりされた陛下の声がかかれば、皇室御用達というわけ。そのうえバニーが紹介すれば、母上も義姉もレオナ嬢も使うはずだ。サプワン公爵夫人と次期公爵夫人、美麗の騎士の婚約者の愛用品なら、皆が欲しがる。

 バニーはいまいちピンと来ていないようだが、このサケローションが品切れになる日は近いだろう。

 新商品の情報は商人が早いけど、売り上げの影響力は貴族女性によるものが大きいのだ。

 続いて本日のメイン料理、鹿の赤ワイン煮込みを味わいうっとりするバニー。

 そんな無防備な表情を俺以外の男に見せないでほしい。今日の君は皇后に次いで注目されている女性なんだから。陛下と神官長が同席される場では、さすがに競馬場のように不躾な視線を向けられることはないが……。

 嫉妬深い? 我ながらそう思う。

 デザートはチーズタルトと梨のコンポート。俺は自分の皿ごとバニーに譲った。

 陛下を始め、俺のほかにも自分の妻にデザートを譲っている者がいる。こういうことをするのは、大抵、獣人だ。

 恐妻家と噂の子爵が、妻の羨ましげな眼差しに気づき、慌てて自分のデザートを差し出す。

 濃い目のコーヒーを飲みながらその様子を眺めていると、コホン、と咳払いがした。


「東国と言えば――」


 おもむろに切り出したのは、マクニール準男爵だった。

 彼は貿易商としての顔を持ち、世界各国を巡っている。顔が広く、時には誰よりも早く帝国に有益な情報を持ち帰ることもあった。


「あちらでは疫病が広がりつつあるようですよ」


「それは、本当なのか?」


 陛下はマクニール準男爵に確認するが、別に疑っているわけではなく初耳だったからだろう。各地に潜ませている諜報員から、まだ報告がきていないということだ。


「ええ、地方の村がいくつか全滅しているそうです。今は箝口令は敷かれていますが、いつまでも隠し切れないでしょう。近いうちに東国はパニックに陥るかもしれません」


「まあ、恐ろしい!」


 リズ皇后が怯えたように声を震わせ、陛下はその背中をさすった。


「周辺国も被害は免れないでしょうな」


「嘆かわしいことですわ」


「しばらくの間、東国との取引は控えないといけませんね。東が無理なら、あとは西か……」


「女神ファティのご加護があらんことを」


 ある者は遠くの国の惨状に同情し、ある者は自身の商売を憂い、またある者は祈った。深刻な顔をしつつも、どこか他人事のように。


 このときは、予想していなかったんだ。まさか、この恐ろしい伝染病が大陸中に蔓延し、自分たちに襲いかかるなんて。

 この地にたどり着く前に収束するだろうと、誰もが楽観視していたのである。


 


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