名探偵リーダーの葛藤
本音を言えば、阿部君の真意がどこにあるのか分からない。だけど真犯人の逮捕に前向きなだけで十分だ。私としても流れで引き受けたとはいえ、わざわざ警視長に直談判するのは心苦しいし。この結果オーライを素直に喜んでおこう。
しかし気になる事が2、3ある。阿部君ごときに、真犯人を見つけることができるのだろうか。それも警視長の出した条件の一週間以内に。もし解決できなかったのなら、阿部君はどうなるのだろうか。そして何よりも、私と明智君をそっとしておいてくれるのだろうか。
その場に阿部君がいなかったのもあり、警視長は体裁上、私と明智君に真犯人を捕まえるように言った。だけど私と明智君には全く謂れのない事件だ。だからといって阿部君一人に任せておくと、上手くいくものまでダメになってしまうだろう。そうなると、冤罪だろうがなんだろうが、阿部君が犯人ということにされる可能性が高いぞ。元警察官の私が言ってはならないが、警察とはそういう所だ。
いやいや違う。警察がそんな事をするわけがない。警察は決して間違いを犯さない。これで大丈夫だろうか。私を訴えないでおくれよ。
まあそれでも、絶対というものはない。万が一阿部君が刑務所行きになったなら、私と明智君に未来はない。以前も言ったと思うので、理由は省くぞ。知らない顔をしていたら、私はいつの間にか極寒の刑務所で穴掘りをしていて。明智君にいたっては灼熱の保健所で玉乗りをさせられているかもしれない。
私のような大怪盗が名探偵になれるかは甚だ疑問だけど、そうも言ってられないようだ。少なくとも阿部君一人に任せるよりは、何100万倍も可能性がある。
仕方がない。『名探偵リーダー』の出番のようだな。明智君は助手にしてあげるか。そして阿部君は……ほっておくと迷惑しかかけないから、私の操り人形にするしかないのだろう。私にかかれば、阿部君を手のひらで転がすなんて容易いことだ。
阿部君は、あたかも自分が考えて動いていると、錯覚する。必ずや名探偵気取りを貫いてくれるだろう。『名探偵ひまわり』とかなんとかと、ほざいていたな。なんて幼稚なんだ。名探偵が自分で名探偵なんて言わないんだぞ。さすが形から入る阿部君だな。
そうと決まれば、阿部君の機嫌でもとっておくか。明日からの私の名推理の邪魔をさせないためにも。しかし阿部君にワインを飲ませると、私と明智君がひどい目にあってしまうし。それで、おそらく明日一日、短くても半日は無駄にしてしまう。一週間という期限がある以上、1分1秒も無駄にしたくないというのに。
それに初動捜査が遅れれば遅れるほど、現場が荒らされる。警察が見落とした証拠だって、私の目と明智君の鼻の合体技にかかれば見つけられるだろう。おそらく。そういうのが必ずしも残っているとは言えないが。まあ、なくて当たり前、あればラッキーということで。
何より、一週間という期限すら意味のないものにしてしまう存在を忘れてはいけない。それは、真犯人だ。自分の代わりに容疑者となっていた阿部君が釈放されたと、既に知っているかも知れない。するとどうするだろうか。ほとぼりが冷めるまで、高飛びか。いや、今度こそ阿部君に罪を着せるために、あらゆる証拠品を阿部君の家に宅急便で送りつけるだろう。お調子者の阿部君が、それらに指紋を付けまくるのが目に見えている。これで警察は阿部君を気持ちよく刑務所に送る証拠の完成だな。
無駄かもしれないが、阿部君に忠告しておくか。最低でも一週間は、送られてきた物に触れないようにと。やはり無理な相談だな。欲望の塊の阿部君が、タダで送られてきたものに冷静に対処できるはずがない。
今日は意地でも阿部君にワインを飲ませないようにするぞ。そして明日朝一番から、名探偵リーダー率いる探偵団は、最高の体調と会心の笑顔で、名探偵史の仲間入りを果たすべく、事件を鮮やかに解決するための一歩を踏み出そう。
「阿部君……いや、名探偵ひまわりさん、ちょっと提案が」
「なんですか? パーティーに私のパパとママも呼んであげるとかですか? しょうがないなー。じゃあ、電話してみますね」
「いやいや、そうじゃない!」
「もおー、じゃあ、なんですか? さっきも言ったけど……」
「ああ、ごめんごめん。パーティーは、見事に事件を解決してからにしないか? その方が盛り上がるぞ」
「ええー! と言いたいところですけど、そうしましょうか。解決に期限を設けられてるみたいですしね。なにせ一週間しか……いや、一週間もあるじゃないですか」
「まあまあ。確かに阿部君なら、この程度の事件……どの程度か知らないけど、すぐに解決できると思うよ。でも、それはそれ、これはこれで。真犯人が分かったとしても、もしかしたら口を割らないかもしれないし」
「大丈夫ですよ。私たちは正規の警察じゃないんだから、数々の拷問で……」
「だめだめ! 阿部君は名探偵でしょ? 名探偵は推理だけで犯人を自白させるもんだよ。その方がかっこいいし、阿部君らしいな」
「確かにそうですね。じゃあ、明日から忙しいので帰りますね」
「ああー、阿部君! ちょっと待って。阿部君の知ってる範囲でいいから、私に事件の概要を教えてくれないか? 一応、警視長は私たちみんなを捜査官に任命したのだから。明智君も含めてね」
「ああ、すっかり忘れるところでした。じゃあ食事でもしながら事件のあらましを説明しますね。リーダーは記録係なんだから、きちんと記録してくださいね。少しくらいなら話を盛っても大丈夫ですよ」
「え? き、記録係?」
「はい。私がシャーロック・ホームズなので、リーダーと明智君は二人合わせてワトソン博士です。私の捜査の助手は明智君だけで十分なので、リーダーは記録係をするしかないじゃないですか。リーダーにも仕事を作ってあげたんだから、感謝してくださいね。あれ? 明智君が見当たらないですね」
「あっ、ああ、明智君なら……」
明智君は、阿部君がワインを飲むと聞いて、どこかに避難していた。さすが、明智君。私ですら明智君の動きに気づかなかったのだから、阿部君ごときに気づけるはずがない。明智君は日々成長しているな。
しかし私が記録係だなんて……。いや、待てよ。考えようによっては、その方が阿部君を操り正解に導きやすいのかもしれないぞ。言うなれば、私が監督で、阿部君と明智君が選手だな。ははっ。もうすでに阿部君は私に操られていたようだ。
「ありがとう、阿部君。しっかり記録するよ。ちょっと待っててね。明智君にも聞いてほしいから、探してくるよ」
明智君は私のベッドの下に隠れていた。ここなら、少なくとも阿部君には見つからないとの判断からだろう。そんな明智君に、今日にかんしては阿部君はワインを飲まないことを説明してあげる。明智君は分かりやすく半信半疑だ。私も半信半疑なので、説得に力がこもっていなかったのかもしれない。
しかし晩ごはんの時間が近いこともあり、明智君は意を決して私を盾にしながら、阿部君の前に顔を出した。阿部君は自身がワインを飲むと豹変するなんて知らないので、明智君はただどこかで遊んでいただけなのだろうと思っただけだ。
「それじゃ阿部君、事件のあらましと、阿部君が逮捕された経緯を話してくれるかい?」