名探偵ひまわり誕生?
私と明智君はタクシーを飛ばしてきて、阿部君が勾留されている地方の警察署の前で待っている。着替える機会もなかったし何かに使えると思って、まだ警察官の制服を着たままだ。そして早速タクシーの運転手は、私がひとり言で呟いた「早く着いたら嬉しいな」を実行してくれたのだ。
タクシー代は、阿部君パパに頼むことに比べたらタダ同然なので、痛くも痒くもない。それでもしばらくは倹約生活をしよう。明智君はもちろん例外だ。
あれ? なんで私は警視庁に行く時にもタクシーを使わなかったのだろうか。ああ、そうだ。阿部君パパなら無料で送ってくれると決めつけていたんだ。それが100万円になるなんて。
でもなぜ私は断らなかったんだ? 阿部君パパの口車に載せられたということだな。なかなかやるじゃないか、阿部君パパ。だからって怪盗団の一軍に上がれるなんて思うなよ。自慢じゃないが、私は根に持つタイプだからな。
そんな事を考えていると、阿部君が5、6人の警察官を引き連れて警察署から出てきた。よほど嬉しかったのか、容疑者扱いされた恨みなんて露ほども見せずに笑顔で。その様は、高級店で大量の買い物をしたカモのお客さんを、大勢の店員がお見送りをしているようだ。これで少なくとも、私に八つ当たりはしないように期待しよう。
せっかく阿部君は機嫌がいいので、阿部君パパへの100万円の支払いを出世払いにしてくれるように、一緒に頼んでくれるようにお願いしてみるか。ここで間違ってはいけないことが、一つ。阿部君の救出のために100万円を使ったとはいえ、それを肩代わりや折半をお願いしてはいけない。悲しくなるだけだ。
だから阿部君にはお金のかからない事だけを手伝ってくれるように頼むと、快く請け負ってくれた。ついでに明智君も。3人がかりで頼めばなんとかなると信じよう。一つだけ約束させられたのは、阿部君と明智君のそれぞれの銀行口座に大金が入っていることを、阿部君パパには絶対に悟られないようにする事だ。もし知られたなら、なぜか分からないが、私にものすごい不幸が襲いかかるそうだ。
そういう話をしながら、私と明智君と阿部君は、無事に我が家兼アジトに着いた。もう夜も遅いのに、阿部君がわざわざアジトに来たのには理由がある。それは、今から怪盗の本分を全うするためではない。次のターゲットを決めてもいないのだから。だからといって、そのための怪盗会議をするためでもない。
ただ単に、阿部君発案の出所祝いとやらをするためだ。
お祝いということは、阿部君はワインを飲むに決まっている。できれば阿部君にはアルコールを摂取してほしくないのだけれど、数時間とはいえ無実の罪で警察に拘束されたのだから、妥協するとするか。私と明智君が我慢すればいいことだ。阿部君を無事に釈放させてあげた、当の本人たちが。
このニュアンスで、阿部君がワインを飲むとどうなるか想像できるだろう。なので阿部君が酔っ払う前に大事な話をしないといけない。
「阿部君、お祝いをする前に、言わなければならない事があるので聞いてほしい。大事な話だ」
「あっ、はい。そんなかしこまって、どうしたんですか? まさか……ワインがないとか? それなら帰ってくる途中で買ってくれば良かったです。素敵なリーダー、ちょっと……」
「いや、ワインならある。以前、悪徳政治家宅から盗ってきた、あの幻のワイン『怪盗20面相』が、まだまだたっぷりあるから安心してくれ」
「そうでしたね。逮捕されたショックで、すっかり忘れてました。え? それなら大事な話なんてないじゃないですか」
「まあ、そう言わずに。大事か大事でないかは、聞いてから判断してくれ。いいかい?」
「あっ、はい。そんなまどろっこしい言い方をしなくても、話し出せばいいのに。そうすれば会話の何ラリーかは省略できて、今は乾杯してる頃ですよ。リーダーはもう少し先を読めるようになってくださいね。あと、観察力なんかも必要ですからね」
え? なんでだ? 阿部君を助けるために尽力を尽くした私が、なにゆえダメ出しを。まあ、いい。阿部君を相手に悩んでも、悲しい事はあれ良い事なんて一つもない。流そう。
「私たちは、阿部君が誤認逮捕された事件の、本当の犯人を捕まえなければならない」
「そうなんですか。ああ、確かに。それはそうですね。数時間とはいえ私に嫌な思いをさせた人を捕まえて、信じられないくらいの仕返しをしないといけませんね。さっすが、リーダー。なかなか陰湿じゃないですか」
「あっ、いや……阿部君が前のめりなのは良かったよ。ただ、仕返しをするためではないんだ。実は、阿部君を釈放する条件として、警視長が出してきたんだ。警視長付きの私人捜査官となって、まあ探偵のようなものかな、真犯人を捕まえるようにと。それも、たったの一週間で」
阿部君はキレるだろう。無実の自分は釈放されるのが当然なのに、交換条件を出すなんてと。それも警察の犬となって、犯人逮捕に協力というか強制するなんて。
「えっ、ええー! 私が名探偵となって、警察ですら手こずる狡猾で凶悪な犯人をあっという間に逮捕しろと?」
阿部君が得意とする、自分を良く見せる言い回しをしているな。こういう時は嫌な予感しかないが、とりあえずなだめないと、なぜか私に強大なしわ寄せがやって来るのだ。
「そ、そうなんだよ。阿部君だって被害者のようなものなのに。警察が己の義務を放棄して、よりによって一般市民を装ってる私たち怪盗団に、警察の仕事を丸投げしてきたんだよ。やってられないよね? 阿部君が無事に出てきたことだし、ごねまくって警視長の言った事を撤回させようね。私と警視長の仲だから、話せば分かってくれるよ」
あの時は時間もあまりなかったから、下手に何か言うよりは承諾しておけばいいだろうと考えたのだ。そもそも、一般市民が警察の捜査に参加するなんて、ありえないだろ。漫画じゃあるまいし。
阿部君が返事しないで何かブツブツ言っているな。相当怒っているのだろう。警視長に危害を加えるのも想定して、私は素早く動けるようにしておかないとな。阿部君の攻撃は、はっきり言って読めないのだから。
「私が名探偵……。私が名探偵……。『名探偵あべひまわり』……いや、これだとちょっと長いか。『名探偵ひまわり』……うん、すっきりした。それと、明智君を助手にしようかな。リーダーは何の役にも立たないから連れていきたくないけど、ごねるとめんどくさいし。私の活躍を記録する、ワトソン君ならぬリーダー君でいいかな……」
「阿部君、何をブツブツ言ってるんだい? 心配しなくても、私が警視長にガツン風にコツンと言ってあげるから、元気を出してくれ」
「リーダー! 本当なら今すぐにでも行きたいところですけど、もう外も暗いので、明日の朝一番で捜査に向かいますよ。とりあえず今日は、『名探偵ひまわり』の誕生記念パーティーでもしましょう」
そう言えば、阿部君がこの株式会社ラッキーに面接に来た時に、スパイとか怪盗に憧れていると言ってたな。もしかしたらスパイとかの「とか」に探偵も含まれていたのだろうか。もしかしたら、ではないな。おそらく、正規の警察官ではなく、探偵という響きが気に入ったのだろう。それも警視長お墨付きの。それだけで特別感があるのだから。