表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私(初老新米大怪盗)と阿部君(見習い怪盗)と明智君(ゴールデンレトリバー)の探偵物語  作者: バスバスキヨキヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/61

恐るべしバカ万年巡査部長

「被害者は意識がまだ戻らないんですか?」

「はい。医師の話では、戻る確率は極めて低いそうです。警察としても、意識が戻ってくれると助かるんですけどね」

「そうですよね。身元はまだ不明なんですか?」

「はい。それもまた厳しいです。身分証明書の類を一切持ってなかったし、捜索願いが出ている人に該当する身体的特徴もないので。八方塞がりの状態です。ここへは無駄足だったんじゃないですか?」

 こらこら、何気に私たちを見下すんじゃない。お前の悪い癖だ。だから出世できないんじゃないのか。そしてお前が出世しないから、その下に付いていた私が割りを食ったんじゃないのか。

 まあ、この話はいいか。出世したらしたで、忙しくなっただろうからな。そうなると、怪盗になるための練習ができなかったかもしれないし。考えようによっては、お前のおかげで、ほんの30年ほどで怪盗に転職できたとも言えるな。

 私が自分の能力どおりに出世して警視総監になっていたら、怪盗デビューが90歳くらいだっただろう。そして悲しいことに、明智君は既に天国生活をエンジョイしている。2代目明智君も初代明智君の後を追っているだろうから、私は3代目明智君と組んでいる。阿部君は、すっかりおばあちゃんだ。

 なので、私と阿部君は、阿部君の孫に介護してもらいながら、3人組ではなく4人組で怪盗団を結成している。私は車椅子だから塀を飛び越えられない。おばあちゃん阿部君は、もともと塀を飛び越えるような危険なことはしない。なので、阿部君孫もするあけがない。私と阿部君の介護で精一杯だろうし。ということは、3代目明智君に我々怪盗団の命運が託されているのだろう。

 うーん、お先真っ暗どころか暗黒、いや、漆黒というのだろうか。怪盗団のデビュー戦が、最初で最後のミッションとなる。そして大きなニュースになる。「元警視総監怪盗現る。そして即逮捕」とか。

 私は何を考えているんだ? どうもこいつを前にするとネガティブ思考になってしまう。捜査に集中しよう。とりあえず、こいつの問いかけは無視だ。わざわざ私たちの優秀さを自慢する必要がない。

 あっ、奥ゆかしい私は自慢話なんてしないんだった。うっかり自慢話をしたところで、こいつのレベルでは理解不能だろうし。必要最低限の会話で済ますか。自慢する内容がどうしてもほとんどが私の事になるので、下手したら、阿部君と明智君が私に八つ当たりしかねない。

「被害者の所持品とか衣服を見せてもらってもいいですか?」

「所持品はありません。財布とかもないので、もしかしたら行きずりの強盗にあったのかもしれないですね。それで発覚を遅らせるために、あの現場に捨てられたのかもしれないですよ。巡査部長の名にかけてって感じですかね」

 おい、バカ巡査部長。お前のくだらない推理を聞かせろなんて、私が一言でも言ったか? そんな推理、幼児でも簡単に反論できるぞ。

 こんなやつを相手にイライラしている場合ではないな。落ち着こう。

 しかしこいつは、こんなにバカだったかな。ああ、そうか。私たちのいた交番では事件らしい事件がおこらなかったから、こいつが推理を披露する機会がなかったのかもしれない。あったにしても、こいつの推理なんて、私は右から左だったから記憶にないのだろう。

 そもそも捜査するのは刑事であって、交番勤務の万年巡査部長がする事といったら、せいぜい今回のような被害者の警護や現場の保存くらいだな。それでもこいつは聞きかじった情報から的外れの推理を、私に披露したのだろうな。なんかそんな記憶が薄っすらと蘇ってきたような。

 それで私は、感心している芝居をして、心にもないのに刑事になるように勧めて、おだてていた。私と万年巡査部長が推理ごっこをしているのを、明智君が冷めた目で見ていた光景を、思い出してしまったじゃないか。

 こいつは交番勤務に誇りを持っているから、出世したくないとか言っていたな。しかし私は知っている。こいつが血眼になって隠れて勉強していたのを。さらに見回りに出た時は必ず近所の神社に神頼みをして、毎年かかさずに昇級試験を受けていたことも。そして昇級していないということは、そういう結果だったのだと。

「被害者が着ていた衣服は、とってありますよね?」

「もちろんですよ。汚れていたので、洗濯しておきましたよ。なかなか気が利くでしょ?」

 今、私は、本気で、こいつをぶん殴りたい。きっと、阿部君と明智君もだ。

 しかし我々はそんな事はしない。こいつを哀れに思ったのではなく、一時の感情で人生を棒に振りたくないからだ。我々が本気を出したなら、こいつは被害者の隣りで静かに横たわっていて、せっかくもらった警察手帳と逮捕状が置き換えられているだろう。

 何もしないというのも、私たちの体に良くないし、こいつのためにもならないか。なので警視長に、報告という名の、告げ口をしておいてあげよう。次に会う時は、こいつは万年巡査部長からベテラン新巡査になっていることだろう。もちろん、降格の理由なんて、こいつは知る由もないがな。かわいそうだから給料だけは現状維持にしといてやる。

 万年巡査部長の処分はいいとして、参ったぞ。でも一応明智君に嗅いでもらってから考えるとするか。こいつのことだから、いい加減に洗濯をしたかもしれないし。

「ちょっと見せてもらえますか?」

「えっ! ファッションの参考にするんですか? そんなセンスの良い服ではないですよ。でもまあ、人それぞれですかね。へへっ。すぐに取ってくるので、ちょっと待っていてください」

 こいつは……。明智君は知っているが、阿部君はこいつが私の元上司だと知らない。私まで一括でバカにされるに決まっているので、阿部君には知られないようにしないとな。と思っているそばから、明智君が私の方をチラチラ見ながら、阿部君に耳打ちをしている。そして阿部君は無言で私を蔑むように見た。

 阿部君、せめて私を罵ってくれないか。言い訳というか説明すらできないじゃないか。それもこれも、この元万年巡査部長のベテラン新巡査候補のせいだからな。二度と関わらないようにしないと。とりあえず明日から一週間、こいつは強制的に有給休暇を取らせるか。めちゃくちゃ喜ぶだろうな。こいつを巡査に降格させる罪滅ぼしにもなるし、我々も無意味なストレスを感じなくていいから、ウインウインだ。全くの対等なウインウインもあるのだな。

 すぐと言った割に、ベテラン新巡査は10分も待たせやがった。その間ずっと、阿部君と明智君の無言の蔑んだ目に、私は耐えた。阿部君明智君、我々を10分も待たせたベテラン新巡査にも、何らかの制裁を加えてくれるかい。私はしがらみがあるのでできない。頼む。パンチでもチョップでもドロップキックでも……。

 阿部君と明智君は、私の期待に応えてくれた。でかでかと「バカ」と書かれた大きな紙を、ベテラン新巡査の背中に貼ってくれたのだ。そんな物をいつの間に用意したんだ? まさか常に持っているのだろうか? 念の為に、私は自分の背中をさすって確かめる。うん、何も貼られていない。一人分しか用意していなかったのだろうか。こいつが私の身代わりになってくれたようだな。複雑な気分だ。

「はい、これがそうです」

 こいつ、「お待たせしました」も言えないのか。それでも私は笑顔で受け取るがな。

「ありがとうございます。後で持ってきますね」

「本官はもう帰るので、気が済んだら、そこら辺に置いておいてください。そんなセンスの悪い服なんて誰も盗らないので」と言いながら、私をモノ好きでも見るようにチラ見して、私の返事を待たずに帰った。仕事から解放されて嬉しいと、背中で分かりやすく語りながら。明日から一週間休みで、休み明けには巡査になっているかもしれない、とは知らずに。

 いや、あの万年巡査部長の事は忘れよう。考えているだけで脳が破壊されかねない。背中の「バカ」と書かれた張り紙も、なんか私に言っているような気がしてきたし。阿部君明智君、それが狙いなのか?

 そんな事よりも、被害者の着ていた服だな。あの万年巡査部長は、さも自分が洗濯していたように言っていたが、きれいなビニール袋に入れられクリーニング屋さんのタグが付いている。なるほど。クリーニング屋さんまで往復10分なんだな。いやいや。戻って来る途中で別の袋に入れ替えたりタグを外すくらい考えないのか。偽装工作と言えば言葉は悪いが、それくらいもできないなんて。

 それなら最初からクリーニング屋さんに出したと言えばいいのに。わざと裏目裏目を選んでいるわけではないと思うが。よく今まで警察官をやって来られたなと、逆に興味が湧いてくるじゃないか。……。いや、忘れよう忘れよう。

 服の入ったビニール袋を必要以上にビリビリに破いて、ほんの少しだけストレスを発散してから、明智君に嗅いでもらった。もちろん明智君は自信満々に首を振る。分かりきっていたので、既に次の案が、私の中にあった。

 それは、面会謝絶の被害者に強引に会いに行く、ではない。下手したら、それが原因で、瀕死の状態の被害者が、ただの死体になってしまう。私は立派な殺人犯だ。刑務所では、私たちを恨んでいるあの悪徳政治家と同部屋になってしまう。今のところは私の素顔を知らないが、いつバレるのだろうかと針のむしろ状態で毎日を過ごさないといけない。繊細な私は胃潰瘍になるじゃないか。

 名探偵の私が考えた案は、名探偵にしては至ってシンプルだ。阿部君明智君でも、ふとした拍子に思いつくだろうな。名探偵がいつもいつも突飛な案を採用するなんて幻想だぞ。集中治療室から医師か看護師が出てきたら、ガーゼか何かを擦りつけて被害者の匂いを採取してくれるように頼もう。

 なので、しばらくここで待つか。だけど阿部君と明智君に忍耐は期待できないので、できる限り早く誰かが出てくるように祈ろう。あんまり待たされると、阿部君と明智君は暇つぶしに探検に出てしまうからな。

 真っ当な人から何かを盗むようなまねはしないけど、好奇心を満たすためだけに、こっそり病室に入って入院患者と一緒にテレビ観戦をしようとするだろう。テレビの内容に興味はない。ただ患者に気づかれるか気づかれないかのスリルを味わうためだ。言うまでもなく簡単に気づかれる。そう、病室のドアを開けると同時に。そしてなぜか私まで一緒に怒られる。大勢の前で。それから追い出される。どうせ追い出すなら、怒らなくてもいいじゃないかと逆ギレしても、後の祭りだ。全速力で逃げれば良かったと……いやいや違う。後悔するのは、そこじゃない。私は二人の探検について行かなければよかった。それも違うな。

 後悔するしないよりも、阿部君と明智君が飽きずに大人しく待ってくれる方法を考えよう。瞬時に。

 よし、閃いた。次のミッションの話をしてあげよう。もちろん怪盗の方だ。いや、待てよ。この事件を見事に解決したら、するに決まっているが、警視長は欲を出し当たり前に次の解決困難な事件を用意する。

 私は断れるだろうか。断れるな。今回の阿部君のような弱みがないのだから。しかし今回活躍しないのが確実な阿部君と見せ場が被害者の身元判明だけの明智君は、どうするだろうか。自分たちの力量を知ってくれたらいいのだけれど。それは無理だ。今度こそはと、警視長の誘いに乗るに決まっている。仕方ない。

 阿部君明智君が探偵ごっこに飽きるまでは、怪盗は休業だな。警視長が調子に乗ればだけど。悲しいことに、確率は高いのだ。正直に言うと、私の探偵としての能力を買ってではなく、明智君とたまに遊びたいがために。せめて一回事件を解決すると、一回は怪盗活動に専念できるようにしておくれ。

 あれ? 阿部君明智君の気配がない。私は視界の片隅に、忍び足で歩く二人を捉えるや、速攻で一歩踏み出す。と同時に、集中治療室のドアが開いた。

 音に気づいた阿部君明智君が少しがっかりしたように振り向いた。走り出さないだけでも良かったが、あからさま過ぎるぞ。病院に来た目的を思い出しておくれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ