びびってんじゃねーよ
俺はもう一度マウンドに立つ。観客たちは俺の復活に期待した目で見ているようだ。いつもは感じないその視線に、俺は恐怖を感じてしまった。いつも気にしないのにな。いや、今だからかもしれないな。
少しの準備運動のために屈伸をした。そうしてふぅ、と息を吐きながらゆっくりとしゃがんだ瞬間、唐突に
「これで終わり」
ふと俺の中で俺の声がこだまする。俺はしゃがんだまま、その声に耳を傾ける。
「いいのか?ここで終わりで。」「今ならまだ戻れるぞ」「肩を抑えてベンチに戻れば、治療してもらえる」
「もう諦めたらどうだ?」と俺の声が頭の中でこだまする。
ふざけんな。俺は覚悟を決めてここに来たんだよ。だまれ俺。立てよ。立てっつってんだろ。
それでも俺の足は動かない。今度こそしゃがんだままだと佐倉か医者にベンチに引きずり返されるだろう。
早く立て。立てよ。
観客たちのざわめきが大きくなる。ベンチから医者が立ち上がる。ちがうんだ。不調なのは肩じゃない。俺の気持ちの問題なんだよ。医者が近づいてくる。佐倉を見ると、まだ俺が投げるのを諦めてほしくないという複雑な顔をしている。ごめん、佐倉。俺、動かねぇわ。
ここまでか、と諦めたその瞬間だった。
聞き覚えのある懐かしい声が、会場の観客席の方からとんでもない声量で聞こえてきたのだ。
「立て!!!!!!!佐渡島竜聖!!!!!!」
俺は全身に電流が流れるかのように聞こえるはずのないその声に反応した。そして理解した。
俺はゆっくりと立ち上がる。先ほどまで力が入らなかったその体に少しずつ力がわいてきてるのを感じた。観客はその声の主と立ち上がった俺に視線を向け、成り行きを見守っている。そして俺はついにマウンドに立ち上がった。思わず、声が漏れた。
「お前にそう言われちゃあ立つしかねぇな。」
『日向』
佐倉の方を見ると、佐倉もいるはずのないその声の主に気づいてるようだった。そして佐倉は呆れたように笑いながら立ち上がった俺の方を見た。
そして俺は佐倉の方を見たまま、拳をぐっと観客席の方へ突き出した。
遠くて見えないと思ったから、見たら涙が出そうだったから、見なかった。でもきっと、あいつも拳を返してくれてる。目をそらさずに来たんだ。ちゃんとあいつも必死に、全力で生きてるんだ。
お前が来れなかったこの舞台。お前が立ちたかったこの舞台。俺はお前の代わりなんてすげぇもんにはなれないけど、立つよ。だから見ててくれ。
試合を見ていると、いきなりマウンドから姿を消した佐渡島。あの様子じゃ肩を壊したんだろう。せっかく見に来たのに、あれで終わりかよ。と俺は頭の中で感じてしまう。
俺は逃げた。逃げて逃げて、最悪の選択をしかけた。でも、佐渡島に言われたんだ。
『勝手に生きんのやめんな』と。
お前に何言われても正直説得力がないと思った。
でも、なぜかわからないんだけどさ、すげぇ説得力あった。間違った選択だと、久しぶりに誰かに怒ってもらえた気がした。そして、俺はいまここにいる。まっすぐ、逃げたその場所を見つめ返すため。そして佐渡島、佐倉、豊島。お前らを心から応援するために。
ベンチから佐渡島が復活した。でも、なんだか様子がおかしい。動かない。調子が悪いのか?それとも怖気付いてんのか?
でも調子が悪いんならここに立てないはずだ。
いや、あいつならきっと調子が悪くてもプライド高い野郎だからここに立ってるかもしれない。
だったらあいつが動けねぇ理由は一つ。
びびってるからだ。
お前がびびってどうすんだよ。ふざけんな。
俺だって人のこと言えねぇけどよ、そこに立つくらいなら堂々と胸張って立てよ!!!そう思っていた時には、もう口から言葉が出ていた。
「立て!!!!!!!!佐渡島竜聖!!!!!」
周りが静まり返った。多分、変な光景だろう。
1ミリも野球とは関係なさそうな金髪のヤンキーが、ピッチャーに向かって叫んでいるのだから。
でも、あいつは笑った。そして立ち上がった。
俺ってわかったんだろうな。驚いたかよ。
すると突然あいつは俺に向けて拳を突き出した。
なんだ、余裕ぶっこいてんじゃん。心配して損したぜ。頑張れよ。俺は今は応援することしかできねぇからさ、またいつかキャッチボールでもしよーぜ。そして俺は、佐渡島には気づかれないと理解しながらも拳を強く突き出した。
ありがとな、日向。そう思いながら立っていた。
その瞬間、観客席から拍手が沸き起こった。
立ち上がった俺に向けてか、それともエールをくれた親友にか。いや、きっと後者のほうだな。
俺は佐倉に笑い返す。そしてマウンドの土をはらう。先ほどまで力が入らなかった体は嘘のように燃えている。本当にどこまで行っても面白いな。
さてと。と俺は息をつく。驚くほど冷静だった。でも、これを実感するとやはり寂しさは消えない。もっと投げていたいとさえ思ってしまう。でもこの回も俺がわがままを言って投げさせてもらっているんだ。これ以上はなにも求めない。
さて、佐倉。余り物最強バッテリー、最後の投球と行きますか。




