余り物、最強バッテリー
俺達は同じクラブチームで野球をしていた。
そして中1のはじめ、コーチが二人一組になってバッテリーを決めた。各々自分の実力や個性にあったバッテリーを見つけ、次々と完成していく。
俺は、ストレートしか投げれない。キャッチャーからみれば、つまらないし、勝てそうもない。
バッテリーにはなりたくないピッチャーだった。だから当たり前のように俺は余った。
そしてグラウンドの端にいると、コーチに呼ばれた。「お前バッテリーいないんだな」と言われた。
わかってたくせに。わざわざ言わなくてもいいのに。俺は静かに「はい」と答えた。これから1人で野球することになるのかな。とか考えていたら、コーチがいつの間にかもう一人連れてきていた。
「この子は最近入ってきたお前と同い年のキャッチャーだ。最近入ってきたからまだバッテリーがいない。佐渡島、お前組むか?」
その子は、俺をまっすぐ見た。そしてなんやかんやコーチは俺達を無理やり組ませた。
そのあと、お互いのこともあまり良く知らなかったので、自己紹介をした。「俺、佐渡島竜聖。よろしく。」
というと、その子はまたまっすぐ俺を見ながら「俺は佐倉塔矢。よろしくね。竜聖くんでいい?」
「竜でいいよ。あとひとつ言っとくけどな、」と俺は彼の真っ直ぐな目に耐えられず、目を逸らしながら言った。「俺は強いピッチャーでもない。怪我のせいでもうストレートしか投げれないんだ。だから余り物だから、俺と組んだってつまんねぇぞ」とぶっきらぼうに言った。これで終わりだと言われれば終わり。そんな感じに考えていたら、彼は思いもよらないことを言った。
「これから強くなればいいじゃん」「え?」「ストレートが投げれるなら、戦えるよ。これから一緒にそのストレート、誰にも負けないくらい強くすればいいんだよ。俺、竜のボール捕りたい。」
こんなことを言ってくれる人にあったのは初めてだった。コーチもストレートしか投げられない俺にどこかよそよそしくて、嫌いだった。
「それに」と佐倉は続けた。「それに、余り物にも福があるっていうじゃん?」「残り物じゃない?」
「あそうだっけ笑」と佐倉は笑った。俺も大人ぶってたつもりだったのにつられて笑ってしまった。
そこから俺達は「余り物」として誰よりも練習した。100球練習だって佐倉と毎晩毎晩やった。俺達はどんどん強くなってきた。でも、その分新しい壁が完成していた。
「ストレートしか投げれないくせに」「つまんねぇんだよ、お前のボール」「うちがいがねぇ」
同級生や先輩からそれを理由とされ、嫌味や妬み、文句を言われた。俺は反論できないまま悔しい気持ちで練習を終える日が多くなっていった。
そしてある日、佐倉と帰っていたときのこと。
「なぁ。俺のボール、つまんねぇか?」「え?」唐突に変なことを聞いた俺を、佐倉は不思議そうに見た。
俺は急に佐倉に相談している自分が格好悪く思えてしまって、「いやいい」となかったことにした。
しかし、佐倉はこちらを見ずにサラッと「また先輩になんか言われた?」と言った。俺が驚いていると、
「当たりかぁ」と嬉しそうに言った。俺はむっとしながらそっぽを向いた。すると歩きながら佐倉がゆっくりと俺に言った。
「ピッチャーのボールをさ、おもしろいかおもしろくないを決められるのって多分、バッターだけだよ」
「だからさ、竜のボールがおもしろいかおもしろくないか、先輩たちや同級生たちが決められることじゃない。バッターにおもしろいって思わせたもん勝ちだと思うんだ。でもね、その上でって言うなら俺は」
「お前のストレート捕っててね、マジでさいっこうに面白いと思ってるよ」
帰り道、佐倉のその一言と、あの時の夕日に照らされた優しい笑顔に救われたんだ。
俺はめんどうくさいやつで、うるさくて、自己中で、わがままで、たっくさんお前に迷惑かけるバッテリーだけどな、これだけは今やっと自身を持って言えるよ。
『佐倉とバッテリー組めて本当に良かった』って。そしてこの試合が終わったら、ずっと伝えてなかったことを伝えたいと思う。
『俺とバッテリー組んでくれてありがとう』と。
「変だよな。普通ここで交代するだろってな。でもさ。俺はこれからの野球人生とこの試合の価値を比べたときにさ。それでもお前と、最後にこの試合で投げ抜きたいって思っちゃったんだよ」
おかしいよな、と笑って出てくるはずの言葉は声にならず、そのまま通り抜けていった。
「バカだな。ほんとに。」
その瞬間、佐倉は小さくそう言うと、俺を引っ張り、頭をぐいっと押した。何をするのかと反論しようとして隣を見たところ、なんと佐倉が医者と小石先生に深く、頭を下げていた。
「お願いします。こいつを8回まで投げさせてやってください。」
俺は驚いた。あの佐倉が、俺のために頭を下げているのだ。俺は慌てて頭を下げ、「お願いします」と懇願した。小石先生は困ったような顔をしている。医者は冷静にこう言う。
「佐渡島くん、その重さを、代償の大きさをわかっているんですか。一生投げられなくなるんですよ。一生野球ができなくなってしまうリスクを負っているんですよ。」
「わかってます。わかったうえで、お願いします。この試合がいいんです。」
俺は繰り返し、覚悟を述べた。しばらく医者は黙った。そしてため息を付いて、言葉を発した。
「医者として、止めなければ行けない場面なんですけどね。本当は。」
俺はバッと顔を上げる。「じゃあ…!!!」期待した目で見つめると、医者は呆れたように苦笑しながら言った。「この8回だけですよ。危ないと感じたらすぐに変えます。いいですね。」
俺は「ありがとうございます!!!!」と言ってすぐにグローブを付けた。もう肩の痛みはかなり収まっていた。しかし、治ったわけではない。次投げたらどんな痛みが来るかわからない。それでも。
俺は隣の佐倉を見る。俺のために頭を下げてくれた。やっぱり俺にはもったいねぇくらいいいバッテリーであり、いい友達だなと思った。
「佐倉、」「ん?」「ありがとな」「おう笑」そう言って少し照れながら笑う佐倉の笑顔は、あの日の夕日に照らされた笑顔と同じくらい、キラキラと輝いていた。
「行くぞ!!」「おう!!」俺達はラウンドに向かって走り出す。バッターボックスの凪野は俺の姿を見て嬉しそうな顔をした。
走り出す彼らを見ているうちに、俺は羨ましいと思ってしまった。と同時に、すごいものを見させてもらっているのだと感じた。この部の顧問になって、こんなに充実したものが待っているとは思わなかった。
「小石〜」と舐められているが、それでもこいつらは自分の役割にしっかり向き合って果たそうとしている。俺なんかよりよっぽどすごいやつらだ。
「本当に佐渡島は大丈夫なんでしょうか。」と隣に立っている医者に声を掛ける。すると、医者は「本当は止めないといけないんです。俺は医者として失格ですね。」と呆れたようにいう。
「でも小石先生。あの佐渡島くん、大事にしてやってくださいね。」と唐突に言われたので、「え?」と俺は思わず聞き返してしまった。
「俺は幾度となく怪我をした選手に交代を指示しますが、あそこまで粘った子はいませんよ。あんなになにか強いものをもって投げ抜こうとする選手は見たことがないです。根性ありますよ。あの子。」
「少々生意気なところもありますがね、彼」と俺は笑って言うと、医者も笑い返しながらこう言った。
『少々生意気なくらいが、ピッチャーとしてはちょうどいいんですよ。それに、きっと隣のキャッチャーの子が支えてくれるはずですよ。』
俺は、そうですね。と答えた。
そう。多分彼らは俺たち大人の何倍も根性と、夢と、そして思いを持っている。
それを俺達大人の都合で止められる理由は、どこにもないんだろうな。
そんなことを思いながら、俺はそんな球児たちの思いが詰まった試合へと視線を戻した。




