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生きた証

「‥‥竜!!!!!!!」

俺はすぐさま竜聖に駆け寄る。

合宿の時のよう、いやそれ以上に痛そうだった。

肩を押さえ、ぐっと歯を食いしばっている。

「おい竜聖!!!聞こえるか!!!!」俺が必死に声をかけると、竜聖はうずくまりながらもゆっくりとこう言った。

「迷惑‥‥‥‥‥かけてごめん」

「っいいんだよそんなこと、それより状態は!!」

そして竜聖はしばらく間を開けたあと答えた。


「かなり悪い」

最悪の答えだった。俺が言葉を失っていると、ベンチ側から担架が持ってこられた。

「立てなさそうならこれで一旦ベンチで診てもらうけど、どう?」と審判が竜聖に声をかけた。

すると竜聖は1人でゆっくりと肩を押さえながら立ち上がり、「大丈夫です。歩けます」と言う。

しかしふらついているので、すぐに俺が支えた。

凪野もバットを持ちながら心配そうな顔をして「大丈夫か」と声をかけてくれたが、俺は「わからねぇ」と応えるしかできなかった。

「悪いなとうや」「気にすんなって」

そう。試合はどうでもいいんだ。観客のざわめきなどもどうでもいい。お前の肩だけが心配なんだよ。先日からおかしいとは思ってたから4回登板だけにしたんだが、それでも2回でこんなんになるなんて、相当状態が悪いんじゃないのか。なんでお前はいつもそうやって自分以外のものを最優先事項にしちまうんだよ。なんでそうやって平気なふりをして、1人で抱えているんだよ。何を抱えているのかまではわかってやることができないから、見ていてただ心配なんだよ。いつか壊れてしまうのではないかと。

「佐渡島さん!!!」「佐渡島!!!」と二階堂やその他のベンチの後輩たちが駆け寄ってくる。

佐渡島はゆっくりとベンチに横になる。そしてしばらくして小石先生と、サポーターとして控えている医師が駆け寄ってきた。その医者は佐渡島の横に素早く移動すると、少し診るよ、といいながら腕をまくり、肩の様子を診察する。佐渡島は動かされたとき「ゔッ」といううめき声を上げた。見ているこちら側にも痛みが伝わってくるように、ものすごく痛そうだった。小石先生は何もできないので、ただそばで見ていることしかできないようだった。しばらく医師が診察して、小石先生と佐渡島本人に、けがの状況を伝えた。


「正直に申し上げると、これ以上投げたらもう二度と投げることができなくなります。もう、その状態まで来てしまっているんです。早急に試合を離脱して病院に直行することをおすすめします。」


そうか。もう俺のひじはそんな所まで来ていたのか。

なんでだろう。なんで今なんだろうな。なんで、なんで今なんだよ。今まで俺がどんだけ我慢して、耐えてきたと思ってんだよ。なのにまだ、まだ神様は俺に苦痛与えるのかよ。どんだけすれば気が済むんだよ。

「ふざけんな」俺は下を向きながら呟いた。


「ふざけんなふざけんなふざけんな!!!!!」俺はベンチで怒鳴る。

「佐渡島…」「竜…」と小石先生と佐倉が険しい顔をしていた。同情か、哀れみか。

そして小石先生が口を開いた。「佐渡島。ここで交代だ。ピッチャーはまだ瀬尾がいる。俺は病院に連絡して付き添うから…」「嫌です」「…え?」


「竜聖!!!交代しろ!!お前の体が危ないんだぞ!!」と佐倉も俺に強く言う。


「…嫌です!!!俺はまだ交代しません!!せめて、せめてこの8回だけは投げさせてください!!!」

それでも俺は叫ぶ。わがままだってわかってるよ。迷惑だってわかってるよ。でも、ここだけだから、頼むからわががまま言わせてくれよ。小石先生も医師も困ったような顔をする。


「いい加減にしろ!!!」とその瞬間、佐倉の怒鳴り声が響いた。ベンチが静まり返る。

「今交代しないと、お前もう二度と野球できなくなるんだぞ…!!!二度と投げられなくなるんだぞ…!!せっかくここまで積み上げてきたものを、全部失うことになるんだぞ!!!!俺まだお前のボール捕りたいんだよ。だから…」

「黙れよ…!!!!!」俺も負けないくらい、怒鳴った。そして全身全霊で佐倉に向かって言った。

「ここで投げるのを辞めないと、俺の肘を、これからの野球人生を失うことになる。そうは分かっててもな、俺はすべてを捨てる覚悟でここまできた。だからその言葉に恥じないように、最後まで投げ抜きたいんだよ!!!!」

佐倉の胸ぐらをつかむ。いつのまにか、怒鳴る俺の目には涙が溢れていた。

「ここだけでいい。俺のプライド通させてくれ。ここで投げきった証を残したいんだよ…!それをせめてあの人の…晴さんの生きた証を記したいから!!!」

お願いだ。止まらない涙と、もう力が入らない佐倉の胸ぐらをつかむ腕はもうどうにもならなかった。

無理な願いなのはわかってる。それでもただ、あの人の証を残したい。残さなきゃいけないんじゃない。


俺がそうしたいんだ。

いつのまにか佐倉の目にも涙が浮かんでいた。佐倉の涙を見るのは6年間一緒にいて初めてのことだった。


そうだ。俺達はもうそんなに長く戦ってきたんだな。

俺達バッテリーが出会ったのは6年前。ふたりとも、残り物だったんだ。

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